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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
63/106

龍と妖狐と魔法の小刀(2)ケシ、また、ケシ

 茶館の一角。

 四角い窓に刺繍のあるカーテンが揺れている。

 タジャンはきょろきょろとスジェの「喫茶店」を眺めまわした。

 建物は木造。

 スジェの王宮が色とりどりの絵の具で彩色されていたのとは違う、主に木の色だけの建物だが、エニシャの喫茶店が平屋建てか、二階建てぐらいの日干し煉瓦で作られているのとは違って三階建てか四階建てか、まずまずエニシャの一般的な建造物よりも上に向かうような作りの建物だった。

 窓はエニシャと同じように透かしの模様が彫り込まれていて見る者の目を楽しませる。

(あの窓枠はエニシャと同じく幾何学模様の組み合わせだが、反対側は別の模様だな)

 眺めるタジャンをちらりと振り返り、比轍が「後で案内しよう」と小さく笑った。


 芦楓ろふうはタジャンを見てから比轍ひてつを見た。

「エニシャ人?」

 不躾な芦楓の問いに、タジャンはコホンと咳払いをして荷物を床に下ろす。

「ビジュー様から婚約祝いとして骨董をお贈りすると伺いまして、スジェ貴族のお方が見ても他の調度に見劣りしないものを選んでまいりました」

 そう言いながらタジャンはちらりと、芦楓が連れている女の尻尾を見た。

「みんな尻尾を見るの、そんなに珍しい?」

 照れたようにそう言う女を前にして、タジャンは大きく頷いてから右手の人差し指と中指の二本を揃えて胸の前で一文字を切る。

「あなたの行く道に幸運がありますように」

 タジャンはそう言ってから自分の品物に目を移し、まずは大きめの壺を手に取った。

 見るからに古い銀器は少々くすんでいるが、澄んだ色のルビーが嵌められている。

「こいつはアーケリ産の銀器で、ルビーも同じアーケリ産の極上品です」

 芦楓は「ふうん」と鼻を鳴らした。

「しかしくすんでいてずいぶんと……言っては悪いが安っぽく見える」

「磨く時に少しくすみを残したぐらいが骨董らしいもんで、ピカピカにはしないようにしているんです」

 芦楓が恋人を振り返る。

「どうだ、狐娘フーニャン、好みに合うなら断ることもない」

 タジャンに商品の説明を任せてお茶を飲もうとしていた比轍がグッと喉を押さえてゴホゴホとむせた。

胡娘こじょうじゃなく狐娘フーニャンなの?」

 狐娘が比轍を振り返る。

「大丈夫ですかぁ? あ! フーニャンが背中叩いてあげましょう!」

 比轍は慌てて手を振った。

「いや、大丈夫」

 タジャンはフーニャンを眺めてから比轍を見る。

「大丈夫」

 比轍がタジャンにヒラヒラと手を振って先を促した。

 タジャンは壺を置いて、白檀びゃくだんの箱を見せる。

「これは白檀ですが、まあだいたい百年ほど前の物です。しかしまだ十分に香りが強いのがこの箱のすごさというところです」

 そんなことを言うタジャンに芦楓は「白檀の箱か、蘇では珍しくもないが」と息をつく。

 タジャンは比轍に頼まれて持ってきた物を一通り説明し、それから芦楓に向けて言った。

「お大尽で生きてきた貴族のお坊ちゃまには珍しいもんじゃないでしょうが、これらの品々は骨董として間違いなく値が付くものばかりです。値が付くどころか、好事家相手なら値が吊り上がるシロモノです」

 タジャンが言いたいことが分からないのか、芦楓がタジャンを見つめる。

 その芦楓の視線に肩を竦めて、タジャンは言葉を付け足した。

「ご友人様のために選んだ結婚祝い兼お餞別です。お餞別が現金じゃ味気ないでしょう。それに現金じゃお坊ちゃんのころとおなじ暮らしをしていたらすぐになくなってしまう」

 芦楓は比轍を振り返って睨んだ。

「余計な気を回すなよ」

 文句を言う芦楓の横でフーニャンが壺や箱を眺めながら「すっごい古そう」と嗤う。

「平民暮らしに金銀宝石は持ち込めない。邸に帰れない平民暮らしの経験なら私の方が先輩だ。民家にあっても高価に見えなければ泥棒に持ち去られることもない。持ち込む先さえ間違えなければだいたい何かの時に元手になるだけの金額になる。そういう物を揃えてもらった」

