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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(49)スジェの関門

 スジェ

 カヴェイネンはエニシャとスジェの国境に長城が築かれていることに目を見張った。

「高さがすごいな」

 カヴェイネンの左肩にいるピンが、カヴェイネンの右肩で休んでいるアルタンを見る。

「アルタンならひとっ飛びだな」

「任せろ」

 イェジンがピンとアルタンを振り返った。

「国境破りの相談はやめなさい」

「うわあ」

 無感情に言ったのはビジューだった。

「大変申しわけなく存じます」

「いやいや、おまえさんは私の管轄外だから、後でジュジェン殿から怒られなさい」

「心得ましてございます」

 ビジューはがっくりした。


 デイジェンは国境を超える手続きを待つ商隊を待ちながら、城壁を見上げた。

「かつてはエニシャにも各地に同じような城壁があったと聞いている」

 デイジェンはそう言いながらイブレイムを振り返る。

 イブレイムは「まあな」と自慢げにラクダの上でふんぞり返った。

「こんなでかい日干し煉瓦剥き出しの美意識もないような城壁や門じゃないぞ」

 イブレイムがジャファに言う。

「エニシャ各地にあったのは、そりゃ言っちまえば中身は同じ日干し煉瓦だろうが、例えばエルバハンの城壁を守る門はな、ラピスラズリみたいな濃紺のタイルや、金銀で模様を施した象嵌タイルで飾り立てた、そりゃあ豪勢なもんだった」

 ジャファはイブレイムを振り返った。

「なにそれ、いつの話だよ! 俺そんな豪勢な城壁も門も見たことないよ!」

「三百年近く前、おまえのひい爺さんがエルバハンを治めてた時代だ」

「親父の時代じゃないの?」

「違う」

「なんで!」

「俺はそこまで立派な施政をしていない!」

 ジャファはイブレイムを怪訝な表情で見つめる。

「なんで偉そうなの?」

「だいたい引き継いだものを守るのが役目だと思っていたからだ。ジャファールにもそのように教えてきた」

 ジャファは呆れてイブレイムから顔を背けてビジューの膝を枕にして転がった。

「エニシャ王殿、それは私の婚約者なんだが、ご理解いただけているだろうか」

 デイジェンが不機嫌にジャファを睨む。

「殿下、まだ子供ですから」

「子供だろうがエニシャ王だろうが。本来おまえは王都から出てはならない身分だっていうのに」

「私をエニシャにお呼びになったの殿下ですからね?」

 ビジューがデイジェンにナッツを飛ばし、デイジェンは「食べ物を粗末にするな」とビジューを罵った。

「ビジューはデイジェンと仲がいい」

 ボソッと言ったジャファをビジューが笑う。

「私は最初、彼が自分の婚約者候補だとは知らなかったんです。ただ書庫で一緒になるうちに、書庫に記述されていた術について、あれはやってみたかこれはどうだと話で意気投合したのが、まあ、普段は邸と王宮を往復するだけの私には楽しかったのですよ」

