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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
動乱始末
62/106

龍と妖狐と魔法の小刀(1)骨董屋タジャンの魔道具

半獣オタクの芦楓ろふうが目指した「獣生まれの地龍との共存」の日々、芦楓が妻に望むと連れてきた妖狐に怪訝な顔をする芦一族は、芦楓を一族から追放することにした。

芦楓から苦情を聞かされた比轍ひてつは芦一族の判断を否定しなかった。

阿楓あふう、州天公から州宰相罷免の裁可が下りた。頴州えいしゅうと各州の州境はしばらく閉ざされる。これも王族の州天公の皆様のご判断だ。龍としての力も地位も剥奪し、三心龍(平民)と同じ場所で過ごしなさい」


 芦楓ろふうは長老の言葉を聞いて呆然とした。

 その芦楓の隣には地龍の少女が座っている。

 芦楓は長老や一族の男たちの前で叫んだ。


「彼女が地龍だからですか! あなた方は自分が天龍で五心の上級貴族の家に地龍が嫁いでくるのが気に入らないということでしょうか!」


 芦家の長老や芦楓の両親を筆頭に、一族の男女がそれぞれに困ったような表情で顔を見合わせてから芦楓を見た。


「そういうことではない」

「あの……ねえ……? せめてその尻尾は隠せないのかしら……」


 尻尾。

 芦楓は年輩の女性に言われて自分の隣に座る少女を見た。

 彼女には尻尾がある。

 ふんわりとした狐の尻尾だった。

 芦楓は、せめて尻尾は隠せないのかと言った年輩の女性を見てきっぱりと返す。


「この尻尾も含めて、彼女です」


 *** *** *** *** ***


 一族を追放され頴州に流されるという友人芦楓の訴えを聞きながら、比轍ひてつは頭を押さえた。


「それで阿楓、どうして私のところに来るんだ」


 芦楓は比轍を見て顔をしかめた。

「おまえは比家の次期当主だし、地龍の眷属になっているし、婚約者は王子だ」

 比轍はさらに頭を抱えた。

「言っておくが芦楓、比家の権力や王族への働きかけで芦家ろけの長老たちが一族追放の決定を覆すかどうかと言ったら、それはない」

 芦楓は比轍を睨む。

「友達甲斐のないヤツだな。おまえだって異類婚姻譚の舞台を見ながら恋人同士が引き裂かれるくだりで泣いたじゃないか」

 比轍は芦楓に向かって首を振った。

「宮中ではおまえが州宰相として旗を振った頴州の法改定がかなり大きな物議をかもしている。蘇には地公廟があるぶん他の国に比べて地龍が天龍や人間の目から隠れて生きやすい環境があったし、動物に生まれた地龍たちが十分に育つまでの間に肉食獣や人間に狩られて死んでしまうのは生態系のなかで連綿と続いてきたことだ。いわゆる妖や仙と呼ばれる、人に化けることができるぐらいまで成熟した地龍たちは、動物としても群れを率いるおびとになっていたり、人に紛れて人間として生活してきたという事実がある」

 芦楓は怪訝な表情で、憤懣やるかたない様子で友人を見つめる。

「それがなんだ」

「頴州に特殊な性癖の者たちが集まりすぎておかしなことになってるのは知ってるか?」

 比轍が言うと、芦楓は眉間に縦皺を刻んだ。

「それは……」

青楼ふうぞくの摘発件数が全土で最多。そのうち八割が無教養な、特に若い地龍とその客を食い物にして荒稼ぎする者たちの違法な商売。王と地公はそれを快く思っておられない」

 芦楓は比轍を睨む。

「王と地公が快く思っておられないと言われたところで、そこで元手を得て人並みの生活が送れるようになる者たちもいる」

 比轍は芦楓の表情を見て顔を歪めた。

「阿楓、阿楓、阿楓、阿楓、阿楓! 自分がなにを言っているのか分かっているのか! 王も地公も秩序が崩れることを心配なさっている!」

 芦楓は比轍に利き手の人差し指を突き付けて立ち上がる。

「おまえを親友だと思って来た私が愚かだった。天龍だろうが地龍だろうが人間だろうが獣だろうが、そこに違いがあるものか。青楼ふうぞくが悪いか? 教育が行き届いて来なかった者たちに教育の機会を与えている者たちも多い、王も地公もおまえも、芦家のジジババどもと同じくそれを否定するような古臭い考え方だとは思わなかった」

