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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(57)老騎士の忠誠

 賓客をもてなすはずが卒倒した芳俊のせいで如何ともしがたい状況になっていた陽莱山宮は、窓から飛び込んできた青金の王龍が貞俊に姿を変えて部屋に降り立ったことでさらに如何ともしがたい状況に陥った。

 カヴェイネンは部屋を見回した男が自分を見て頬を紅潮させたのを見て、目を細める。

「ジュジェン殿下?」

 貞俊はカヴェイネンの問いに、「カヴィニン!」と声を上げてカヴェイネンの前まで足を進めてきて手を差し出した。

「遠路……」

 声をかけようとして、貞俊は室内が妙に困惑していることに気付いたが、それが自分のせいではないことにも気付いたようだった。

「カヴィニン、なにがあった」

 ティーキムと同じ口調で、通訳の石はなくとも聞き馴染んだカタラタンの言葉で問うてきた貞俊を見て、カヴェイネンは「ああ、ティーキム殿下だ」と大きく満足げに息をついてから苦笑した。

「ジャファ……ジャファール殿が子供の姿から大人に姿を変えて……」

「ジャファール殿は、炎王だな? そしてリゲルだ」

「さようです、殿下」

 カヴェイネンは頷く。

 その肯定を確かめた貞俊はサッと室内を見回して、困ったような表情で自分を見る黒い衣装のエニシャ人を見つけた。

「リゲル?」

「ええ、リゲルであり、ジャファールです」

 エニシャ人の男は困ったように頷いた。

「古今東西、王子の呪いを解くのは公主でしょう? 私は……リゲルは、ティーキム王子の呪いを解けましたか?」

 ジャファールの質問に、貞俊は「おとぎ話では、そうですね。王子の呪いを解くのは姫だ」と笑ってから、ジャファールの手を取った。

「リゲル嬢は間違いなく私の呪いを解いた」

 そう言って、貞俊は足元に卒倒している妹を見る。

「芳児」

 ジャファールは困ったように肩を落とした。

「私の魂魄にかかった呪いを解いたのは妹君でしょうが、どうも、私が驚かせてしまったみたいで申し訳ない」

 ジャファールを振り返りその姿を眺めて、貞俊は苦笑する。

「王墓のためしを受けているのだから王子なのだろうとは思っていたが、リゲル嬢がこんなにガタイのよい王子だとは思わなかった。遠見鏡で話をしていたのも少年だった」

「中身はあまり変わってない」

 ジャファールは笑い、貞俊も「そうおっしゃるならそうなのかもしれない」と頷いた。

「私は王子として、他人が理想として思い描く王子でなければいけないと思っていたが、カヴィニンからはティーキムはティーキムのままでよいのだと教えてもらった。リゲルからは、自分の力が及ばない、自分の権力が及ばない場所にも自分のしたことの影響は及んでいくし、それを頼ってくれる者がいるのだと自信を与えてもらったと思っている。だから、カヴィニン、それに炎王、あなたがたが私を支えてくれた恩人なんだ」

 貞俊の言い分に、ジャファールは「まさか!」と笑った。

「私は王とはどういうものか、権力を持つ者も千差万別だということを知った。王がどうあるか次第で人の生活が変わる」

 ジャファールは貞俊を抱き寄せる。

「王子としての記憶がないリゲルに権力者だからできることを教えてくれたのは、ティーキムとリリアナだ」

 貞俊は「ああ、リリアナ嬢」と繰り返してジャファールを見た。

「あなたは私よりも先にヴェスタブールを去ったからご存じないだろう。リリアナ嬢はヴェルタネンデのよい友人になってくれた」

「カヴェイネンから聞いた」

 ジャファールは貞俊の肩を叩き、それから貞俊の肩を抱えて貞俊に「ティーキム殿には申し訳ないことをした」と自嘲含みに笑う。

「うん?」

 貞俊はジャファールの視線が同じような高さにあることに不思議な感慨を覚えつつ、首を傾げた。

「リゲルが絶対にカヴェイネンを死なせないで欲しいと頼んだから、あなたはティーキムとしてカヴェイネンの盾になったんでしょう?」

 ジャファールの問いに貞俊は「そうかもしれないし、そうでもないかもしれない」と笑って返す。

「私は父親との縁が薄かった。カヴィニンは私にとって誰より一緒にいて安心できる父のような存在だったから、リゲルの頼みがなかったとしても自分が盾になっていたと思うよ」

