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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
82/106

龍と妖狐と魔法の小刀(21)エニシャ、骨董屋と行商人

 炎国 エルバハン

 通りに面した小さな店は、店内いっぱいに埃を被った有象無象の骨董品を積み上げられて日の光も入りきらず、薄暗い中で、ただ油を入れて火を灯した無数のモザイクランプによって魔法にでもかかりそうな雰囲気が醸し出されいる。

 その十畳ほどの店では、なんの工夫もないモザイクランプで幻惑の魔法にかけられた骨董品たちが、店の奥に座り込むふたりの大人とひとりの少年を取り囲んでいた。

 大人ふたりは水タバコのパイプを咥えて煙を吐き、少年はその横に大人たちに背を向けて座り込んでいる。

 大人の片割れ、骨董屋のタジャンは指先で髭を摘まんで捻りながら前に座っている行商人を見ていた。

 行商人はよどみなく、息も切らさず旅の話を滔々と続け、それを聞くタジャンの横で少年が店の商品に浮いたくもりやさびを磨いて落としている。

「それでスジェのイジュに行った連中の大部分が関を閉じられて帰って来られなくなっちまったそうでさ、魔道具の売り先が減っちまってるんだ」

 それが行商人の主張だった。

「帰って来てるやつらに売ればいいだけじゃねえか」

 タジャンは鼻を鳴らして続ける。

「うちの魔道具は出所も用途もはっきりしたもんばっかりだからな、紛いもんを高値で売りつける詐欺師みてえな連中と一緒にされちゃ困る。これだって本物のドランの鱗だ。鉄板に金粉をまぶしたようなニセモノと一緒に売るようなやつらには売らねえし、売り先には困ってねえ」

