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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
48/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(44)完璧な王とはどんなもの?

「あ、のー……兄上」

 イブレイムに声をかけたのはタリヤ公だった。

 カヴェイネンはそれを眺める。

「ジャファ……ジャファールがエニシャ王だとして……我々は、どうします……王墓で王権を獲った王というのは、五百年以上ぶりで、そもそも王権を持つ王がどういうものかまったくよくわからない……というか……」

 イブレイムはタリヤ公をじろりと睨んだ。

 カヴェイネンは手を挙げる。

「……龍王の、王権とは? ヴェスタブールでは龍というものは悪魔の使いと言われて討伐されますから、龍王がエクセン・ドランやペクタ・ドランだということで、その、種の違いというものがあるのかどうか、まったくわからないのでお伺いできまいかと」

 イブレイムは顔をしかめた。

「エクセン・ドランとペクタ・ドランか……難しいな」

 タリヤ公は首を捻った。

「役割の違いです」

 きっぱりと言ったのはスジェのビジューだった。

「この世界は央原君から力を与えられた五人の龍王が作ったと言われています。四人は世界の機能を、ひとりは心の機微を掌る力を与えられたのだそうです」

 羊人形を遊ばせながら、ジャファがビジューを見上げる。

「なに? その話」

「創世神話です」

 ビジューは言う。

「スジェの書庫で覚え込まされました」

 ビジューが遠い目になった。

「まずケルグン王が得意なのは土の扱いです、大地の王。スジェ王が得意なのは水です、海の王。アーケリ王が得意なのは熱です、火の王。エニシャ王が得意なのは風で、嵐の王と呼ばれます。この四人が天龍王と呼ばれます。最後の王は、木の王、命の掌握者。国は持たないと言われています」

 カヴェイネンは「なるほど」と頷いた。

「土、水、火、風、ただ、これはどの国がどのような性格を持つかということを左右するにすぎません。土のケルグン王は豊かな大地、草原を持ち、海のスジェ王は大河と大洋を持ち、火のアーケリ王は、雪国や熱帯を持ち、風のエニシャ王は嵐の中で繁栄するオアシスを持つことになったものの、今では、王たちの婚姻によって、その子孫が持つ力はほとんど均一化されました」

 ビジューの説明にカヴェイネンは「均一化ですか」とまた頷いた。

 笑いながら、ビジューはカヴェイネンを見る。

「エクセン・ドランが現在でも相当な権勢を誇るのはケルグンです。ケルグンの王子たちはエクセン・ドランとしての力を抑圧されることなく使うなかで、死んだ王や王子を生き返らせる術もまた、禁術と言いながら発達させてきました。魂魄すべてが再起不能になるまで戦い続ける、それがケルグンの王子たちだと言われています」

 小さく笑ったのはデイジェンだった。

「ケルグンの王子にとって子供は多ければ多いほどいい。自分が復活するための器、生贄として使える器だ」

 ビジューはその言葉の後半、ジャファの耳を両手で塞いだ。

 ジャファは不思議そうにビジューを見上げる。

「嫌なことはわざわざ聞かなくていいんですよ」

「ふうん?」

 ビジューはカヴェイネンを見てまた口を開いた。

「とにかく、ケルグンではエクセン・ドランは絶対的な支配者であって、ペクタ・ドラン以下はその支配に力では敵わないので絶対王者である彼らに従います。類似の絶対的なエクセンとペクタの関係があるのはアーケリですが、アーケリの場合はケルグンのように力で従えるのではなく、身分差別で従えます。エクセン・ドランとは神であり、ペクタ・ドランとはその神に仕える最高位の神官であるという宗教観による支配です」

 そのビジューの説明に、大人たちは誰もがなんとも形容しがたい微妙な表情になる。

「身分差別って嫌い」

 ジャファだけが明確に、羊人形で遊びながら言い切った。

 気を取り直して、ビジューはスジェの説明に及ぶ。

「スジェではエクセン・ドランとペクタ・ドラン以下は、完全な分業体制で、それぞれに自分たちの務めを果たすことが求められます。エクセン・ドランとペクタ・ドランでは、できることがまったく違いますので、エクセン・ドランはエクセン・ドランとして世界の在り方を決めて再構築し直したり形を変えたりしつつ、ペクタ・ドランはその世界にふさわしい法や統治を模索することになります」

