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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(56)記憶の瑕という呪いを解く者は

 東の大洋を望む陽莱山ようらいさん宮の眺望に、カヴェイネンとピンとジャファ、それにタジャンは「はー」と思わず声を上げた。

 ビジューが得意満面の笑顔で客人を眺める。

 デイジェンが苦笑いする横で、ビジューは外を指差した。

「この雲海の上に、浮き石の階段がございます、朝には陽光に照らされて見えるようになるでしょうから、見えたら登ってみてください。このさらに上に四阿あずまやが作ってあります」

 カヴェイネンは「ここからさらに上?」とビジューに訊ねて、彼女が頷くのを見る。

「そりゃすごい」

「気温も気圧も一律になるように調整していますから、温石カイロはなしに上まで登っても寒さも息の辛さも頭痛になるようなこともございませんよ」

 ビジューが笑っているところに、饗応のために莫狼が顔を見せた。


「ご歓談中に失礼いたします、三王爺、四王爺、史公大夫、炎王の饗応を任された鴻盧寺こうろじ莫狼ばくろうと申します」

 デイジェンは頷いて「ご苦労」と莫狼に声をかける。

「饗応の膳は宴席でご用意いたしますが、膳とは別に宮に果物や肴をお持ちしております」

 デイジェンはまた頷いて「持って入るように」と莫狼に指示し、莫狼の指示で侍従たちが厨房から運んできた果物や肴の皿を宮に並べられた机に手際よく並べた。

 その侍従たちを見ながら、ビジューが目を眇め、デイジェンが眉を上げる。

「どうかしたか?」

「元足がいます」

 小声で答えたビジューを見て、デイジェンはちらりと侍従たちを見る。

 侍従たちのなかに、小柄な少年がいた。

 デイジェンはビジューと顔を合わせ目配せしてから、咳払いで少年を止める。

「芳俊、誰がおまえをここに寄越した」

 少年は皿を並べる手を止めてデイジェンを振り返った。

「鴻盧寺と厨房と相談して菜譜決めたの私だから、そのー……あー……炎王が気に入るかどうかと思って……」

 しどろもどろに言う少年の横で、元足がビジューに「一度は思いとどまるよう進言申し上げました」と伝え、少年に睨まれる。

「こちらにおいでください」

 ビジューの冷ややかな声に嫌そうな表情を見せてから、少年は渋々侍従たちの間を抜けてビジューの横にくっついた。

「芳俊殿はどうせ炎王をご覧になりたかったのでしょう? 物見高いんですから」

 ビジューに言われ、芳俊はビジューを睨む。

「帰って来ない梅香が悪い」

 芳俊の苦情を聞いて、ビジューが困ったように「まったく」と肩を落とす。

 ビジューの反応を窺いながら、芳俊はちらりとジャファを見てビジューの後ろに隠れた。

「炎王は見たから、暁寧殿に戻って後でまた来る」

「わざわざここにいらしたんですからご挨拶ぐらいしてください」

 ビジューに言われて芳俊は不満を見せつつ、パチンと指を鳴らして女に姿を変え、自分の格好を侍従と同じ着物から公主として恥ずかしくない格好に整えて背筋を伸ばしてジャファの前で腰に両手を添えるようにして挨拶する。

「蘇国、六……六? 五?」

 デイジェンとビジューに訊いて「五」と言われ、芳俊は「五番目」と自分に言い聞かせる。

「蘇国、五王、芳俊と申します。炎王におかれましては遠路はるばるのお越し、ご無事でなによりでございました」

 気取って言う芳俊を眺め、ジャファはちらりとイブレイムを見た。

 イブレイムはジャファを見て「失礼のないように返せ」と囁いて顎をしゃくって見せる。

「ジャファール・エルバハンと申します、以後お見知りおきを」

 ジャファが「王族らしいそつのない挨拶」を覚えたのは、リゲルとして見たティーキムだった。貞俊がティーキムとして見せた挨拶を真似たジャファは、ティーキムがそうしていたように無表情に芳俊に会釈したが、その視線は芳俊よりもその肩にいる元足に向いていた。

