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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(53)ロマンを理解しない男たち

 騎龍に乗るカヴェイネンは、馬車よりも単騎駆けのほうが早いということは理解していたが、龍がいないヴェスタブールからスジェに来て騎龍に乗ってみて、騎龍が風を切って空を飛ぶ速さに舌を巻き、蒲華ほかに声をかけた。

「蒲華殿」

「はい」

 蒲華がカヴェイネンを見る。

「騎龍に乗ることにしたときに、温石カイロの袋を用意してくださったが、騎龍乗りには人も龍もいるのでしょうか?」

 カヴェイネンの質問に、蒲華は「ええ」と頷いた。

「乗り手には、人間もいれば龍族もいます」

 それから蒲華は付け加える。

「騎龍のほとんどは訓練を施すために繁殖させたものですが、なかには野生の二心龍を乗りこなす者たちもいます」

 カヴェイネンは「野生の二心龍?」と訊き返した。

「ええ、騎龍は、心臓の数で言うと二心龍族という、心臓の数が生きることと飛ぶことに特化された者たちなので、三心龍族以上の者たちのように人間の姿を作ることはありません。三心龍族というのは人間の姿を作り市井で生活する者たちで、他の国ではどうか知りませんが、蘇では市井の生活や好悪を知るための情報網になってくれています。私は四心龍族で主に下級役人に多くいる種族です。もちろん三心龍の者たちのように市井で庶民として生活する者もいます」

 蒲華の説明に、カヴェイネンはまた首を捻る。

「下級役人に多くいる種族、というのは、四心龍族に生まれたら、下級役人にはなれるということなのだろうか?」

「いえ、下級役人になるための試験を受けるときに、四心龍族は人間や三心龍族に比べて物覚えが早く、手順に沿った動きが得意なぶん有利だというだけですよ。四心龍族だって、学問や鍛錬を蔑ろにしたら三心龍族や人間に負けます」

 蒲華が笑い、カヴェイネンは「努力というのは怖いな」と苦笑した。

「人間といえば、傑物というのはいるものですよ」

 蒲華の言葉にカヴェイネンは興味津々で目を見開く。

「それは例えばどのような人でしょう?」

「デイジェン殿下の軍に編成されている騎龍軍のなかには、護身騎と呼ばれる精鋭部隊があります。州天公……デイジェン殿下の身辺護衛として、時には密命を受けることがあるという噂もある直属部隊ですが、そのなかに潾媛りんえんという女性がいるそうです。父親も騎龍乗りだったと聞きますが、その女性の騎龍は元々野生の二心龍だそうです。普通は野生の二心龍なんて、大の男が何人もで数日がかりで捕まえるような荒っぽいもので、力技で乗りこなすものなので、人間の女性が野生の二心龍を乗りこなすなんて、にわかには信じがたいですけどね」

