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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
47/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(43)父と息子、兄と弟

 晴天。

 雲一つない青空が頭上に広がっている。

 スタラーデとジャファが他人の人生を駆け抜けた半日が過ぎて、カヴェイネンとピンはイェジンやアルタンに同席して朝食を口にする。

 焼きたてのナン、肉、魚、干し果物、それにナッツと、いわゆるヨーグルトの類。

 紅茶は濃く煮だしたものを、差し湯で薄めてミルクを足してある。

 カヴェイネンは少々馴染みのないミルクの味に顔をしかめたが、ジャファが「羊のミルク久しぶりな気がする」と言ったので、それが牛ではなく羊のミルクだということを知った。

 カヴェイネンの横にはジャファがくっついている。

 ジャファの前にはイブレイムがいる。

 ジャファはイブレイムを無視してカヴェイネンに声をかけた。

「スジェまでって、タリヤからどれぐらい?」

 カヴェイネンはジャファを見る。

「イェジン殿に訊くといい」

 イェジンはひゃっひゃっと笑った。

「それほど遠くもない。おまえさんが昨日半日で過ごしたリゲルの人生ほど長くない」

 ジャファがイェジンを見て、またカヴェイネンを見る。

「ティーキムがジュジェンだったみたいに、俺がリゲルだったって、みんな知ってるの?」

 カヴェイネンは頷き、ジャファは紅茶を置いてから手に持ったヨーグルトのボウルに目を落とした。

「……知ってるんだ?」

 カヴェイネンはジャファが自分を横目でちらりと見てきたその視線に気が付いた。

「なんだ?」

「ティーキム……ジュジェンも俺がリゲルだって知ってるかな?」

「いや、ご存じないと思うよ」

 ジャファはカヴェイネンに肩をくっつける。

「スジェに着いたらティーキム驚くかな?」

「ジャファ」

 カヴェイネンはジャファを覗き込んだ。

「面倒を見てくれたオジサンとオバサンに出掛けることを伝えたと言ったが、親御さんには伝えたか?」

「オジサンとオバサンには、親父に伝えてって言った」

 ジャファはそう言ってからイブレイムを見て不貞腐れた。

「オジサンとオバサンには言ったのに……なんで親父がここに来るんだよ……」

 イブレイムがジャファを見る。

「この国に親父が息子を心配して探しに来ちゃいけねえ法律なんぞねえだろうが」

「親父らしいことなんてしたことないくせに」

 そう言ってからジャファは天井を見上げ、それからカヴェイネンの後ろに隠れた。

「親父が大切だったのは死んだジャファールで、俺じゃないじゃん。俺は死んだジャファールの代わりなんだもの。親父が大事なのはさ、俺じゃないじゃん。俺を探しに来たのは死んだジャファールを俺に取り込ませてるからであって、親父は俺の自我なんてないほうがいいって思ってるんだ」

 ジャファはカヴェイネンの背中にべったりとくっついた。

「あのね聞いてカヴェイネンのオッサン、親父は俺の頭がないと死んだジャファールの頭が見つかる前に俺の体が死んじゃうから仕方なく俺の頭残して自我生かしてただけなんだよ」

 プンと頬を膨らませたジャファを背に、カヴェイネンはナンをちぎって口に入れ、紅茶で流し込むように飲み込む。

「ジャファ、踊る羊の人形を止めてくれないか。気になって仕方がない」

「やだ。こいつらが踊ってるから平気でいられるんだもの。そうじゃなきゃ泣きそう」

 カヴェイネンの視線を受けて、イブレイムが頭を掻いた。

「信用がない」

「あるわけないじゃん! リゲルにはなんの暴言もなかった! 俺にはチビとか出来損ないとか色々言うじゃん!」

 カヴェイネンは背中に引っ付いているジャファが自分越しに父親に文句を言うのを聞きながら、肉を齧る。

 イブレイムもカヴェイネンと同じように肉を齧りつつジャファの文句を聞きながら、こちらは正面からジャファを睨んだ。

「こっちはおまえの体を探してエニシャ中駆けずり回ったってのに、なんて言い草だ。自分は不要だの大事なのは俺じゃないだの、おまえは面倒くさいヤツだな、チビ。死んだジャファールもおまえも、どっちもジャファールだろうが。人の背に隠れないで自分の場所で朝メシを食え」

