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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
43/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(39)凶兆、ただし失せ物に縁あり

 第八環状の裏路地を抜けて、ヤフェル・フォルゲンゼルはジャファを家に案内した。

 高く積み上げられた煉瓦造りの家は、エニシャの日干し煉瓦とは違う、焼成煉瓦で作られている。

 暗く湿った細い路地裏は、入り組んでいて迷路のようになっていた。

「ヤフェルは、どうして私が第八環状に来ると分かったの?」

 ジャファは気になっていたことをフォルゲンゼルに訊いた。

 フォルゲンゼルは笑う。

「新聞配達の子供たちに訊いたんです。宰相の馬車が通ったのを見たら、いつどこで誰に伝えたらお小遣いをもらえるんだい? って」

 ジャファは呆れた。

「それだけ?」

「それだけですよ。でも重要でしょう? 子供たちは、あなたに馬車の目撃情報を伝えてお小遣いをもらうんですから、あなたに会える場所を知っている必要があるんです。なぜならあなたに会えなければお小遣いをもらい損ねてしまう。子供を働かせる親は、子供たちが新聞配達とは別にお金をもらっていると知れば、きっと子供たちに言いますよ」

「なにを?」

 フォルゲンゼルはジャファを振り返って囁く。

「目撃情報をでっちあげてでも金をもらってこい、そのダンナが来る場所には必ず行け」

 ジャファはフォルゲンゼルを見上げた。

「そうだ、お金をもらってると親が知ったら、中にはそう言って子供を送り出す親がきっといる……」

 フォルゲンゼルは不安げな表情になったジャファに苦笑した。

「しかもこのあたりは宰相の手下になっている者がけっこうおりますからね、ひとりで出歩かない方がよろしいですよ」

 ジャファは渋々頷いた。

 フォルゲンゼルは家のドアを開けてジャファを中に入れてから、また困ったような笑顔で肩を落とす。

「なんでしょうね」

「なにが?」

「リゲル様には危機感というものがないので、驚いているだけです」

「危機感」

 ジャファは顔をしかめた。

「ないわけじゃない」

「危機感があるのにバルナガランさんを病室に置きっぱなしにしてひとりで第八環状に来て子供たちから情報集め、その後は、法律家だというだけで会った男の言うがままに、そのよく知らない男の家に入るんですか?」

 返す言葉がなく、ジャファは「んー……」と言い訳を探す。

「あまり感心しません。これで痛い目を見ても、弁護士が弁護しきれませんよ」

「スミマセン」

「ひとつ、安心して大丈夫なことを言いましょう」

「うん」

「祖父の代含めてこの隣近所は全部だいたい親戚です」

 そのフォルゲンゼルの説明には、なにが安心なのかジャファには分からなかった。

「それで、用事はなに? 用事があったから、わざわざ子供たちに訊いてまで来る場所を探して待ってたんでしょ?」

 フォルゲンゼルはジャファの質問に頷く。

「ヤフェル・アーバハンを名乗ったと聞いたので、きっと興味をお持ちになるだろうと思ったものがあるのです」

 ジャファはフォルゲンゼルを見つめる。

「どんなもの?」

「祖父が全財産はたいて買った宝物です」

 フォルゲンゼルはドンドンと奥の部屋のドアをノックして「爺さま!」と中の住人にぞんざいに声をかけた。

「耳が遠いので、これぐらい大きな音を出しておかないと、びっくりして錯乱するんです」

「あー……いるねえ、そういうじいちゃんばあちゃん……」

 ジャファのくたびれた言い方を聞いて、フォルゲンゼルは苦笑する。

「爺様、入りますよ!」

 ドアを開けたフォルゲンゼルが、ジャファに「入って」と声をかけて、それから祖父と父と大叔父がいることを確かめてドアを閉めた。


 ジャファはフォルゲンゼルと、その家族の顔を見て「エニシャによくいる家族みたい」と少しばかり懐かしさを覚えた。

 部屋の窓にはカーテンもなく、冬には寒さをどう凌いでいるのかよく分からない。もしかすると、温かい季節になってカーテンを外したのかもしれないが、わざわざ外すかどうかもよく分からなかった。

