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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
55/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(51)貫海山水晶宮へ

 蘇王宮

 朱塗りの柱

 重厚な瓦屋根

 柳が揺れる池を見下ろす水亭で、貞俊ていしゅんは側室ふたりと、螺珠らしゅを前に座らされていた。

 水亭の真ん中に置かれた円卓には、天公地公のために用意された「お供物」がこれでもかと言わんばかりに並べられ、いまにも燃え尽きそうな線香が香炉から一筋の煙を立ち上らせている。

 貞俊はそこで、側室ふたりに王墓での顛末を話し、ジャファとの縁を説明させられていた。

「つまり、王墓というのはどうもただの墓ではなく、各国の皇子になんらかの試練を課す役割を持つ場所だということらしい」

 螺珠は貞俊の言葉を聞きながら点心を摘まむ。

「ティーキムの護衛がカヴィニンで、リゲルというのは隣国の地方領主の令嬢だ」

「そのリゲル様はどうして殿下が蘇王だとご存じだったのでしょうね?」

「炎の王墓で聞かされたと言っていたが、当時まだ私は王権を持っていなかったから、なぜリゲル嬢が私を蘇王だと言ったのかは分からない」

 貞俊は首を捻って唸った。

 芦娘ろじょうが目を細めて貞俊を見る。

「ティーキム殿としての人生は、楽しゅうございましたか?」

 その質問は想定していなかったらしく、貞俊は一瞬目を見開いた。


 ヴェルタネンデは針葉樹林の森を持つ、河に面した土地だった。

 河川を貿易船が行き交い、商業都市として成立することができる。


「ティーキムというのは」

 貞俊は訥々とティーキムの話を始めた。


 *** *** *** *** ***


 香炉の線香が燃え尽きて煙も消え、一段落したところで貞俊が言葉を止める。

「つまり、お話しを信じるなら、そのティーキム殿は一国の王子で、リゲル殿は隣国の貴族のご令嬢だった、それでそのリゲル嬢が現在の炎王陛下だというわけですね?」

 そう確認したのは芦娘ろじょうで、右手を頬に当てて首を傾げたのは恂娘しゅんじょうだった。

「三生の恋にはあと一回足りませんわね」

「三生の恋?」

 貞俊は顔をしかめる。

「過去、現在、未来、ヴェスタブールでの恋が一度目なら、今生が二度目になりますでしょう? あとは、来世があれば物語としては最上ではございません?」

 螺珠と芦娘が恂娘を止める。

「まだそのリゲル嬢との再会もしていないのに貞俊殿を死なせないでちょうだい」

「王には眠りだけですから、来世はございませんわ」

 恂娘は残念そうに「ああ」と嘆息してから背筋を伸ばしてキッと貞俊を振り返った。

「いずれにしろ逃す手はございません! 貞俊様、そのお若い炎王陛下は、わざわざ! あなたのように弱気で控えめで自己評価が低くて何を考えているか分からなくて恋愛に疎くてつがいに恵まれない方に会うために商隊と一緒に蘇においでになるんです!」

 螺珠はまた慌てて恂娘を止める。

「恂娘、言葉を、言葉を選んで差し上げて」

 恂娘はくるんと螺珠に向き直って首を振った。

「螺珠様、甘やかしてはなりません。この方はなにか思いついても実行するまでにとても時間がかかるのです。まずこの方の辞書には「焦る」という言葉がございません。「待て」と言われたら何十年でも「よし」と言われるまで待つ、まるで犬です」

「そこまででもない」

 貞俊はそう言いながら前に置かれていた葡萄を摘まもうとして、目ざとくその行動を見つけた恂娘にパシンと手を軽く叩かれた。

「地公のお供え物に許可なく手を出さないように」

 螺珠は「恂娘、やめてあげて」とまた恂娘を止める。

「もうお線香も消えたのだから自由に食べてよいと思うのよ」

「螺珠様、そんなに貞俊様を甘やかさないでよろしいのですよ。ましてや貞俊様はもう王という立場だからこそ、我慢することも覚えておいていただかなくてはなりません」

 これには芦娘も頷いた。

「礼儀正しく節度ある姿勢で臨めば、法に触れることもございませんものね」

 貞俊はしばらくしきたりとして体裁上嫁いできた側室ふたりを見て、それから大きく息をつく。

「ヴェスタブールでの生活は楽しかった。なにしろ聖人君子を目指す必要がなかった」

「まあ!」

 芦娘と恂娘が貞俊を睨み、貞俊は首を竦めた。

「よろしいですか? 貞俊様、王になるということは百官の模範になるということです。王がどれほど傷付こうが、そんなこと百官の知ったことではございません。それが王になることの代償だと思われませ」

