表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
67/106

龍と妖狐と魔法の小刀(6)もしも世界が狂ったら

 芦楓は埃を払った家で、長椅子にでも寝転がろうかと考えて周囲を見回し、長椅子がないことに気付いた。

阿轍あてつ

「うん?」

 蛇が顔を上げる。

「この家には長椅子とか……なんか……見当たらないんだが……」

「じゃあ、たぶん長椅子はない」

 芦楓は蛇を見た。

「この家には、色々なものが足りない」

「……」

 蛇が無言になる。

「なにか、こう、フーニャンが帰ってきたときにびっくりしてもらえるような工夫できないだろうか」

「うん?」

「たとえばだ、阿轍、フーニャンが帰ってきたときにこの埃だらけの家がきれいになっていたらびっくりするに違いない」

「そうだね」

 蛇越しに比轍ひてつが頷く。

「つまり人手が足りない!」

「そうじゃない。掃除してみたら?」

「掃除をしてみようとは思ったが、使用人がいない」

「州宰相のときにもらった俸禄ほうろくはどうした」

 芦楓はまた蛇を見た。

「使い切った」

「……なんで使いきれるの? 州宰相ってそんなに薄給じゃないよね?」

 芦楓は蛇の隣にしゃがみ込む。

「フーニャンを買い取った。史娘しじょうも買い取ろうとしたんだが、他の劇団員や子供たちを先にしてくれと頼まれて買い取ったら足らなくなって、子供たちは苹州で天公廟に入れたものの、その使い方を管家しつじに見つかった結果がこの勘当騒ぎだ」

 蛇越しに親友の罵声を覚悟した露風は、蛇がなにも言わないことに疑問を感じてちらりと蛇を見た。

「アヘン窟の話だって史娘から聞いたさ。それは、腰を据えて時間をかけないと解決できないものだが、その矢先に勘当だ」

 黙り込んでいた蛇が「史娘」と呟く。

「史娘ってあの史娘? 柳州で舞台持ってた」

「あの史娘」

「買い取ってどうするつもりだったの? 妾にでもする気だったの?」

下種げすの勘繰りやめろ。仮にも王族の端くれのくせに」

「比氏は王族じゃない。貴族。芦氏と同じだ」

 比轍の言い分を芦楓は嘆息で吹き飛ばす。

「六心王龍だろうが」

「六心差別やめて」

「差別じゃない、区別。例えば私は勘当されて……今でも五心ではあるが、やっぱり肩身が狭いというか、なんとも居心地の悪い感じがあって、おまえのように両親とも六心で、生い立ちからして幸せなのんびり屋とは違うのが、さらに差がついたなあと思うわけだ。というのは、蛇が相手だから言う」

 芦楓は蛇を見てから、繰り返す。

「蛇が相手だから言ってるんだからな」

「蛇越しに聞いてるのは私だし、今まで芦楓にそんなこと思われてたなんて知らなかったけど、一緒に芝居を見に行ったりするのも私が比氏の六心だったから、表向き相手してくれていたの?」

「時には、そういうこともあったよ」

 芦楓は膝を抱えた。

「それは初耳」

「そりゃあ面と向かっておいそれと言えないだろうが。私がそう思っているというよりは親戚たちの扱いがそうなんだ。最初に学問所で一緒になったときに声をかけたのは、比氏のお坊ちゃまがいるからしっかりお傍についておけと言われたからだ」

