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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(36)半野良のプライドと偽証の証言

 白髪のカヴェイネンは、タリヤ公の邸に設けられた宴席でスジェのビジューが作りあげた模型越しにジャファを眺めていたが、しばらくしてデイジェンとビジューを見た。

 デイジェンとビジューはそのカヴェイネンの視線に気付いて視線を返す。

 デイジェンの視線が自分に向いたのを確かめてから、カヴェイネンはおもむろに整った白い髭に隠れた口を開いた。

「ヴェスタブール人の私にはよく分からないのですが、この試験というのは、フォルクサン侯爵から統治権を譲りうけることができれば完了するようなものなのですか?」

 ハッとした表情を浮かべ、跳ねるようにデイジェンを振り向いたのはタリヤ公だった。

 デイジェンは、じっと静かにカヴェイネンを見つめてから首を振る。

「少なくともスジェでは、王墓のためしというのは皇子たちを競わせ、過去の王や同じときに王墓に入った皇子たちが王位をかけて互いの存在を食らい合う、そういうものだと聞いている」

 そう言ってから、デイジェンは模型のなかのジャファとスタラーデに目を向けた。

「王墓から、王墓の心臓の核と言われる王権を持ち帰ったこのどちらかがエニシャの命運を握ることになる」

 デイジェンの横でビジューがため息をつく。

「何度聞いても、間抜けな呼び方ですよね、王墓の心臓の核。もっとこう……壮大な……自分たちの存在かかっていることが分かりやすい宝物らしい名前にならないものか……」

「王墓の心臓の核をそれ以外の名前でどう呼ぶと言うんだ」

 ビジューはデイジェンに訊かれて目を瞬かせ、それから首を捻った。

「……王権、ではないですか? 少なくとも、王墓に入ったからにはこのふたりのどちらかにそれが与えられると十分に考えられるわけです」

 王権。

 タリヤ公はデイジェンとビジューを見る。

「王権ですか」

「王権です。やろうと思えば、追って来るペクタ種やクアンツ種を自由に消すことができるし、オアシスをそのものまったく違う都市に変えることもできる、そういう権限です」

 そう言ったビジューは、模型のなかで動き回るジャファとスタラーデを見て、「ふむ」と小さく鼻を鳴らした。

「まあなんと申しましょう、それを手に入れるのがスタラーデ殿なのかジャファール殿なのかで、この国の存亡がある程度決まるのでありましょうね」

 沈黙がしばらく場を支配する。

 ぽつりと呟くように、タリヤ公が口を開いた。

「えらいことになった……」

 その場の誰もがタリヤ公に目を向けた。

「そんなことを考えたことはなかった。私はただ、イブレイムのところのジャファールが頭がよい、性格がよいと褒めそやされ、それを眺めるばかりだったスタラーデが」

「そんなことは誰にでもある」

 タリヤ公の言葉を切ったのはデイジェンだった。

「憐れむのは、スタラーデ殿が自分よりも才のある従兄弟に嫉妬し、従兄を殺し、従弟の才を敬意もなしに使おうとするその性根と、親がその性根ではなく環境のほうを憐れんだせいで、領地を得てもよい年になってもそのままの感性で生きていることだ」

 デイジェンは模型のなかで進む過去を眺めながら、ビジューを振り返る。

「やはりスタラーデ殿よりジャファール殿が欲しいな」

「その話は猟奇殺人犯お断りで片が付いたと思っていたのですが違ったのですか?」

 それでも、ビジューも模型を覗いて「ふむ」とまた小さく鼻を鳴らした。

「しかし面白いですね。市井で育って差別を受けたことで、ジャファール殿の感性は一般的なエニシャ王族やアーケリ王族からかけ離れたものになっていて、真っ向からスタラーデ殿の感性とぶつかり合っている」

 タリヤ公はおずおずと、模型のなかでカストールとして生きる息子を改めて覗きこんだ。


 *** *** *** *** ***


 月夜。

 リリアナの判断で「自分で信頼できるお医者様を集めたのですもの」という口実で侯爵家の両親を説得して施療院に隔離され、なるべくスタラーデと顔を合わせない環境を作られたジャファは、リリアナに「二度と勝手なことをしません」と誓約書を書かされて個室にいた。

