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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(37)大公派か宰相派か

 リリアナは「施療院に出入りしている法律家が叔父さんの解放に協力してくれる」というジャファの手紙を受け取って、施療院に馬車を飛ばした。

「リゲル! 手紙本当なの?」

 ジャファは部屋に飛び込んできたリリアナを見る。

「本当」

 笑うジャファの横には、左腕を切ってベッドに鎖で繋がれたバルナガランと、それに複数名の法律家が並んでいた。

「招待状も効果は覿面てきめんだわ。次のチャリティバザーは大公夫人もいらっしゃるそうよ」

 リリアナはそう言いながらジャファのベッドに腰かける。

「リリアナはすごい。侯爵家は特別なんだってリリアナが教えてくれたところから、色んな事が色々できた」

 ジャファの言葉にリリアナは嫌味たらしく首を振った。

「違うわ、あなたが考え無しだというだけよ。いいこと? 私の叔父様が地下牢に入っている、侯爵令嬢として正しい答えはこうよ。「それはお気の毒ね、叔父様が無事に釈放されることをお祈りしてるわ」と言えばよかったの。第八環状で荷馬車に跳ねられた老人がいたとしても、普通なら第一環状のご令嬢は第八環状にそもそも行かないのだから、あなたが「可哀想だこと、王都の警邏隊はなにをしているのかしら」と言って、この……」

 リリアナはバルナガランに目をやる。

「バルナガランです、お嬢様。以後、よろしくお見知りおきください」

 気取った口調で丁寧に言うバルナガランにリリアナは高飛車に頷き、ジャファはバルナガランに怪訝な表情で「態度違いすぎ!」と不満をぶつけたが、リリアナに黙殺された。

「このバルナガランに第八環状の治安が悪い責任を押し付ければよかったのよ」

 ジャファは「無理」と首を振り、バルナガランは「チッ」と顔をしかめる。

「それにリゲル」

「まだあるの?」

「あるわよ、施療院だって作る義務なんてなかったわ。フォルクサン侯爵家にとってシャタンカルに施療院を作ったところで、何ひとつ得することはなかった」

「リリアナ!」

 ジャファはリリアナの言葉を止めて否定する。

「農奴の娘が「農奴の娘だから読み書きなんてしなくていい」と言われるのは嫌なんだもの! 荷馬車に跳ねられたお爺さんが無視されるのも嫌! リリアナの叔父さんが、してもいない罪を着せられて牢屋にいるのも間違ってると思う! 救貧施療院ができたから今まで患者に渡す薬の代金ももらえなかった医者がちゃんと生活できるようになる、そういう医者や、彼らに憧れた医学生がシャタンカルからフォルクサンに来て、フォルクサンは医者が足りないなんて言わなくて済むようになる! 法律家も相談に乗ってくれるようになる!」

「そうよ! あなたはいつも、それは嫌だ、こうしたらどうにかなるはずだ、誰かに甘えて手伝ってもらえればきっとできると思ってしまうし、実行してしまう! だからカストール様はあなたを怖がるの! あなたの手柄を自分の手柄にしたくて仕方がないのよ!」

 嗤ったのはバルナガランだった。

「そのカストールってヤツの気分はよく分かる。周りに頼って、周りを巻き込んで手柄を立てていく部下ってのは嫌なもんだ。そいつを見てると、そいつにあって自分に無いものを見せつけられるんだ。そいつには人望があって、そいつの周りには同じ目的の奴らが集まってくる。自分の周りを見れば、くっついてくる連中は、どいつもこいつもご機嫌を取りに来るクズどもばかり。上に気に入られるためなら、なんだってやるのさ。俺みたいにな。自分が追われる側になって初めて、その「上」にとって俺は名前すらない捨て駒だったことがハッキリして、自分の存在の軽さに呆然とすることになる。そのカストールってヤツも同じだろうよ。おまえみたいに、なんにも考えずに動くヤツが目障りで仕方ないんだ」