 そのジャファの前で、芳俊はジャファの足元に転がっている無数の羊人形が気になって仕方なかった。

 羊人形たちはどうにか威厳を付けようとしているジャファの意志に従ってか、半分ほどは格好をつけて二本脚で立ってふんぞり返り、しかし一方でジャファはそれが面倒だとでも思っているのか、残る羊人形たちは適当にダラダラと転がったり踊ったりしている。

 しばらくの沈黙のあと、どうしても耐えられなくなったのは芳俊のほうだった。

 しゃがみ込んで目を眇め、羊人形をじっと眺める。

 ジャファはその芳俊を眺めてから、羊人形を集めて山にする。

「なにこれ」

 芳俊はビジューを見上げる。

「元絨毯です」

 ジャファは「とても動くけど、いいクッションになる」と羊人形たちを芳俊に紹介した。

 芳俊はジャファを見上げて目をしばたかせた。

 ジャファはその芳俊を前に、どうにかニッコリと笑って格好をつけ、芳俊はジャファの笑顔に笑顔を返して立ち上がる。

「炎王は、サソリ召し上がりますか?」

「……これまでに食べたことがありませんので、いただけるのであればいただきます」

 芳俊とジャファは互いの胡散臭い笑顔を眺めながら、サソリのから揚げが盛られた皿に手を伸ばす。

「くっ」

 ビジューは思わず笑いを噛み殺し、ジャファと芳俊の両方から睨まれた。

「どちらも似たような育ちですからそんなに格好付けないほうがよろしいかもしれませんよ。ジャファ殿は遠慮なく好きなものを召し上がるとよろしいでしょう。芳俊殿にはお茶を淹れましょうか」