 比轍の声が「あ、そう……」と落ち込む。

「うちは司法、比氏は建築土木、仲良くなるといいことがあると言われて一緒にいた」

「……その前から知り合いではあったよね?」

「そうだよ、物心ついたころから知り合いだった」

「……一緒に芝居を見に行ってくれたのは、ただのご機嫌取りだったのか? 私は親友だと勝手に思っていたけれども、それは私ひとりがそう思っていたのか?」

 芦楓は蛇の頭を小突く。

「芝居を観るのは私も好きだし、阿轍と話をするのは楽しいし、芝居や小噺や小説を書くのも好きだから、早いうちから親友とは思っていたよ」

「本当に?」

 比轍の問いに芦楓は「そりゃ」と頷いた。

「……阿轍はどうなんだ。私が勘当されると聞いて家から米から売り払えるような骨董まで用意して、いくら親友でもやりすぎだとは思わないのか?」

 蛇が芦楓の言葉を比轍に送り、比轍が蛇越しに笑う。

「思わない。だって家はぼろいし、物は炎国の商人を通さないと売れない骨董だよ」

「阿轍おまえ、この家はぼろいし、物は容易に売れない骨董ばかりだと知ってて用意してくれたわけか」

 呆れた芦楓に、比轍はまた蛇越しに笑った。

「だって阿楓、フーニャンと一緒ならきっと楽しかろう?」

「楽しいよ、たぶんね」

 芦楓は嘆息する。

 蛇越しに、比轍は言う。

「ほとぼりが冷めるまでフーニャンと頴州を楽しむといい。私は柳州から出られない。ほぼ監禁状態だ。たしかに勝手に炎国に行った……行った……泰俊殿が道を開いてくれたから。それだけで出入り禁止の結界張られるなんてひどい……」

 比轍の声は机にでも突っ伏したのかずいぶんとくぐもっていた。

「泰俊殿下が道を開いてくれたからと、勝手に炎に出るな。そもそも阿轍、おまえは苹州へいしゅうに出たときにも勝手に柳州を出ていた」

 芦楓に言われて比轍は「それはまあ」と言葉を濁す。

「一度目の苹州は芳俊殿下と会えたから柳州の外に出られたし、二度目の炎国は泰俊殿下が呼んでくれたから炎国までの道が開けた」

 比轍の言い分には芦楓が蛇を小突いた。

「家の決まりでおまえは柳州から出るなと言われているのだから断るのが賢明だった」

 蛇がまた無言になる。

 しばらく無言になったあとで、芦楓は蛇を撫でた。

「阿轍が言っていた「書庫の男」は泰俊殿下だったのだろう?」

「そう」

「……書庫に通い詰めていたころの阿轍は、話の中身がだいたい書庫の男の話だった」

「書庫に通い詰めていたのは、史公から書庫の書をありったけ覚えろと言われたからだ」

 芦楓は頭を掻く。

「そんなものジジババどもが段取りつけた見合いの口実に決まっているだろうが」

「そうなのだろうか」

「そうでなければ、深奥の書庫になんぞ行かれるか。芦氏が法の縛りで九重の結界を張った書庫だ。兵部も一層ごとに追跡に長けた武人を置いている。新入りの書記なんぞに軽々しく通行証の令牌りんぱいを渡すものか」

 比轍は「あ、そう……」とうつろな声で蛇越しに反応した。

「書庫に行ったのは泰俊殿下だけだそうだ」

「そうだろうね、話をしたのは泰俊殿下しかいなかった。だいたい、比氏の子供と会うと言ったら皇子たちにとって普通は屈辱じゃないか。比氏は初王の双子の弟が始祖になった家で、王になる望みがなくなった皇子が追い出される先だ」