 笑う蒲華に、浮雲からデイジェンが「おい」と声をかける。

潾媛りんえんのことを話したいなら私の許可を得てからにしろ」

 ビジューがデイジェンに「独占欲」と言い放ち、デイジェンに睨まれた。

 睨まれたビジューは、「や」と小さく声を上げて浮雲の上で鏡を広げた。

「十暁殿からのお呼びだしとはお珍しい。どうなさいました」

 鏡の向こうに貞俊の姿を見て、羊人形のなかで転がっていたジャファが「あ、ティーキムだ!」と羊人形から這い出す。

「休憩?」

「そう」

 ジャファの問いに鏡の向こうから貞俊が答えて返す。

「あのさ、スジェには砂漠がないんだね」

「そうだな、スジェには広い砂漠がない。砂漠があったほうがよいかな?」

「スジェには砂漠要らない。砂漠で遊ぶときはティーキムがエルバハンに来てよ。スジェにない風景、たくさんあるから」

 ジャファの誘いに貞俊が笑う。

「スジェのランタンは赤いのが多いけど、エニシャのモザイクランプは色とりどりなんだよ。夜になったら、モザイクランプに灯を入れるの」

「それはきっと美しいだろうな」

 ジャファの前に鏡を固定して、ビジューはにこやかにその会話を眺める。

 眺めながら、デイジェンにつつかれた。

「ビジュー、なんだこの会話」

「なんでしょうね?」

「王と王の会話に聞こえない」

 ビジューはデイジェンを見て「ふふん」と笑う。

「王と王の会話ではないのでしょう」

 ジャファは貞俊から目を離してちらりとカヴェイネンを見た。

「カヴェイネンと話す?」

 貞俊は小さく笑って首を振った。

「カヴェイネンとはしっかりと顔を合わせてから話をする」

「それじゃ、今はずっと俺と話できる?」

 ジャファが目を輝かせる。

「話を聞くよ」

「聞くんじゃなくて、ティーキムも話すんだよ」

「分かった」


 騎龍の上で浮雲のほうを見て、カヴェイネンは首を捻った。

「あれは?」

「遠見鏡でしょうね。どなたかと鏡越しに話をしているのでしょう」

 カヴェイネンは「ふむ」と頷いた。

「便利なものがあるものだな」

 ピンがぴょんと袋から顔を出す。

「緑の家にひとりはいる技官にも作れますよ」

「そうなのか」

「今度、技官に頼んでおきましょうか」

「それはありがたい、よろしく頼むよ」

 カヴェイネンはピンを暖かい袋のなかに戻した。


 ジャファは鏡越しに貞俊を眺める。

「黒目、黒髪。細身。そういうとこデイジェンと似てるんだね」

「似ているだろうか?」

「似てる。スジェ人はそういうきれいなのが偉そうなの?」

「偉そう?」

「そう。きれいだけど感情がよく見えない」

 ジャファは貞俊を眺め、貞俊はジャファを眺めて少し笑った。

 イブレイムはそのジャファを見て「遠見鏡か」と、鏡を覗き込んで顔をしかめた。

「人形みたいな男だな」

 ジャファはイブレイムを振り返る。

「ティーキムだよ」

「これが? いくつだ? 百かそこらか?」

 イブレイムの疑問に、貞俊は鏡越しに「百二十」と言って返した。

 その貞俊の返答を聞いてイブレイムはジャファを小突いた。

「おまえより年下だ」

 聞き捨てならない言葉だった。

「年下?」

「ジャファールは一度は死んだのを魂魄引き継がせた子だ。殺されたときに八十で、それから五十年、百三十になる」

 ジャファはイブレイムを蹴る。

「ジャファールはジャファール! 俺は俺!」

 横でビジューが「そうですよ」と笑う。

「その理屈なら私は百五十ぐらいになってしまいます。私はエナ様の魂魄引き継いでますからね」

 イブレイムは顔をしかめた。

「子供扱いされて怒ってたのおまえだろうが」

「死ぬ前足したら年上みたいな話してないの!」

 ジャファがイブレイムに向かって癇癪を起こしたのを見た貞俊が、笑いそうになって咳払いで誤魔化す。

 ビジューがそれを目ざとく見つけてにやりと笑う。

「貞俊様、カッコつけないで笑ったらいいでしょうに」

「いい。無理に笑わなくていいよ、ティーキム」

 ジャファはビジューの背に圧し掛かって鏡を覗き込み、貞俊に言った。

「ティーキムが外で笑うときはだいたい作り笑いだ。「今は笑うべきだから笑う」、「気の置けない者以外の何者かがいる場所では、笑うべきかどうかを考えてから笑う必要がある」と慎重に考えて、笑うならそれから笑うのがティーキムだ。だから、躊躇ったことを責められる必要なんかない」

 それからジャファは続ける。

「ときどきニヤニヤ思い出し笑いしてるぐらいがティーキムらしい」

 貞俊が鏡の向こうで瞬きをして、それから「思い出し笑い」と繰り返す。

「好きに笑うのもいいし、思い出し笑いもいいし、考えてから笑うのもいい、あと、泣きたいときは泣いたらいい」

 貞俊を眺めつつ自分の背に圧し掛かって来るジャファの言葉を聞いていたビジューは、ジャファの主張に思わずパチパチと拍手してしまった。

「いっそ清々(すがすが)しい」

 ジャファはビジューの頭に顎をのせて体重をかける。

「ティーキムにはカヴェイネンが必要。だから、カヴェイネンがスジェに着いたら、スジェとヴェルタネンデを行き来できるようにしたいの」

 これには貞俊が顔をしかめた。

「比氏が嫌がる」

 ビジューが「そうですね」と頷く。

「比一族としては嫌です。しかし私個人としては反対ではありません」

 そう言いながら、ビジューは拳を握りしめた。

「王命があれば、その紅玉はわたくしに必要な座標を教えてくれるでしょう。その座標があればカヴェイネン殿の存命のあいだという条件を付けて、秘密の通路を作ることができるのです。エニシャ王のご許可をいただけるなら、炎王宮との秘密の通路も作りましょう」