 芦楓は比轍の言い分に不貞腐れた。

「私が追い出されるのは止めないわけか」

「止めない。面白いもの」

 比轍はのんびりと言いながらタジャンにお茶を淹れる。

「ミントティー、しっかり煮出して砂糖を入れてある」

 タジャンはちらりと比轍を見た。

「スジェにはバカたっかい値段のお茶があるとか聞いたことがあります」

「大臣の一年間の報酬と同じ値段のお茶がね、欲しい?」

「いいえ、けっこうです」

 言ったタジャンの横でフーニャンが手を挙げる。

「飲んでみたいです!」

 芦楓がちらりと比轍を見る。

 比轍がワクワクしている。

「今は季節じゃないから出せないが、雪露峰せつろほうの白茶「探春毛芽たんしゅんもうが」という早春の半月だけ飲めるものがある。一番摘みの最高級品質は「探春凝露たんしゅんぎょうろ」と言って天公地公にお出しする二杯分だけ、一芯二葉いっしんにようの新芽でなかでも特に香りがよいものを選りすぐったもの。諸州公や私のところに来るのは次の等級で「探春添露たんしゅんてんろ」と言って」

 芦楓は言葉を止めない比轍を放置したままフーニャンとタジャンを見た。

「こうなったら止まらないから、無視して問題ない」

 タジャンは顔を綻ばせて天を仰ぎながら「ふはは!」と笑った。

「リュヌ商会から任されている骨董のなかに八百年前に作られた白磁の茶器がありますからお見せしましょう」

 比轍はタジャンを見てキラリと目を光らせた。

「一千金出そう」

「いたしませんよ、そいつは一千金だろうが王族相手だろうが、勝手に売り払うのは勿体ない品物です」

 タジャンに否定されて比轍は「ふん」と鼻を鳴らし、ちらりと芦楓を見る。

「止まりましたよ」

「ずるいな」

 芦楓はタジャンに苦い顔を見せた。

「そりゃ商人にとっては褒め言葉です」

 タジャンは笑った。

「まあ……なんですかね、貴族のお坊ちゃんで州宰相まで勤めていらしたって言うんですから、もっときらびやかな物を選ぼうと思ったのですが、こちらの方がよいとビジュー様がおっしゃるので、こちらをお持ちした次第です。もし、売るつもりなら買い戻しますのでビジュー様を通してご連絡ください」

 そう言ってからタジャンは芦楓を見てパチパチと目をしばたかせる。

「ところで、何をなさると天龍のお方が人間界に住むことになるのです?」

 芦楓は恐る恐るといった風情のタジャンに「それがだな!」と意気を高揚させた。

「王がおいでになったときに、いつ炎王との婚儀を公にするのかと聞いただけなんだなこれが!」

 芦楓は言う。

「男としては後宮……エニシャ語だかヴェスタブール語で言うハレムというのは、やはり誰もが一度は羨む女の園、側室がおふたりに、地公の螺珠らしゅ様、三人ともそれぞれに人間離れした美女だ」