 芳俊はビジューを振り返ってサソリの皿を机に置き、ちらりとジャファを見てからもう一度サソリを見て、箸を取ってサソリを摘まんだ。

「どうぞ」

 ジャファは「どうも」と言って手を出そうとして、芳俊に首を振られた。

「口開けて」

 芳俊の主張に、ジャファは仕方なく口を開けて箸で摘ままれたサソリを入れられた。

 パリパリとサソリを噛んで、ジャファは何かを考え込むように首を捻る。

「……」

 怪訝な表情で首を捻ったジャファを見て、芳俊も怪訝な表情で首を捻った。

「美味しいけどなにかが足りないような気がする」

 ジャファの意見を聞いて、デイジェンとビジューがサソリを齧る。

 カヴェイネンは「これがサソリ」と興味深げに覗き込んで、自分でもサソリを摘まんでから、小さなサソリをひとつピンに渡した。

 ピンはバッタぐらいの大きさのサソリを齧って、「カリカリしてますね」という、誰もが分かるような感想を口にした。

 芳俊はカヴェイネンを見上げて、それから肩のピンを見た。

「炎の地龍?」

「お嬢様よくお気付きになりました」

 ピンのお辞儀に、芳俊は笑顔を綻ばせる。

「地龍の友達も多いから」

 そう言って芳俊はピンに「どうぞ」ともうひとつ小さなサソリを渡した。

「あなたも、炎の方ですか?」

 芳俊に訊かれて、カヴェイネンは「いいえ」と首を振る。

「私はヴェスタブールから主人を探してここまで参りました。ヴェルタネンデのカヴェイネンと申します」

 騎士らしく胸に手を当てて足を引いて挨拶をしたカヴェイネンは、芳俊の表情が変わったのを見逃した。

「カヴェイネン! 梅香! カヴェイネンだって! 貞俊兄上の夢じゃなかったんだ!」

 芳俊は頬を紅潮させ、カヴェイネンの手を掴んで椅子のある場所まで案内して座らせた。

「ティーキム王子は本当にいたの? ティーキム王子が父君をしいしたというのは本当? そのティーキム王子は……」

 芳俊の言葉は、少し躊躇いを持ってカヴェイネンに向けられた。

「ティーキム王子は……暴君でしたか?」

 この質問は、カヴェイネンにとってもジャファにとっても意外なものだった。

 ふたりともティーキムが暴君であったと思ったことはなく、カヴェイネンとジャファは顔を見合わせて困ったように表情を曇らせる。

 芳俊はジャファの胸に飾られている赤い宝石を見て「それ」と小首を傾げた。

「炎王も、王墓でお父上の首を取ったのですか?」

 ジャファはくるんとイブレイムを振り返ってから、芳俊に顔を向けて首を振った。

「私は王墓で自分に与えられた役割であるリゲルという少女の死を通して手に入れた」

 芳俊はジャファを見つめる。

「……炎王は、ご自分の死と引き換えだったのですか?」

「自分を殺した従兄と一緒に王墓に入って、もう一度殺されたというか……ああでも、その従兄を王墓から帰れない状態にしたから、一応、恨みは晴らしたのかな……」

 ジャファを見る芳俊は目を見開いた。

「殺された? 従兄弟にですか?」

「そうらしいよ」

 のほほんとしたジャファを見つめてから、芳俊は足元に視線を落とし、それからもう一度ジャファを見て、「ごめんなさい」と謝る。

「え? なんで?」

螺珠らしゅ殿が、死ぬのを思い出すのは辛いと言っていらしたから、きっと炎王も思い出すの辛いでしょう? 無神経なことを言って申し訳ありませんでした」

 しおらしい芳俊を眺めて、デイジェンとチジェンとビジューが「あんな素直なこと言えるんだな」とか「素直は素直なんです」とか「いつもああだったかな」とひそひそ言葉を交わしていたが、芳俊はその兄たちには構わずにジャファにしかめ面を見せてからジャファに向き直った。

「元足も……死んだときのことは思い出したくないと言います。ですから炎王、あなたの魂魄もきっと辛かっただろうと思います」

 そう言った芳俊が俯いたのを見たところで、ジャファはふいに自分のなかで何かが氷解したような感覚を得て目頭を押さえた。


(俺、辛かったのか。体が揃わないから子供のままなんだとか、出来損ないだとか言われたことも辛かったことだけど、一度は死んだこととか、殺されたときのことを思い出すのが辛かったんだ)


 カヴェイネンはジャファがひとつこぼした涙が胸の紅玉に落ちて、その紅玉から沸き上がった一陣の風に一瞬だけ金色の鱗をきらめかせたジャファの姿を変えたのを見た。

 カヴェイネンはが左肩のピンに「よく見えなかったが、金色の鱗はこれまでに見た他の天龍よりもきれいだったような気がするよ」と小さく言えば、ピンが「王龍ですからね!」と自分のことでもないのに偉そうに髭を動かした。


 黒に金の縁取りのクフィーヤをした長身の男が目の前に姿を見せて、芳俊は驚いて思わずビジューを振り返る。

「私じゃない! 私は禁術使ってない!」

「分かっておりますよ」

 ビジューは慌てて芳俊を抱き寄せて宥めた。

 ジャファは自分の手足を見てから、大きく二回ほど深呼吸を繰り返した。

「参ったな」

 額を押さえたジャファを見つめてイブレイムが「ジャファールだ」と目を細める。

「ねえカヴェイネン、ヴェスタブールのおとぎ話では王子様の呪いを解くのはお姫様、お姫様の呪いを解くのは王子様で合っていた?」

 カヴェイネンは、見慣れない姿ではあるもののリゲルやジャファと同じように問いかけてくる男に向かって「合っています」と頷いた。

 ジャファールはカヴェイネンに笑顔を見せてから芳俊に顔を向ける。

「私に、私の魂魄が辛かっただろうと言ってくれたのは、芳俊ハジェン殿だけです」

 芳俊は大人のジャファールを眺めて硬直していた。

 大人の姿のジャファールは、濃い亜麻色の髪に太い眉、まつ毛が長く少し目尻が下がった形の二重瞼の目で、これまでに見てきた他のどの大人とも違っていた。体格も、細身で流れるような体の線をしている兄たちやビジューと違って線が太く頑健な体躯のエニシャ人だった。