 ジャファはバルナガランを見つめて頬杖をつく。

「そんなこと考えてたんだね」

「俺が考えちゃ可笑しいか?」

「そうじゃなく、その「上」が誰かって、運次第で変わるんだろうなって思っただけ」

 頬杖をついていた姿勢を立て直し、ジャファはバルナガランに向かって指を動かした。

「た・ま・た・ま、宰相と縁があった人。それを、受け入れる人もいるし、断る人もいる」

 それからジャファは、言葉を変える。

「それに、偶・然、カストールと縁ができる人」

 ベッドにひっくり返って、ジャファは大きくため息をついた。

「カストールが宰相にバラカを紹介して、ワインや香油の密輸を唆した。そこから宰相の汚職が始まり、贈収賄を調べていたカルシュ・ヴァン・ゴージャンが証拠を押さえた。カルシュ・ヴァン・ゴージャンはカストールに宰相を捕まえることができると伝えた。カストールはそれを宰相に忠告し、宰相はバルナガランに指示して借金帳消しを条件に、第八環状の男にカルシュを訴えさせて牢屋に入れた。バラカはスジェの第二皇子をスジェ王にするために今まで以上のお金が必要で、ヤンジェングルのケシまで密貿易に出してきた。ヤンジェングルのケシは、使うとそのときだけは頭ハッキリした気分になるけど、時間が経つとすっごい不安になって、ケシが欲しくなる。借金をしてでもケシを買う。借金してケシを買ってお金返せなくて奴隷になる人もいるだろうし、薬のせいで錯乱したり発狂したりする人も出てくる」

 リリアナはジャファを凝視する。

「どういうこと?」

「なんて言うか……兄弟ゲンカ……?」

 ジャファの説明に誰もが顔をしかめ、首を捻った。

 そのなかでひとり、バルナガランが呆れた。

「あぁあぁあ、侯爵家ってのは怖いねえ、宰相の上にはお兄さん? 宰相を追い詰めるのが妹さん? 俺は宰相の下でドブネズミの世話をして、宰相の番犬を殺して追われる羽目になり、妹さんにチクッてみたら、今の状況は兄妹ゲンカですってかい? ああくそ……その兄妹ゲンカに巻き込まれた俺が一番損じゃねえか! このすっとこどっこい!」

 ジャファはわざとらしくニッコリと、バルナガランに笑って見せる。

「びっくりだよね、調べたら宰相の裏に自分の兄がいたなんて」

「おいこら! おまえにくっついてほんっとーに大丈夫なんだろうな!」

 怒鳴ったバルナガランに、ジャファは両手をあげた。

「あんた次第。証言者としてここにいる限り、法律家がちゃんと保護してくれる。牢屋でも宰相の息がかかった人間が近付かないように見張ってくれる。警邏隊長には戻れないかもしれないけど、ちゃんと全部終わったら、侯爵家かフォルクサンか……仕事に困らないように考えておくっていうことでどう?」

 バルナガランは「そりゃどうも」と頷いた。

「安息日のチャリティバザーには大公夫人が来るから、思いっきりバルナガランの顔を覚えてもらうから」

「は?」

 バルナガランはジャファを見てからリリアナを見る。

 リリアナは肩をそびやかした。

「大公夫人と関係ができれば、カストールも宰相も迂闊うかつにあなたに手を出して来ることはない、と、リゲルと私は思っているところ」

「それはご心配まことにありがとうございます」

 自分への態度とリリアナへの態度がまったく違うことに、ジャファは「へっ」と小さく不貞腐れた。


 *** *** *** *** ***


 チャリティバザーの日は朝から快晴だった。

 大公夫人は白髪のふくよかな女性で、ジャファとリリアナ、それにバルナガランの前で朗らかな笑顔を振りまいた。

「リゲル嬢、王都に施療院を作るのはお兄様の案だそうね? あなたよくやっていらっしゃるって、お兄様が夜会で夫や皆さんの前でとても褒めていらしたのよ」

「ありがとうございます」

 そう答えるジャファの後ろで、リリアナはバルナガランに少し体を寄せる。

「施療院を作ると言ったのはリゲルよ」

「そうでしょうとも」

 バルナガランは「ふん」と息をついて頷いた。

「兄君は宰相の背後、しかし施療院は第八環状と第九環状、それに「王宮の地下牢」を見張れる場所にある、我々警邏隊も勝手には入れない治外法権の楽園です。宰相派からすりゃそんな物騒な施設を作れなんて助言するわきゃありませんよ」