 貞俊とデイジェンが不安そうにビジューを見る。

「おまえが楽しいだけではないか?」

「無駄に力使うのやめろ……」

 ビジューは貞俊とデイジェンに目を向けてから「ふん」と冷ややかに鼻を鳴らした。

「皇子っていうのはまったく浪漫ロマンというのを解さない」

 デイジェンがビジューを睨む。

「おまえに言われたくない。おまえときたら、おまえを喜ばせようという私の努力を一切理解していないくせに、他人には浪漫を理解しろときた」

 ビジューがデイジェンに視線を返す。

「なんの話です?」

「茶樹の品種改良も蚕の品種改良もしている。それなのにおまえときたら「今年は出来がよい」と送っても「美味しくいただきました」という手紙を返してくるじゃないか」

「茶樹と蚕の品種改良」

 ビジューは繰り返してから、胡散臭そうにデイジェンを見る目を眇めた。

「そのための土地を調整してるの、私ですよ」

「知ってる。だが品種改良も生産方法の模索も茶農家がやってる」

 沈黙があり、貞俊が咳払いする。

泰俊デイジェン、それは、比轍ビジューと茶農家の努力であっておまえの努力ではないから顰蹙ひんしゅくを買っているのではないか?」

 デイジェンは貞俊を見つめ、それから「仕方ないのです」と開き直った。

「だいたい州境の前線にいたもので、自分で年がら年中茶樹と養蚕に携わっているわけにもゆかず」

 ジャファが「じゃあ自分で品種改良してないじゃん」とボソッと呟き、デイジェンに睨まれる。

「忙しかったんだ」

 ふん、とデイジェンは鼻を鳴らした。

「茶葉と絹が届かなくなって音沙汰が途絶えたときは、不安になりましたよ」

 ビジューがボソッと小さく言い、ジャファはデイジェンをちらりと見た。

「不安だったって」

「ふん」

 デイジェンはもう一度、鼻を鳴らした。

「まだ時間ある?」

 ジャファは貞俊に訊ねる。

「ある」

 貞俊は頷く。

「おい」

 ジャファをどけたのはイブレイムだった。

「おまえさんスリヤの子だったな」

「さようです」

 貞俊がイブレイムに答える。

「タム・クムールのスリヤ王は完璧主義者で有名だ。それだけ完璧なスジェ人男性の見た目があるってことは、他に三つ、形があるだろう」

 イブレイムの質問を聞いていた貞俊は、鏡の向こうでなんとも言えない、嫌そうな、困ったような表情を浮かべて「……ありますが」と煮え切らない答えを返し、ジャファとデイジェンとビジューの目を丸くさせた。

「タム・クムール」

 身を乗り出してきたのはタジャンだった。

 運がよければオアシスで商品を見てくれるエニシャ王族はともかく、普段は文字通り「雲の上」から下りてこないと言われるスジェ王族が集まっている席に気後れし、さらにはジャファを危険な目に遭わせてしまったとカヴェイネンに聞かされたイブレイムに睨まれて怯え、おとなしくしていたタジャンは、それでも「タム・クムール」の名前を聞いて、這うようにして浮雲の上を移動してきてエニシャとスジェの王族の間に割り込んだ。

「タム・クムールのスリヤ王と、今、おっしゃいましたか?」

 イブレイムだけでなく、鏡越しの貞俊まで含めて全員がタジャンを見つめた。

「あ、いえ、その、聞こえたもので、その……今はスリヤ王の第二王子、ハキーム殿下が王になって治世五十年とちょっとのはずですが、もしその、タム・クムールにご縁がおありならばその……」

