表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
80/106

龍と妖狐と魔法の小刀(19)明法の馮

 雨天。


 役所の各部署の長たちは「新しい下働きの担当者」を見て顔を見合わせた。

「明法だそうだ」

「法律事務か」

「足りてないのは警邏隊なんだけどな……」

「苦情対応じゃないか?、最近、他州に出ることができなくなった者たちが暴動を起こしかねない勢いで苦情申し立てに来るじゃないか」

 新しい下働きの担当者は、その役所の者たちの言葉を適当に聞き流して大きく声を張り上げた。

「小生は苹州へいしゅうから参りました。姓をふうと申します。お揃いの皆さまには、何卒、お見知りおきのほどよろしくお願い申し上げます」

 慇懃いんぎんな言葉で仰々(ぎょうぎょう)しく名乗ってから、新しい担当者は頭を下げる。

 集まっていた者たちは薄く笑って彼を見てから、同僚のひとりを新しい担当者の前に押し出した。

「管、下働きが増えてよかったな」

 管と呼ばれた男は困ったように笑ってから馮を振り返る。

「管という。私も明法課の下働きなんだ。よろしく」

 馮は「よろしく頼む」とにこやかな笑顔を管に見せた。

 管は馮の笑顔を見て笑顔を浮かべたが、その笑顔は強張った。

 細められた馮の目が雨降るなかでかろうじて窓から差し込んでくる薄暗い「陽光」に、青みを帯びたきらめきを見せたのを見たせいだ。

「馮さんは龍族?」

 馮は管を見る目を大きく開いた。

「なぜ?」

「目が青く……」

「ああ……隠すわけでもないから言うが、龍族だ」

「なぜ苹州から頴州に?」

 馮は少し管の質問について考えるそぶりを見せてから、答える。

「頴州の法が変わった、その結果を自分の目で見てこいと言われてきた」

 管は馮の答えを聞いて「へえ……」と頷き、頷いた視線の先にある馮の帯が目に入って引きつった。

「その帯」

「帯……この黒の革帯がどうかしたか?」

「いやその、帯鉤たいこうで留める帯なんて知府様や明法の登用試験に合格したような人たちが使っているところしか見たことがないから、試験に合格したのかと……」

 馮は管を見つめてから「ああ……」と頷いた。

「試験は、まあ、受けた」

「受かったのか?」

「受かったのは、受かった。四十年ぐらい前に」

 管は馮を凝視する。

「受かったのに下働き?」

「他州に出られないのだから仕事をせねばならない」

 馮は管を見て微笑し、管は納得して馮を明法課の書庫に案内した。

「ここが主な仕事場だ」

 管は馮に満面の笑顔で伝えて書庫から去った。


 書庫に馮を置き去りにして明法課の執務室に戻った馮は、一目散に明法課の長に駆け寄る。

「すみません、江殿」

 江と呼ばれた担当者は管を振り返らずに「うん」と頷いた。

「あの、龍族って怖いものではないですよね?」

 江は筆をおいて管を振り返る。

「なんだ? いきなり」

「馮さん……今日来た新しい下働きの人なのですが、龍族だというので、どう付き合えばよいのかよくわからないのです」

 明法課の者たちが一斉に管を見た。

「龍族?」

「下働きに来たのは龍族なのか?」

 管は首を竦める。

「目が青く見えたので、龍族なのかと訊いてみたんです。そうしたら、そうだ、と」

 江と管のやり取りを見ていた中のひとりが小さく笑う。

「龍だからって別に人を捕まえて食ったりはしない」

ちょうは龍族だものな。龍族の担当者が言うと説得力ある」

 執務室が笑いに包まれた。

 その徴は、扉の向こうから管の後ろに姿を見せた馮を見て「ひ」と引きつる。

「馮……公子?」

 徴に「公子」と言われた馮は目を細めた。

「……本日から下働きを務める馮と申します」