 それからビジューは笑顔で無言になった。

 ジャファは羊人形をビジューの膝に何匹か乗せ、ビジューを見る。

「エニシャは? エニシャ王ってなにすればいいの?」

「……まったく分かりません」

 デイジェンはビジューに「役立たず!」と合いの手を入れて睨まれた。

「エニシャについてはほとんどエクセン・ドランが表に出て来た記録がないので、一切の情報がありません。オアシスがエクセン・ドランとペクタ・ドランのどちらに支配されているのかも、他国からは知りようがないのが実情です」

「ジツジョ?」

 ビジューがジャファに見上げられて「ああ」と言葉を選び直す。

「えー……現実にある状況ということです」

「そうなんだ……そう……なんで……すね……」

 ビジューが小さくジャファに「言い直さなくてもよいですよ」と囁いた。

 ジャファは「そっか」と頷いた。

「さて王墓から王権を受け取ったエニシャ王として、まずは、この状態をそのままにしておくという選択と、このエニシャからエクセン・ドラン以外の存在をすべて消して、作りなおすという選択ができます」

 ビジューはジャファに言う。

 ジャファは羊人形を手にひとつ持ったままビジューを見つめてしばらく沈黙し、それから「ん?」と羊人形の手を動かして「質問」と手を挙げた。

「すべて消すってどうするの?」

「タリヤもバラカもエルバハンも何ひとつなくしてしまうということです」

「全部砂漠になるの? そしたらそこにいる人たち困るでしょ?」

「困りませんよ。そこにいる人たちも動物も魚も、すべてを消してしまうのです。砂漠もない、何もない、エクセン・ドランだけが残る無の世界です」

 カヴェイネンはふと顔をイェジンに向けた。

「クレン」

 イェジンは頷く。

「クレンには、そういうときに地龍の魂を持つ者たちを、クレン自身が作る鏡の世界に逃がす役目を与えてある」

 カヴェイネンはジャファを見つめた。

 ジャファは戸惑ったようにビジューを見て、それからカヴェイネンを見る。

「カヴェイネンが、今理解したことをリゲル嬢に申し上げるなら、ひとつです」

「な、なに? 怖いこと?」

 カヴェイネンを見て、ジャファが息を飲んだ。

「ヴェルタネンデとフォルクサンがカタラタンとバルキアという隣国同士だったのと同じく、エニシャ王とスジェ王という立場から見れば、リゲル嬢がスジェにティーキム様に会いに行くのはよろしくないということです」

 ニヤリと笑ったのはイブレイムだった。

「よしよしよし、カヴェイネン殿、まともなことを言ってくれて助かった。おいチビ」

 イブレイムからジャファへの言葉はビジューが差し向けてきた羊人形が勢いよく飛んできて顔にへばりついたことで遮られた。

「なにしやがる!」

「エニシャの風習は知りませんが、父親だからと言って子供が「チビと呼ばれたくない」と訴えているのにチビと呼び続けるのは、端的に申し上げて無教養で不調法ではございませんか? 五十年もの盗賊稼業で教養をなくされましたか?」

 イブレイムは頭を掻いた。

「エルバハンをペクタ・ドランの者たちに譲ってからも、最初から盗賊だと名乗っていたわけじゃない。チビ……そこのジャファールが、盗賊っておとぎ話で宝探ししてる人? お父さんカッコイイねと言ったんだよ。そりゃ、子供が目を輝かせてカッコいいと言ってくれたら、がっかりさせたくないだろうが」