 ジャファがタジャンを見て「もしかして」と目を見開く。

「タム・クムールでも魔道具売れるの?」

「売れる!」

 タジャンはきっぱりと断言した。

「タム・クムールのハキーム王は魔道具の収集家だ。おまえの腕輪もきっと二束三文じゃなく高値で買い取ってくれる!」

 イブレイムがタジャンを睨む。

「ハキーム」

 貞俊が首を捻った。

「スリヤ王とサスタシャ妃の嫡男で、そりゃ、ご立派な方です。エルバハンの人間としてはまあ、その、お亡くなりになったジャファール王子を贔屓しますがね」

 タジャンが言う。

 無表情な貞俊を見て、ジャファが小さく笑う。

「そいつ嫌いっていう顔になってる」

 ジャファの指摘に貞俊は苦虫をかみつぶしたような表情で首を振った。

「別にハキームが嫌いというわけではない、ただ王族の婚姻というものに理不尽を感じるだけだ」

「そうなの?」

「だいたいすでに妻帯している王であっても六心王龍の子供を持つという目的のために婚姻関係を結ぶなど、その観念は正直好きではない。その点では名目上だけでも一夫一婦制のヴェスタブールのほうが好きになれる」

 ジャファは貞俊の意見を「そんなことないよ」と否定する。

「ティーキムが真面目だから一夫一婦制だなんていう司教の言い分を信じて、それに納得してるだけだ。ヴェルタネンデじゃどうだったか知らないけど、バルキアの農村じゃ、結婚を控えた娘はその土地の領主のモノであって、結婚式の夜は結婚相手じゃなく領主の訪問を受けるっていうことになってる」

 貞俊も、それにビジューとデイジェンも、加えてイブレイムとタジャンも、誰も、ジャファが言っていることの意味を即座には理解できなかった。

 ジャファはカヴェイネンを振り返って助けを求める。

「カヴェイネンのオッサンさ!」

 カヴェイネンはジャファに声をかけられて、蒲華ほかとピンとの会話を止めた。

「なんだ?」

「カタラタンとか、ヴェルタネンデにも農奴はいるでしょ?」

 ジャファがカヴェイネンに問い、カヴェイネンは「いる」と頷いて返す。

「田舎の農村で農奴の娘が結婚するときって、結婚式の夜は領主と新郎のどっちが先?」

 カヴェイネンはジャファを見つめ、困ったように眉根を寄せてから「カタラタンやヴェルタネンデなら、領主が先だろうな」と答えた。

 ジャファが勝ち誇ったように貞俊を見る。

「カタラタンやヴェルタネンデでも、やっぱり領主が先だよ」

 怪訝な表情の貞俊を眺め、ジャファは「だから」と説明を繰り返す。

「悔しいけど、俺にはそこまでは変えられなかったの! 恋人同士が結婚しても! ふたりが農奴ならふたりとも領主の資産なんだ」

 ジャファは唇をかみしめ、貞俊に言う。

「恋人が新婚の夫婦になって、司教は一夫一婦制だって言うけれど、貴族や豪族の領主はその農奴を「妻」にしないだけで、好き勝手に手を出してる」

 ジャファの苦々しげな表情を見つめてから、貞俊は大きく息をついて目を閉じ、俯いた。

「司教が婚礼で婚姻関係を認めた男女が夫と妻になるが、それは婚姻制度上の関係でしかなく、実際には「妻」にしないからこそ、やりたい放題ということか」

 うんざりしたような貞俊を鏡越しに眺めて、ジャファは「そういうこと」と小さく残念極まりない様子で頷いた。

「農奴なんて制度を根っこから壊してやりたかったけど、リゲルにそこまで時間なかったのがすごく悔しい」

 ジャファはもう一度、ギュッと唇を咬んでから無理やりに笑顔を作る。

「農奴をなくせなかったのは悔しいけど、それとは別に、ティーキムにはタム・クムールの血が流れてるんだと思ったら、ちょっと嬉しい。半分は同じエニシャ人だ」

 貞俊がぐっと笑顔を押し殺してから、それでも堪えきれなかったかのように「く」と笑った。

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