龍と妖狐と魔法の小刀(22)ケシの初めの物語
狭く薄暗い店にうずたかく積みあげられた、骨董品の山が、モザイクランプに照らされている。
ジャファはタジャンと行商人を見た。
「ところでさ、こんなにたくさん骨董品があるのに役に立たないんだね」
「なんだって?」
タジャンがジャファに素っ頓狂な声を返す。
「こんなにたくさん魔法の骨董品があるのになんでヤンジェングルのケシを根絶やしにできないんだろうね」
ぼそりと呟くようにジャファが言えば、行商人が頭を掻いた。
「小さな王様は、ヤンジェングルのケシのことをどれぐらい知っておいでですかね?」
ジャファは行商人を見る。
「ほとんど知らない」
首を振ったジャファは行商人を見つめ、行商人はジャファを見つめた。
「小さな王様に、行商人の商売道具をひとつ、ご披露しましょうかね」
行商人はランプをひとつ手元に取って店の帳を閉め、帳の端に飾りをかけてタジャンの店を閉める。
座り込んでいたときには分からなかったが、行商人は小柄なタジャンに比べて大柄でずんぐりとした男だった。
「タジャン、あれなに? あれも魔道具?」
「ありゃ魔眼除けって言ってな、他人に聞かせたくない話があるときに入り口にかけておくんだ。あれをかけておくと、精霊の魔眼が覗きに来ても何も見えないし聞こえないようになる」
ジャファは目を見開いてタジャンを見る。
「便利だね」
「ああいう魔道具は見つかっても行商人の仲間内で扱うもんで、市場には絶対に出回らない。少なくとも、俺やハシム……あの行商人の名前だがな、俺やハシムが入ってる行商人組合じゃ、魔眼除けが出てきても外には売りに出さないという約定がある」
「なんで?」
「行商人組合も市場の情報を集めるときに魔眼の精霊を宿した魔道具を使うことがあるからな、覗かれすぎないように用心するんだよ。同時に魔眼除けが他の行商人組合に渡らないように、外に出さず持っておくんだ」
「へえ……」
ジャファに魔眼除けの説明をしたタジャンは、ハシムが座布団をはたいて座りなおすのを見てからジャファにまた目を向けた。
「ハシムは骨董品の商会のなかでも、特に胡散臭い」
「ひどいなタジャン」
「こいつの商売道具は目に見える道具じゃなく、おとぎ話だ。古今東西を回って集めた伝説や由来ってものを、売りつけたい骨董品にくっつける。中途半端な金持ちのなかには必ず、伝統や歴史ってものが好きな連中がいて、自分の邸に箔を付けるために、骨董品を集めたがるもんだ。そういう連中がハシムの上顧客になる」
「ひどいぞタジャン」
ハシムはもう一度抗議の声を上げたが、ジャファは「分かる」と目を細めてから胡散臭そうにハシムを見た。
「……もしかして、ヤンジェングルのケシにもそういう伝承がある?」
ジャファに訊かれてハシムは頷く。
「ございますよ。ヤンジェングルのケシも、使い方を間違えなければ人のためになる薬でしてな、ここの骨董品のなかにも……あった、あれだ。あの香炉、あれに香木とヤンジェングルのケシを少量入れて焚くことで不眠症の患者を治療するときに使うなどするもんです」
ハシムに言われてジャファは「香炉にケシ……」と呟いた。
「痛みの病に侵されたような者に鎮痛や鎮静のために使うこともあります」
ジャファはハシムの説明を聞きながら頷く。
「エニシャではかつて龍は神であり、嵐から火を得て大地を作り、その嵐と火から大陸を守るために水辺を生んだ、そういう創世神話がありエクセン・ドランはその嵐の神の末裔だと言われますが、アーケリでは最初に火が生まれて水を枯らし大地が生まれたといい、その大地の神をヤナクと呼びます」
ジャファは「え」と小さく声を上げた。
「創世神の名前、呼んじゃうの?」
「アーケリでは当然のように呼ぶんです」
「エニシャでもスジェでも神様の名前は隠すでしょ?」
ハシムはジャファの反応を見て笑う。
「エニシャ人ならそう思うのが普通なんですがね、アーケリじゃ、神様たちは名前を隠さない代わりに、ひとりの神がいくつもの名前を持つんですよ。そのなかに、正しい名前が隠されていて、高位の者であれば高位の者であるほど、正しい名前を知ることができるんです」
ジャファは怪訝な表情を作った。
「面倒くさそう……」
「アーケリっていうのはそういう国なんですよ」
ハシムはジャファに、手近にあったアーケリ由来の骨董品を手にして見せる。
「このレリーフ、ここに描かれている大地を踏みしめる男神がヤナク」
「母さんの国がどんな創世神話を持ってるのか、考えたこともなかった……」
ジャファは呟く。
「この上に描かれている、掌から花を生やしている女神は豊穣の女神アシュタナという、ヤナクの妻です」
「神様に奥さんがいるんだ……それも考えたことなかった」
ハシムとタジャンはジャファの感想を聞きながら笑い転げた。
「このレリーフ、上に穴が空いてるでしょう?」
「空いてる」
ジャファは頷く。
「こいつもね、レリーフの形はしていても、香炉なんですよ。アシュタナの手から生えているこの花が、ヤンジェングルのケシ」
レリーフの穴を覗き込んでいたジャファは、ハシムの言葉を聞いて弾かれたようにハシムを見た。
「大地の神ヤナクと豊穣の女神アシュタナは数千から数万におよぶ生き物に魂を与えるなかでそれぞれに個性を与えたそうです。ここに描かれるヤンジェングルのケシは病に苦しむ者に安息を与え、生の苦しみから解き放つ慈悲の象徴。だ、そうですよ。この香炉を使っていたのは慈悲深い高僧で」