 コツンと小さな音がして目を覚まし、首を傾げたジャファは窓際に男の影を見た。

 覚えのある男だった。

「……どこで見たか思い出せないんだけど、誰?」

 男が低い声で小さく「バルナガラン」と答える声が聞こえる。

「バルナガラン……誰?」

「第八環状の警邏隊長」

 ジャファは目をバルナガランに向けた。

「夜、見回りいるでしょ? 警邏隊長だって夜中に勝手に入って来られないと思うけど」

 ヤンジェングルのケシが抜けきっていないせいで重い体を動かすのは諦めて、ジャファは「いざとなったら光の矢を使おう」と小さく呟いて目を閉じる。

「侯爵家は侯爵家でも、令息じゃなく令嬢のほうだったんだな」

 呆れたような低い声がバルナガランから聞こえた。

「……」

 無視して寝ようとしたジャファに、バルナガランが小さく囁いた。

「宰相の荷馬車を守っていた番犬野郎を殺したせいで、宰相の手勢に追われてる」

「殺した? 誰を?」

「お嬢様がナイフを突きつけたあいつだ」

 少し考えて、ジャファは目を開いた。

「なんで?」

「あの野郎は俺を宰相家の門前に繋がれた半野良とぬかしやがった」

「へえ……」

 ジャファにとっては、たったそれだけのことだが、ジャファは考え直した。

(俺にとってマグウェンの妹と話すだけのことがスタラーデにとっては我慢ならないことだったように、こいつにとって、あの荷馬車のあいつに、宰相家の門前に繋がれた半野良って言われたのは我慢できないことだったんだ……まあしょうがないか、相手が荷馬車の犯罪者だもの)

 それからジャファは、窓際のバルナガランに顔を向ける。

「なんで施療院に来たの? そいつを殺したついでに俺を殺しに来た?」

「ふざけるな、あんたは侯爵令嬢だろうが。俺は権力者の下にいる自分は正義の代行者だと思っていたんだ。それが、宰相家の門前に繋がれた半野良だと? お嬢様、あんたもそう思うか?」

 ジャファはバルナガランをぼんやりと眺めた。

「宰相家から侯爵家に乗り換えたい?」

 バルナガランが顔をしかめたのは、ジャファには月明かりが逆光になって見えなかった。

「お嬢様、あんたはやっぱり強者の側にいる偽善者だな。底辺からのし上がって、警邏隊長になっただけでもこの世を謳歌している気分になれるようなやつとは違う」

「強者ね、へへ」

 引きつったように笑ってから、ジャファはバルナガランに体を向ける。

「どこであいつ殺したの?」

「酒場でカッとなって、部下の目の前で殺した」

「そうなんだ。それ捕まらないの?」

「捕まるさ。俺の部下はどいつもこいつも、俺が宰相に見放されたと言ってあからさまに交代の警邏隊長補にゴマをするやつらばかりだった」

 ジャファはバルナガランを見つめてしばらく無言で弁解を待ったが、バルナガランがなんの釈明も、脅迫もしてこないことに息をついて体を起こし、ベッドに腰かけた。

「満足? 警邏隊長さんの正義って、その程度だよ。人殺しを見逃す親分にくっついてくるやつは自分の親分がその上から見放されたら見限っていく」

 ジャファはバルナガランと目を合わせる。

「この施療院を建てるために集まって俺の仲間になった大人たちは違うよ。もし俺が廃人になったとしても、俺を助けようとしてくれる。俺がいなくなっても、誰も部下や学生から見放されたりしない。医者も法律家も、みんなそう」

 ジャファは月明かりのなかでバルナガランに向かって笑って見せた。


 バルナガランは月明かりを背に、背筋が冷えるのを感じて体を震わせた。

(俺はなにが怖いんだ? 目の前にいるのは十五か十六そこらの小娘だ)

