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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
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龍と妖狐と魔法の小刀(15)小刀に宿る戦神

 芝居小屋だったアヘン窟で、フーニャンは小刀を手にアヘン中毒者に向き合う。


 分かってきたことは三つ。

 ひとつ、小刀はラフマナという者の加護を受けていること。

 ラフマナはアヘン中毒者から遊離した「アヘン」を「悪霊」として退治すること。

 アヘンの毒には意思があること。


 フーニャンがアヘン中毒者を眺めて、一本だけ出したキツネの尻尾をゆっくり、ふさふさと揺らす。

 芦楓ろふうはフーニャンの隣で鼻を鳴らす。

(ここには比轍の力が及ばない。私の術は比轍が作る世界にしか適用されない。だからここで私の法縛術ほうばくじゅつは効かない。アーケリの小刀は他国でも効力を発揮している。フーニャンの姿を悪意から隠しているのは芦氏が使う法縛術とは別の術だ)

 アヘン窟に入ろうとする者たちが芦楓をちらりと見た。

 芦楓も同じように、軽いアヘン中毒の者たちに自分の目を向けた。

「どうだ? 五心のほうが魅力的じゃないか?」

 ニヤリと笑った芦楓に向かって、赤いもやがゆらりと漂い出す。

 獲物を見つけてゆっくりと中毒患者から離れた赤い靄は、芦楓に取りつく前にフーニャンが持つアーケリの小刀に阻まれた。

「悪霊を祓いたまえ、戦神ラフマナ」

 赤味を帯びた金色の光が小刀から放たれる。


「正しく呼べ、私はラフマナではなく、ラーフマナ、だ」


 フーニャンは金色の光から小さく男の声が響いたのを聞いた。

「……」

 言葉がささやく。

「ラフマナではなく、ラーフマナ」

 フーニャンはひとつ息をついてから「分かった」と呆れた。

「悪霊を祓いたまえ、戦神、ラーフマナ」

「よろしい、やってやろう」

 金色の光が赤い靄を包み込んで掻き消していく。

 フーニャンは金色の光が収まっていった小刀をちらりと見て首を捻った。


「……ラーフマナ」


 小刀がきらりと光る。

「戦神と呼ばれる気分は悪くない」

 小さく囁くような声がフーニャンに聞こえて、フーニャンはビリビリと尻尾の毛を逆立てた。

「小刀、あんた何者なの?」

 フーニャンは声を低く落として小刀に問いかける。

「俺はアーケリのラーフマナだ。おまえは?」

「人は私たちみたいなのを狐狸精こりせいと呼ぶわね。百年生きて妖力を溜めて人の姿を作る、長生きなキツネ」

「なんだ、おまえも魔族か」

 フーニャンはちらりと小刀を見た。

「魔族じゃなくて狐狸精。フー・リー・ジン」

「妖力を食らうのだろう?」

「……そうよ」

「ならアーケリで言う魔族だ」

 小刀からラーフマナが言う。

「あんたは小刀に住んでるの? 小刀の妖?」

「魔族さ。いわゆる魔族。小刀に住んでるわけでもなけりゃ、小刀の妖でもない。だがこの小刀を作った技師は腕がいいんだ。それをアーケリの王族がエンシャの王族に嫁ぐときの持参品にして、エンシャの王族が退魔に使った。その子孫が落ちぶれて骨董として売りに出し、イェジン王子が手にした。イェジン王子から骨董屋に渡りスジェリの王族に売られた。スジェリの王族を経由したからスジェリにも干渉できるようになった」

 ラーフマナはケタケタと笑った。

「あの赤い悪魔どもが、私にとってのご馳走だ。この場所はよいな、良質なご馳走が並んでいる」

「ご馳走ねえ。あの赤い靄がご馳走に見えるですって?」

 フーニャンが呆れる。

「おまえ、妖力を食らうと言うのなら、同じ妖力を持つ生き物には魅力を感じるだろう。それと同じで、私にとってはあの赤い靄が持つ生命力は魅力的なわけだ」

「ああそう」

「それに、おまえの魂も美味そうだ。他の者たちを食らって溜めた妖力とやら。妖力を溜めようとして他の魂を食らおうとする存在は私の身の回りにもいるが、妖力を溜め込むのも力のうちだ」

