龍と妖狐と魔法の小刀(17)繋約者
一本
二本
三本
キツネの尻尾がゆらりと揺れる。
四本、五本、六本
キツネの尻尾がさらに増える。
七本、八本
ゆっくりと流れるような動きで動く。
「九本」
女の声が満足げに、最後の尻尾の数を数えた。
「史娘、満足か? 三心と四心の龍たちも食らったのだろう?」
男は笑いながら女に声をかける。
「ところで史娘、あんたが飼ってた小娘の姿が見えなくなった。あんた、あの娘は五心龍をおびき寄せることができると言っていただろう。その娘の後を追うことができなくなった理由に心当たりはないのか?」
男に史娘と言われた女は小さく笑った。
「ないわよ。でももういいわ。九本目が揃ったから満足なの」
史娘の満足げな言葉を聞いて男は笑った。
「あの娘はどうする、天龍のお坊ちゃんにももう利用価値はないんだろう?」
「ないわね、あのお坊ちゃん勘当されたし頴州の関門はほとんど封鎖されたし」
史娘は息をつく。
「七王爺が残していた裏門のおかげで、アヘンはこれからも流れてくるから大丈夫よ。人に紛れる妖をアヘン漬けにして、魂いただいて妖力を付けていきましょ」
くつくつと嗤う史娘の声がアヘン窟に響いた。
*** *** *** *** ***
フーニャンは襤褸屋の台所で、小刀のラーフマナを前にふわふわと尻尾を揺らす。
「ねえ、ラーフマナさんは何心なの?」
「四」
ラーフマナが不貞腐れたように答える。
「ふーん」
ニヤニヤと表情を緩めて、フーニャンはラーフマナを眺めた。
「お・ん・な・じ。なーんだ、これから敬称略でラーフマナって呼ばせてもらうわ」
「やかましい、小娘」
「小娘じゃなくてフーニャンよ、フーニャン。この呼ばれ方が一番好きなの。昔、小さなお姫様が、私をそう呼んだの」
フーニャンはラーフマナから顔を逸らして竈の火を見る。
思い出のなかで小さな「お姫様」がフーニャンを見る。
あなたはキツネさんというの?
そうよ、私はキツネさん。私は小さいまま大きくなれない出来損ないだけど、これでも三十年ぐらい生きてるの。
大きくならないの? 私と同じねキツネさん。木の実はキツネさんがくれたのね。キツネの仙女様、フーニャンね。
フーニャン、フーニャン?
女神様をニャンニャンって呼ぶでしょう? キツネの仙女様だから、フーニャンよ。
小さな「お姫様」は、そうやってフーニャンに名前を付けた。
そのことを思い出しながら、フーニャンは小刀を見る。
「魔族」
「なんだ」
ラーフマナがフーニャンに答えて返す。
「あんたの魂を食べたら、尻尾の一本ぐらい増えると思う?」
フーニャンが言うとラーフマナは「は」と嗤った。
「俺はヤーナシュと繋約済みだ。俺を喰うということはヤーナシュに喰らいつくということだ」
ラーフマナに言われてフーニャンは顔をしかめる。
「繋約ってなに?」
「龍と力の繋がりを作る誓約のことを繋約という」
ラーフマナの言葉が言外に「そんなことも知らないのか」とせせら笑っているようで、フーニャンはしかめた顔をさらに険しくした。
「ラーフマナが小刀から出すあの光は、赤い靄を消しているように見える。あれはどうやっているの?」
「あの赤い靄を、集めて隔離する」
「あれに五心がやられるとどうなる?」
フーニャンは立て続けにラーフマナに訊く。
小刀からゆらりと白い靄が立ち上った。
褐色の肌に黒い髪、緑の目、筋肉質な分厚い体の男がフーニャンの前に形を作り上げたが、その姿は幻影のように透けている。
フーニャンは男を見つめた。
「あんたがラーフマナ?」
「その、欠片だ。小刀に閉じ込められた残滓とでも言うかな」
フーニャンはラーフマナを眺めて「ふーん」と息をついた。
「魔族は龍王と繋約したら妖力が強くなる?」
「なる」
「繋約って、私もできると思う?」
「相手がいれば、だ」
ラーフマナはそっけなく答えて小刀に戻る。
*** *** *** *** ***
芦楓は街中で人を眺めていた。
頴州に閉じ込められた商人たちが衙門に向かって石を投げている。
「商売に来ただけだってのに、なんで家に帰れないんだ!」
「ふざけるな!」