「父さん」

 フォルゲンゼルが声をかけた先には、黒に近い茶色の髪に、淡い茶色の目をした厳めしい男がいた。

 男は眉をひそめてジャファを見た。

「そいつがジャファール・エルバハンを名乗った小僧か?」

「そうです」

 フォルゲンゼルが笑う。

「この国でうっかりヤフェル・アーバハンを名乗るぐらいジャファール・エルバハンの物語が好きだなんて珍しいでしょう?」

 父に言いながら、フォルゲンゼルはジャファに椅子を勧める。

「どうぞお座りください。ホコリもきちんと払ってあります」

「そんなの気にしないけど」

 呟くように言ったジャファにフォルゲンゼルは首を振った。

「ウソでもいいので、「それはどうも」とぐらいに言っておくほうがよいと思いますよ」

 ジャファはフォルゲンゼルを見る。

「社交辞令、好き?」

 フォルゲンゼルはジャファに向かってひらひらと手を振った。

「いいです、そういう方だと思うことにします」

「ティーキムもこんなふうだよ」

「隣国の王子には敬称を付けましょうよ!」

 ジャファは「へへ」と笑った。

「それで……ジャファール・エルバハンの物語って?」

「お好きなんでしょう?」

「さっきの感じだと、それを聞かせてくれるために呼んだんじゃないの?」

 フォルゲンゼルはジャファを見て呆れる。

「それは……その……縁がないわけではありませんが」

「その話って悪魔がジャファールをバラバラにした話?」

 このジャファの質問は、フォルゲンゼルがジャファに首を振って否定した。

「その後の話です」

「後があるの?」

「あるんです」

 フォルゲンゼルは頷く。

「悪魔がバラバラにした王子の体はガラスの器に入れられて、聖人の遺体として祀られるようになったけれども、それを独り占めしようとする盗賊が現れて、誰もがその盗賊を怖れて遺体を隠すようになったんです。盗賊はそれでもあきらめず、エニシャ中を探し回って遺体を集めた」

 ジャファはフォルゲンゼルを見つめた。

「……へえ……盗賊は、どうやってそれが王子の物だって、分かるんだろう」

「悪魔が王子の体を入れた器には蓮華の模様が入っているんです」

 ジャファは「蓮華模様」と呟く。

「あ」

 胸に蓮華模様。

「どうかしましたか?」

 フォルゲンゼルに問われ、ジャファは首を振った。

「なんでもない。それで、その話はここでなきゃできない話なの?」

「いいえ」

 ジャファに向かって、フォルゲンゼルは続ける。

「祖父は、盗賊からその遺体を守るために、財産をはたいて王子の遺体を買い取って、エニシャからバルキアに持ってきたんです」

「……ここにあるの?」

 ジャファは頭から血がひいてクラクラするのを感じた。

 バルキアの、狭いアパートの一室。


 ずいぶん前のように感じるが、いつだったか父イブレイムは言った。

「残りは、頭と、腕と、三の心臓。そいつがあれば、ジャファール、出来損ないみたいな状態じゃなくなるんだ。おまえの体を全部取り返してやる」


 ジャファはフォルゲンゼルをゆっくりと見る。

「頭と、腕と、三の心臓。ここにあるの?」

「残念ながら祖父が買えたのは頭と心臓まで、資金が尽きたんです」

 フォルゲンゼルの言葉に、ジャファは俯いた。

「頭と心臓、見せてもらえる? 見たい」

 フォルゲンゼルは父と祖父を振り返って頷いて見せる。

 フォルゲンゼルの父と祖父は、エニシャの細かい幾何学模様で彩られた重厚な箱にかけられた錠を開け、そのなかに収められたもう一つの重厚な箱の錠をさらに開けて、ジャファの前にガラスの箱を出して見せた。