 呆れたようなイブレイムの言葉に、ジャファは唇をかみしめてイブレイムを睨み、カヴェイネンの後ろからヨーグルトが入っていた木のボウルをイブレイムに投げつけて立ち上がり、羊人形を引きつれて客人の逗留用に開放された広間を飛び出した。羊人形は踊るのを止め、ジャファを追いかけて四つ足で広間からわらわらと走り去っていく。

 カヴェイネンははす向かいで胡坐をかいているイブレイムに目を向けた。

 自分の倍ぐらいは生きている龍王なのではないかと思うが、できる限りのことをなるべく穏和に進めようという意志が強いティーキムに比べて、いちいち言葉が強い。

 イブレイムはカヴェイネンの視線に気付いて顔をしかめた。

「言いたいことがあるなら好きに言え」

 カヴェイネンはイブレイムに首を振って見せる。

「龍の自我は、人間には分かりませんので、もうひとりの自分としてリゲル嬢の人生を生きたジャファにとって、そこで見つけて取り込んだ、殺されたジャファール殿の存在がどんなものであるか、想像もつかない。ましてやその子供の目に父親がどう映ったのか、父親に苦情を言いたくなるような心境であったらしいと、そう思っただけですよ」

 カヴェイネンの言葉にイブレイムは視線を動かしてジャファが飛び出したほうを見る。

「……私にとっては、どちらも生きている……どちらにも生きていてほしい」

 イブレイムの言葉にカヴェイネンは頷いた。

「昨日の、ビジュー殿……スジェの女性が言ったことが本当であれば、ジャファはジャヒーア姫の……」

 言いかけて言葉を探すように口を閉ざしたカヴェイネンは、イブレイムの肯定を見た。

「ジャヒーアも受け入れた」

 カヴェイネンはイブレイムを見ていた黒い目を自分の手元に落とし、ピンの皿に自分のナッツを移した。

 ピンが顔を上げる。

「いいんですか?」

「食べきれなかったら袋に入れてもらって行こう」

「そうですね」

 ピンは頷いた。

 カヴェイネンはピンに囁く。

「あとでジャファを慰めないと」

「反抗期というやつでは」

「愛情のかたよりを感じたかもしれない」

 ピンは「なるほど」と髭を動かした。


 *** *** *** *** ***


 ジャファはデイジェンとビジューのいる部屋に飛び込んで、ぴったりと動きを止めた。

 小さな羊たちもジャファの動きに合わせて動きを止めた。

 デイジェンがジャファを振り返る。

 その前に座っているビジューは同じようにジャファを振り返り、それからジャファを手招きした。

「こちらへどうぞ」

 ジャファがビジューの横に座ると、ビジューは笑みを浮かべた。

「朝ごはんはもう召し上がりましたか?」

「食べた」

「足りました? 足りていなければ用意させますよ」

「た」

 ジャファはビジューを見る。

「た?」

「……足り……ました」

 ビジューは少しジャファを眺めてから、人を呼んでジャファの前に果物を用意させる。

 ジャファは果物を見つめた。

「なにかありましたか?」

 ビジューが問う。

 ジャファはビジューを見上げる。

 ビジューはジャファに向かって小首を傾げた。

「……昨日は、ありがとうございました……」

「いいえ、自分が楽しいことをしただけです」

 ビジューがジャファに笑いかける。

「あまり気にしないでいいぞ、こいつは基本的に自分が楽しいと思うことを自分の好きなように楽しんでいるだけだ」

 デイジェンがジャファに小さく笑顔を見せた。

「この男は」

 デイジェンはジャファにビジューを指差し、ジャファは「男?」と目を見開く。