 行商人は手を伸ばしてタジャンの手からドランの鱗を取ろうとし、タジャンに手をはたかれた。

「おまえさんの話が本当なら、ハランとりでの関からはイジュに入れるんだろう? ならどいつもこいつもイジュからハラン砦を通って帰ってくりゃあいいじゃねえかよ」

「馬鹿言えよ、ハラン砦はバラカだ。使えるのはバラカ王の後ろ盾がある連中だよ」

「バラカ?」

「ここだけの話だが、スジェの先王に気に入られて皇太子になるはずだったバラカ王のひ孫皇子が、現王が起こした先王に対する反乱で失脚しっきゃくしたんだとさ」

「それで?」

 タジャンは行商人を見る。

「バラカ王のおひざ元からそのひ孫皇子の領地に直接つながってるのが、ハラン砦の関」

 行商人はタジャンに小声で言った。

「そこを通ったものは、どんな違法なものでもイジュの連中が買う」

 タジャンは行商人を見つめた。

「どんな違法なものでも?」

「おうともさ、どんな違法なものでも、売れる」

 行商人はタジャンの手からドランの鱗を飾った箱を取る。

「こいつも、きっと売れる」

「売らねえっつってんだろ話聞かねえやつだな」

 タジャンはドランの鱗を詰めた箱を行商人の手から奪い返して棚にしまった。

「なあ坊主、ドランの鱗は高値で売れるんだってオヤジさんに言って聞かせてくれよ」

 行商人はタジャンの横で商品を磨いていた少年に声をかける。

 少年はちらりと行商人を見て、また商品に目を戻して行商人に言葉を返す。

「うちはドランの鱗を売り物にはしないよ。それにそいつはクアンツ・ドランの鱗だからドランたちも別に高値で買わない」

 行商人はタジャンを見て少年を指差した。

「オヤジ、あんたの息子はナリのわりに可愛くねえなあ」

「こいつに可愛いも可愛くねえもあるか、母親の形見追いかけてきた盗人小僧だ、俺の息子じゃねえ」

 横で少年が「はは!」と笑う。

「タジャンのオッサンは俺の商売の先生で、親父じゃないからね」

「坊主、このオヤジから商売学ぶより、他の大店おおだなに行ったほうがいい。ドランの鱗を売り渋るなんて商売ってものを分かってねえんだよ」

 行商人は呆れたが、少年は首を振った。

「俺に言わせれば商売が分かってないのは行商人のあんたのほうだ。インチキな物をそこらの貧乏人や成金に売りつけるのが商売っていうものなら、大店じゃ安い物やまがい物を買って高く売りつける方法を教わるんだろうが、タジャンのオッサンは自分の骨董品鑑定に自信があるから、高い物をより高く王侯貴族に売りつける商売をする。クアンツ・ドランの鱗みたいなものをペクタ・ドランに売りつけるような真似はしないよ」

 笑う少年を見て、行商人はタジャンに困ったような視線を向ける。

「豪気な弟子だなオヤジ」

「豪気だろう? エルバハン中探してもこいつより偉い弟子はいねえだろうよ」

 少年はタジャンの言葉を聞いてまた「はは!」と笑った。

「行商のオジサン、さっきのバラカのさ、ナントカ砦の話をもっと聞かせてよ。そしたらそのドランの鱗を売ってもらえるようにオッサンを説得するから」

「ハラン砦の話か? 面白い話じゃないぞ」

「スジェで、今の王様が前の王様を倒してバラカ王のひ孫皇子を失脚させたって言ったじゃない。面白そう」

 少年は行商人の前に身を乗り出し、タジャンが呆れたように少し横にずれて少年の場所を作る。

 行商人はそのタジャンを見て首を捻った。

「オヤジさん、弟子に仕事してろとは言わないんだな」

他所よそのことを聞けるなら、聞いておいたほうがいいからな。それも社会勉強になるだろうよ」

 行商人はタジャンに言われて「なるほど」と頷く。頷いてから、タジャンを見た。

「あんたは変わったな」

「俺が?」

「一年前は俺と同じ、胡散臭い安っぽい骨董品をいかにもいわくつきの一級品みたいに売りつけてたじゃねえか。それが弟子を取った途端に、まるで高僧みてえな善人になっちまったようだよ」

 行商人に言われてタジャンは「ふん」と鼻を鳴らす。

「一級品どころか、絶品っていうやつを見過ぎたんだよ。エクセン・ドランて幻のドランも見た、エルバハン王宮も見た、スジェ王宮も見た」

「スジェ王宮? いつ、どうして」

「成り行きだ。こいつも一緒にな」

 タジャンはちらりと少年を視線で示した。

 行商人はタジャンと少年を見つめる。

「スジェで売れる違法なものってどんなものさ?」

 少年はワクワクしながらタジャンに問いかけ、タジャンは少年を見て呆れた顔を作って見せた。

「違法なものなんぞいくらでもあるわな。例えば」

 タジャンはそこまで言って一瞬言葉を止めた。

(言うだけ言っておくか)

「バラカで精製されるヤンジェングルのケシとかな」

 少年の表情がタジャンを見て硬直する。

「ヤンジェングルのケシを、バラカで精製してる?」

「世に出回るヤンジェングルのケシはだいたい不純物が混ざってて催眠効果や鎮痛効果を出すのがせいぜいだがな、バラカはそれを精製しなおして良質のアヘンとして純度を高くする技術を持ってんだよ」

 少年に向かって説明したのはタジャンではなく行商人だった。

「それをスジェに売る?」

「売ってるだろうな、また羽振りがよくなっている。ここだけの話だが」

 行商人は声を落とす。

「イジュには盗賊の女頭目がいるんだとさ。そいつが武器とアヘンを買い付けているんだという噂だ。スジェが鎖国したのは、その女頭目と盗賊の一味を一掃するためだというがな、どこまで本当で、どこから噂やら」