 びっくりしたままの芳俊を見て、ジャファールは首を捻る。

「芳俊殿、大丈夫か?」

 ジャファールに訊かれて表情を引きつらせた芳俊はビジューにもたれるようにしてバッタリと気を失い、ジャファールは慌てて羊人形たちを芳俊の下に集めてクッションにした。


 *** *** *** *** ***


 貞俊は螺珠らしゅを横に、芦娘と恂娘から「くれぐれも粗相のないように」と言い含められて回廊に出た。

 肩の鳥が、弟の声で囁く。

「炎王は子供の姿でなく大人として対応なさいますから、そのおつもりで」

 その言葉の意味はよく分からなかったが、貞俊は螺珠と顔を合わせて小さく笑った。

 螺珠は貞俊に笑顔で言う。

「まだ饗応の席ではございませんから、まずはカヴィニン様とリゲル様にお礼を申さねばなりませんでしょうね」

 貞俊は「そうする」と頷いて回廊を歩く。

「あれから、儀典官を通して央原君に訊いてみましたの」

 螺珠は貞俊に囁いた。

「うん?」

 貞俊は螺珠がなにを訊いたのか分からず、首を捻る。

「過去に一度だけですけれども、天龍の王がふたりそれぞれの後宮に依り代を置いて伴侶の関係を持った例があるそうです」

 螺珠の言葉に貞俊はしばらくの間を置いてから、「なるほど」と呟くように答えて足元を見た。

「私と貞俊様の関係は、天地の均衡、魂魄の均衡を保つためのものです。芦娘と恂娘彼女たち左右妾は貞俊様に対する婚儀の指南役です。誰も、貞俊様の本当の伴侶ではありません」

 貞俊を見て、螺珠は笑う。

「まだ饗応の席ではございませんから、貞俊様も炎王も、王という立場を考える必要はございません。気持ちの整理がついておいででないなら、侍従も宦官も侍女もすべて私の一存で下がらせることができるこの場で、立場と気持ちのどちらに自分を支配させるか、考えてみても結構です」

 螺珠を眺めてから、貞俊は「そうだろうか」と小さく螺珠に訊ね、螺珠に「そうです」と肯定されて小さく笑みを返した。

「考えた上で炎王に会うのに、誰もいないなら、走っていってもよいかな」

 貞俊が笑う。

「誰も見ていませんから、走っても飛んでもよいでしょう」

 螺珠は苦笑した。

「なら、先に陽莱山宮に飛んでいるから、後からいらしてくれ」

「分かりました、お先にどうぞ」

 貞俊に促して青金の鱗がきらめくのを見てから、螺珠は俯く。

 そうして螺珠は、貞俊が去った回廊で呟くようにひとり自分に言い聞かせた。

「天地の伴侶というのは、子供ができても、その子供は地に属して地龍の公主として召し上げられるのですって。ですから六心天龍の王子を生むためには、その親はふたりとも天龍の王龍同士でないとならないのだそうですよ」

 螺珠は空を見上げる。

「私には天地の儀礼としての関係しか許されませんの」

 ふふ、と小さく笑った螺珠は、人払いをしていた回廊に呼んでいた芦娘と恂娘を手招きした。

「おふたりも、貞俊様がご自分で伴侶を決められれば後はご安心でしょうね?」

 芦娘と恂娘は螺珠に深く頭を下げる。

 螺珠は微笑を浮かべた。

「心配なさらなくても大丈夫、あとは央原君がよいようにしてくださいます」

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