 デイジェンが隣のラクダからジャファを覗き込む。

「言っておくが私はこいつに、気付くように話をしているつもりだった。こいつはものすごく鈍い」

 ビジューはもう一度デイジェンにナッツを投げつけた。

「私はてっきり従姉妹の誰かが側室になるのだろうと思っていたんです」

 ジャファは体を起こす。

「側室ってなに?」

「側室というのは……」

 言葉を濁したビジューの代わりに、イブレイムが口を挟む。

「愛人だ、愛人」

「違います」

 カヴェイネンがイブレイムに苦情を申し立てる。

「ジャファ、側室は妻のひとりで、夫婦として司教にも認められた婚姻関係と地位があるが、愛人とは司教に認められた婚姻関係はなく」

「え、スジェって司教いるの?」

 ジャファがビジューを見る。

「司教というのはなんだか分かりませんが、司徒と司空はいますよ」

「司徒と司空ってなに?」

「主に司法に責任を持つ大臣と建築土木に責任を持つ大臣です」

「じゃあ司徒と司空が結婚式に立ち会うの?」

 ビジューが変な顔をしたのを見て、ジャファは「なんか違うっぽい」と呟く。

「それをやるとしたら、礼部ですかね?」

「儀典官かも?」

「少なくとも宦官は朝から晩までいますよね?」

 ビジューが訊き、デイジェンが頷く。

「宦官は最初から最後まで記録を記録官に伝える役目もあるしな」

「……王だけですよね?」

 ビジューがデイジェンに訊き、デイジェンがビジューを見る。

「たぶん、私とおまえの婚儀でも宦官と侍女がそれぞれ記録する」

「ご冗談!」

「冗談なものか。はっはー、おまえ自分で自分の婚儀を記録に書き付けるんだ。さもなければおまえの部下が書く」

「すごく嫌だ」

「思いつく限りの工夫を凝らしておまえの部下をドン引きさせてやろう」

「最低だこの皇子。歴史に変態として名を刻んでやる」

「はっは!」

 デイジェンは笑ったが、表情は引きつっていた。

 ジャファが首を捻り、イブレイムとカヴェイネンが顔を背け方を震わせて静かに笑う。

「エニシャも司徒と司空がなにかする?」

 訊かれたイブレイムは笑いを堪えるために大きく一度深呼吸してからジャファを見て首を振った。

「エニシャに司徒と司空というやつはいない。書記官が付く」

「ショキカン?」

 カニ缶、のような奇妙なイントネーションで訊いたジャファに、イブレイムが「書記・官」と繰り返す。

「記録は残す。スジェと同じだ。宦官というのはエルバハンでは置いていないから、自分が信頼する書記官を横に置くことになる」

「へえ」

 ジャファがなんとなく納得した様子を見せたところでイェジンが城門の関所から戻ってきて手を叩いた。

「さて! ピン! アルタン! カヴェイネン殿の肩で休憩するのもそれまでにして、中身を見せるために卸した荷物を積み直すのを手伝ってくれ!」

「承知しました」

 ピンとアルタンはカヴェイネンの肩から下りてイェジンの手伝いに出向く。

 カヴェイネンは肩を回して肩凝りをほぐした。

 ジャファがカヴェイネンを覗き込む。

「アルタン重かったの?」

「いいや、ふたりが肩にいる間、腕を動かしていなかったから動くようにしているだけだ」

「ジャファール、お父さんも久しぶりに延々とラクダに乗って腰が痛む。そのぐらい優しく気遣ってもらえんだろうか」

 ジャファはイブレイムを眺め、それからコックリと頷いた。

「宿に着いたら背中踏んづけてあげる」

「踏んづけられるのか」

 イブレイムは呆れたが、ビジューが横から「アーケリにそういう施術がありますね」と口を挟む。

「そうなの? ときどきカストールに頼まれて背中踏んづけたよ」

 デイジェンが「は」と息をつく。

「やっぱり兄の婚姻相手がスタラーデ殿ではなくてよかった。変態に王を預けたくない」

「ですから、猟奇殺人を楽しんだと思しき供述がある以上、婚姻の申し出を受け入れることはありませんから」

「あいつを後宮に入れていたら、きっと後宮で王がバラバラ殺人事件の被害者になった」

「なんでちょっと楽しそうなんですか?」

 ビジューがデイジェンに呆れる。

芦楓ルゥフォンが持ってきた企画が楽しそうだったんだ」

 デイジェンの口から出た名前を聞いて、ビジューが怪訝な表情を浮かべた。

「なぜルゥフォンが殿下になにやら企画を持ち込むのです? ロクでもない話を持ち込んだのではございませんか?」

 ビジューに問われてデイジェンが「いやそんなこともない」とあっけらかんと答える。

「地龍の仙たちと一緒に、怪異小説を体験できる邸を作っているんだそうだ」

「やっぱりロクでもない!」

 ビジューが呆れ、デイジェンは笑った。

「怪異小説?」

 動き出したラクダと一緒にラクダの背に括りつけられた輿の上でよろけながら、ジャファはデイジェンのほうへ身を乗り出す。

「スジェでは人気がある。つい最近まで、スジェでは地龍たちは人や自然のなかに姿を隠して生きていた。そのなかには、人や天龍とケンカする者や恋をする者もいた。その地龍の話らしいが、私たち天龍は地龍がどのようにスジェに潜んでいるのかを知らなかったから、伝承だとばかり思っていた」

 ジャファとビジューを背に乗せたラクダは、デイジェンが話をする間にも国境の城壁の門をスジェ国内に向かって進んでいく。

 城壁の門は、門と言うにはずいぶんと距離があるトンネル構造だった。

「スジェの門は例外なく一般的な半円アーチ構造です。尖頭アーチ構造など、その他の構造で国境や州境の門が作られることはありません」

 ビジューがジャファとイブレイムに説明したが、ジャファは理解しなかったし、イブレイムは興味がなさそうに「ほう」と言っただけで話は続かなかった。

 デイジェンがカヴェイネンに体を向ける。

「ビジューの家は建築土木を掌る司空の家なんだ。だから建築物を見ると説明を始めることがある」

 カヴェイネンは左肩に戻ってきたピンと顔を見合わせてからデイジェンを見て頷いた。

「なるほど」

「タリヤでは「柱がエンタスだ」とかなんとか」

 言いかけたデイジェンに、ビジューが「エンタシス」と訂正を飛ばす。

「エンタシス、なるほど、エンター……覚えたところで私はたぶん二度とこの言葉を使わないぞ」

「そうかもしれませんが説明をなさるなら正確な言葉で説明してください」

 デイジェンは「スイマセン」とジャファと同じような調子で言ってからラクダのコブにもたれかかった。

「カヴェイネン殿」

 ビジューに声をかけられ、カヴェイネンはビジューに顔を向ける。

 ビジューの影ジャファの隣で揺れた。

「なんでしょう? ビジュー殿」

「この城門の先はスジェで最初の州、蔡州です。ヴェスタブールともエニシャとも違う世界になりますから、ターバンは要らなくなりますよ」

 カヴェイネンはまたピンと顔を顔を見合わせた。

「楽しみですね」

 ピンが笑い、カヴェイネンも頷いた。


 城門の下をくぐるこの長いトンネルの向こうには、自分の主人が治める国がある。


 カヴェイネンは気を引き締める。

(次こそは、主人を守り切る)

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