 比轍は芦楓の隣で茶を啜る尻尾のある女をちらりと見た。

「その尻尾を隠さないのは芦楓の趣味か? それとも変化に不慣れなのか?」

 女は「ぷ」と小さく笑ってから長く伸ばして爪紅で染めた爪を比轍の頬に滑らせ、比轍の顔を見る。

「私の自己主張ですわ、大人ダーレン

 比轍は大きく息をついてから、手に小さな手鏡を取り出して開いた。


 *** *** *** *** ***


 エルバハンの青空が頭上に広がっている。

 セルリアンブルーと言うべきか、黄色味を帯びた濃い青い空に白い雲がぽつぽつとあり、広い湖の上には漁船が点々と浮かんでいる。

 小柄で細めの体躯に長いシャツを着て腰帯を結び、日用のガウンを羽織ったタジャンはその湖からふたつほどの区画を挟んだ通りで骨董こっとう品を店先に並べていた。

 市が立つ通りには日干し煉瓦の建物がひしめいていて、さらに店々は商品を陽射しから守るためにひさしや布張りの屋根を広げているために空は遮られて狭く見える。

 市には行き来に苦労するほど人が多かったが、タジャンの店で足を止めるのはだいたいが冷やかしの好事家で、タジャンもそれを知っていて値が付かないような物ばかりを店先に並べていた。


 タジャンは数年前の特殊な旅を思い出す。


 腕輪をかっぱらった子供を追って、店番を弟に任せて市中を走り回ったタジャンは、エルバハンには珍しいヴェスタブール人に出会い、そのヴェスタブール人が護衛を務めていた大商団「リュヌ商会」に同行して旅に出ることにした。その旅でタジャンはヴェスタブール人の騎士が龍の首を落として「ドラン退治の騎士」になるのを見た。

 見ただけでなく、タジャンはそのヴェスタブール人にさらに多くの龍を退治させて一儲け企んだのだが、その日々のなかで普段は神話や伝説でしか見ないようなドランを数多く見た。

 その金儲けをたしなめられた後、ネチネチと「こいつのせいで」と言われつつ、人間には珍しく鑑定眼を持って龍や精霊ジナたちが使う魔道具を扱っていたタジャンは、その鑑定眼のおかげで旅行の後も、上等な魔道具や封魔具を持ち込んだり売ったりできるようになった。

