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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
79/106

龍と妖狐と魔法の小刀(18)蘇透と芦楓/芦楓の就活

 芦諷ろふう比轍ひてつ蘇透そとうを前に、自分の乳母に持たされた手土産を広げる。

 比轍は芦諷の手土産を前に、じっと黙り込んだ。

「私は毎日のように、芦諷殿から手土産のお菓子を頂戴していますね」

「乳母が用意するからです」

 芦諷は淡々と言う。

 比轍はちらりと芦諷を見て、茶器を用意する。

「……乳母殿は、お菓子を作るのがお上手ですね」

「どうも」

 芦諷が礼を言えば、比轍は芦諷を見た。

「金木犀の寒天寄せは好きな菓子のひとつです」

 芦諷は比轍から目を逸らす。

「乳母に伝えておきますよ」

「私はどうも、この金木犀の寒天寄せがうまく作れない」

 芦諷は比轍の言葉に顔をしかめた。

「自分で作ると言いましたか?」

「自分で作るんです。寒天を溶かして固めるだけのはずなのに、なぜかうまくいかない」

 比轍の様子を眺めてから芦諷は少し躊躇うように口元を動かしてから、言葉を継ぐ。

「今度、乳母に教えてもらえるように伝えておきましょう」

「……私が行きます。王府に……飽きたので……」

 蘇透が比轍を睨む。

「王府と王宮の往復以外は父上が許していない」

「兄上からお口添えいただければどうにかなりませんか」

「なると思うか? 相手は王爺、元皇子だ」

 蘇透は呆れた。

 芦諷は比轍を見て息をつく。

「比轍殿と蘇透殿と、昨日より少し話ができたので、ひとつ伝えておきます」

 比轍はそう言われて芦諷を見た。

「なんです?」

「阿楓は頴州に干渉する権利だけはあります。州宰相の役目を別の者に引き継ぐより前に頴州を放棄することが決まったので、芦楓が頴州に州宰相として干渉する資格はそのままにされているんです」

 比轍と蘇透はふたりで芦諷に目を向け、沈黙する。

 芦諷は飄々と、笑った。

「本人には誰も言わなかったらしいので、苹州へいしゅうの州宰相を罷免されたときに、一緒に罷免されたと思っているかもしれませんけれど」

 比轍と蘇透は顔を見合わせる。

「おい阿轍、あいつ、性格悪いぞ」

「まあ、王府にもいるじゃありませんか。ああいう兄上」

 蘇透はちらりと比轍を見た。

「逸兄上に聞かれたらどうなるか分からんぞ」

 比轍は兄に目を向ける。

「私、名前言ってませんからね」

 蘇透は比轍を凝視してから呆れた。

「くそ! ここにも性格の悪いやつがいた!」

 芦諷は蘇透を見る。

「逸殿とは、一侯爺ですか?」

「王族で明確な役割を持つのは六心だけだ。芦諷殿、あなたはは初めてここにいらしたとき、王府に生まれただけで六心の護衛という役割が簡単に手に入ると言ったが、私は庶子だから役割をもらうことができた。王府というのはそういう場所だ。私の母は父の侍女だった」

 比轍がくるりと蘇透を振り返る。

「そうだったのですか? どこかの……その……」

「同じ五心でも、王族の血を引く家のお嬢様たちとは違う。「皇子とお近付きになる」という名目で娘を侍女にと推挙する貴族は少なくない」

 蘇透は比轍に言って笑い、比轍は蘇透を凝視した。

「……知りませんでした。それは史書にも資料にも書かれていない……」

「書く必要がない」

 蘇透はまた笑った。

「州公の護衛、軍人を務めるということは、血のつながった親子ではあるが、捨て石として使うことを厭わない程度には存在が軽い繋がりだということだ」

 蘇透は芦諷を見る。

「そりゃ、他の武人たちとは違って苦労無しに王府の軍人になっただろうと言われればそうかもしれないが、私だって自分の存在が父のなかで他の兄弟姉妹と同じぐらい重くなれるように努力した結果として、こいつのお守りを任されている」