 恂娘の言葉に芦娘も頷く。

「法を厳格に運用するためにも王は清廉潔白でなければなりません」

 螺珠はふたりの言葉を聞きながら貞俊に同情する。

「芦娘も恂娘も、貞俊様はもう百もすぎた大人だし蘭俊殿に比べたらずっと良識的よ」

「螺珠様、そのように貞俊様を甘やかさないでください!」

「さようです!」

 急に自分に矛先が向いたことに、螺珠はびっくりした。

「私は別に貞俊様を甘やかしてはいないのよ?」

「ここにある皿は地公の供物としてきちんと決められたとおりに用意してございます。螺珠様の許可なしには下がりものになりません」

 螺珠はちらりと貞俊を見て、貞俊がぐったりしているのを目にして「コホン」と咳払いをして姿勢を正す。

「それでしたら線香が燃え尽きたら私が許可を出したということにいたしましょう。私が独り占めしたければ、線香が消える前に私がもう一本線香を足します、それでいかが?」

 恂娘は螺珠を見てしばらく無言で何かを考え、それから納得したのか頷く。

「承知いたしました。そのようにいたします」

 そう言いながら恂娘は芦娘に「問題ございません?」と確認を取り、芦娘は頷いてから記録官を呼び、その内容を記録させた。

 貞俊は螺珠に視線を向け、顔を寄せて耳打ちする。

「五、六十年前に彼女たちが右妾と左妾として私のところに来てから、一事が万事こういう手順が繰り返されている」

 螺珠の笑顔が引きつった。

「すべて?」

「日常的に起きることに関してはすべて」

 貞俊はそう言いながら、恂娘をちらりと見る。

「葡萄をいただいてもよいだろうか」

「お取りしましょう」

 恂娘は満面の笑みを浮かべて葡萄をニ、三粒ほど摘まんで皿に入れ、貞俊の隣にいる宦官の前に差し出した。

 宦官が恭しく皿を受け取って貞俊の前に置く。

 葡萄の少なさを見てあからさまにがっかりしている貞俊に、恂娘が目を細める。

「貞俊殿」

「恂娘、心得てはいるつもりだが、ここは」

「私室ではございません。ここには地公がいらして、わたくしども左右妾さうしょうと宦官がおりますから、まごうかたなき公の場所です」

 恂娘の容赦ない言葉に貞俊は目をつぶって眉根を寄せ、それから「おっしゃるとおり」と深呼吸してから葡萄に手を伸ばした。

 螺珠は瞬きしながらそれを眺めるしかなかった。


 *** *** *** *** ***


 カヴェイネンは騎龍を操る蒲華ほかから「見えますか?」と声をかけられて前を見る目を細めた。

「あれは」

 ヴェスタブールを出たときに、同じような島を見た。

「空都か?」

「そのように呼ばれる島のひとつです」

 蒲華は胸を張る。

 カヴェイネンの目に映るその空都はどう見ても広大な浮島だが、その存在は地上に影ひとつ落とすことなくそこにあった。

「あの浮島が蘇の王城、貫海山です」

 カヴェイネンは温石を入れた袋から好奇心で顔を覗かせたピンが「ぴゃ」と悲鳴を上げるのを聞いた。

「あれが王城?」

「さようです、あの浮島ひとつがまるごと王城です。私はあの中を歩いたことがありませんが、東西南北各五十ジェンはあると聞いたことがあります」

 言葉を訳してくれる石のおかげで馴染みのある「ジェン」という距離の単位で理解し、カヴェイネンは「東西に歩くだけで一日かかる」と舌を巻いた。

「あの浮島には、もうひとつ蘇国の自慢があります」

「自慢」

 カヴェイネンとピンは顔を見合わせてから首を傾げた。