「ジャファール・エルバハンの話は、おとぎ話ではありません」

 フォルゲンゼルはジャファに淡々と言う。

「ですから、憧れがあったとしても、二度と偽名としてヤフェル・アーバハンを名乗らないでいただきたいのです」

 そう言いながら、フォルゲンゼルはガラスの箱に収められた金属の箱を開いた。

 ふたつのガラスの器。

 ふたつの金属の箱。

 ジャファはそれが開かれるのをなんの感情もなく見つめる。

 ひとつ目の箱にはジャファール・エルバハンの頭が、腐ることもなく収められていた。

「気持ち悪っ! 生首! 初めて見た! 人生初生首!」

 フォルゲンゼルにしがみついたジャファは、ジャファール・エルバハンの顔の造作に覚えがあった。

 母の部屋に置かれていた鏡に映った自分の顔。

「なんで?」

「なんでって……ですから祖父が買ったので……」

 フォルゲンゼルの言葉をジャファは遮り、ジャファール・エルバハンの首に手を伸ばす。

「あんたがジャファール・エルバハンなら俺は誰? ただの弟?」

 パチンと指を鳴らし、ジャファはジャファール・エルバハンの首と心臓が入っていた器をすべて消し去った。

「頭と最後の三の心臓」

 心臓が脈を打つ。

 十何年。

 心臓の訴えがジャファの脳裏に流れ込んでくる。

 ジャファは心臓と頭に手を触れた。

「触らないでいただきたい」

 フォルゲンゼルの祖父が言ったがジャファには聞こえていなかった。

「十何年も、バルキアにいたのだね」

 三番目の心臓は、記憶の心臓。

 ジャファール・エルバハンの記憶とジャファの記憶、それにリゲルの記憶が混ざり合う。

 八十年分の、三人分の記憶。

「王墓が俺に用意してくれたのはこれだったんだ。それに、スタラーデ」

 ジャファール・エルバハンの頭と心臓がリゲルに吸い込まれるように、風に巻かれて消えていく。

 ジャファはフォルゲンゼルを振り返って笑みを浮かべた。

「体が揃った。頭は智の心臓、二の心臓は血の心臓、三の心臓は記憶の心臓、四の心臓は力の心臓、五の心臓は慈愛の心臓、六の心臓は想像の心臓」

 それからジャファはフォルゲンゼルの鼻に指を突き付ける。

「知られていないおとぎ話をしよう」

「は?」

 フォルゲンゼルはジャファを見た。

「ジャファール・エルバハンはバラカで従弟のスタラーデが部屋の香炉に混ぜたヤンジェングルのケシで中毒になり、生きたまま切り刻まれた。スタラーデは魂が残っていた一部を伯父のイブレイムに返したが、他の欠片は蓮華模様の紋章を刻んだ箱に封印し、エクセン・ドランのご利益を欲しがる領主たちに渡した。息子の欠片を渡された父は、息子の欠片を持つ領主たちに、息子の体を返してほしいと頼んだが、領主たちは「自分がもらった物だ」と言い、父親に返しはしなかった」

 ジャファは冷ややかな視線でフォルゲンゼルの祖父に目を向ける。

「父親は、息子の体を取り返すために、エルバハンの領主の座を下りて盗賊になり、息子の体を返そうとしなかった領主や豪商たちから、力ずくで息子の体を奪い、集めた」

 ジャファはまたフォルゲンゼルに視線を戻した。

「父は集まった体を使って息子を作りなおしたが、どうしても、足りない体が三つあった」

 ひらりと手を動かしてジャファが短く切った金髪に触れると、リゲルの金髪がさらりと伸びた。

「頭ひとつと、心臓がひとつ、腕が一本。どうしても足りない。父は不完全で幼い息子に苛立っては、不完全だ、出来損ないだと八つ当たりした。母代わりの妻は、イブレイムが息子を作りなおして生き返らせたことが知られないように幼い子供の力を封印した」