 ジャファがビジューにくっついて訝し気にイブレイムをちらりと見る。

「俺のせい?」

「おまえのせいじゃない。俺が勝手に、おまえが喜ぶ、おまえを喜ばせたいと思っただけだ」

 イブレイムの言い分を聞いて、ジャファは「ふうん」とまんざらでもなさそうに呟いた。

「それでジャファ殿、あなたはお父様になんと呼ばれたいですか? ジャファ、ジャファール、リゲル……チビ」

「チビ絶対やだ!」

 ジャファは怒り気味に即座に答えた。

「どうなさいます? エニシャ王殿」

「……王もなんかヤダ……」

 ジャファはビジューを見て言い、ビジューが淡々とした表情で頷く。

「ではどういたしましょうね?」

「ジャファでいい」

「で、ですか?」

「ジャファがいい!」

 言い直したジャファを見て、ビジューが今度は笑顔で頷いてからジャファの肩を抱いた。

「本当のところ、最後に自分が何者かを決めるのは自分でいいのですよ。他人がなんと言おうと、誰がなんと呼ぼうと、自分の意識がある状態で自分の意志で話をしているあいだは間違いなく「自分」ですから」

 ジャファはビジューを見る。

「どういうこと?」

「自分が自分だと信じていれば、誰がなんと言おうと自分以外の何物でもないということです」

 ジャファはビジューを眺め、それからイブレイムをちらりと見た。

「親父は……俺も大事?」

「大事じゃなけりゃ探しに来るか」

 不貞腐れたように言うイブレイムの横でタリヤ公が床を叩く。

「兄上! 言い方!」

 イブレイムはタリヤ公を睨み付ける。

「息子を甘やかすことにかけては、私は兄上より得意です。どんなロクデナシでも甘やかせる」

 イブレイムもカヴェイネンもイェジンも、それにデイジェンとビジューも、困ったような呆れたような表情で頷いた。

「そうやってスタラーデ殿を甘やかした結果引き起こされたのが、ジャファール惨殺、エルバハン領主の職務放棄、ケルグン王女の禁術使用、アーケリ王女の錯乱、ジャファの被育児放棄」

 タリヤ公は苦笑いしながら頭を掻く。

「悪い子じゃ、ないんですよ。ただ負けることに慣れてないだけで、自分の上に他人がいることに不慣れなせいで、少々なんというか……まあ……」

 デイジェンは理解できないというように首を振った。

「負け慣れてなかろうが、普通は自分より出来のいい兄を楽しく殺さない」

 ビジューは「そうですね」と頷く。

「殿下は王がご自分より出来のいいお兄様だったことを知って、すっかりブラコン、あいや失礼いたしました、心酔なさっておいでですからね」

 カヴェイネンはいかにも不服げにビジューに目を向けるデイジェンを見てビジューに訊いた。

「心酔ですか」

 デイジェンはカヴェイネンに顔を向ける。

「そう。この方は王墓から出てきてから一切兄上様に逆らっていないんです」

 デイジェンは首を振った。

「だって無理だろう。私はあんなに努力家ではないし我慢強くもない。あれは異常。なにあの古今東西の人格者や名君の特徴で矛盾しなさそうなところを全部ぶち込みましたみたいな性質。おかしい。百年も反抗しなかったのもおかしい。もしあれがスジェ王に必要な資質だと思われているなら、スジェ王なんて人外の聖人君子にしか務まらない。比氏も芦氏も王や皇子に夢見てるとしか思えない。比氏と芦氏が両方躾教育役に入った結果があれなら、そんな教育は非人道的だし、貞俊兄が成功例になってしまって、ああいう皇子を育てるのが躾役としての成功だと思われたらきっと今後生まれる皇子の人格形成にものすごい悪影響を及ぼすと思う」