 それでも目の前の侯爵令嬢は、間違いなく捕食者の目をしている。

「牢に入るのもきっと悪くないでしょ? 荷馬車の男を殺したって自首して拘置所か牢に入っちゃえば宰相は手を出せないもの」

 バルナガランは目を眇めた。

「俺はそんなことを言いに来たわけじゃない。取引に来たんだ、お嬢さん」

「最初からそう言えばいいのに」

 リゲルの笑みは、屈託のないものだった。

 バルナガランは引きつったように笑ってから、第八環状の居住者情報をリゲルに見せる。

「お嬢様が居住者管理局に照会を求めてきた男の情報だ。こいつは第八環状の住人だから俺はまだ警邏隊長として情報を見て、場合によっては家宅捜索や銀行の取引情報を照会することもできる」

 侯爵令嬢の表情が真剣なものに変わった。

「その情報と引き換えに侯爵家を買収しようって言うの?」

「カルシュ・ヴァン・ゴージャンの汚職が捏造だって証拠をくれてやる、その証言に立ってやるって言ってるんだ。俺はな、第八環状の警邏隊長なんだ。証人のそいつを、宰相の依頼でひっ捕まえて、借金を帳消しにしてやるって宰相の伝言を伝えて証言台に立たせたのが俺だよ」

 侯爵令嬢の顔が真っ白になったのを見て、バルナガランは思った。

(勝った)

 次の瞬間にバルナガランが見た侯爵令嬢の笑顔は、これまでに見た何よりも純粋な笑顔だった。

「それができたらカルシュ・ヴァン・ゴージャンを解放できるだけじゃなくて、きっと宰相を引きずり下ろすきっかけになる」

 バルナガランは今度こそゾッとした。

(この侯爵令嬢は本気で宰相を潰す気だったのか)

 侯爵令嬢は嫣然とした笑みで、バルナガランに手を差し出す。

「うちの兄さまになにを言われても信じないでね。兄さまの味方は醜聞まみれで金と権力で人を縛ることしかできない宰相様ぐらいしかいないでしょうけど、私の味方はみんな清廉潔白なの。第一環状のお邸の夫人たちも私の味方。宰相と大公夫人、兄さまと私、どちらが怖いか、警邏隊長さんは間違えないよね?」

 侯爵令嬢はそう言いながらバルナガランの左手を取った。

「人を殺したことは償う必要があるけど、相手がどういう人間で、自分がどういう扱いを受けたか正直に言えば減刑されるんでしょ? 警邏隊長さんなんて正義の味方みたいなものなんだから、泥水に沈むようなところから汚い権力の泥全部洗い落として這い上がってきてよ」

 バルナガランは眉間に皺を刻んで目頭を押さえた。

「変わったお嬢様だな、あんた」

「よく言われる。野生児だって言われたこともある」

 バルナガランは思った。

(そう言いたくなる気持ちはよくわかる)

「私は兄さまや宰相とは違うから、ヤンジェングルのケシは使わない。だから中毒になって気が狂ったりすることはない」

「……ヤンジェングルのケシ?」

 バルナガランは顔をしかめる。

「第八環状で労働者が行方不明になったり、廃人になったり、錯乱したりしてる」

「なぜ知ってる」

「その薬を宰相が密輸しているのを知っているから」

 侯爵令嬢は目を細める。

「気が狂う前に宰相と縁を切って、よかったわね? 警邏隊長さん」

 柔らかく掴んだバルナガランの左腕のシャツの袖を捲り上げ、侯爵令嬢はインクで斜めに線を描いた。

「ここを切って怪我をしてきたら施療院で匿ってあげられるの。施療院に来たことがある人はみんな私と面識があるから、だいたいみんな味方になってくれる。だから来るまでに宰相の手勢に追われたら施療院のリゲルの仕事をしてると言えばきっとみんな助けてくれると思うの。安心してね?」

 腕を引いて、バルナガランはシャツの袖を下ろした。

 第八環状はすでに宰相の手勢よりも、この侯爵令嬢の味方のほうが多くなっていると匂わせたのは、裏切るなという意味だ。

「明日……情報を持って、怪我を作って、来ます」

「ありがとう、待ってる」

 侯爵令嬢の笑みが恐怖を呼び起こす。

(どこが「世間知らずのお嬢さん」だ。俺はきっと、宰相よりも厄介な相手を刺激しちまった)