 そう言った貞俊がカヴェイネンを見る。


 カヴェイネンは、初めて見る貞俊を前に思う。

(私の王子は、こういう王だったのか)

 青を帯びた黒髪に、黒い瞳。

 白いと言えば白いが、赤味よりは黄色味の強い象牙のような肌。

 背は高いが細身で、姿勢と動きを見れば体幹がしっかりしていることは分かる。

「莫狼」

 貞俊が鴻盧寺の者に声をかける。

「ご苦労、人払いをして下がってくれ。鴻盧寺の者たちには後の饗応の支度に戻ってほしい」

 貞俊の静かで強い声に莫狼が「承知いたしました」と頭を下げ、侍従や皿を並べていた者たちを引き連れて下がっていった。

 人払いが済んだところで、ジャファールがおもむろに貞俊の顔に顔を突き付けた。

「ここまで来て、ティーキムはずるいと思った」

 貞俊はジャファールを見て「ん?」と顔をしかめた。

「私だってカラスに会いたい」

 ジャファールの主張に貞俊はニヤリと笑う。

「私はカヴィニンに、自分はスジェの龍王なのだと話をしていた。リゲルは? カラスにそれを言ったことがあるのか?」

 貞俊の質問にジャファールが「ない」と言いながら貞俊の胸ぐらを掴んで額をぶつけた。

「自分は側近にしっかり自分の身分を伝えていたくせに、カラスにリゲルが私だとは伝えてくれなかった。教えてくれていればカラスもエニシャに来たかもしれないのに」

「それは炎王、言いがかりだ」

 ジャファールの手を着物の襟から払って、貞俊は取り澄ました様子で首を振る。

「私はリゲルがケルグンかエニシャかアーケリの、どこかの王子で、自分と同じく王墓に入り央原君にためされているとしか理解していなかった。リゲルとしてのあなたから手紙はいただいていたが、あなたはご自分の名前を書かなかった。リゲルの最後の手紙はこうだった、エニシャにいるから使者を寄越せ、カヴィニンを絶対に死なせないでくれ。そこまで。カヴィニンはカラスを妻にしたが、リゲル嬢がジャファール殿であるとは知らなかったのだから、この旅にカラスを同行させる考えは起きないだろう」