 フーニャンは小刀を睨んで「よく喋る刀」と吐き棄てるように呟いた。

「この赤い連中が片付いて、他のご馳走がなくなったときにはおまえの魂を味見させてもらうよ。それが終わったらあのスジェリの王族だ。あれはおまえよりもさらに貪欲に作られていた。あいつの構造を分解できたらきっと面白い」

 フーニャンは鼻を鳴らす。

「比轍のダンナより芦楓のダンナを分解してみてよ。悪い子じゃなかったの、でも州宰相には向いてなかった。だから家を追い出されて州宰相の地位から落ちたのは頴州えいしゅうのためにいいことだったと思う」

 小刀のラーフマナが「芦楓」と繰り返す。

「そりゃ隣にいるお坊ちゃんの名前だろう」

「そうよ。お芝居を見に来る男の子としてはいい子なんだけど、州宰相としては法律の作り方が悪かったと思うわけ。ラーフマナさんと話す分には、ほとんど人語じゃないからこのお坊ちゃんには言葉が分からないと思うけど、名前を出したのはバレるかも」

 フーニャンはふさふさと尻尾を振りながら笑った。

 芦楓はフーニャンを振り返って顔をしかめる。

「さっきからスンスン音がする」

 フーニャンは芦楓を見た。

 芦楓にはどうやらラーフマナとの会話が「スンスン」とキツネが鼻を鳴らすような音に聞こえているらしい。

「……ちょっと風邪気味なのよ」

 フーニャンに言われて芦楓は目を見開いた。

「戻ろう。風邪薬を用意する」

 芦楓はフーニャンを抱えて身を翻す。

 縹色の龍が天に舞う。


 フーニャンは芦楓の爪に掴まれた状態で息をついた。

「追放されたけど龍ではあるのね」

 抱え上げられたはずのフーニャンはキツネの姿で龍の爪に引っかかっている。

 傍目はために見て、天龍がよろけたキツネを餌にするべく捕まえているようだった。


 *** *** *** *** ***


 粥

 芦楓は表情を引きつらせる。

 作り方が分からない。

「それはともかく、風邪には粥じゃないか? あれ、ほら、よくある、小説の、風邪をひいた男に」

 そこまで言って芦楓は目を細めてフーニャンを振り返った。

 フーニャンは芦楓の視線に、キツネの目を細めた。

「なに?」

「お粥、作れる?」

「芝居小屋で人間に紛れて生きてきたもの、お粥ぐらい作れる」

 フーニャンはキツネのヒゲをひよひよと動かす。

「風邪に、ネギとショウガと……何か、肉……」

「私、犬科だからネギ食べると死ぬの知ってる?」

 芦楓はフーニャンを見つめる。

「フーニャンはネギで死ぬの?」

「死にかねないから試すんじゃないわよ」

 芦楓はフーニャンを見て、グッと親指を立てて見せる。

「あんたは名家のお坊ちゃんじゃないの? いちいち行動が軽いのよ。だいたい六心のチビ神様を芝居小屋に連れてくるとか、後先考えずに法律変えるとか」

「待ってフーニャン、今の最後の。最後の聞き捨てならん」

「聞き捨てならんじゃないわよ。アヘンが入るようになったのは戦後だと言ったでしょ」

 フーニャンは呆れた。

 芦楓はフーニャンを見つめる。

「法を変えたのとアヘンが入るようになったことと、なにか関係があるのか?」

「……なんでないと思うの?」

 フーニャンはキツネの姿のままそう言いながら寝台を飛び降りて、熊震ゆうしんのカナヘビを捕まえた。

 熊震は嫌な予感に顔をしかめてフーニャンを見つめる。

「クマ公子、このカナヘビ食べていいですか?」

「やめて、それ芳俊殿下と阿達に作ってもらった特別なカナヘビを私の眷属にしたものだから」

 フーニャンは尻尾をふさふさと振ってから熊震を見上げた。

「クマ公子の魂いただこうかしら」

