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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(2)嵐の前兆

イェジンと砂漠を旅するカヴェイネン。

ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。これからカヴェイネンが貞俊に会いに行く旅のなかで見聞きするものを共有してもらえるように努力していきたいと思います。

 カヴェイネンがエニシャに入って数日。

 商隊の主は、イェジンと言った。

 恰幅がよく日焼けした肌に黒い髪がよく馴染んでいる。

 イェジンの横にいる男は艶やかな黒髪と髭を整え、背が高くがっしりとした体躯に無駄のない筋肉をまとっているであろうことが、ゆったりとしたローブの上からでも分かるような、見るからに武人然とした男だった。

「クレン、ヴェスタブールからスジェへの旅人だ。ラクダの替えを紹介してやってくれ」

「承知しました」

 クレンと呼ばれた男はイェジンに頭を下げ、カヴェイネンのラクダを連れて来させてからカヴェイネンをじっと見つめてきた。

「ああ、ラクダに乗るには剣が邪魔になるかな?」

 背中の剣は、馬ならばよいが、フタコブラクダではコブが邪魔になりそうだ。

「ヒトコブのものを連れて来ましょう」

「ああ、そうしていただけるとありがたい」

 頷いて、カヴェイネンはラクダを変えてもらう。

「ヴェスタブール人」

 クレンが目を眇めて「チッ」と舌打ちしたのをカヴェイネンは見た。

 面白くない。

 いや、面白くない。

 自分には差別も偏見もないつもりだが、相手がこちらを蔑んでくるならば話は違う。

 カヴェイネンは年甲斐もなく、クレンに怪訝な顔を向けて「それがどうした」と顔をしかめて見せた。

「いいや、ヴェスタブール人はエニシャやアーケリの向こうには龍がいる、悪魔の使いがいると言い、商人や交易というものに携わる商人を、卑しい身分の者だと言うと聞いた」

 クレンの言い分は、カヴェイネンにとって確かによく馴染んだ話だった。

 しかし、ティーキムが自分はジュジェンだと言い、龍の話をするようになってから、その教会の見方に異なる印象を覚えるようになったのも、またカヴェイネンの側面だった。

「確かに教会の者たちは龍を信仰する者たちを異端と罵り、龍を悪魔の使いだと言うが、私には龍を信仰する者たちが本当に異端として罵られるほどのことをしているのか、龍が本当に悪魔の使いなのかわからんし、そんなことを信じる気もなければ、証明する気もない」

 クレンは淡々と、しかし「意外だ」と口に出して言った。

「そうだろうか」

「これまで、ヴェスタブール人が交易路を外れて他の国に入ると言ったことはあまりなかった。彼らは交易路を外れると龍に食われると思っている」

 カヴェイネンは否定できずに頷く。

「私は少々、事情が特殊なんだ」

「そのようだ」

 クレンは頷いてイェジンを振り返り、カヴェイネンには分からないエニシャの言葉で会話を始めた。

「エル イェジン、レ バラカ ハル トルデル イリャ パルデ デル レ スイェ」

「バラカ?」

 呟くように答えながら斜め上に視線を上げ、イェジンは「ふむ」と鼻を鳴らした。

「クレン、まずは客人にも分かる言葉で話しなさい。客人に要らん不安を与える」

 イェジンの言葉にカヴェイネンを振り返って渋々頷き、クレンは言葉を直す。

「バラカはスジェ内乱の煽りで荒れています」

「なるほど」

 クレンはイェジンの反応に頷いた。

「バラカではなくエルバハンを経由したほうが安全でしょう」

「ありがとう、クレン」

「どういたしまして」

 イェジンの礼に嬉しそうにした黒髪に髭のクレンが、キラキラと目を輝かせたことがカヴェイネンを驚かせる。

(意外と可愛げのある男だったらしい)

 カヴェイネンがクレンから感じた反感には思うところがあったが、それでもクレンの笑顔を見てカヴェイネンはクレンに少々の好感を持った。

「バラカ王の孫娘はスイェの二妃です」

「ああ、そうか。うん」

 呟きながら、イェジンはカヴェイネンにちらりと目を向けて気を惹く。

「スイェというのはスジェ、蘇のことだ。クレンの出身はユドラ砂漠という一帯で、ときどきなまる」

なまりなんですか」

「そう」

 小さく笑い、イェジンはクレンに視線を戻した。

「ラジュとヤシーが世話になったような孫娘がいるバラカが荒れたところで、私たちにはなにを憐れむ感情も湧かない」

 クレンが頷く。

 イェジンは聞き耳を立てているカヴェイネンを見た。

「ラジュとヤシーというのは、私の弟妹で、ラジュの夫がジュジェン殿」

 カヴェイネンは「はあ」と頷いた。

「バラカが荒れるか、そうか」

 イェジンがクレンを振り返る。

「クレン、私はこの御仁をスジェに連れて行く。おまえはユドラ砂漠に戻って退避の用意を整えておけ」

 カヴェイネンは目を眇めた。

(慌ただしいな)