 芦楓は「まあ、そうね」と頷く。

「むしろ泰俊殿下が、なんで来てしまったのかが分からない」

「それは本当にね」

 芦楓は比轍の評価に同意する。

「阿轍、自分がどんなだったか覚えてるか?」

「いや? 自分がどんなだったかなんて、客観視して覚えてるなんてことないでしょ」

 芦楓は蛇をちらりと見た。

「そうか。阿轍でも無理なのか」

「なんで私ならできそうだとおもったの?」

「六心というのは、人外というか龍外というか、生き物ではない種族だし」

 蛇が芦楓に「心外」と伝えてくる。

「いや、でもそういうものだと五心の子供は教わるわけだ」

「それで、芦家では「六心は人外で龍外なのだ」と教わるわけ?」

「そう。彼らは神々だと教わる。ひとたび六心の王龍たちのご機嫌を損ねたら何が起きるか分からない」

 蛇が「へえ」と相槌を打ってからゲンナリと床に伏した。

「私と話をしていてもそう思った?」

「思う、すごく思う」

「……阿楓でもそう思うのか……」

「おまえが宮中に行ったときに思った。六心の争いは怖い」

「阿楓もその後、天牢に入ったじゃないか」

「入ったよ」

 蛇が頭をもたげる。

「ならなにも変わらないじゃないか」

「置いて行かれそうだと思ったからだ」

「置いて行かれる? 阿楓が? 私に? ご冗談。私が阿楓に置いて行かれるなら分かるよ。私はほら鈍くさいから。それで、フーニャン以外の子供たちも、落ち着いたら天公廟から引き取るのか?」

「天公廟に入ったのが不幸だと言う子供がいたらな」

 芦楓の言葉に蛇が「あ、そう」と頷いた。

「ところで、埃が浮いた米だが」

 蛇が言う。

「うん」

「おまえ処分に迷って放置してるだろう?」

「うん」

 芦楓は蛇の前で耳を塞ぎながら曖昧に返事をした。

「阿楓、ざるせば米を捨てなくてすむよ」

「……おまえさっき、二択……」

「あのまま台所を離れて長椅子を探すとは思わなかった」

 芦楓は蛇の尻尾を掴んで振り回したが、振り回される被害者は蛇であって比轍ではなかった。


 *** *** *** *** ***


 フーニャンは、襤褸ぼろ屋に帰宅して目を細めた。

 蛇がくたばっている。

「……」

 ちらりと熊震ゆうしんを見ると、熊震は頭を押さえていた。

「私の眷属……」

「蛇だけど、クマの眷属なの?」

「梅香殿との伝令役だ」

 フーニャンは熊震を眺める。

「梅香殿って?」

「史公の比轍様の別名」

 フーニャンは熊震を見つめたまま一切の動きを止めた。

 比轍。

 また比轍だ。

(まあ、そうか。芦楓様の知人ならば比轍様の知人でもおかしくはないか。でも梅香というのが別名?)

 熊震はフーニャンを見た。

「比轍様は変人なんだよ。未婚の男でも未婚の女でもあり、芳俊殿下の母でもある」

「芳俊殿下って、皇子なんじゃないの?」

「王弟。先王の皇子」

 フーニャンは怪訝な表情を見せる。

「比轍の旦那は芦楓の旦那と一緒に芝居小屋に通ってきてくれていたけれど、それが女性で先王の妃だったなんてね」

「少々誤解がある。先王の妃に憑依されて器を共有しているような状態だ」

 熊震の言い方にフーニャンは首を傾げてから首を振った。

「龍が幽霊を信じるですって? 馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しい? この世の中には幽霊も妖怪もいる、狐狸仙だってその不可思議の類だろうに」

「私は妖怪の仲間じゃなく、狐狸仙。一緒にしないでちょうだい」

 フーニャンの不機嫌な反論に、熊震は「ははっ」と笑った。

「芦の旦那! フーニャンをお返しする! 地公廟には結局行かなかった!」

 声を張り上げた熊震は、芦楓が隣室から顔を覗かせたのを見てから「ああ」と嘆息した。

「いた」

「いるさそりゃ。フーニャンが戻るまでになにかと思って、粥を作っていた」

 熊震が芦楓を呆けたように見つめる。

「え? 芦楓殿がですか?」

 芦楓が熊震を見て「そう」と頷く。

「荒っぽく作り込んだクマの態度が素に戻ったな」

「驚きすぎてうっかりいたしました」

ゆう一族は地龍五心の武人一門なのだから、天龍五心の芦一族と対等だと思うのは私がおかしいのだろうか」

 芦楓の問いに熊震は笑いながら頭を掻いた。

「地龍五心の一族であることには間違いありませんが、芦一族と対等だと言われるとどうかなとは思いますよ」

 芦楓も「はは」と小さく笑う。

「熊震殿は芳俊殿下と阿轍に近いからそう思われるだけだ。彼らは六心、段達殿と同じく天上の神々だと思ったほうがよい。私たち芦一族がやることは、そこにある法を規則正しく作りなおし、使えるようにすることであって、それは熊一族が武人の一族として戦術を規則正しく使えるようにすることと同じだ」