 蒲華が大きく頷く。

「あの浮島は土台が水晶なんです。ですから、別名を水晶宮と申します」

 カヴェイネンとピンは無言になった。

 土台が水晶。

 意味が分からない。

「土台が水晶?」

「さようです。初王の趣味だと聞いています」

「趣味」

 カヴェイネンは繰り返し、目が点になった。

「いやいやいや、趣味?」

「あっははははは!」

 蒲華が笑う。

「カヴェイネン!」

 移動用の雲からジャファが身を乗り出して転げそうになり、腰帯をイブレイムに引っ掴まれているのが見え、カヴェイネンは思わず蒲華に「寄せてくれ」と慌てて声をかけた。

「すごいあっと言う間!」

 ジャファが興奮気味に言い、イブレイムに「おまえは躾のなってない猿か!」と怒られた。

「ジャファ、あの浮島は、王城だそうだ」

 カヴェイネンが言うとジャファは「へ」とポカンとした。

「じゃああの島、全体がティーキムの城なの?」

 ビジューがジャファを抱えて雲の中ほどに引きずり戻しながら「さようです」と頷く。

「私の一族が最高の技術で作り上げた空都、貫海山水晶宮。なぜあれを貫海山と言うかごらんに入れましょう」

 ふふんとビジューが自慢げに鼻を鳴らして胡坐あぐらをかき、目を閉じて風を身にまとう。

 ジャファは「わ!」と声を上げた。

 一面の空が真っ暗な暗雲の下で嵐に覆われた海に変わる。

 海は稲妻をまとい、近付くものを排除する。

 ビジューが目を開けてジャファに状況を説明する。

「今見えているのは重なりの海。王宮に攻撃を仕掛けてくるものがいれば、この重なりの海に引きずり込んで迎撃します」

 カヴェイネンもピンも、アルタンも、重なりの海を見渡してゾッとした。

 それは蒲華やデイジェンとチジェンも同じだったらしく、カヴェイネンはデイジェンを見つめる。

 デイジェンはカヴェイネンの視線に振り返って目を瞬かせてから首を振った。

「私は自分が生まれ育った王宮にこんな仕掛けがあるなど、知らなかった」

 ビジューが笑みを浮かべる。

「海の下を見てください」

 嵐に荒れ狂う海の下を見て、カヴェイネンは「これは」と呟いた。

 水底に揺れる王都から伸びる花のように、王宮を支える柄が伸びている。

「海を貫いて咲く花の山に作り上げられた王城、これこそが貫海山水晶宮のもうひとつの姿です」

 清々しい笑顔のビジューをデイジェンとチジェンが振り返る。

「なぜこれを私たちが知らされないのに、まったく関係のない炎王に知らせる」

「炎王だからです。見せておけばスジェに攻撃を仕掛けてくる気にはならないでしょう?」

 イブレイムはジャファをビジューから引き離した。

「スタラーデならいざ知らず、うちのジャファールがそんなことするわけねえだろうが!」

「親子揃って口が悪い!」

 ビジューは呆れながらパチンと手を打って空間を元に戻す。

 晴れ渡る空の下、王城は王城としてそこに浮いている。

 カヴェイネンとピンはビジューを見てゾッとした。

「スジェ王族というのは皆こういう力を持つものですか?」

 デイジェンが「違う」と首を振る。

「ビジューの一族はビィ氏といって、建国の王である初王の双子の弟の一族だ。その後も六心の皇子が必ず一人は比氏との婚姻相手になり、六心の血を繋ぎ続けている。他国では六心といえば王と皇子しかいないが、スジェには王族と比一族の二氏がいる。ただしそのことを知っているものは上位の貴族に限られている」