 ジャファールは淡々と言う貞俊を見つめて、それから目を閉じて頭を押さえた。

「ティーキムがこういうやつだということは覚えてる。覚えてるし統治能力や手腕は抜きんでていたから尊敬もしている。尊敬もしているがカラスのことは別」

 目を閉じて唸るジャファールを前に、貞俊はビジューをこっそりと手招きした。

「ヴェルタネンデと空間を繋ぐことはできるか?」

 ビジューは笑みを浮かべる。

「イェジン様とピン殿の協力があれば」

 そう言って、ビジューはイェジンとピンに声をかけ、別室に移動していった。

 カヴェイネンは久しぶりに左肩にピンがいない状態で、イブレイムと並んで貞俊とジャファールを眺める。


「前にあなたと一緒にふたりを見ていたとき、あなたと私の前にいたのは、ティーキム様とリゲル嬢でしたな」

 カヴェイネンの言葉にイブレイムが「そうだった」と頷く。

 カヴェイネンとイブレイムは、かつてティーキムとリゲルだったふたりを眺める。


「ズルいと思ったことをズルいと言っただけでそう侮蔑される理由がわからない」

 ジャファールが静かな怒声を貞俊に突きつければ、貞俊がそれに静かに返す。

「自分がカラスに言わなかったからカラスがエニシャに一緒に来ることがなかっただけなのだから、私に責任転嫁されても困る」


 デイジェンとチジェンは、その貞俊を眺めながら卒倒したままの芳俊が羊人形の上に寝かされているのを構う。

「貞俊兄上には、ああいう一面があったのだな」

「年の頃が同じ相手が蘭俊しかいなかったから誰も知らなかったんじゃなかろうか」


「王宮にも騎龍はいるだろう?」

 ジャファールが言えば貞俊が淡々と頷く。

「いる」

「饗応まで時間があるならスジェの市街地を見てみたい。スジェに入ってから一度も街を見ていない」

「そのうちに見せる」

「カヴェイネン!」

 ジャファールの声にカヴェイネンはジャファールを見る。

「カヴェイネンもティーキムの国の街見たくないか?」

「カヴィニンを味方に付けようとするな!」

「いいじゃないか私にはカラスがいないんだから!」

「カヴィニンは私の護衛だ!」

「このケチ!」

「ケチじゃない!」

 言い合いをする貞俊とジャファールの前でパチンと手を鳴らして、貞俊の意を受けて別室に行っていたビジューがイェジンとピンと共に部屋に戻り、貞俊とジャファールの言葉を止める。

 ビジューはジャファールを見て「ちゃんと考えておりますよ」と言って布のとばりを開いた。


 三か月かそれ以上か、カヴェイネンが後にして来たヴェルタネンデの光景が帳の向こうに広がっていた。


 カヴェイネンは瞬きをするのも忘れて帳の向こうを見つめ、そこに妻子の姿を見た。


「ジャファール殿」

 貞俊の偉そうな咳払いを聞いて、カヴェイネンと同じくヴェルタネンデを見つめていたジャファールは貞俊を振り返る。

「私たち六心は、力の使い方を間違えなければこれぐらいのことができるんだ。だから、力の使い方を間違えてはならない」

「正論はまっぴらだ」

 ジャファールは貞俊に言ってから帳の向こうにいるカラスを眺めて、俯いた。

「悔しいな、ティーキムはカヴェイネンが訪ねて来るぐらい主従の繋がりが強いのに、私はカラスに会ってもこれじゃ私がリゲルだなんて信じてもらない」

 項垂れるジャファールの肩を抱いて、貞俊は「なに、彼女たちと新しく知り合えばいいんじゃないだろうか?」と慰める。


「カラス、リジー」

 カヴェイネンは妻子を腕に抱き寄せて、改めて貞俊とジャファールを振り返った。


「スジェ王のジュジェン殿下と、エニシャ王のジャファール殿下だ」

 カヴェイネンは妻に、言う。


「司教様が言うには、ジュジェン殿下はティーキム様と同じ魂の持ち主で、ジャファール殿下はリゲル様と同じ魂の持ち主だそうだ」


 カラスはカヴェイネンを見上げてからジャファールを見上げてそっとその髪に触れた。

 ジャファールはカラスを見て笑顔を浮かべる。

「カラス、また会えて嬉しい」

「元々が一国の王様になるような王子様だったなら、バルキアの宰相なんてうちのお嬢様の相手じゃございませんでしたね」

 笑うカラスを見てから、カヴェイネンは貞俊を見る。

「カヴィニン、この国は私の国だ。私の命を狙うものがいるとしたら、そこにいる弟たちの誰か」

 急に話を振られたデイジェンとチジェンは芳俊ハジェンを膝に、首を振った。

「カヴェイネン殿、うちの兄はとても気が長い。兄が本気で怒るのは百年に一度ぐらいしかないことで、そうでないときは、本当に何もしない」

 チジェンの言い分を聞いたデイジェンが「違う」と訂正を試みる。

「何もしないのではなく、存在を消しすぎていて何をしているのか私たちに見えていなかっただけだった」

 チジェンはデイジェンを見てから「ああそう?」と答えてカヴェイネンに顔を向けた。

「つまり、百年に一度ぐらいしか存在感を持たないぐらい、存在感が薄い」

 貞俊は片眉を上げてからカヴェイネンを見る。

「安心していい、カヴィニン。私の命は長いんだ。人の数倍も生きる。だから、二度とおまえより先に死んだりしない」

 カヴェイネンは貞俊を前にして、胸に手を当てて膝をついた。


「王にみ栄えがありますように」

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