 バルナガランに分かったのは、それだけだった。


 *** *** *** *** ***


 施療院の会議室。

 ジャファはオルジェンとサルジェ、それに他の学生や弁護士たちと、顔を突き合わせる。これから始まるのは、弱者救済と貧困撲滅を錦の御旗に掲げる法律の専門家たちによる専門家たちのための陳情を控えた、陳情先、つまりジャファが問題を理解できるようにするための、子供向け法律特別講義だった。

 ジャファの前には、法律学者や実務家がこの時間で使うために、これでもかとかみ砕いて自分の専門を説明する、本数冊分におよぶ枚数の資料が置かれている。

 それだけでジャファはゲンナリしていた。

 オルジェンが最初に咳払いでジャファの気を惹く。

「よいですか? 法律上も実質的にも、侯爵家というのは純粋なバルキア王家の家臣ではありません。たとえば伯爵家以下は王家から領地をもらい、領地の運営を経て徴税を担い、その徴税の一部を上納する義務と責任があります」

 大人たちの視線はすべて、ここにいるたった一人の子供、つまりジャファが理解したかどうかを確認するべくジャファに向き、ジャファは居心地の悪さを感じながらも頷いた。

「……あの……続けていいよ?」

 恐る恐る先を促したジャファに、法律家たちは頷いた。

「公爵家は初期に分家された王族と建国の功臣から始まる家で、その領地は国によって与えられ、徴税の義務はありますがその徴税分は直接国庫の管理に預けられます。六侯爵家は王国建国時にバルキアを支持した周辺他国であり、扱いとしては現在も、侯爵領の徴税は侯爵家それぞれで独立した方法を採用をすることが認められており」

「質問」

 ジャファはちんまりと手をあげた。

「徴税方法って、色々あるの?」

 大人たちは顔を見合わせ、それぞれにジャファに向けて頷く。

「まず分かりやすいのは農作物や毛織物の売買で生じる付加価値税です。農作物や生糸などを生産し、それを加工することによって人手を仲介して「物の価値が上がった物を消費する」という行為に対してかかります」

「なんで?」

「それがなければ税収がなくて、施療院が潰れますよ」

 ジャファは大人を見回して不貞腐れた。

「困る」

「困りますね。それで、この付加価値税はバルキアでは一割。ですから、公爵領や伯爵領でも一割です。フォルクサンも一割ですが、フォルクサンで災害が起きたようなときには侯爵家の自由裁量で税を免除することができます。伯爵領などでは、国の許可が必要です」

 ジャファは無言になった。

「次に、奢侈しゃし税。別名「ゼイタク税」です」

 弁護士のなかでも、元は自分も苦学生だったという男が鼻高々に言う。

「シャ?」

「富裕層がゼイタク品を購入したり所有したりすることにかかる税金です。主に、金銀財宝や豪商の私邸、猟犬に狩猟用の馬に競走馬、移動用の馬車、それから使用人の人数に応じた人頭税の側面もあります」

 怪訝な表情になったジャファを見て、数名の大人が肩を震わせ後ろを向いて笑った。

「砂糖税とか酒税というのもありますよ」

「砂糖税? 酒税?」

「ペット税も」

「契約税」

「所得税」

「通行税」

 次々と出てくる税の名前に慌てて両手をあげて、ジャファは大人を止めた。

「なんで大人はみんなそんなに税金が好きなの!」

 法律家たちはジャファの癇癪を見て「あっはっは!」とか「そうですよねえ!」と笑ったが、そのなかでオルジェンとは別の、大学団で税法を専門にしているゴマ塩アタマの教授がひとしきり苦笑してから息をつく。

「それが、お嬢様、税法というものの醍醐味なんです。税をどのように使うかを考えるのも国や貴族の役割です」

「面倒臭い! なんでなんにでも税金かけるの! こんなに税金取られたらみんな絶対困るじゃん!」

 ジャファは目の前に置かれた資料を両手でバシバシと叩いた。

「ちゃんと対策はあるんですよ」

 そう言ったのはサルジェだった。

「付加価値税を払うにも、たとえば町で売られているパンのような、日々の生活で絶対に必要な物は対象外ですし、貧しい者からは取らない税などもあります。それからお邸に住み込みの使用人などは使用人使用税として雇い主からもらいます」

