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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
54/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(50)老騎士、龍に乗る

 蘇国蔡州(さいしゅう)

 気候風土は穏やかで、とてもオアシスを離れると一面砂漠しか見えなくなるようなエニシャに隣接した土地のようには思えず、カヴェイネンは呆気に取られた。

 高い空は雲に彩られ、広々とどこまでも続く大地は森に遮られることなく間もなく収穫を迎えることになるのであろう金色の小麦が絨毯のように広がっている。

 端的に言って、広い。

 それ以外に言葉が出て来ない程度には、広い。

 デイジェンがカヴェイネンとイブレイムを振り返った。

「もともとここにあったのは苹州という州だったが、つい先ごろの内乱でだいぶ州が弱体化してしまった。それで苹州と蔡州の場所を入れ替えて、蔡州をエニシャとの国境に移動したんだ。これから交易点を整備する」

 カヴェイネンとイブレイムはポカンとしてデイジェンを見つめる。

 そのカヴェイネンの左肩で、ピンが突然「チイッ!」と警戒の声を上げてアルタンや、商隊の地龍たちに戦闘態勢を促した。

「左上空!」

 ピンが叫び、地龍たちが盾を広げる。

 パシッと手を叩いたのはビジューだった。

 地龍たちが広げた緑に光る盾がビジューの手の中に吸い込まれて消える。

 誰もが呆然とした。

 イェジンがビジューを見つめて「ほ」と嘆息する。

「おまえさん天龍だとばかり思っていたが、眷属だったか」

「本性は天龍です、そして地龍の眷属になることを受け入れております」

 ビジューはピンを見た。

「警戒は不要です。この国では、王の次にデイジェン殿が強い」

 笑うビジューをちらりと見て目を逸らし、「ビジューには敵わない」と訂正する。

「州公!」

「チジェン!」

 上空に留まる騎龍兵を率いて一行を待ち構えていたのはどうやら蔡州の騎龍兵だったようで、デイジェンが騎龍を従えた男と言葉を交わし、なにかを確認し始めた。

「炎王一行の騎龍と迎雲を用意してある、今日は駅で馬とラクダを休めて温泉に浸かって行かれるといい」

 チジェンという男の主張にデイジェンが「そうか」と、騎龍から下りてきたチジェンの肩を叩く。

 青みを帯びた黒い目に緑を含んだような冷たい黒髪のデイジェンに比べて、チジェンの黒髪は赤味を含んだ温かい黒で、目も赤味のある茶色だった。

 チジェンはデイジェンの隣に陣取って、ラクダが膝を折りジャファを下ろすのを眺める。

「なんで比氏の末っ子が一緒なんだ?」

 デイジェンはチジェンの質問にちらりとチジェンを見る。

「私が呼んだ」

「知らんぞ、後で兄王に怒られるがいい」

 そんなことを言いながら、ジャファがラクダからなかなか離れない様子に首を捻り、それからジャファが連れている大量の羊人形を見てたじろいだ。

「エニシャ王、それは、一体……?」

 ジャファはぎょっとしているチジェンを見上げて笑顔になった。

「羊人形」

 チジェンのほうに羊人形を一匹突き出したジャファが自慢げに胸を張り、デイジェンが横からチジェンに「踊るんだ」と付け加える。

「踊る?」

「踊る。どうやら炎王の気分に合わせて動きが変わるらしいが、恐ろしく統一感がなく、そしてなにか妙な宗教儀式でもやっているような具合に、二本足で立って踊る」

「おど……えっ……? 宗教儀式……?」

 チジェンの怪訝な表情を見て、デイジェンは頷く。

「モザイクランプの下で色とりどりに照らされた羊が踊り狂っているのを延々と見続けたときには、頭がおかしくなるかと思った」

「手に載るぐらいの羊がかなりの数いるようだが」

 デイジェンはまた「そう」と頷いた。

「元は絨毯だった」

「絨毯から作られた羊なのか?」

「そう」

 デイジェンはチジェンに「百ぐらいいる」と踊る羊人形を指で示した。

 デイジェンとチジェンの会話は我知らず、ジャファは踊る羊人形を引きつれて満足げにビジューの横に立つ。

 チジェンがデイジェンの隣で「ふふん」と笑う。

「ビジューはデイジェン殿の許婚だったと思うが、炎王のお気に入りか」

「あいつは隙だらけだから子供に好かれるんだ。考えても見ろ、芳児に臥渓、臥渓の友人たちも子供だ」

「……それは玄二妃だからなのでは? 玄二妃にしてみたら芳児は息子で、臥渓殿などは息子の友人なのでは?」

 デイジェンはチジェンの言葉をしばらく考え「そうか」と頷いて、それから「そういうことに……私は芳児の兄であって父じゃない」と唸った。

「悩むがいい」

 チジェンはジャファに雲を指差す。

「エニシャ王殿、落ちることはありませんから安心してどうぞ」

 ジャファはビジューを見てから、ビジューが頷くのを見て頷いた。

 チジェンはビジューを見て笑いを堪える。

「お母さん……」

「笑わないでいただきたい」

「いや、失礼」


 そのジャファとデイジェンとチジェンの兄弟、それにビジューを見ながらカヴェイネンは顎鬚を撫でた。

 チジェンは上背がありガタイがよく、体は着物越しでもわかるぐらい筋肉質で厚みがある。

(あの男は鍛えればよい騎士になるだろうな)