「こっちは家に嫁や子供を残してきて、おまけに品物も売りつくして商売にならなくなっちまったじゃないか!」
芦楓は息をつく。
三心や四心の「王龍が要求する役割」を持たない「一般の」天龍、人間、獣から妖怪になったのであろう恐らく地龍である者たち。
彼らが商売をすることで、今では苹州に併合された頴州が賑わいを取り戻し、人は生活に困らなくなるだろうと思っていた。
だが、王龍たちは頴州を切り離した。
比轍もそのひとりだ。
芦楓は爪を噛む。
幼いころから、自分は比轍の繋約者なのだと教えられてきた。
比氏は六心を育てる、それも、数代に渡って王よりも強大な力を持ち得る、王の影を育てるのだと聞いて、その六心が自分の繋約者だということを誇りに、苹州公の下で州宰相を務めてきた。
自分の繋約者は苹州公よりもさらに強大な力を持てる、そういう存在なのだということを密かな自慢にしてきた。
その比轍は、王が頴州の状態を快く思っていない、頴州にはアヘンが流入しているという、そういう話を以て、頴州を天公地公の両方から切り離すことを決めた。
それからほどなくして、芦氏が頴州の動乱で力を封じられたときよりも強い力によって力の淵源が引きちぎられたのを実感した。
(繋約者との絆を切られるというのはこういうことなのだと初めて知った。知識からも切り離され、自分の力でその姿を隠し守る相手もいなくなり、自分の存在意義が一切分からなくなることが「繋約」の解消ということなのだ)
芦楓は衙門に文句を言う者たちを、彼らが見える場所から眺めながら思考を繋約に向けた。
(芦諷は元から繋約者を持たなかった。繋約者が見つからなかったことで、繋約そのものをしたことがなかった)
その従兄弟はいつも陰鬱な空気を漂わせていた。
彼を見る親族たちもまた、曖昧ではあるものの彼を蔑む表情を浮かべていた。
繋約者を持つ親族たちと繋約者を持たない芦諷。
自分は彼に言ったことがある。
「私の繋約者は王龍よりも強くなれる可能性がある六心なのだって。諷兄に繋約者がいたらどんな皇子だったのだろうな」
その言葉を聞いた芦諷の表情は、小説に登場する悪役を思わせるものだった。
「本家のお坊ちゃまに俺のような下賤な分家の者と話をする気があるとは思わなかった」
芦諷はそう言って踵を返していった。
(この間まで自分が比轍から得ていた力の支えを、今は芦諷が感じているのだろうか)
芦楓は唇を咬んだ。
風邪を引いたというフーニャンのために、同じキツネの尻尾をひらひらさせている娘から買った饅頭を持って、芦楓は襤褸屋に向かう。
襤褸屋に帰る道すがら、芦楓は考える。
(小説はいいよなあ……だいたいこういう展開は小説なら、貴種流離譚っていって、貴族の若様が市井で生活しているのを、その貴族の子供を探していた親族が見つけ出して家に連れ帰るお話になる。私はと言えば貴族の家を追放されて今ここ、というやつだ)
しばらく「お話しはいいよなあ」と言っていた芦楓は、さらにぼんやりと最近読んだおとぎ話を思う。
「……普通、追放されても能力までなくさないだろう。六心との繋約がないと一切役に立たない能力というのもなんとも頼りない。それだけで四心や三心と同じじゃないか」
そこまでぶつぶつと文句を言いながら芦楓は立ち止まった。
「芦氏のこの法縛っていう能力は、本当に、なんというか……比氏みたいに建築土木ならまだマシだったのだろうか……」
首を振り、歩き出そうとしてから芦楓は衙門を振り返った。
衙門
(衙門にではないが……役所には法律知識を必要としている者がきっといる)
芦楓は歩き出す。
米は、尽きることがない。
そういう米櫃が襤褸屋には置かれている。
水は濁ることがない。
井戸はそういうものなのではないかと思ったが、フーニャンが言うにはそういうものでもないらしい。普通なら、井戸の水も雨が降れば濁る。襤褸屋の井戸は、雨が降っても濁らない。
だが肉にはフーニャンが捕ってくるネズミが混ざるようになってきた。
「……ネズミはちょっとなあ……」
芦楓は、「稼ぐ」ということを真剣に考える必要がある、と思うようになっていた。