 芦諷は蘇透を見つめ、それから正座して頭を下げた。

「……私は、蘇透殿、あなたの努力に対して失礼なことを言ったということですね」

 蘇透は芦諷に首を振って笑って見せたが、芦諷は頭を下げたままだった。

「申し訳ない」

 目を丸くしたのは蘇透だった。

「素直すぎてびっくりした」

 頭を上げた芦諷は蘇透の言葉に「ち」と舌打ちする。

「人の努力にケチを付けることを自分が持つ当然の権利だと思えるほど根性ひねくれてはいない」

 比轍は蘇透と芦諷を見て肩を竦める。

「意気投合したようでなによりです」

 芦諷は蘇透とふたりで比轍を見た。

「意気投合はしていない」

「ただ、私が失礼なことを言い、それに対して蘇透殿はいかに私が失礼なことを言ったかを伝えてくれた、それだけのことです」

 蘇透と芦楓の言うことに、比轍は笑う。

「王府の侯爺ぼっちゃまは失礼だと思ったことを当然のように「失礼だ」と抗議するでしょうが、それを受け止められるのは度量だと思います」

 芦諷は困ったような表情を浮かべて呟いた。

「嬉しくねえなあ……」


 *** *** *** *** ***


 衙門やくしょの門衛は、怪訝な表情でたたずんでいた。

 門衛は目の前に立つ、どう見てもよい家の育ちとしか思えない男を眺める。

「……衙門に用か?」

知府ちふ殿はおいでか?」

 男がえらそうに言う。

「約束は?」

「ない」

 門衛と男の間に沈黙が漂う。

「訴えがあるなら取り次ぐ」

「訴えがあるわけではない」

 男が答え、また門衛と男の間に沈黙が漂う。

「……訪問状は?」

「知府に会うのに訪問状が必要か?」

 門衛は男を眺め、それから「出直してこい」と男を追い払おうとしたが、男は衙門のなかを覗き込み、息をついた。

柳芦りゅうろ芦楓ろふうという!」

 奥がにわかに慌ただしくなり、冠を直しながら小柄な男が転がり出てきた。

「州宰相閣下! 貫海宮の方が直々にお出ましになるとは誰も思っておらず不躾を!」

 男は門衛を見て知府を指差した。

「訪問状は必要か?」

 門衛はぐっと眉根を寄せて芦楓と名乗ったを睨み、それから渋々といった様子で道を譲る。

 男は門衛の前を悠々と通り過ぎて行った。


 *** *** *** *** ***


 知府というのは、地方行政の長、長官を務める役人の称号。

 芦楓はそれをよく心得ている。

 なにしろその役職の称号として「知府」を採用したのは芦氏なのだ。

 芦本家に生まれ育った者として知らないわけはない。

 芦楓は知府を前に、当然のように上座に鎮座した。

「州宰相閣下がおいでとは知らず、ご挨拶に赴きもせず不躾いたしました」

 知府は畏まった様子で芦楓に頭を下げる。

「構わない、公務ではなく、頴州えいしゅうの視察と市井の見分を兼ねて、当面、郊外の襤褸ぼろ屋暮らしをしてみようということにしたのだ」

 芦諷はにこやかに、知府に告げた。

(嘘はついていない、罷免されたとか勘当されたとか、言っていないことがあるだけだ)

 自分にそう言い聞かせながら、芦楓は続ける。

「そこで、この飾りを預ける代わりに、役所の仕事を経験させてはもらえまいか?」

 芦楓は知府に言い、腰飾りの玉を外して知府に手渡した。

 玉を見て、知府が目を眇める。

「青を日に透かせば紫を帯び、濡れてもいないのに濡れたようなつやに虹が浮かんでは消える……これは……夜思玉やしぎょくではありませんか!」

 芦楓は知府の言葉を軽く頷く動きで肯定した。

「夜思玉と言えば、千年にひとつ手に入るかどうかの貴重な青玉でございますよ!」

「友人からのもらい物だ」

 比轍ひてつからの、と、芦楓は言葉にせずに付け加える。

「かつて天龍が人の世界を人の統治に任せていた上古に、ひとつこの夜思玉が出た、玉の噂を聞き、その玉を手に入れた人族の王は、同じ人族が統治する隣国の王との会談に臨み玉飾りにして使い、権威を見せつけた。玉を見た隣国の王は、珍しい玉を手に入れたいと夜な夜な思いつめて兵を出した。人の世界に戦を起こす災いの玉です」