 首を捻るカヴェイネンを見たらしいビジューが、「王弟殿下のひとり、五心皇子の慶俊チジェン殿です」と小さく囁いた。

 五心の皇子。

 カヴェイネンは「ああ」と頷く。

「あちらも王弟殿下か」

「はい」

 カヴェイネンはふと小さく笑う。

(そういえば兄弟が多いと聞いたことがあった)

 チジェンはカヴェイネンを見て「ああ!」と手を打った。

「カヴィニン殿だな!」

 ティーキムと同じ発音で呼ばれ、カヴェイネンは「さようです」と頷いて頭を下げる。

「兄から話は聞いている。そのままラクダに乗るか? 馬もあるが、できれば雲を使わせてもらえる方が早いのでありがたい」

「雲」

 カヴェイネンは首を捻り、イブレイムを振り返る。

 イブレイムはカヴェイネンの困惑したような表情を見て首を捻って見せ、自分にも彼らが何を言っているのか分からない、と態度だけで示した。

「チジェン、カヴェイネン殿は輿より鞍がよいお人だ、雲より騎龍がよいかもしれん」

「そうか、なら騎龍を用意して鞍を調整しよう」

 カヴェイネンはピンと顔を見合わせて「はは」と小さく笑った。

「雲に騎龍だそうだ」

「想像したことのない世界です」

 ピンが頷く。

「乗るんですか? 雲か騎龍に」

「乗れということだろうな」

 カヴェイネンがピンを安心させるようにピンの喉元をくすぐると、「うひ」とピンが満足げに笑う。

「寒かったらポケットに入れてください」

「そうだな、天龍の護衛付きならば、まあ最初からポケットにいてもよいかもしれない」

「そうですね」

 カヴェイネンとピンはちょいちょい頷きあいながら囁いた。

 横にそっとひっついたタジャンが「ダンナ」とカヴェイネンの腕に腕を絡ませる。

「タジャン」

「ダンナの騎龍に一緒に乗れませんか」

 カヴェイネンはピンと顔を見合わせ、それから「構わん」と頷いて苦笑した。

 ピンがカヴェイネンの左肩からタジャンに駆け寄り、タジャンの頭を小さな手でそっと撫でると、タジャンは「ネズミに可愛がられたのは初めてだ」と苦笑いした。


 *** *** *** *** ***


 騎龍の鞍は馬の鞍とはだいぶ作りが違うもので、カヴェイネンには「まず騎龍に慣れるまで」」と騎龍乗りの男が同乗し、タジャンは「無理に騎龍でなくともよいですよ」と雲のほうに誘導された。

 カヴェイネンの騎龍に同乗した男は、カヴェイネンの首にかけられた魔道具の宝石を見て安心したように笑った。

「蔡州騎龍軍の蒲華ほかといいます、ここから次の州まで、私が騎龍で同行します。カヴェイネン殿のその石、それが訳をしてくれるので通訳は不要だそうですね。私の話は通じていますか?」

 蒲華ほかの確認を受けて、カヴェイネンは頷いて見せる。

「大丈夫です、しっかり理解できました」

「よかったです、分からないことがあれば声をかけてくださればお答えします」

 問題なく会話ができることを確認してから、騎龍乗りの蒲華はふたり乗りの鞍を示す。

「前が普通の鞍です。私が馭者として前に乗るので、後ろの鞍を使ってください」

 カヴェイネンに場所を指定してから、蒲華はピンが入る程度の小さな袋をカヴェイネンに渡した。

「中に綿と温石おんじゃくを入れてあります。上空は冷えますから、ネズミ殿にこの袋に入っていただいて、肩から胸にかけるとよろしいでしょう、と、デイジェン殿下からお預かりしております。天龍族は上空でも寒さに影響されませんが、人間から騎龍乗りになる者などは、騎龍に乗るときにこうした温石を入れた袋を携行して体を冷やさないようにするのが一般的です」

 蒲華の説明を聞きながらカヴェイネンの肩を下りて温石の袋に入り、ピンは袋の口から顔を覗かせて目をきらめかせる。

「快適! 綿のおかげでちょうどよい広さの巣が作れそうです!」

 ピンを見て、蒲華は小首を傾げた。

「さすがにネズミ殿が袋のなかに巣を作ることまでは、殿下も想定しておられないように思います」

「綿がもうちょっと軽ければ最高でした」

「殿下はネズミ殿が潰れないように工夫するのが精一杯でした」

 蒲華に言われてピンは「ああ」と頷く。

「まあそうでしょうね。それでもうそろそろ出発するのではないかと思いますが、まずは鞍に乗っていただけますか?」

 カヴェイネンは「大丈夫」と頷き、ピンを入れた温石の袋を肩から掛け、騎龍の鞍に乗った。

 騎龍の図体は頭だけ、その角を入れない状態ですでにカヴェイネンの身長ぐらいの高さがあり、じっと地上に身を横たえたところに乗るだけでも馬上と同じぐらいの目の高さになる。

「カヴェイネン殿、飛ぶときには馬が棒立ちになるときと同じぐらい急な角度で一気に上がりますから、背もたれにしっかり背中をくっつけておいてくださいね。ネズミ殿は落ちないように、袋のなかで丸くなっていてください」

 蒲華はカヴェイネンとピンに注意を促してから、騎龍の手綱を手にした。

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