「いやいやいやいやいや」

 馮の自己紹介を聞いた徴が勢いよく首を振る。

「馮?」

 徴に訊かれて馮は笑顔で頷いた。

「書庫には管殿に案内していただいたが、仕事の内容を指示されなかったので指示を伺いに来た。これから私はどうしたらよいのだろう?」

「……では……馮……殿」

 たどたどしく言った徴は、やおら椅子から立ち上がり馮に歩み寄ると、馮の腕をひっつかんで引きずるようにして執務室を歩きだした。

「整理をお願いしたい訴状の束がありますからこちらへ」

 徴に引きずられる馮は後ろを振り返り管に助けを求めたが、管は両手で目を塞いで見ないふりを決め込んだ。


 徴は執務室を出て人気のない書庫に馮を押し戻し、後ろ手に書庫の戸を閉めて馮に顔を向けた。

「知らんと思わないでいただきたい! 私も明法科で柳州の官吏登用試験に臨んだ身ですからね、その顔しっかり覚えておりますよ! 芦公子! 芦本家の公子が殿試にいると聞いて誰もが興味津々だったのをご存じですかね?」

 馮は「芦公子」と言われて両手を挙げる。

「なんで王都の明法科で殿試まで受けたような担当者がいるんだ!」

「それはっ……丙下級合格での登用だったからです……芦本家で家の専門として法を学んで甲上級合格できるような公子様おぼっちゃまとは違いますんで……こんな成績でよく親が好きに明法を受けさせてくれたものだと感謝するしかないんですが……」

 馮は頭を掻いた。

「……普通それだけで顔を覚えているものだろうか? 四十年前だぞ!」

「覚えておこうと思って凝視した物を忘れることがない、それが私の特技です。普段は自慢ですが、そのために応用が利かなくて丙下級合格にしかならなかったのは一生の不覚です」

 徴の自慢を聞いた馮が頭を抱える。

「おまえ刑部のほうがよいのではないか?」

 馮にそう言われても、徴はニヤリと笑って馮の前で胸を張った。

繋約けいやくしませんか? 私の記憶力はきっと頴州の状況を知るための役に立ちますよ。少なくとも私と繋約するとここ三十年ほどで私が赴任した範囲の頴州各地の状況と、あなたが法を変えてから頴州に起きた変化をのぞくことができるようになるはずです」

 馮は徴を見つめる。

「私にとっては有益だろうが、おまえにとってはどうなんだ?」

 徴は馮の問いに対して笑った。

「私はかねてから疑問に思っていたことがあるんです」

「疑問?」

「ここにある資料を見ていると、州公が変わって方針が大きく変わった時期の記録には特徴がある、ということです」

「特徴?」

「四心龍の一部担当者は継続して記録を残しているのに、人や三心龍は、担当者がきれいに入れ替えられていることが多いということです」

 馮は目を伏せて頭を振る。

「方針が変わったなら担当者が入れ替わることもあるだろう」

「ならば四心も入れ替えがあってよいでしょう。それに異動の記録もあるはずです」

 徴が馮に向ける視線が冷ややかなものに変わったのを、馮は見た。

「何が言いたい」

「人や三心龍、彼らはどこに行ったのか、という疑問を持つのはあってはならないことでしょうか?」

 馮はじっと徴を見つめて息を付く。

「存在に疑問を持つ三心か。珍しいな」

「三心はそのような疑問を持たないとお思いでしたか?」

「当然そう思っていた。一般的に三心は存在の有無に疑問を持つようには作られていないというのが常識だ。明法を担当する三心に許される疑問は行為者の行動に関するもの。法を執行する者や法を犯した者が過去に選択した行動はどのようなものか? 誰が、いつ、どこで、どのような行動を起こしたか? 三心というものが「なぜ異動の記録もなしに担当者が担当した記録がなくなるのか」という疑問を持つようには作られていない以上、そこに疑問を持つ三心がいるならば、それはいわゆる逸脱者であって」