 少年は行商人の話を聞きながら、タジャンの肩をつついた。

「イェジンのオッサン遠見鏡とおみかがみで呼べる?」

 タジャンは少年を振り返る。

「自分の遠見鏡で呼んだらどうだ」

「俺の遠見鏡はジュジェン専用!」

「面倒くせえやつだな!」

「羨ましいだろう!」

「いやなに言ってんだ! 国王直通の遠見鏡なんざ畏れ多すぎて羨ましかねえよ! しょうがねえからリュヌ商会との連絡用の遠見鏡は使わせてやるけどな!」

 行商人がタジャンを凝視する。

「遠見鏡なんて珍品を持ってるのか? イェジンのオッサンてのは、リュヌ商会のイェジンか?」

「そうだよ、そのリュヌ商会の豪商イェジンさんだよ」

 タジャンはどっと疲れた様子を見せてから、腰に下げた巾着を外して中から小さな遠見鏡を取り出し、少年に渡した。少年はタジャンの遠見鏡を見て目を細める。

「ちっさ!」

「小さくねえ!」

 少年はタジャンを憐れみの目で見てから、また遠見鏡を見た。

「……やっぱり小さくない? 親父の遠見鏡より小さいよ……?」

「親父さんの遠見鏡と比べるんじゃない! おまえの親父さんがどんだけ特殊だと思ってるんだこら! 文句があるなら親父さんの遠見鏡借りてくりゃいいだろう!」

「いや! 借りる! タジャンから借りる! 親父に借りるよりタジャンから借りる!」

 少年はタジャンの遠見鏡を手に「イェジン!」と声を上げる。

 遠見鏡に白髪のイェジンが姿を映したのを確かめてから、少年は「助けて」と言ってタジャンを呆れさせた。

「こりゃ、ジャファか」

 遠見鏡の向こうからイェジンが少年の素性を確かめる。

「イェジンのオッサン、バラカのハラン砦って知ってる?」

「知ってはいる。好んで近付く場所ではない。ハラン砦は商売にならんし、ハラン砦から戻った連中はどこか現実から遠ざかったようになってしまうからな」

 遠見鏡から聞こえたイェジンの言葉に、行商人が「ほらな」と鼻を鳴らす。

「もし、もしもだけど、俺がハラン砦を潰すって言ったらどうする?」

「それはジャファ、おまえさんの自由だからな、止めやせんよ」

 イェジンが飄々とした様子でカラカラと笑い、少年はタジャンをちらりと見た。

「タジャンも止めない?」

「止めない」

 少年は大きく息を吸い込んだ。

「じゃ、スジェ王に協力を仰ぐ!」

「それがやりたかったんだな? おまえ」

 タジャンはプーッと水タバコの煙を吐く。

「やりたかった。スジェ王にカッコいいとこ見せたい。白い制服のラクダ隊めいっぱい砂丘に並べて、上にはガラスの龍飛ばすの」

「カッコいいか? ガラスの龍ってあれだろう? スジェ王の王弟殿下が見せたキラッキラしたやたら好戦的な龍」

「それ!」

 行商人はタジャンをつついて少年に向けて顎をしゃくった。

「弟子、やけに盛り上がってるが、リュヌ商会と繋がりがあるのか?」

「あるともさ。うちは去年からリュヌ商会の仕入れと骨董品鑑定やるようになったんだ」

「この小さな店で、リュヌ商会の骨董品鑑定までやるのか? そりゃ恐れ入ったな」

「うちの弟子はチビだが王様なんだよ。リュヌ商会との縁もこの小さな王様が作ってくれたようなもんだ」

 タジャンは首を振る。

 行商人はタジャンを見て「王様なあ」と呟く。

「あいつの名前を聞いて驚くなよ?」

「驚くような名前なのか?」

「ジャファール・エルバハンだ。正真正銘のこのオアシスの王子様で、エニシャの王様なんだよ」

 行商人は右手に持っていた水タバコのパイプを、ぽとりと床に落とした。

すっかりご無沙汰していましたが、タジャンもジャファも健在です。小刀の納入者はタジャンです。

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