 ビジューが遠い目で語るデイジェンを見つめて「うちの一族、すごい罵られよう」と呆れたのを、デイジェンが睨み返す。

「おまえの一族から派遣されてくる躾役が何したか忘れないからな。あれは十歳のとき、ニンジンは嫌いだから食べないとわがまま言ったら、私の躾教育役だったおまえの伯父は私の前にニンジンを切った料理人を連れて来て、「あなたがニンジンを食べないと言うので、これからこの男は首を切られます、この男が首を切られたら家族は食べるモノも手に入れられなくなって住んでいる家も追い出されて路頭に迷います。あぁあ残念です、この男の家族にとってあなたの価値は自分たちの生活を保障してくれるぐらいしかないというのに、家を追い出されるようなことになったら、彼らにとってあなたは無価値、いえ、いないほうがいいかもしれません、お可哀想に」とウソ泣きしたんだ。これが虐待でなくてなんだと言うんだ」

 ビジューは「は」と鼻で嗤った。

「そんなのニンジンは嫌いだなんていうわがままを言った皇子が悪いに決まってますでしょうが。スジェじゃまともな皇子には聖人君子であることが求められるんです。武力は使わず悪徳官僚は駆逐し庶民の生活に思いをはせてこその名君です」

「そんな完璧な王がいてたまるか。あと言っておくが、そんな理想的な時代、一度たりとも存在したことないからな」

「そういう完璧な王を求めるのがスジェの特徴です。スジェでは力の強い君主はあまり求められません。王に求められるのは思いやりです」

「思いやりを育てるために、いたいけな子供がニンジン嫌いと言っただけで料理人が路頭に迷うとまで言われる躾ってなんなんだ」

 デイジェンの不満を聞いていたジャファがビジューの袖を引く。

「あの……俺さっき、ニンジン嫌いどころか、親父嫌いって言っちゃった……」

「お父さんニンジンじゃないでしょう? あなたのお父さん、あなたに盗賊カッコいいと言われて舞い上がって領主やめて盗賊になり切ろうとするような単純な人ですよ」

 ビジューの説明にイブレイムが「おい」と声をかけたが、ビジューはちらりと目を向けただけで「ふふん」と笑って目を逸らした。

「繰り返しますが、お父さんニンジンじゃありませんからね、お父さんが嫌いだと言ったところで路頭に迷う料理人はおりませんよ。お父さんを傷付けたかもしれないことに、あなたが傷付くだけです」

「傷付いた」

 イブレイムが断言する。

「親父が盗賊になったのが俺のせいなら、親父が盗賊だって言われて友達の家から追い出されたり店で冷たくされたのとか俺の自業自得じゃん……」

 ジャファが頭を抱えたことに、ビジューは笑った。

「お父さんが嫌いなのは仕方ないでしょう。いろいろなことが積み重なった結果でしょうからね」

 ジャファはビジューの言い分に「そうだよね」と軽く納得して、イブレイムを見る。

「スジェに行く」

「行ってどうする」

「スジェ王に会う」

 イブレイムはジャファを見つめて黙り込み、しばらくジャファを睨んでから息を吸い込んだ。

「スジェ王はスジェ王、ティーキム殿はティーキム殿。リゲルとティーキムには恩義があるかもしれないが、おまえとスジェ王の間には何一つ縁も恩義もない。行かなくていい」

 イブレイムの言い分に、ジャファは呆けた。

「……え?」

「スジェ王とおまえの間にはなんの関係もない」

 ジャファはイブレイムを見て慌てた。

「親父が知らないだけで関係あるの!」

「関係ない! スジェには行かんでいい!」

 イブレイムを見つめたジャファは、目を細める。

「親父知らないかもしれないけど、俺たぶん、親父と一緒にいた日数より、カヴェイネンのオッサンといた日数のほうが多いと思う。ティーキムに教えてもらったことのほうが多いと思う。殺されそうになったかもしれないけど、カストールのスタラーデにリゲルとして遊んでもらった思い出のほうが多いと思う。タジャンに、ろくでなしってこういうものかもしれないって教えられたことのほうが多いと思う」

 イブレイムは舌打ちする。

「それがなんだ」

「スジェ、行くからね」

「なんと言おうが勝手だが、行く必要はない」

「最後の手紙に書いたんだもん」

「……は?」

「タリヤにいるから、スジェに会いに行くって」

 カヴェイネンはジャファを見つめて「あの手紙は、そういう手紙だったのか」と呟いてしまった。

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