 フォルゲンゼルはジャファを見つめる。

「頭ひとつと、心臓がひとつ」

 ジャファは息をつく。

「三番目の心臓は、記憶の心臓。生き返ったジャファールは、自分がジャファール・エルバハンだという記憶がないまま、スタラーデに再会した。ところがスジェからスタラーデをスジェ王の婚姻相手に迎えに来たスジェの王子の態度が気に入らないジャファールは、スタラーデを巻き込んで王墓に逃げた。すると王墓に眠っていた過去の王たちはジャファールとスタラーデのふたりの王子をヴェスタブールに放り出した」

 ふっと大人びた笑みを浮かべ、ジャファは小首を傾げた。

「スタラーデにはカストール・フォルクサンとしてフォルクサンを統治するという課題が出されたのに、小さなジャファールには、ただ、そこに道があるとだけ伝えられた」

 ジャファは自分の両手を見る。

「私の体、記憶、力。足りないのは残り腕一本」

 フォルゲンゼルの親子三代を前に、ジャファは笑みを浮かべた。

「私は別に噂されるような聖人君子じゃない。自分が知らないことを知る、それが楽しいだけだ。人は誰もが、他人にはない経験を持っている。ジャファール・エルバハンにはジャファール・エルバハンの、スタラーデ・タリヤにはスタラーデ・タリヤの、ヤフェル・フォルゲンゼルにはヤフェル・フォルゲンゼルの、それぞれの歴史と経験があって、それぞれの価値観がある」

 それからジャファは何事かを考えるように低い天井を見上げてからフォルゲンゼルの祖父を見た。

「頭と心臓の分、失った財産は戻るように尽力する」


 *** *** *** *** ***


 白髪のカヴェイネンは、「うーむ」とひとつ唸る。

「どことなく、殿下の影響があるような気がする」

 ピンとアルタンはカヴェイネンを振り返った。

「ティーキム殿ですか?」

 そう訊いたピンに、カヴェイネンは頷く。

「殿下は、だいたい自己評価が低かった」

 ピンとアルタンはカヴェイネンを見つめてから、顔を見合わせた。

「あのぐらいが普通であってほしいよな」

「手柄横取りする癖に自己評価高そうなカストールがおかしいよな」

 ひそひそと言葉を交わし、ピンとアルタンは首を竦める。

 デイジェンは模型を覗き込んでいたが、ビジューは「ん?」と首を捻る。

「兄と弟のどちらがどちらを取り込んだんだ? どちらもジャファール殿だから区別がないのだろうか?」

「うっかりケルグンの王女に魂を喰われたおまえと一緒にするな」

 模型から目を放すことなく、デイジェンはビジューの頭を小突いた。

 その向こうで、血の気が引いたタリヤ公の顔は、真っ青を通り越して真っ白だった。

 タリヤ公は不安を隠しきれない様子で顔をしかめ、それからハッとしたように白髪のカヴェイネンを見た。

「そなた、ヴェスタブール人だな」

「さようです」

 カヴェイネンは頷く。

「スタラーデ、あの子がフォルクサンをどうにかできたか、ご存じではあるまいか!」

「……大変申し訳ございませんが、私は存じ上げません。主のティーキムはカストール殿との縁が薄い。ただ、リゲル嬢がいわゆる魔女狩り……異端者狩りに遭ったことだけは存じております」

 タリヤ公はカヴェイネンのほうへと身を乗り出した。

「では、スタラーデ……カストール殿がこのリゲル嬢との競り合いに勝ったのですな?」

 カヴェイネンは目を細める。

 勝ち、負け。

 権力闘争とだけ見れば、バルキアの状況は宰相派と大公派がカストールとリゲルの代理戦争をしているように映るかもしれない。

 宰相派が勝てばスタラーデの勝利、宰相派が敗ければスタラーデの敗北。

 タリヤ公にはそう見えている。

 横で「チッ」と舌打ちしたのはデイジェンだった。

「その勝ち負けにこだわる考え方のせいで、多くの庶民が悪政に巻き込まれる」

 カヴェイネンはちらりとデイジェンを見た。

 タリヤ公とは違う、ティーキムと同じ国の価値観を持つ王弟は鼻を鳴らす。

「六心の特異性なんぞ運悪く六心王龍に生まれたというだけのことで、そのことで品性や絶対的な優越が約束されるわけでもない。政が弱者の存在を忘れ、経済が経世済民の理念を失ったら、利己的で独善的な思想だけが残る。人はそれを是とすることもできるし、それを否とすることもできる」