「そう、この男は迂闊で、ケルグンから嫁いできたエナ妃に魂魄を奪われたんだ。エナ妃はすでに眠りについていて息がなかったから、この男は魂魄再構成されてこうなった」

「こうって、女の人?」

「そう」

 デイジェンは楽しそうに腹を抱えてジャファにビジューを指差して見せた。

「そもそもは私がこれの嫁になる予定だったんだが、この男がこうなってくれたおかげで私は婿だ」

 ビジューがデイジェンに「なにがそんなに楽しいのか」と冷ややかな目を向ける。

「ジャファ殿、なにかあってここに来たのではありませんか?」

 ジャファはスイカを手に持ってビジューを見た。

 デイジェンはジャファを追いかけてきた小さな羊に囲まれ、ジャファのほうに手で追いやる。

「親父が好きなのは兄さんで、俺じゃないって、親父に、怒鳴ってきた……」

 これにはデイジェンがまた「はっは!」と笑った。

「言ってやれ言ってやれ。気が済むまで言うがいいよ」

 デイジェンは小さな羊をひとつ摘まんでジャファに投げた。

「スジェ王も父王とケンカしたからな、エニシャ王が父親とケンカをしたっていい」

「ティーキムもケンカしたの?」

 ジャファは手に持っていたスイカを齧るのを少し止めてデイジェンに聞く。

「前のスジェ王には、ジュジェン……ティーキムと、私と、他にも何人か兄弟がいて、そのなかのひとりだけが随分と可愛がられていた」

「そうなの?」

「そう」

「そうなんだ」

 デイジェンはじっとジャファを見つめて、小さく「ふ」と笑った。

「……私はリゲル・ヴァン・フォルクサンに助けられたよ」

「は? なんで? リゲルとは会ったことないのに?」

「リゲルがバラカの密貿易を止めた」

 ジャファは「努力はした、止められた?」と俯く。

「止めたよ。おかげで私の敵は資金不足でまともな軍を整えられなくなった」

「そう……そっか……じゃあ……役に立ったのかな」

「役に立った」

 デイジェンはビジューのニヤついた笑みを見た。

「なんだその笑みは」

「ジャファ殿は恩人ですからね、ちゃんとお礼をしませんと」

 ビジューはジャファの前で手を広げる。

「スイカに飽きたらメロンも、桃はいかがです? マンゴーもありますよ」

「お礼がやっすい!」

「私は地図の作り方を教えましたよ、殿下のお礼は殿下がご自分でしてください」

 ふふんと鼻で笑い、ビジューはジャファに果物を山積みにしたボウルを差し出した。

「あの、食べきれないです」

 ジャファは首を振る。

「じゃあ、いいこと教えてあげましょう」

「いいこと?」

「こうやって石を作ります」

 ビジューはジャファの目の前に子供がひとり乗れるぐらいの石を作って見せる。

「石がちょっと重力に逆らうようにします」

 ジャファの目の前で石は浮き上がった。

「なにこれ!」

「浮き石です」

「乗れる?」

「乗れますよ」

 ビジューはそう言いながらジャファの羊たちを浮き石に乗せていく。

「百匹乗っても」

「ビジュー、そいつら百匹もいるのか?」

 デイジェンの問いに、ビジューがジャファを見て「何匹います?」と小首を傾げ、ジャファは「知らない」と首を振った。

「その赤い宝石」

 デイジェンがジャファの首にかかっている宝石を指差す。

「羊の数を教えてと言ってごらん」

 ジャファはそう言われて宝石を見、「羊の数、教えて」と言った次の瞬間に宝石から赤い光の文字が流れたことに驚いた。

「なにこれ!」

「この宝石はなんでも教えてくれるらしい」

 デイジェンはジャファに言う。

「持ち主の質問にしか答えない宝石だ」

 ジャファはちらりとデイジェンを見る。

「これ……追いかけて来るって本当?」