「リュヌ商会の拠点は空都に移そう。バラカに地龍の存在が知れたのだ、恐らく、数百年ぶりに天龍たちの地龍狩りが始まる」

 地龍、天龍。

 カヴェイネンはエニシャに着いて初めてオアシスを出るときにイェジンが言った言葉をふと思い出した。


「この世界で、龍がいない大陸はヴェスタブールだけなんですよ。龍っていうのは、普段は人に隠れているからヴェスタブールの行商人には人と龍の見分けがつかず、龍などいないと思い込んでいるだけなんです」


(もしや、このイェジン殿も龍なのだろうか?)

 イェジンはクレンが「主」と呼ぶのを無視してラクダに乗る。

「主! 私はここにおります! 私はスジェには行かれませんが、ここであなたを待つことはできる! 私はあなたが作る庭が好きなのです!」

 イェジンのラクダと繋がれたラクダが動き出して、自然イェジンを追いかけ始めることになったカヴェイネンは、クレンを振り返った。

「イェジン殿」

 カヴェイネンの声に、困ったようにイェジンがクレンを振り返る。

「クレン、言うことを聞け。ユドラ砂漠に戻れ! ここよりはユドラ砂漠のほうが安全だ!」

 言うだけ言って前を向いてしまったイェジンを見てか、後ろからクレンがカヴェイネンに向かって声を張り上げた。

「おい! ヴェスタブール人!」

「私の名はカヴェイネンだ!」

 ラクダの上から叫んで振り返ったカヴェイネンは、クレンが大きく腕を振ったのを見た。

「どうか、主のことを頼む! なにかあったときには、その剣を振るうことを躊躇ためらわないでくれ!」

 カヴェイネンは、背にしていた剣を鞘に収めたまま一度肩から下ろして手に取り、頭上に振り上げてクレンに応えた。


 イェジンは砂漠に向かうラクダの背に揺られながら、カヴェイネンに龍族について話しをする。

「妹の夫に会いに行こうとする御仁だから、簡単に説明しよう」

「はあ」

 カヴェイネンはイェジンの背中を見る。

「この世界には、地龍と天龍と、それ以外の龍がいる」

「はあ、地龍と天龍と、それ以外」

 イェジンは続ける。

「私や妹は地龍。ジュジェン殿は天龍」

「ジュジェン様は天龍なのですか。先ほど、天龍が地龍を狩るとか言っていたようですが」

「そう。スジェは、まあ気性が穏やかというか、基本的には伝統が好きで、その伝統を維持しつつ快適さを求めるのが好きで、他国の物でも「楽しそうだ」とか「かっこいい」と思ったら勝手に取り入れる。よく言えばこだわりがなく、敢えて悪意を持って言うなら相当適当」

「適当」

 カヴェイネンは笑った。

「因縁があれば恐ろしく執念深く根に持つこともあるが、和解して水に流そうと言ったら、それで「昨日は昨日、今日は今日」という関係にもなれる性格の持ち主が多い」

 イェジンはそう言いながら「ああ」とひらひら手を振り、思い出したように付け加える。

「ヴェスタブールとは違い、エニシャ、アーケリ、ケルグン、スジェ、この四国で「王」と称することができるのは天龍で、そのなかでも特にエクセン・ドラン、六心龍と呼ばれる者たちが純然たる王だ」

「エクセン・ドラン」

 カヴェイネンは繰り返した。

「エクセン・ドランは地龍にも天龍にもいる。スジェは伝統が好きで、伝統を引き継ぐことを以て正統性の根拠にするから、エクセン・ドランの天龍が堂々と地位を揺るがされることもなく頂点に立っている。ああ、忘れていた。スジェはスジェ語で蘇という」

 ラクダの上で揺れながら、イェジンは言う。

「ケルグンはスジェ語で玄という。ケルグンの王族たちはエクセン・ドランのなかで最も強い一族として力を振るい、皇子たちはそれぞれに自分の部族を持って、自分の騎龍軍と騎馬軍を動かして戦わせ、武力でほかの皇子を圧倒した者が後を継ぐ。スジェは早いうちから統治の分業が進んでいて土地を操るのは比一族、法を掌るのは芦氏と別れているが、ケルグンは分かれていない。皇子たちは自分たちで大地を動かし河川を揺るがして戦う力をそれぞれが持っている」