 リュヌ商会にいたヴェスタブール人の行き先は隣の大陸スジェの王都にあるスジェ王宮だった。

 そして旅の果て、スジェの王宮では、スジェ王もその弟たちも見た。

 見たが、旅に持って行ったいわゆる魔道具や封魔具はひとつも買ってもらえなかった。

 仕方がなかったのだ。

 スジェの王宮はエニシャのオアシスで訪ねたことのある貴族や豪族の邸と違い、商売に向く場所ではなかった。

 なにしろ彼らは、商売をしようという者を迎えるためにそこにいたわけではなかった。

 さらに彼らスジェ王族は、エニシャ人たちのように精霊ジナを怖がる者たちではなかった。


 タジャンはぼんやりとエルバハンの賑わいを眺める。

 スジェという国で見た賑わいは、エルバハンの賑わいとは違った。

 タジャン思うに、自分が安心できる賑わいはまず間違いなくエルバハンの賑わいだ。

 それから商隊キャラバンと取引するときの緊張感も安心できる。

 スジェにはその安心も緊張感もどちらもなかった。

 端的に言えば、物が違いすぎる。

 エニシャのオアシスで王を名乗っている者たちとスジェの王族では物が違うのだ。

 オアシスの王たちは王とは言いながらも、その活動は人のようだった。

 スジェの王族は人とはかけ離れた生活をしていた。

 オアシスの王たちは見るからに裕福で金銀財宝に囲まれた生活をしている。

 スジェの王族は、鑑定眼を使ってじっくりと見ればその生活がどれほど想像を絶する天上のものかを知ることができるが、パッと見では質素にさえ見えるようなものだ。

 目に見えるところに透明度が高く光り輝くような宝石を飾ることも、金銀の細工を飾ることもない。

 だが、その王宮は空中に浮いていた。

 王族の者たちは「浮島」とか「貫海山」と呼んでいたが、その土台は巨大な浮き水晶なのだと言った。

 浮き水晶の島に作り上げられた建物の数々、雲海を見渡す迎賓宮、浮き石の階段を上り到達する物見の四阿あずまや……。

 四阿から見た王宮は彩雲に包まれていたが、何十ものやぐらに囲まれた広大な場所だった。

 鑑定眼を使って時間をかけて見て回れば、迎賓宮の調度品は紫檀や黒檀で作られた頑丈な物で、そこに飾られた陶磁器の植木鉢には瑠璃や瑪瑙や翡翠といった玉で作られた造花が植えられている。

 何枚も重ねられた着物は最上級の絹で、模様には金糸も使われていた。

 王族の女性、ビジューの腕に飾られていた細い銀の腕輪には見たことのない宝石が嵌められていて、それは何かとタジャンが問うと、彼女は、これは淡水珊瑚だと言った。

 タジャンは淡水珊瑚というものを聞いたことがなかった。

 それどころか、珊瑚というものを聞いたことがなかった。

 ビジューと名乗っていたスジェ王族の女性が言うには、本来、珊瑚は塩分を多く含む海水で育つ宝石で、元は虫なのだという。スジェのその虫のなかには淡水で育つ種のものがいて特別な湖の深い場所でラピスラズリに勝るとも劣らない深い青みのある宝石になるという話だった。

 もちろんエニシャのオアシスを統べる王たちの王宮、少なくともエルバハンの王宮がスジェ王の王宮に劣るとはタジャンも思わない。

 黒味さえ感じられる白い大理石の柱を十メートル以上も切り出してなめらかな円柱に仕上げた門から、大理石と花崗岩の敷石を敷き詰めた道を踏んで王宮に入っていけば、道の両側には砂漠に囲まれた国とは思えないような瑞々しい緑を誇る芝生が敷き詰められ、砂ナツメや水柳といった独特の植生を持つ木々が植えられた庭、それにエルバハンが他のオアシスの追随を許すことのない広い湖から引き込んだ水で作り上げた人工の河を見ることができる。

 タジャンとしては紫檀や黒檀のように見ただけではぬるりとしていてその高級さが目立たない木よりも、マホガニーのような重厚で分かりやすい木のほうが好きだし、玄武岩なのか焼き物なのかわからない床の敷石よりも大理石と花崗岩だと分かる敷石のほうが好きだ。

 それにタジャンとしては、わざわざ目立たないように造花に加工された透明度のない宝玉よりも、金銀にはめ込まれた透明度の高い宝石のほうがいい。


 スジェ王の宮廷。

 それはまるで魔法仕掛けの、精霊ジナの庭だった。

 ジナたちが自分を縛る魔道具や封魔具を使うわけがない。

 タジャンは首筋に手を当てる。

 イェジンにもらった魔道具を下げている紐がタジャンの指に触れた。

 それは、イェジンやスジェの王族たち、それにかつてのエルバハン王などが「遠見鏡」と呼んでいる通信具だった。

 タジャン自身は元から自分の商売として魔道具や封魔具を扱ってはいたが、この遠見鏡は彼らが使っているのを見て初めて、こういうものがあるのだと知った。

 イェジンがタジャンにこの遠見鏡をくれたのは、簡単に言うとどうやらタジャンの居場所を知っておくためで、同時に「リュヌ商会について余計なことを喋ったら精霊ジナがおまえのところに向かうぞ」という脅しの意味があるらしいが、それでもタジャンとしてはこの「珍しい魔道具」が自分の商売用に手に入れたわけではなく、自分のために用意された物だということを少々嬉しく思っていた。