 デイジェンはそう言ってからイブレイムを振り返った。

「ビジューは六心としての核をふたり分持つ」

「ふたり分?」

 イブレイムは顔をしかめる。

「ビジューとふたりで色々と試して分かったが、ケルグンの王子たちが息子や兄弟を殺してまで禁術を使う裏には、血腥ちなまぐさいが合理的な理由があったということだ」

 デイジェンは左右の人差し指を立ててから手を交差させ、右手の指を人差し指と中指の二本に変えて見せた。

「見た目にはひとりだが、裏にはふたり。六心凱核がふたりでひとつの体を共有したら、裏にある真核はいくつになるか」

「十二の心臓と、二倍の凱核を持つ?」

 イブレイムは目を見開いた。

「そういうことだ。だから純粋な力でなら私よりビジューのほうが上ということになる」

「つまりおまえさんの妻は王にも比肩する力の持ち主ってわけだ」

 デイジェンはイブレイムに首を振った。

「そうじゃない。王というのは王墓と心臓を共有するのだというから、王になると、これまでの王の人数分の心臓と真核を持つことになる」

「それじゃ名目上の王とは同じ六心として対峙できても、もし本物の王と真っ向から対峙したら、普通の龍どころか六心の王子でもまともに太刀打ちはできんってことか」

 頷いたデイジェンは、しかしあっけらかんとして笑う。

「まあ兄は王で対峙したらどうなるか怖いが、ビジューも怖い。なにしろ抱えているのはケルグン王族の心臓と真核、それに地龍と眷属の契約をして伎芸天の一族に名を連ねた」

 それにはイェジンが顔を上げた。

「伎芸天か。それなら誰がどんな力と親和性があるかを確かめて、その技能を伸ばすことが許されているね」

「さようです」

 デイジェンがイェジンに向かって頷く。

「ですから、夫婦喧嘩になったら間違いなく私のほうが不利です」

 イェジンはデイジェンを見た。

「おまえさんも難儀な相手をつがいに選んだね」

 デイジェンはイェジンを見る。

「イェジン、その名前が本当なら、あなたは炎の地公でいらっしゃる。そのはずです」

 イェジンが笑う。

「おまえさん地龍の眷属を番にしただけのことはあるってことだ。他になにを知っている」

「地公だということであれば、あなたはジャファか、その一族の六心から選ばれた誰かと天地の一対になる必要があるのではないですか?」

「俺がなに?」

 ジャファがビジューの隣からデイジェンのほうに転がってイェジンとデイジェンの会話を邪魔する。

「炎の天公として、炎の地公と契約を結ぶ必要があるという話をしている」

「地公ってなに?」

「ジャファール殿は、天地創生の神話を聞いたことがあるか?」

「あるよ。子供でも聞く」

 ジャファは答え、絨毯の羊毛からできた踊る羊人形に埋まってぬくぬくと転がった状態でデイジェンを見た。

「でも先にスジェの伝説ってどんなのか教えて」

 デイジェンはジャファを見る。

「この世界は央原君が玄・蘇・朱・炎という四人の天龍王に命じて国の形を作らせた。だが命だけは作ることができなかった。そこに地龍の王が四人の子供を地公として命を与えると約束した」

 ジャファはデイジェンを見てからイェジンを見る。

「イェジンはその地龍王と関係がある?」

「地龍王の二番目だ」

 イェジンはそう言って自分の姿を一度龍に変え、それから褐色の肌に赤味のある黒髪の若い女に姿を変えた。

「地龍王の子供はだいたい女子に生まれ、天龍の世界で器を得て人になって育つ。寿命は魂に左右されるからね、こうやって自分が好きなように姿をいくつも持って生きている。最初の器を選ぶときに、男を選ぶか女を選ぶかは自由だ。私は男を選んだ」

 ジャファはポカンとしてイェジンを見つめ、それから若い女の形でいるイェジンの胸を見て顔を赤らめる。

「んー……」

「どうしたね、坊主」

 イェジンはジャファを見て首を捻った。

 ジャファは風の中でリゲルの姿を作ってみてからまた顔をしかめる。

「うーん……イェジンは胸ある」

「うん?」

「リゲルは胸がない」

 イェジンは金髪のリゲルを見て「あっはっは!」と笑った。

「ヴェスタブールのリゲルは地龍王が各国の初王にもらった器を先祖にして生まれたもんだが、今おまえさんが作っている体は、その記憶をもとにして自分で作っている体だ。おまえさんが望めば胸も背もどうにでもなる」

 ジャファはリゲルの姿でイェジンを振り返った。

「ヴェスタブールの人間は地龍の王が天龍王に作らせたの?」

「そう」

 イェジンは頷く。

「地龍王は命を作るが器は作らない。だからヴェスタブールの黎明期には天龍王たちに人の器を作ってもらい、命の欠片を繋ぐ場所としてヴェスタブールで生かすことにした。ヴェスタブールというのは地龍が人や新たな龍の性格を作るための種を育てる場所だ。だから天龍の世界とヴェスタブール、地龍の世界のそれぞれに魂を共有する者がいる。例えば、ひとつの魂から芽吹いた花が種となり、カヴェイネンになり、カヴェイネンの強さを学んだ魂が新たな実を結んでピンになり……どこかで産まれた魂が育んだ別の実が小さなジャファールになり、リゲルになり……」