 馮は一度言葉を切ってから、ひと呼吸おいて続けた。

「管理すべき監視対象になる」

 徴は笑った。

「……管理すべき監視対象、ですか」

「三心、四心、五心、それぞれに役割がある」

 馮は淡々と徴に言い放つが、徴は頷かなかった。

「王直属の籍になるには官吏登用試験に乙中級以上で合格して、地級官吏から州級官吏に上がる必要がありますよね?」

 徴は目を細めて馮に問う。

「それは間違いない」

「登用試験の結果が芳しくなく、道がなくなったときに、もうひとつ州級以上の役人になる道がある、それも間違いないと思うのですが、いかがです?」

 馮は眉を顰めた。

「どうしてそう思った?」

「異動記録を探すときに登籍簿を見ました。三心のなかに二例だけ、州公が代替わりし方針が変更されたときにも、役職を追われることなく記録が継続している担当者がいます。五百年ほど前に一例、それから百五十年前に一例。記録を辿ると、ふたりとも五心貴族との繋がりがありました。他の三心がどうかは知りませんが、他の三心龍らが記録を絶つなかで、彼らふたりは職を失うことがなかったなら、私だって家族を養うために職を失うことなく生き残りたい。だから五心龍と繋がりを持ちたい。目の前にある好機を逃したくはないのですよ」