 カヴェイネンはラクダの上でひっくり返りそうになった。

「大地を動かし河川を揺るがす?」

「そう。天龍というのは、もともと大地を作り河川を引いてこの世界を整える者とその眷属たちだ」

 荒唐無稽な話にカヴェイネンは「はあー」と天を仰ぐ。

「アーケリはスジェ語で朱という。スジェはこれでもかと言わんばかりに細分化した役割分担を制度化して伝統にすることで王族の地位を確固たるものにしているが、アーケリは徹底した身分制度で役割を縛ることで王侯貴族の地位を守っている。アーケリの身分制度では、身分の上下だけが絶対的な法律であって、それを超えることができるのは神官と女神の媒介になる巫女だけだ」

 だんだん意味が分からなくなってきて、カヴェイネンは「神官と巫女」と言いながら目を覚ますかのように首を振った。

「ヴェスタブールでいう、司教に似ているが、神というのがだいたい勝手で怖い物だというところが違うだろうな。人々は救済を願って神々に祈るのではなく、神々の災厄や怒りを鎮めて身を守るために祈る」

 カヴェイネンは首を竦める。

「それで、エニシャは?」

 そう言いながらカヴェイネンはイェジンとクレンが話していた物騒な話に思考が向いた。

 地龍狩り。

「エニシャはなあ」

 イェジンは言葉を濁す。

「エニシャというのは、スジェ語で炎という。四国のなかで一番、ゆるい」

「緩い?」

「そう。そして金と力に汚い」

「ん?」

 カヴェイネンは首をひねった。

(自分の国とはいえ、言い方というものがあろうに)

 ラクダの上でひらひらと手を振りながら、イェジンはカヴェイネンに水筒を放って寄越す。

「交易で栄えたからだろうな。昔はエクセン・ドランがオアシスや都市の場所を変えるなどしていたが、五心の貴族のほうが徐々に豊かになり、王を名乗るようになった。五心、ペクタ・ドランは本来エクセン・ドランの下で国を整えるのが役目で、王を名乗る資格はない」

 カヴェイネンは「エクセン・ドラン、ペクタ・ドラン」と呟いて繰り返す。

 イェジンは「水」と言い、カヴェイネンは水筒をイェジンに放って返した。

「ペクタ・ドランが治めるエニシャ内の小国は、いつからか「天龍同士は心臓を食らうことが許されないが、地龍を食らえばその心臓を奪って、ペクタ・ドランがエクセン・ドランに格が上がり名実ともに王の資格を得られる」という噂が立った」

 カヴェイネンはぞっとした。

「龍が龍を食らう?」

「そう、龍が龍を食らう。だが、恐らくそのことがヴェスタブールで龍は悪魔の化身だと言われるようになるきっかけになった」

 イェジンは水筒から水をひと口喉に流して言う。

「地龍というのは天龍のように、龍という種族に生まれるわけじゃない。人や獣のなかに生まれて、人とは違う、他の獣たちとは違うと悩みながら地龍になっていく。表面的には、地龍を食らおうとするエニシャの天龍たちは、人や獣を捕まえては食らう存在になっていった」

 水筒を腰のベルトに括りつけて、イェジンは「ぷう」と息をついた。

「スジェの天龍たちは秩序のなかの調和を好む。天龍のなかで乱れた秩序が人や地龍の生活まで乱すようになり、秩序を建て直して自分たちの世界を守るために、天龍と地龍と人が共闘した。それはスジェにとってはあるべき姿であり、この先の調和に向かうための変化だ」

 ラクダが砂漠の大地に残す足あとが、ひとつ、またひとつ、と作られては崩れて消える。

「しかしエニシャの王たちにとって、すでにこの世から消えて伝説の生き物になったはずの地龍が、スジェの内乱で姿を現したことは、これから自分たちがエクセン・ドランを名乗るための供物がこの世に再び現れたということを意味する」

 イェジンは日が沈んでいく方角を振り返り、その地平線を見つめた。

「砂嵐がくる」

 カヴェイネンはイェジンと同じ方角を振り返って地平線に目を凝らす。

「クレンは私の影なんでね、私とクレンが同じ場所で天龍に食われるわけにはいかんのだ」

「影?」

 顔をしかめ、カヴェイネンはイェジンに訊き返した。

「私が死んだら、クレンにはエニシャの地龍たちを、クレンが作り出す世界に避難させてもらわねばならない」

「彼が世界を作りだす?」

 イェジンはカヴェイネンの奇妙なことを聞いたと言いたいのがよくわかる声に笑った。

「そう。影というのは天龍の王が持つ並行世界を作る力を持つ者だが、天龍に持てる世界が地龍に持てないとは思わない。そこでね、クレンには、地龍が隠れるための空間を作れるように、私の分身が務まるように育てたんだ」

「んむ?」

 奇想天外な話はジュジェンで慣れたと思っていたが、ジュジェンの話は序の口だったのだということをカヴェイネンは知った。

地龍を取り巻く状況は国それぞれで異なるようです。少々説明的になってしまっていますが、ご容赦ください……。

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