 リリアナは「あら」と嫌味たらしく笑う。

「さすがに警邏隊長さん頭が回ること」

「不本意ながら、元、です」

 大公夫人はそのふたりの小声の会話には気付かず、ジャファの案内で施療院のなかをを回り、リリアナとバルナガランはその後を歩いた。

「中庭がきれいだことね。異国風ね?」

「エニシャ風なんです」

「あら、エニシャ……あら、素敵だこと」

 大公夫人はジャファをきらきらした目で見てから、また中庭を見る。

「あの木は何かしら? ここに植えてあるのはどれも薬草?」

 ジャファは「はい」と頷いた。

「どれも薬草です。あそこに植えてあるのはアーケリ、ラナシュマのケシです。医者が手術のときに麻酔や鎮痛剤として使います」

 大公夫人は「そうなのね」と頷く。

「あのお花、可愛らしいけれどそんなふうに役に立つのね」

 ジャファはまた頷いてから「そうなんです」と答えた。

「ですが、ケシのなかには怖いものもあります」

「怖いもの? 可愛らしい花なのに」

「エニシャとケルグンの国境にヤンジェングルという場所があって、そこのケシは人の人生を壊すんです」

「怖いのねえ」

「そうなんです」

 ジャファは大公夫人に囁く。

「そういう物が出回っているかもしれないのだそうです。施療院に入院してきた患者のなかに、症状が出ているのです」

 大公夫人は声を落とした。

「それは本当なの?」

「はい」

 ジャファは大公夫人にカジュンガグラスの小瓶を見せる。

「ケシから作った薬が入っていた小瓶です。甘い匂いが特徴です」

 大公夫人は小瓶をちらりと見てすぐに前を向いた。

「あなたよくそれを手に入れたことね」

「この小瓶はカジュンガグラスと言うのです。普通は輸出されません」

 大公夫人は「あらそう」と目を細める。

「後ろの男はバルナガランと言います。カルシュ・ヴァン・ゴージャンを訴えた男について、自分が宰相の指示でウソを訴えさせたと証言してくれるそうです」

 細めた目をさらに細めて、大公夫人はジャファの手からカジュンガグラスの小瓶を受け取った。

「いいわ、夫に伝えておきましょ。宰相殿はこのところ近年に輪をかけて羽振りがよろしいと伺いますものね。この小瓶、お預かりしてよろしい?」

「どうぞ」

 大公夫人は小瓶を傍にいた侍女に渡してバルナガランを振り返る。

「あなたの身柄については大公家ができる限りの安全を保障いたしましょ」

 バルナガランは大公夫人に「はっ」と背筋を伸ばして右手の拳を胸に当てて見せた。


 チャリティバザーは女性たちのもの、しかも場所は第八環状とあって、貴族が行く場所ではないと判断したスタラーデは参加しなかった。

 スタラーデはカストールの父と郊外に狩猟に出て、猟犬を放す。

「リゲルが大公夫人にも招待状を送ると言ったときには驚いた」

 父フォルクサン侯爵の言葉に、スタラーデは馬の歩みを緩めて父の馬に轡を並べた。

「驚いた、ですか?」

「頭がいいのか悪いのか見当が付かん。だが如才ない」

 フォルクサン侯爵の感嘆が、スタラーデの脳裏に警告を発する。

「大公夫人をお招きするなど確かに無謀でしょうが、ずいぶんと無謀なことをしてきた子ではありませんか」

 スタラーデは言ったが、フォルクサン侯爵は首を振った。

 数名の男たちが猟犬に獲物を追わせる。

 それを見ながらフォルクサン侯爵はスタラーデに言う。

「本来なら施療院に大公夫人を招く必要はないが、お招きしておけば大公閣下も安心なさるだろう」

「安心?」

「シャタンカルに官憲が入れない場所があるとなれば、あらぬ疑いをかけられても仕方ない」

「つまり、なんです?」

「謀反を企てていると訴えられても仕方ないということだ」

 フォルクサン侯爵は息子にそう言って、馬上で猟犬たちが走り去った方向を見やった。

 スタラーデは「謀反」と小さく呟く。

「大公夫人が施設のなかを時間かけて回れば、そのような意図も仕掛けもないことがお分かりいただける」

 フォルクサン侯爵の説明を聞いて、スタラーデは「ああ」と呟くように頷く。

「そうですね、安心していただけるはずです」

 それからスタラーデは、フォルクサン侯爵に向かって「ところで」と話題を変えた。

「フォルクサンの領地統括ですが、そろそろ代行だけでも、全権委任でやらせてはいただけませんでしょうか」

 砂時計が示す時間は、残り僅か。

 スタラーデは「フォルクサンの統治権を」とフォルクサン侯爵に迫った。

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