 早口でまくし立てた徴を眺めた馮が、大きく息をつく。

「後悔しても知らんからな」

 笑みを浮かべた馮に、徴は笑みを返す。

「後悔はしませんよ」

「下の名は?」

「景、徴景です」

「徴景、か」

 馮はニヤリと笑う。

「推測のとおり、私の本名は芦楓だ。これから私が繋約者としておまえを使役する」

 徴景は頷いた。

「腕を出せ。私の軛を刻んでやる」

 そう言って徴景の腕を掴んだ芦楓は徴景の腕に自分の印を刻む。

 青く光る模様が徴景の腕から心臓に向かって稲妻のように走ったのを、徴景は見た。

「これが繋約……」

 徴景は腕に残る火傷のような跡を見つめて恍惚としていたが、その徴景に向かって芦楓は目を細める。

「五心龍の狡猾さを甘く見るなよ」

 芦楓は自分が印を残したばかりの徴景の腕を掴んだ。

「この先、おまえが見ること聞くこと、すべておまえを通して私のものになる。おまえが私の役に立たないと判断したら、おまえを放置するかもしれない」

 芦楓に言われて徴景は小さく頷く。

「それを望んだのは私です」

「そりゃどうも」

 芦楓は呆れたように言ってから、書庫を眺めまわした。

「さて、下働きは何をしたらよいか教えてくれ」

「私が指示するのですか?」

「当然だろうが、私は下働きだ」

 徴景は困ったように芦楓を見つめた。


 *** *** *** *** ***


 フーニャンと熊震ゆうしんは、出勤一日目にして徴景という同僚を連れ帰ってきた芦楓を見て口をつぐんだ。

「同僚だ」

 フーニャンは額に手を当てて呆れる。

「同僚……」

「半身契約を交わした。三心の天龍だ」

「半身契約とはなんです?」

 訊いたのは徴景だった。

「繋約のことを公廟の祭司官たちはこう呼んでいる」

「はあ、そうですか……」

 フーニャンはちらりと徴景のにおいを嗅いで、興味を失くす。

「ご馳走になりそうにないわね」

 熊震がフーニャンを見る。

「ご馳走と言うな。天龍なんぞ食ったら腹を壊しかねない」

「尻尾の足しぐらいにはならないかしら?」

「ならないと思うぞ」

 小刀のラーフマナがフーニャンに答えた。

「やっぱりならないのかしら」

「天龍と地龍じゃ系統が違うからな」

 熊震は小刀を見つめる。

「そいつ喋るのか」

「ラーフマナさんはよく喋るわよ」

 フーニャンに言われて熊震もラーフマナも黙り込んだ。

 芦楓は徴景に椅子を指差して見せる。

「座れ」

 熊震が芦楓を見る。

「今日は下働きの馮さんじゃなかったのか?」

「第一日目にしてバレたんだ」

「うわあカッコ悪い」

 熊震に言われて芦楓はフンと鼻を鳴らした。

「やかましい」

「下働きならできると言って出て行ったのはどこの誰だ」

「うるさい」

 芦楓と熊震のやり取りを見て徴景が顔をしかめる。

「おいそこの男、それが五心貴族に対する言葉遣いか?」

 熊震は徴景に肩を掴まれたが、その手をちらりと見てからぞんざいに払いのけた。

「五心と繋約しているのが自分だけだとでも思っているのか?」

 徴景は熊震を凝視する。

「まさか、おまえも繋約者なのか?」

 熊震は徴景を椅子に座らせて机に尻をかけ、フーニャンにその尻を叩かれた。

「フーニャン!」

「食卓に腰かけるんじゃない! 行儀が悪い!」

 熊震は飛び跳ねるように机から離れる。

「すまん」

「芦公子もクマも! どうしてお坊ちゃんたちはそう平民の品行の悪いところを真似したがるの!」

 熊震はフーニャンをちらりと見た。

「それはその……お高くとまっていると言われるのは心外だとでも言うか……」

 熊震の言い分に芦楓が頷く。

「そう、そういう……なんというか、格好をつけたいというか」

「机に腰かけるようなのは格好いいではなくがさつと言うのよ!」

 フーニャンは芦楓と熊震を怒鳴りつけて仁王立ちになり、じろりと徴景に目を向けた。

「それであなたは何ができるの?」

 徴景はフーニャンを見てから芦楓を見る。

「フーニャンはいわゆる狐狸仙。ずっと求婚しているが応じてくれない」

 芦楓はフーニャンを指差してそう言ってから、熊震を指差した。

「そっちは熊震、五心地龍で苹州地公の武術指南役」

「えっ」

 徴景が芦楓を見てから熊震に顔を向ける。

「五心……」

「芦のダンナとは対等な友人関係だ。使役関係じゃない。私とそこのフーニャンは使役関係だ」

 芦楓が熊震を振り返った。

「聞いてないぞ!」

「言う必要もないだろう。もともと、地龍のなかでもフーニャンの一族はうちの一族に従う軍属だ」

 芦楓は頭を抱えた。

「聞いてない……」

「言ってない」

 熊震がケタケタと笑ってから芦楓に向かって徴景を指差して見せる。

「どこまで知っている?」

「なにも」

 芦楓は熊震に向かって首を振った。

「この男は「見たものを記憶する」という特技を持っているそうだ。何を見てもらい、記憶してもらうかは私たちが決める」

 フーニャンは首から下げた小刀を見る。

「見たものを記憶するぐらいできるわよねえ」

「どのぐらい記憶するかにもよる」

 ラーフマナが小刀越しにフーニャンに答え、フーニャンは徴景を見た。

「どのぐらいのものを記憶できるの?」

「……どのぐらいと言われたら……二、三百年分の法律文書なら全部記憶しますよ」

 フーニャンと熊震は顔を見合わせ、目を丸くする。

「いい特技だ」

「役に立つかどうかは、分からないけれどってところかしら」

 嬉しそうに小刀をきらめかせて喜んだのはラーフマナだった。

「赤い連中の情報をそいつに貯めさせよう。ちまちまと都度ヤーナシュに送るより、そいつの記憶を結晶化して取り出して送るほうが一度で済んできっと便利になる」

 フーニャンは小刀を見て怪訝な表情を作る。

「あんたはどうやってそのヤーナシュに情報を送っているわけ?」

「秘密の道だな」

 ラーフマナの笑い声がフーニャンと熊震の耳に聞こえてきて、フーニャンと熊震は呆れたように息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