「たぶん美味しくないしお腹壊すと思うから、やめた方がいいよ」

 熊震はキツネのフーニャンを抱え上げて寝台に置く。

「本当に風邪だというなら、地公廟に行って地龍の世界で休んだほうがいい」

 芦楓が熊震に目を向ける。

「私も行ってみたい」

「天龍立ち入り厳禁」

「……比轍は入った」

「あの方は天龍の力を封じられていましたから」

 フーニャンは比轍と芦楓の会話を聞きながら「比氏のお坊ちゃん」と呟いた。

「あの人はなんなの?」

 小首を捻ったフーニャンを見て、芦楓は「六心王族」と言い、熊震は「伎芸天」と答える。

「……」

 フーニャンは改めてふたりを見上げる。

「六心王族、伎芸天。伎芸天ていうのを聞いたことがないのだけど」

 熊震がフーニャンを見て腕組みする。

「小刀を使うときに呼ぶ名前がラーフマナ、アーケリの戦神だったが、伎芸天もアーケリを中心に広がっていて、蘇では霓一族、アーケリではマケイシャだったかな」

「負け医者?」

 ニヤニヤした芦楓を見て熊震が「オッサンか」と呆れた。

「マケイシャはアーケリ由来の一族から蘇に入ってきた芸ごとの神だと聞いている」

 フーニャンはキツネの首にかけた小刀を見た。

 小刀がカタカタと小刻みに震えている。

 フーニャンが小刀を床に置くと、小刀は氷漬けにでもなったかのように冷たかった。

「ラーフマナさんは、もしかして怯えてるの?」

 小刀の横に座り込んでフーニャンは小刀を肉球でつつく。

「私も肉球で踏んづけてほしい」

 芦楓のひと言を聞いた熊震がクマに姿を変えて掌を芦楓の頬に押し付け、芦楓はその熊震の手を両手で引き剥がそうともがいた。

「くそ、このクマ。その手をあつものにしてやる」

「できるものならやってみろキツネの肉球になら踏まれたい変態だろうが、クマの肉球で代わりに踏んでやったぞ」

「男の前足に踏まれても楽しくない!」

「そもそも肉球に踏まれることを楽しむな!」

 芦楓と熊震は互いに罵り合うが、フーニャンはその芦楓と熊震を無視して小刀を肉球で踏む。

 フーニャンの柔らかく湿った肉球が凍り付いた小刀の金属に張り付く。

「冷たくて痛い!」

 フーニャンは小刀を振り払った。

「伎芸天はマケイシャじゃなくマケイシュナだ」

 小刀のラーフマナがフーニャンに言う。

「そのマケイシュナが怖いの?」

「怖いものか」

 フーニャンは小刀に布を引っ掛けて肉球がくっつかないように気を付けてから、また小刀を踏んづける。

「怖い。怖いに決まっている」

「そうなんだ。マケイシュナっていうのはナニモノ?」

 フーニャンが問うと、小刀のラーフマナは「はー……」と息をついた。

「アーケリ三大王のひとりだ。伎芸天、歌と踊り、芸事の王。伎芸天の一族は、そのなかで三心、四心、五心の序列で格付けされる。マケイシュナは創世神話の三大王のひとりで力が強く、再び人に宿らせるような危険なことはできないと言われたことに憤慨し、一族を引きつれてスジェリに移動したと言われている」

 フーニャンはラーフマナが宿る小刀を踏んづける手をどけて訊く。

「人に宿らせると危険なの?」

「アーケリという国は階級がすべてだ。ケルガンなら武力、エンシャなら財力、スジェリは智力があれば、生まれに逆らい権力を手にする道を目指すことが許される。アーケリはそうじゃない。生まれ落ちた境遇、そこにある権力の大きさだけが、さらに高みにある権力を手にする道を目指すために必要な条件だ。生まれたときに最下層民なら、最下層民の間で権力を握ることはできても、その上の階層に入ることができるわけじゃない。生まれた子供に「生きる道を与える」ために、子供の手足を切り落とす親もいる」