「それは本当。ジュジェン兄が私に「持っていろ」と放り出してきたが、気付くと私のところからなくなっていてジュジェン兄のところに戻っていた」

 デイジェンは頷いてから、ジャファの宝石をもう一度指差した。

「その宝石、扱いに気を付けろ。おまえがその宝石に命じるだけで、タリヤだろうがエルバハンだろうが、うっかり消すことができる」

 ジャファはデイジェンを見つめる。

「消すって……」

 問われて答えようとしたデイジェンの背後から、男の怒声が飛び込んできた。

 デイジェンは悔しそうに拳を握りしめ、「くそっ」と小さく呟いてから背後を振り返った。

「イブレイム殿」

「チビになにを吹き込んだ!」

「チビって呼ぶな!」

 ジャファの怒りにビジューがちらりとイブレイムを見て、ジャファに果物を勧める。

「遠慮なく、好きなモノをどうぞ」

「おい! うちの息子に勝手に物を食わせるな!」

 ジャファはイブレイムをじろりと見てから、スイカを手に取った。

「知らない人からはもらってない」

 カヴェイネンとピンはイブレイムの後から顔を覗かせ、デイジェンとビジューは笑った。

「父親というのは都合よく、自分は息子を可愛がっている、自分は息子を愛していると軽々しく言う」

 デイジェンはジャファを見て言う。

「自分の命令で息子をひとり殺しておきながら、それでも自分は息子たちを愛してきた、可愛がってきた、なのになぜ自分が息子たちから愛情を返してもらえないのかと嘆く」

 デイジェンは鼻を鳴らした。

 イブレイムがデイジェンを睨み付ける。

「まさか、おまえのためにエニシャ中を走り回って体を探してやったのに、なんて自己満足で息子に好いてもらえるなーんて、思ってはおられなかろ?」

 デイジェンは底意地の悪そうな顔でニヤリとイブレイムに笑って見せ、拳を握った。

「息子の愛情取り戻すのは、時間が、かかる」

 もう一度イブレイムを見て軽く笑ったデイジェンは、ビジューの視線を見て笑みを消す。

「言いたいことがあるなら言え」

 ビジューは冷ややかにデイジェンに向けて息をついた。

「イブレイム殿に文句を言ったところで、先王がなにか変わるわけじゃありませんよ」

「兄上は甘すぎた、ああも簡単に殺してやるなど」

「甘いわけじゃありませんよ。厳しいんです」

 デイジェンは怪訝な表情でビジューを見る。

「厳しい?」

「お父上を苦しませなかった兄上様はお優しい? ご冗談でしょう。もしあの時に剣を振るっておらねば、きっと天牢で延々と先王を生かしておかれたことでしょう」

 イブレイムは顔をしかめた。

「そんなに父親が嫌いか」

「父親なあ……」

 デイジェンは呟く。

「スジェには、百年かけて国を傾けてきた政治犯を父と呼びたいと思う兄弟なんぞいなかろうよ」

「そうかね?」

 イブレイムがじっとデイジェンを見つめる。

「先王には暗愚という言葉がふさわしい」

 そう言ってからデイジェンはジャファを振り返った。

「だがジャファール殿、ティーキムは稀に見る善政を敷いただろう? あれが現スジェ王だ。少々武断を躊躇うところはあるが、スジェの建て直しができるのはあの兄しかいない」

 ビジューがジャファを見て、困ったように苦笑した。

「スミマセン、うちの殿下はちょっと兄上様が大好きすぎるんです」

 ジャファは浮き石の上で踊る小さな羊を背に笑う。

「ティーキムは、リゲルのこと覚えてると思う? 俺がリゲルだって言ったらびっくりしない?」

「大丈夫だと思いますよ」

 ビジューは踊る羊に気を取られて言葉が適当になった。

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