 タジャンは「人間離れ」と繰り返し、芦楓を見た。

「お三方とも龍族ですか?」

 芦楓は「あ」と頭を押さえた。

「そういう意味では、みな龍族だから、まあ人間離れしているが、それにしてもだな、螺珠様は地公で、緑の大人らしい着物がとてもお似合いで、それにとても静かな方だ」

 芦楓は言う。

「芦娘は私の従姉で、まあとても……厳しいがいい姉だ。それから恂娘は恂家の令嬢でなにしろ女らしい豊満な」

 ここからとばかりに芦楓が気合を入れて説明しようとしたところで、比轍が芦楓の前で拳を机に叩きつけた。

「後宮やハレムが男の夢だ、羨ましいみたいな、ありきたりなことを言ったの? 王に?」

 芦楓は比轍を見て「言った」と笑う。

 フーニャンが芦楓の前におやつを差し出す。

「後宮、お客さんみんな憧れですもんねー」

「そうだよねー、後宮に美人が三千人! 五心でもいいから皇子か公主か……そのための後宮なんですからとは言ったー」

 比轍は芦楓の前に置いた茶器を奪い取るようにして二杯目を淹れ、ダンッと勢いをつけて置いて笑みを浮かべた。

「貞俊様に嫌がられただろう」

 芦楓は比轍に言われて「そうなんだよ」と呆れた。

「阿楓、貞俊様に左右妾がついたのが、二十歳ぐらいで、人の年齢なら十歳から十二歳ぐらいの頃だそうだ」

 比轍の言葉に芦楓は「二十歳」とポカンとした。

「男一人で女を横に侍らせるのがお嫌いなんだそうだ」

 芦楓は比轍を眺める。

「螺珠様とは仲がよいと伺った」

「おふたりとも嫌な目にお遭いになって、女二人で被害者の会のようになっている」

「……訊いてよいか、比轍」

「どうぞ」

「王は、男だろう?」

 比轍は芦楓を眺めて「いや」と首を振った。

「男でも女でも自分の好きなようになさる」

 芦楓はまた比轍を見る。

「王は美女か?」

 比轍は芦楓を嘲笑ってから「美人」と頷く。

「阿楓、牡丹楼の史娘しじょうを覚えているだろうか?」

「覚えてる」

 比轍はニヤリと笑った。

「史娘は長身で細身でしなやかで、おっとりした落ち着きのある女性だったと思わないか?」

「ん」

 芦楓は頷く。

「その史娘が天然の六心だったら、ぞっとしないか?」

 比轍の問いに芦楓は「ああ」と目を伏せた。

「つまり人間離れした美女じゃないか! その姿で朝堂にお出ましになってくださっていいのに!」

 芦楓は机に突っ伏す。

「朝堂は男の間だからその姿ではお出ましにならない」

 比轍が笑う。

「この国に女王が立ってもいいじゃないか。他国の男が王として婿入りしてくるわけじゃなく、炎王は後宮か奥の宮に正妃か側室として来るのだから」

「阿楓、おまえ、芦の伯父様の前で同じこと言えるか?」

「言えない。潔癖症だものさ。父上は女が男を堕落させると信じている」

 芦楓は笑った。

 フーニャンが芦楓の肩に手を置いた。


 *** *** *** *** ***


 芦楓とフーニャンを見送って、比轍はタジャンを前に椅子に腰かけた。

 紫檀の机にはガラス器で沸かされている湯と、茶器がふたりぶん揃えられている。

「望雲山の白毛翡翠という緑茶だ。探春毛芽ではないが、ひとり分8克で百タパカはする上等の茶葉だ」

 タジャンは茶葉を見て呆気に取られた。

「ひとり分で百タパカ? ジャファに売りつけた腕輪より高い」

「そんなものだ」

 そう言いながら比轍はタジャンを見る。

「あのフーニャン、ただのキツネだったのだろうか?」

「いやあ、力のある娘のように見えましたから、時にはあの小刀が役に立ちますでしょう」

 タジャンは比轍を見た。

「なにがさほどにご心配なのです?」

「彼の一族は司法の一族だ。その司法の一族で育ったはずの阿楓あふうが作った法が上手く機能していない」

 タジャンは「ふむ」と顎を撫でる。

「具体的にはどのような法なのですか?」

「興味あるのか? 骨董屋が」

「ありますよ。法が上手く働かないってなら抜け道があるのか、そもそも法の意義が曲げられているのかってことです」

 比轍はタジャンの前に茶を差し出しながら目を丸くした。

「タジャンが法に関する見識を持っているとは思わなかった」

「なに、法をうまく使うのも商売人ですよ」

 タジャンはそう言って差し出された茶を口に入れる。

「ハーブティーですか?」

「緑茶だ」

「そうですかい、ちっぽけな骨董屋には分かりませんがね」

 タジャンは笑った。

「構わない、このお茶を美味しいと思ってもらえたら、それでいい。泰俊デイジェン殿の州で作っているお茶なんだ。あの人は品種改良だ何だと言いながら、いつだってその改良されたという茶樹の土を調整したり改良したりという手間は私がやることになる」

 比轍の愚痴を聞きながら、タジャンはまた笑う。

「ビジュー様、あの狐の娘、一度リュヌ商会に預けることはできませんか」

「蘇の地龍だから、イェジン様ではなく螺珠ラジュ様が彼女の王だ」

 タジャンは比轍の言い分に「なるほど」と頷いた。

「それならば、大それたことをして人に害を為すとは思いませんが、そのラジュ様には知らせておいた方がよろしかろうと思います」

「それはタジャン、なんのために?」

 比轍は自分の茶器を置いてタジャンを見る。

 タジャンも自分の茶器を置いた。

「あの娘の匂い、なにもお感じになりませんでしたか?」

「少し甘めの香を焚いた香りはしたが、私には馴染みがない匂いだった」

 タジャンにそう言いながら、比轍は親友とフーニャンが去った方向を振り返る。

「あの娘が身に着けていた飾りに、ヤンジェングルのケシの香りが着けてありました。彼女自身はさほど力の強い精霊ジナではなさそうですから、これまで彼女の傍にいた誰かがヤンジェングルのケシが持つ幻覚作用の使い方でも教えたかもしれませんな」

 比轍はじっとタジャンを見つめ、それから「はあ!」と勢いよく息をついた。

「私はいま、おまえの鑑定眼を借りようと思った自分を褒めたいと思った! まさか鑑定眼でなく嗅覚で応えてくれるとは思わなかったけれども、ヤンジェングルのケシ……ジャファール殿の命を奪った麻薬だな」

 タジャンは頷きながら「そうですが、そうではないとも申しておきます」と付け加える。

「使い方の問題だと言われるでしょう。骨董の世界にはヤンジェングルのケシを媚薬や惚れ薬のような使い方をするために作られた装飾品がいくらでもございます。あのフーニャンが身に着けていた飾りも同じように、幻覚作用や媚薬のような効果で司法の名家のお坊ちゃんを引き寄せたのかもしれません」

 タジャンは呆れたように嗤った。

「ここでもケシか」

 比轍は呟いてからハッとした。

「頴州は蘭俊殿の領地だった。蘭俊殿の後ろ盾はバラカだった。バラカは、ヤンジェングルのケシを扱う」

 ヤンジェングルのケシ。

 比轍は「バラカ」と小さく呟いてから「思い過ごしかも」と首を振った。

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