 ラーフマナの説明を聞いてフーニャンは怪訝な表情を浮かべた。

「親は、子供が五体満足でいることを廟に祈るでしょ? 普通」

 ラーフマナはフーニャンの言葉を笑い飛ばす。

「スジェリではそうかもしれない。アーケリでは違うこともある」

 フーニャンはまたラーフマナを踏んづけた。

「踏むな」

「続き聞かせて」

 ラーフマナがフーニャンの要求に小刀を震わせる。

「マケイシュナが最初に転生した先は人族の貴族だった。本来は天神族、スジェリで天龍とか、エンシャでドランとか呼ぶ種族だが、天神族しか持たないはずの力を人族に生まれたマケイシュナが使ったことで、マケイシュナは宗教的象徴である現人神あらひとがみ、神の化身と言われて神殿に上がった。伎芸天として芸事に秀でていたが、気性が荒く、一度、気に入らないことがあったときに洪水を起こした」

 フーニャンは改めてラーフマナを踏んづけて話を止めた。

「洪水を起こしたってなに?」

「洪水を起こしたんだよ。雨の神が持つ力を増幅させて、河を氾濫させた」

 小刀を見つめたフーニャンは、龍とクマの形で言い争いを続けていた芦楓と熊震を振り返る。

「ねえ、比轍のダンナ、洪水起こせるらしいよ?」

 フーニャンの声を振り返って口論をやめ、芦楓は「そりゃ」と呆れた。

「比轍は比氏六心なのだから洪水ぐらい簡単に起こせるに決まってる」

 フーニャンは小刀のラーフマナを見る。

「比轍のダンナ、洪水ぐらい簡単に起こせるんですって」

 小刀がさらに冷えて、フーニャンはまた慌てて肉球を小刀から放した。

「とりあえず、だ。アーケリには「洪水ぐらい簡単に起こせる」ような化け物はいないから、マケイシュナが転生してくると、またアーケリが大きく混乱するかもしれない。それを懸念した王が、三大王のもうひとり、世界樹の神ナーシャに、マケイシュナを二度と転生させないでくれと頼み込んだ」

 フーニャンは小刀を見つめ、それからおもむろに熊震を見上げた。

「伎芸天?」

「伎芸天」

 小刀が冷え切った状態でフーニャンに「化け物だぞ」と訴える。

「伎芸天というのは化け物?」

 熊震はフーニャンの問いを聞いて芦楓と顔を見合わせた。

「化け物かと訊かれたら、そもそも比氏というのが化け物のような一族だ」

 芦楓が答える。

「比一族には必ず六心がひとり生まれる。生まれるというよりは用意される。それが王の影というものだが、王が王墓に繋がるのと違い、比氏の六心は、ひとりひとりが王墓に匹敵する力を持つ者として央原君が作りあげる。だから比氏の六心は、ひとりひとりがそれぞれに、蘇の歴史そのものを抱え込めるだけのバカ力を持つ。玄二妃ひとり、伎芸天ひとりの力を受け止めたところで、比轍は比轍のまま、一日も寝込んで彼らの力を自分の物として使いこなすぐらい、お茶の子さいさい。私は芦氏のなかでもいざというときには比氏に仕える者として育ってきたから、こういうことも教わる」

 熊震とフーニャン、それに小刀のラーフマナは芦楓を見つめた。

 芦楓は「比轍は化け物なんだ」と笑ったが、熊震とフーニャンは顔を見合わせる。

「これは勘当したくなるわぁ……」

 フーニャンが呟くように言い、熊震が首を振る。

「勘当しちゃダメだろう……追い出すならこいつの記憶をひとまず全部消してからじゃないと……」

 芦楓が首を捻る。

 熊震は芦楓に問う。

「比氏に仕える者じゃなければ芦氏にも比氏の実態を知らない者がいるんじゃないか?」

「うん」

 芦楓が頷く。

「……」

 黙り込んだフーニャンと熊震を前に、芦楓はまた笑った。

「もう芦氏追い出されたからな!」

 フーニャンと熊震は芦楓から顔を逸らす。


「比轍殿の危機感のなさ、きっとこいつに学んだんだな」

「芦楓のダンナ……子供のころからこんなだったわ……こうやって比轍のダンナをお喋りでお気楽な道に引きずり込んだんだわ……」


 小刀は呆れた。


「マケイシュナがいるなら全部マケイシュナにやらせりゃいいのに」

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