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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
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龍と妖狐と魔法の小刀(9)芦楓の法講義

 暗雲。

 芦楓は熊震ゆうしんの言葉を聞いて絶句した。

「王がせっかく頴州えいしゅうを他州から切り離したのに、地公廟が繋がっているだと?」

 熊震は芦楓の表情がきついのを見て顔をしかめる。

「梅香殿からは芦楓殿に伝えて、地公廟から地龍王のご判断を仰げと言われたが、地龍は地龍で天龍たちからは独立しているのに、なぜ地公廟まで切り離さねばならないのか、私は納得がいっていない」

 そう言った熊震を睨みながら、芦楓は頭を掻いた。

「東蘇天公である王が毒に触れるのは困る。それと同じぐらい、地公にも毒に触れられては困る」

 毒、という言葉に、フーニャンが顔を上げる。

「アヘンのこと?」

 芦楓はフーニャンを振り返って頷いた。

「王や地公がアヘンに触れては困る。あと、それと同じぐらい、比轍にも毒に触れられては困る」

 フーニャンは芦楓の言い分に苦笑する。

「芦楓様は昔から比轍様だけ特別扱い。芝居小屋にお芝居を見に来ていても、比轍様が客席や芝居の舞台から見えないように、席に結界をかけていたでしょう」

 芦楓は口をへの字に曲げる。

「……比轍は……いつか邸から出してもらえなくなる。その前に楽しみがあったっていいじゃないか。あいつは王の影なんだ。私は王の影に従う法の番人になる」

 王の影。

 熊震が手を挙げた。

「その王の影というのは、地公廟の儀典官の口から同じ名称を聞いたことがある。しかしそれが何なのか、私にはよく理解できていない」

 芦楓は熊震を振り返って肩を竦め、それから結界を張るように熊震に言う。

「その眷属たちもしまってくれ。他の誰にも聞かれたくない」

 熊震は芦楓の頼みに頷き、それから眷属のヘビやカナヘビを自分の手に握り込むようにして消した。

「これでよいだろうか?」

「ありがとう」

 芦楓は熊震に頷いて見せる。


 *** *** *** *** ***


「王の影というのは、王の分身だ。もっと正確に言うなら、王墓そのものの分身を務めることになる六心王龍のことだ。比一族というのは、そもそも初王の双子の弟である比全を先祖に持つ一族で、比全以来数千年に渡って王の影武者を務める六心を育ててきた。比轍は自分が史官になったことを偶然だと思っているが、そうじゃない。央原君と王墓が取り決めた法に従っているだけだ」

 熊震は芦楓の言葉に首を捻った。

「央原君と王墓が決めた、法?」

「そう。法の家である我々芦一族では、それを『央原君ののり』と呼ぶ。芦一族の誰も、央原君が決めるこの法に逆らう法は作れない。それに逆らった法を作ったところで効力は無効化されてしまうという、いわば最上位の憲法であって、世界のくびきにあたる」

 芦楓は熊震とフーニャンに説明する。

「この『央原君の則』と似たような物は各国……玄、蘇、炎、朱、ヴェスタブール、この五大陸それぞれにあって、ケルグンでは『ウランダヤルの法』、エニシャでは『ヤーシュの聖典』、アーケリでは『ヤシャンダラ法典』、ヴェスタブールでは『神の戒律』と呼ばれる」

 熊震は芦楓を見る目を細めた。

「なんだか官僚試験の試験勉強に出てきた明法科の授業みたいになってきたな」

「それ」

 芦楓は熊震に指を立てて見せる。

「我々芦一族は、ただの五心貴族ではあるが、法の番人であり、下位法の支配者だ。上位法には従わざるを得ないし、上位法に逆らう法律は作ることも執行することもしない。比一族の六心児を史官として王墓の書記官に配属するのは、上位法の立法者である央原君の要求であって、王や芦一族が勝手に決めてるわけじゃない。王は「これは法で定められております」と芦一族に言われれば、頷くしかない」

 熊震は芦楓の説明に「はあ」と曖昧に相槌を打つ。

「ねえ芦楓様、それは王の影とどう関係するの?」

 フーニャンの問いに、芦楓はフーニャンを振り返った。

「王の影というのは、王の影武者だ。王とまったく同じ権限を持ち、王墓が持つこの国の記憶をすべて取り込み、王が不慮の事故などでこの世界を道連れにして壊れるかもしれない事態になったとき、王の影は六心龍王として、この世界を王の支配から切り離し、自分の支配下に置く。つまり、王墓に王と認められた者が王として動けないほど、気が狂ったり傷付いたりしたときには、比轍が王の影武者として王権を奪わねばならない」

 そう言い切った芦楓を眺めて沈黙したフーニャンと熊震は、図らずも揃って表情を引きつらせる。

「王の気が狂ったら比轍様が王になる?」

「そう。王を裁く者は他にいるが、王の影は、王を裁く者とは違う。王から王墓のためし無しに王権を奪うことができる唯一の存在であって……」

 芦楓は唇を小さく噛みしめてから、大きく深呼吸をして言葉を繋ぐ。

「私は、王の影になるべく作られた比轍の世界に連なる者として育てられてきた。比轍が王の影として自分の世界を持ったとき、私がその世界における法の番人になるということだ」