 タジャンは思う。

 この遠見鏡は自分がリュヌ商会と繋がりがあるという証拠なのだ。


 遠見鏡は、遠見鏡越しに自分に連絡を取ろうとしてくる者がいれば呼び出される。

 たまたま遠見鏡に触れていたタジャンは、遠見鏡を出してから店番を隣の店の若者に頼んで店の本体兼自宅になっている日干し煉瓦の建物に引っ込んだ。


 遠見鏡の向こうにはスジェ王族の男が映っていた。

 男は名前を比轍ビジューと言った。

 相手は男にも女にもなる。

 タジャンは「今日は男の姿ですか」と髭を撫でて遠見鏡越しにビジューを見た。

 ビジューは人気のない薄暗い場所で、小さく頷いた。

「イェジン様が、鑑定眼の持ち主は稀少だとおっしゃっていた。鑑定眼を骨董屋でガラクタを扱うことにばかり使うのは勿体ない」

「そりゃどうもありがとうございます」

 タジャンはビジューに頭を下げる。

 ビジューは「それで」と遠見鏡でタジャンを呼び出した理由を告げる。


「尻尾のある女がいて得体が知れないのでね、その鑑定眼を貸してほしいのだ」


 タジャンはビジューの依頼にピッと片眉を上げた。

「お高くつきますよ」

「構わん。そなたが私に売りたいと思っている物の値段を言え」

「一千タパカ」

 タジャンは「ふっかけてやったぞ」とニヤついたが、ビジューが「よし、即金で買ってやろう」と言い切ったことにがっかりした。

(スジェ王族ってのはどうも金銭感覚がおかしいんじゃなかろうか)

 それでもタジャンは、ビジューの言葉を待った。

「その売りたい物のほかに、スジェでも骨董品として売れそうなエニシャかアーケリの……そうだな……壺……花瓶……箱……そんなものを一式揃えてくれ」

「壺、花瓶、箱」


 タジャンはいくつか適当に見繕ってからビジューに見せる。

「こんなもんでいかがです?」

 ビジューはタジャンが揃えた物を確かめてから「ありがとう」と頷いた。

「もうひとつ入れておいてほしい物があった」

「なんです?」

 タジャンの問いにビジューは唇を湿らせる。

「ケルグンかアーケリの、精霊除けはあるだろうか?」

 タジャンはきらりと目を光らせた。

「そいつはこのエルバハンで、魔道具の鑑定眼を持つ私にしか見つけられないお宝ですよ」

 ビジューは苦笑しながら頷いた。

「分かっている。これはジャファ殿には頼めない」

「はい」

 タジャンはそう言いながら、魔道具の中から大きく湾曲した小ぶりの小刀を拾いあげた。

「こいつはアーケリの物ですが、本体は精霊退治に使う物で、この柄や鞘に飾ってある宝石に精霊除けの目眩めくらましのまじないがかけられている、そういうシロモノです」

 ビジューは大いに満足した様子で笑顔を見せ、頷いた。


「よし、タジャン、道を開くから来てくれ」

 タジャンはビジューに言われて「あいさ」と返事をして荷物を抱える。


 タジャンの前に、隣国の貴族の邸に続く道が開いて、ビジューがタジャンを手招きした。

 スジェ。

 タジャンは、一歩、隣国に足を踏み入れる。

 ビジューはそのあいだに遠見鏡を片付けて適当に果物や菓子が載った皿を空中に出現させながらタジャンに話をした。

「友人が連れてきたのが癖のある妖狐ようこでなければいいのだが……妖狐ようこというのは簡単に言うと、元々はイヌ・キツネ・オオカミといった類の動物なのだが、力の強い精霊ジナになりやすいものらしくて、私に見えている尻尾一本が、本当に力がなくて一本なのか、それとも力があるのを隠して一本に見えるようにしているのか、どちらなのかを知りたい。ただ、私には見る力はあまりなくて、見破れる自信がない」

 ビジューは邸の廊下を、両手に果物や菓子を載せた皿を持ってタジャンを案内する。

 タジャンは両腕で売り物の骨董品を抱えてビジューの後ろをくっついて歩いた。

芦楓の「明るい苹州(頴州)計画」の続きには、尻尾のある妖狐との生活が待っています。

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