 イェジンの言葉にジャファは羊人形から身を乗り出した。

「リゲルの他にも俺がいるの? 兄さんのジャファールと同じ魂の持ち主も?」

 ジャファの好奇心を見て、イェジンは「そうさな」と頷く。

「そもそもおまえさんの魂はイブレイムの頼みを聞いて兄さんと同じ魂を繋いだんだ」

「俺の元になった魂の持ち主ってどんな人だったの?」

 ジャファの質問にイェジンは笑った。

「王族の子供が生まれるときにはだいたいヴェスタブールで領地を持っていた王や貴族の魂から実を摘んで使う。まあその魂が上手いこと育ったもんかどうかは別だ。ティーキムみたいなのもいれば、スタラーデみたいなのもいる。リゲルみたいなのもな」

 イェジンはジャファの頭を撫でる。

「同じ魂を持つ者は、どうも似たような課題に直面する。スジェ王やティーキムは、父親との悪縁、ふたりのジャファールやリゲルは近親者からの虐待、カヴェイネンとピンは……」

 ピンがカヴェイネンの胸にかけられた袋から顔を覗かせてイェジンの言葉をワクワクしながら待つ。

「私は? 私はなんです?」

「自分のために誰か大切な者が犠牲になる、そういう別れだろうなあ」

 イェジンは遠くを見た。

 ピンは「ああ」と耳を掻いた。

「そりゃ……」

 カヴェイネンはピンを見つめる。

「ピンも私と同じなのか? 私はティーキム様を守れずに、死なせてしまったが……」

「あー……」

 ピンはだいぶぬるくなった温石の上に座り込む。

「私は小麦畑を持ってた農家の庭で産まれて、そこの畑の脇に巣を作ってたんですけど、戦で小麦畑が戦馬に踏みつぶされて、横の草むらに作った巣まで壊されそうだったとき、その農家の子供が私の巣を守ってくれたんです。赤ん坊のころから足しげく顔を覗きに行って相手してみたり、草むらで遊んだりした子供だったのに、私の巣を守ったことで兵士を怒らせて目の前で殺されてしまったわけで……自分が地龍で盾が使えるってもっと早く知ってれば助けられたのにって、思ってたらアルタンに食われそうになったんです」

 最後にロクでもない役で登場したアルタンの名前を聞いて、ジャファはアルタンを振り返った。

 アルタンはジャファを見て目を細めた。

「人の死骸の横で無防備に泣いてるネズミはとても食べやすそうな獲物でしたので人より先に食べてしまおうと思ったら、喋ったので食べ損ねました」

 ジャファはなんとも言えない表情でアルタンを眺める。

 アルタンはそのジャファの視線に気付いて淡々とした説明を試みた。

「世の中は弱肉強食です。ネズミは猛禽類にとってただの肉です」

「あ……うん……ゴメンネ……カヤネズミすごい可愛いからなんの躊躇いもなく「ただの肉」って断言されてちょっと衝撃……」

 ジャファの表情を見たアルタンは傷付いたように「可愛かろうが、肉なんです」ともう一度繰り返した。

「でも、もう食べない……?」

「ピンは食べませんが、ただのネズミなら食べます」

 アルタンの断言を聞いて、ジャファはおもむろに羊人形のなかに頭まで埋まるように隠れた。

「ピン」

 アルタンに呼ばれてピンは温石の袋から顔を出す。

「おまえのせいで炎王に嫌われた」

「ネズミ食べるアルタンが悪いんじゃねえか?」

 アルタンはピンを見た。

「バッタ食うやつに言われたくない」

「バッタはスジェの王弟殿下も食うよ。でもスジェの王弟殿下、ネズミは食べないと思う」

 デイジェンがピンと目を合わせることなく息をつく。

「カヤネズミは食べない。タルバガンは食べる」

「……なんですか? タルバガンて」

「草原に住んでいる大きなリスだ。ケルグンの草原では貴重な肉の一種だ」

 デイジェンはピンがぬるくなった温石の上から「ヒドイ。王弟ヒドイ」と繰り返すのを聞いた。

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