 デイジェンは模型の上に手をかざして、見ている場所を第八環状の施療院に動かす。

 施療院には多くの市民や、バルキア各地から来た患者がいた。

「シャタンカルの市民のなかには、よそから来た患者をよく思わない者だっている」

 デイジェンは、施療院の外にいる男女がシャタンカルの外から来ている患者とその家族を指差して、「フォルクサンのご令嬢がシャタンカルの市民のために建てた施療院なのに、シャタンカルともフォルクサンとも縁のない連中までが頼って来る」といとわしく言う様子を見せる。

「タリヤ公、あなたはスタラーデ殿を、そうやって育てたのではないか?」

「不躾なことを!」

 憤然としたタリヤ公に、デイジェンは「それは失礼」と悪いとは微塵みじんも思っていない様子で返した。

「スジェにもそういう皇子がいたもので思わず。彼は両親に、おまえはいい子だ、兄弟の誰より親思いだ、五心であろうが六心には劣らない、そう言われ続けて、自分が兄弟に劣ることに我慢がならなかった。それでもその相手をいたぶることを愉快だと思っていなかったらしいあたりは、スタラーデ殿よりマシかもしれない」

 デイジェンの言い分には、ビジューが「は」と呆れたように息を吐き捨てた。

「スタラーデ殿とジャファール殿がいるバルキアは、十五、六年前ですよ。スジェでなにがあったか覚えておいでですかね、殿下」

 ビジューの指摘に、デイジェンはビジューを振り返った。

「六心地龍の公主を探すのだとバラカの後ろ盾を得て動いていた二妃が、三殿下を殺したのが十五、六年前です。あら不思議。それまで他の皇子たちに危害を加えるほどにまでは貪欲でなかった二妃が、金で四心や五心の官僚たちを買収し始めたのが十五、六年前。バラカはこの頃にバルキアへ麻薬まで売り始めたんですね」

 ビジューはデイジェンを見て、もう一度わざとらしく「不思議ですよねえ」と繰り返した。

 デイジェンはじっとビジューを眺めてから、「あ、そうか!」と間抜けな声を上げてから模型の中にある施療院からそう遠くない場所に建つ宰相の密輸品倉庫を指差した。

「こいつがあいつの財源か!」

「そんなだから王に、軍事以外のところにも目を向けてくれと言われるのです」

「……これを潰してもバラカの財源がなくなるだけではないか?」

「バラカから二妃に送られる財源が枯渇します。風が吹かなきゃ桶屋が潰れるわけですよ」

 ビジューはデイジェンに向かって右手の人差し指を立て、左から右に動かす。

「ん?」

 デイジェンはもう一度ビジューを見つめる。

「兄上がティーキムとして時間を過ごしたのは王墓に入ったときだった」

「さようですよ。もう少し申し上げましょうか? この直前、ジュジェン殿下は二妃が買収した礼部のせいで、冤罪で、天牢に投獄されておいでで、飢饉対策のために仮釈放中ですよね。しかしティーキム殿がいるのは十五、六年前」

 ビジューが語気を強くした。

「スタラーデ殿とジャファール殿、このカストール殿とリゲル殿の、兄妹ケンカというべきか、あるいは殺した者と殺された者の勝ち負けには、二妃の財源がかかっているということです」

 そのビジューの言葉をしばらく思案してから、デイジェンはまた模型に目を向けた。

「タリヤ公には申し訳ないが、リゲル嬢に勝っていただかねば私の州が困る」

「桶屋の存在にご納得いただけたようでなによりです」

 ビジューはまた模型に映る場所のひとつをジャファールがいるアパートに戻した。

 タリヤ公は不服げだったが、スタラーデが従兄のバラバラ殺人犯だと分かっている状況では、タリヤ公を除いてほかには誰もスタラーデを憐れむことはなかった。

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