 熊震は「ふむ」と納得したように頷いてから芦楓を見た。

「この先、頴州えいしゅうは天龍地龍いずれの加護も干渉もなくなりますが、本当に頴州に居を構えるおつもりですか?」

 芦楓は頷く。

「頴州の混乱を引き起こした原因のひとつは、フーニャンにも指摘された。私が法を作り使う順番を間違えたせいだ。それに対して、王たちは頴州を他の州から再度隔離することを決めた。蘇国内だけでなく外国からも切り離すという決断だ。荒稼ぎするために頴州に入ってきた連中は、出身州の籍を失って頴州と一蓮托生。ここで王に消され塵になっても文句は言えない」

 それから芦楓は熊震の両肩に手を置いた。

「頴州が閉ざされる前に苹州に戻ってほしい。できれば柳州に行って、阿轍と主従ではなく友人になってやってくれるといい。あの男には友人が少ないんだ」

 熊震は芦楓の手を肩から下ろして、芦楓の肩を軽く叩く。

「熊一族を甘く見ないでいただきたい。頴州が完全に切り離されない限り、行き来しようと思えばどうにかなります」

「それでも、まずは一度でよいから、私がどうするか眺めるだけにしておいてくれ」

 芦楓は熊震の胸を拳で軽く叩き返した。

「阿轍が正式に王の影になったとき、私は親友がもうひとつの世界で王として君臨するのが見たいんだ。そのときには影のほうの世界で、阿轍の輔弼ほひつとして規律を作り守る者でありたいと思う。いま頴州の在り方について、私はやり方を間違えた。これを理想的な形に向けていくのに阿轍に助けてもらおうと思ってしまったら、私は親友の前で胸を張って「私がおまえの片腕になる」なんて言えなくなる」

 熊震が芦楓にむかって「すみませんが」と手を挙げる。

「王の影とは……儀典官がそのような話をしていた記憶はありますが、天龍の世界ではどのようなものなのです?」

 芦楓は熊震の質問に、小さく困ったような笑顔を浮かべた。

「王の影はもうひとつの世界を作る役目を持っている。世界が狂って、央原君がやりなおしを決めたとき、王の影が作った世界が開放されることになる」

 熊震は首を捻る。

「まったく意味が分かりません」

「地龍は、地龍の世界とこの世界を行き来するだろう?」

「……ええ、そうですね」

「地龍の世界がこの世界と重なり合った別の世界であるのと同じように、王の影が作る世界は、この世界と重なり合った別の世界だということ。ただ、地龍の世界と恐らく違うだろうと思われるのは、王の影が作る世界は、この世界と同じ文化、同じ文脈を共有していること」

 熊震は顔をしかめてから「なるほど」と鼻を鳴らした。

 フーニャンが熊震の横で呆れたように「ふ」と笑う。

「芦楓様は比轍様が大好きなのに皇子様たちに取られてしまったから見返したいの。だから、これから頴州を立て直すのに比轍様の手を借りたくないし、終わったときに「どうだ」と胸を張りたいの」

 芦楓はフーニャンを見て目を細める。

「利害の一致だ。フーニャンは史娘を助けたい、私は比轍を見返したい」

「はいはい、利害の一致です」

 フーニャンはふさふさとした尻尾をゆったりと振った。

「とにかく、この先はまず六心に手は出させない。それが王族だろうと比氏だろうと」

 芦楓は言い切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