 呟くように言った芦楓を見つめ、熊震は「はー……」と大きく嘆息した。

「比轍殿は、それをご存じなんだろうか?」

「いや、比轍はまだ知らない」

 芦楓は断言する。

「……まだ、今はまだ知らないはずだ」

 自分の確かさを確かめるかのように、芦楓は繰り返す。

 芦楓は大きく嘆息してから顔を覆って目を閉じた。

「六心を毒に触れさせてはいけない。六心、特に王と、王の影。そのふたりを毒に触れさせてはいけない。彼らが毒に触れたら彼らに属する眷属の五心が狂い、そこから世界が狂って行く。炎から流れてきたアヘンが人や獣を狂わせている間はまだ打つ手がある。龍に触れたらどこからどのように王や影に行きつくか分からない」

 フーニャンはじっと芦楓の言葉を聞きながら、比轍が芦楓に渡した小刀を取り出した。

「比家の坊ちゃまのほうが心得ているかも」

「は?」

 芦楓はフーニャンを振り返る。

「この小刀、魔除けがかかってる。悪意を持つ相手から身を隠すためのまじないも」

まじない……」

 芦楓はフーニャンの言葉を繰り返した。

「これを持っているとどうやらゴロツキたちには私が見えないらしいの」

 フーニャンは芦楓に言う。

 芦楓は小刀を見つめた。

「そいつは」

 熊震が小刀を指す。

「比轍殿が炎の骨董屋に特別に探させていた。お友達がキツネに騙されてしまうのではないかと心配だったらしい」

 フーニャンは熊震を振り返った。

「この小刀の来歴を訊いた?」

「訊いていない。が、たしかなんとか……ジーナ……アッバーフ……悪霊を払うとかなんとか」

 キラリとフーニャンの首にかかった木の首飾りが光る。

 芦楓、フーニャン、熊震の三人は、首飾りからゆっくりと漂い出した文字を小刀から放たれる白い光が切り刻むように粉にして消し尽くすのを見た。

 しばらく小刀を見つめていた三人は、顔を見合わせて口元を押さえる。

「今のは……なんだと思う?」

「……悪霊をなんとかしたのじゃないか?」

「それじゃあたしが姐姐(ねえさん)からもらった首飾りに悪霊が住み付いてたみたいじゃないのさ」

 芦楓と熊震はフーニャンを見る。

「悪霊が、住み付いていたんじゃないか?」

 フーニャンは芦楓と熊震を見た。

「悪霊……」

 熊震は人の姿をクマに変えて鼻を引くつかせる。

「他人の臭いはしない。あの光は本当に散ったらしい。それから、消えている臭いが、その首飾りの、アヘンのにおいだ」

 芦楓は熊震に目を向けた。

「アヘンのにおいが消えている?」

 熊震は芦楓にむかって頷く。

「悪霊が消えて、アヘンのにおいが消える」

 フーニャンが笑う。

「アヘンが悪霊?」

 芦楓がフーニャンの言葉に視線を彷徨わせてから天井を見上げた。

「もしそうであったら、すごいな。この小刀で頴州えいしゅうからアヘンをはらって王と影の無事を確保できるかもしれないわけだ」

 熊震はすいと手を挙げる。

「今の話、地公廟から儀典官越しに螺珠らしゅ様にお伝えしてもよいだろうか? その後は地公廟のほうからも天公廟と同じように頴州と他州の情報連絡手段を切り離してもらうし、私の眷属たちにも他州への連絡は取らせない」

 芦楓は熊震をちらりと見てから手を小さく振った。

「すぐにはその小刀がアヘンの効力を消したとは言い難いし、それをすることによってどのような影響が出るかが分からない。他に、試すことができる何かが欲しい」

 熊震は怪訝な表情で目を細める。

「試せばいいんだな?」

 熊震の問いに芦楓は黙り込み、渋面を作った。

「試す前に、どういう条件でどのような相手になら試してもよいかを検討しなくてはならないだろうし、小刀が本当にアヘンを悪霊として排除しているのかどうかという確証も得なくてはならない。それから条件によってはその家族にも累が及びかねないし、それでうまくいかなかった場合にどうあがなうかという問題もあるだろうが」

 フーニャンにも熊震にも、芦楓の懸念は、決断を遅らせるための言い分にしか聞こえなかった。

芦大人ろさま、そんなこと言ってるよりは、アヘンくつから数人、連れ出してくればいいのじゃなくて?」

 熊震もフーニャンに頷く。

「私もそう思う」

 芦楓は思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。

「なんでふたりともそう短絡的なの!」

 フーニャンと熊震はちらりと顔を見合わせてから、ふたりともそれぞれにあらぬ方向を見て肩を竦めた。

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