ハシムの言葉をタジャンが手を動かして止める。
「売り込みじゃねえからな、その高僧の与太話は要らん」
「ああ、そうだすまん」
ジャファはまた胡散臭い物を見る視線をハシムに向けた。
「で、ヤンジェングルのケシをヤナクとアシュタナが作ったの? なんで?」
「最初に作られたときには、まだ「ヤンジェングルのケシ」じゃなく、ただの「ケシ」だったんですよ。その後の時代、地上に苦しみが溢れたのを嘆いたアシュタナは人の姿を借りて地上に下り、現人神として神殿に迎え入れられたという後日談があるんです」
ジャファは首を捻った。
「胡散臭い。神殿ってエニシャじゃ数千年前の遺物じゃない。ヴェスタブールにはあったけどさ」
「アーケリにも神殿があるんです! アーケリには今でも神殿があるし神官も高僧もいるんですよ!」
ハシムは思わず声を荒らげてからコホンと咳払いで誤魔化し話を続けた。
「アシュタナが現人神として神殿に入ったとき、草花が持つ癒しの力は最初に作られた頃よりもずっと弱っているのを見て、そこに溢れる草花の力が強くなるように呪いをかけたが、そのなかにケシがあった。ケシは人の苦痛を取り除く癒しの力が強くなったが、やがて権力者がその力を悪用するようになってアシュタナを怒らせた」
ジャファはレリーフ型の香炉から目を離してハシムを見る。
「……でもアシュタナはヤンジェングルのケシをそのままにした?」
ハシムは首を振った。
「アシュタナは癒しの力を悪用する者たちから草花を取り上げようとして、雨の神に強大な力を与えて洪水を起こしたけれども、エニシャとの境で二国の緩衝地帯になっていたヤンジェングルという谷にあったケシは洪水を生き延びたというので、今ではヤンジェングルのケシはアシュタナの加護をいただいた古代種としても珍重されます」
そう話してからハシムはまたレリーフ型の香炉を手に取った。
「さて、その伝承で描かれる大地の男神ヤナクと豊穣の女神アシュタナ、アシュタナが加護を与えるケシというモチーフは今からだいたい二千年前のアーケリに設置された病院で特に流行した図で、こいつはその図を模して作られた香炉と見て間違いないでしょうからモチーフが再流行した二百年ほど前の」
「ハシム」
タジャンがハシムを止める。
「こいつはおまえの胡散臭い口車に乗ってそのレリーフを買うとか、しない。だいたいそいつはさっきこいつが売るために磨いたもんだ」
「そうかあ……」
ハシムはがっかりした様子で肩を落とした。
ジャファはじっとレリーフ型の香炉を見つめる。
「ヤナクとアシュタナって、エニシャ風の名前だね。アーケリっぽくない」
「あ、そりゃそう……それは当然ですよ」
ハシムはジャファからレリーフ型の香炉を取り上げて元の場所に戻しながら頷く。
「ヤナクとアシュタナというのはアーケリからエニシャに移住してきたヤンジェングルの民が彼らを呼ぶときの名前ですからね。正しくアーケリ風の名前で言うなら、ヤーナシュとマケイシュナって言うんです」
「そうなんだ、いきなりアーケリらしくなった」
ハシムはジャファの反応をまた笑った。
「ヤナクはともかく、アシュタナっていうのは本来古代バルバディアの神話に登場する豊穣の女神の名前ですからね。ヤンジェングルの民はエニシャに同化するために、マケイシュナとアシュタナが同じ豊穣の女神だからということで、マケイシュナのことをアシュタナと呼ぶようになったと聞いたことがあります」
ジャファは「そうなんだ」と言いながら濃く淹れた紅茶のポットに手を伸ばす。
「洪水起こす女神様なんて怖いね」
ボソッと言ったジャファをちらりと見たタジャンが「よく言うよ」と呆れた。
「なんで?」
「おまえは砂嵐起こしたことがあるじゃないか」
「あれビジューが教えてくれたからだよ」
ハシムが「ビジュー?」と口を挟む。
「スジェ王族様だ」
タジャンはハシムに耳打ちしてから天井のモザイクランプを見上げる。
「ビジュー様が連れてきたキツネの娘が、ヤンジェングルのケシが仕込まれた飾りを身に付けていた」
ハシムがタジャンの言葉を耳にして顔をしかめた。
「キツネの娘? 精霊か?」
「そうなんだろうが、どうもエニシャでいうジナとは様子が違った。見かけは人の女なのにキツネの尻尾があるんだよ」
ジャファは「へえ」と呟くようにこぼす。
「ピンやアルタンは、ネズミや鳥だけど、別にネズミの尻尾とか鳥の羽があるわけじゃなかったよね。スジェだと、そうじゃないのかな……」
「分からん……」
タジャンは唸り、唸ってから「あ」と間抜けな声をあげた。
「もしや俺がビジュー様に、あのキツネの娘がヤンジェングルのケシのにおいがする飾りを身に着けていると言ったから鎖国したのか?」
ジャファとハシムは「ん?」とそれぞれに声をあげて顔をしかめ、タジャンを見る。
「……タジャンがそれを言ったの? ビジューに?」
ティーポットを持ったままタジャンを振り返っていたジャファは首を傾げた。
「バラカでよく使われる装飾品だったもんで気になったんだよ。香木を焚いたり香水を染み込ませて使う首飾りだ」
ジャファに言ってからタジャンは「はあ」と息をつく。
「スジェの鎖国は俺のせいか?」
「それが本当でも言わんほうがいいぞ、タジャン。スジェから戻れなくなった商隊の派遣元が苛立ってるからな」
「言わねえよ、命が惜しい」
タジャンは項垂れた。