 知府は苦笑いしながら芦楓に玉飾りを返した。

「買えとは言っていない、私に給金を出すための抵当だ」

 芦楓は朗らかに笑いながら知府に言う。

 知府が「ご冗談を」と朗らかに笑いながら返すが、その目が笑っていないのを芦楓はしっかり見ていた。

「安心していただきたいのだが、ここだけが問題になっているわけではない。ただ、少々私が法の整備を急いだせいで王と三公と史公のご機嫌を損ねてしまった」

 芦楓は内心でまた付け加える。

(これも嘘ではない)

 咳払いをして、芦楓は居住まいを正した。

「法を変えたことで、他の州からずいぶんと質の悪い連中を呼び込んでしまったのではないかと心配されてしまい、ひとまず、頴州がどのような状況になっているのか、どのような訴えが届いてきているのか、役所で出される給金で生活が立ちいくのか、そうしたことを実際に確かめてみるのがよかろうと、声をかけさせてもらった。明法の仕事があれば斡旋あっせんしてもらいたい。私の素性は、もちろん伏せておいてほしい」

 いい加減で調子のよいことを言っている自覚は芦楓にもある。

 知府が芦楓を凝視する。

 芦楓は畳みかけるように知府に小声で告げる。

「千年一玉と言われる夜思玉だが、まがい物ではないぞ。それは私が親友でもある当代史公から友人としてもらった物だ」

 知府が芦楓を見て目を見開く。

「史公様から、ですか?」

「当代の史公は王とも親しい従弟殿で、それが私の親友だ」

 芦楓はにこやかに、知府に囁いた。

「だがこの夜思玉がこれほど金にならないとは思わなかったのだ。どこかでこれを質に入れればよかろうと思っていたが、受け取ってくれる相手がいなくて困った」

「それはそうでございましょうな。これひとつが傾城傾国けいせいけいこくの宝物でございますよ」

 知府は芦楓を眺めてから顔をしかめて立ち上がり、しっかりとした箱に詰めてあった何物かを出してから代わりに手近にあった布を詰め、夜思玉の飾りを箱に納めた。

「お預かりいたします。頴州が閉じられた以上、この玉だけでは金にもならずご苦労でございましょう。いたし方ございません。明法課の下働きならば、法科の登用証明がなくともねじ込むことができます。素性を知っておるのは、私だけでございますね?」

「それでよい」

 芦楓は満面の笑顔で知府の手を取った。

「ところで、ここは確か頴州の井邑、こうであったな。現任知府のそなたは、確か人族、菱岸りょうあんだ」

 知府が芦楓に手を取られたままで目を潤ませる。

「私の名をご存じでしたか!」

「芦氏の州宰相は各知府の名を知らないまま、州宰相を務めていると思われていたか?」

「滅相もない!」

 知府、菱岸は芦楓の前でやつれ気味の頬に朱を上らせた。

 芦楓は菱岸に「明日から来る」と告げて役所を離れる。


 帰途、芦楓はひとり呟いた。


「苹州の州宰相は罷免されたんだけど、まだ伝わってなかったみたいで助かった」


 *** *** *** *** ***


 帰宅した芦楓から役所勤めの働き口を獲得したという自慢を聞かされ、フーニャンと熊震ゆうしんは呆れた。

「お坊ちゃんが役所で下働き? 下働きがどんな仕事か知っていてそれを選んだの?」

「知らん。が、明法は法律を担当する事務官たちだ。芦氏が下読みや雑用の者たちに頼んでいる仕事と似たようなものだろう」

 芦楓は胸を張る。

「私はネズミよりも豚が食べたいんだ」

 芦楓の切実な言葉に、フーニャンは思わず「はは」と声だけで冷ややかに笑った。

「ネズミぐらい自分で捕れるようになってから言ってほしいわ」

「ネズミを自分で捕る気はない!」

 堂々と言い切った芦楓を眺め、フーニャンも熊震も芦楓から目を逸らした。

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