 そう言いながらサルジェはジャファに資料を選んで説明の紙を見せる。

「この例、金持ちのなかに、儲けた金を独り占めしようとするのがいて、自分は高い値段で物を売るのに、売るための品物を買うときには安く安く買おうとするとしますね」

 ジャファは顔をしかめた。

「そういうヤツいる! 知ってる!」

 具体的に言うと骨董屋のタジャンのようなヤツだ、とジャファは想像した。

「物を仕入れるときにはすごいケチ付けて、二束三文だとか一カーの値打ちもないとか言うくせに、売るときには意味不明のすごい高い値段付ける悪徳商人!」

 やけに具体的だ、と思いながら、サルジェは「それです」と頷いた。

「そういう人が使用人に正当な対価を払うかという問題があります」

「セイトウナタイカ」

 首を捻り、ジャファは頭のもやを払う。

「なにそれ」

「自分がした仕事に対する本当ならもらえるはずのお金という意味です」

 しばらく考え込んでジャファは、手をあげた。

「質問」

「はい」

「隣国に行って偉い人に国を統治する方法を気付かれないようにコッソリ教えてもらって来いって言われて、報酬は二十タパカだって言われたら、セイトウナタイカですか」

 法律家たちは黙り込み、ノートに「二十タパカ」と書き付けてバルキア通貨に換算する。

「二十タパカというのはバルキア通貨にして約六十ギネットです。たとえば隣国……フォルクサンからならヴェルタネンデ自治領群ですね、馬か馬車を借りてそこまで行ったらまあまあの宿に泊まって、あとはそのまま帰って来る程度の金額ですので、その金額でスパイ行為をしろというのはあり得ません。つまり正当な対価ではありません」

 言ったのは民事法の法律家だった。

 ジャファは唖然として、それから頭を抱えた。

「兄さんに騙された……」

 大人たちはジャファを見つめ、ジャファは気を取り直す。

「なんだっけ……欲張りな商人がお金溜め込むから税金が必要なんだっけ?」

「それだけではありませんよ。たとえばお嬢様が建てた施療院、あれは行政で言えば、福祉という形式で税金を市民に返す役割を持っています」

 ジャファは首を捻った。

「フォルクサンの税金はフォルクサンの人たちが払った」

「そうです」

「私はフォルクサンの税金でシャタンカルに施療院を建てちゃった?」

 もう一度、ちょっと首を捻ったジャファは「あああ」とまた頭を抱えた。

「そういうこと? フォルクサンの人たちきっと恨むよね?」

 法律家たちは苦笑したが、オルジェンが「いいんです」と口を出す。

「シャタンカルで志のある医者を施療院で雇用する、施療院の医者は奨学金をもらうことが決まった医学生を育て、医学生たちは卒業後、持ち回りでフォルクサン各地の町や村の駐在医になってフォルクサンの領民を診療するという契約になっていますから、フォルクサンの領民は税金で未来の医者を買っているようなものだ、と、そう思ってもらえればいいんですよ。説明する必要はありますけどね」

 ジャファは「そう?」と顔を上げた。

「それならちょっと安心した」

「本当は、税金を取らなくてもどうにかなる世界なんていうものがあれば幸せですがね、そうもいきません。ケチがケチって払わない給料をいかに世間に回すかが、政治に関わる者の重要な役目ですからね」

「ケチがケチって払わない給料」

 ジャファはポカンとした。

「お嬢様おっしゃったでしょう? 隣国にスパイに行ってたったの六十ギネット。そういう雇い主から、セイトウナタイカっていうのをふんだくるのも弁護士の仕事のひとつですから。私、雇用契約法を中心にしているんです」

「兄と作った二十タパカのコヨー契約をなくしたいです」

 遠い目になったジャファを見て、弁護士たちは生温かい笑顔を浮かべた。

 オルジェンが話を戻す。

「本題に戻りましょう。侯爵家というのは、いわゆる「あの手この手で税金を取り立てる嫌な貴族」のひとつですが、貴族の間でも、一部の法律や行政の面では他の貴族たちと異なる特殊な存在です」

 ジャファは頷く。

「さて、シャタンカルの救貧施療院は、お嬢様が救貧施療院を建てるためにフォルクサン侯爵が王領内に特別貸与を受けた土地です。施療院のなかでは、シャタンカルの法律とフォルクサンの法律、どちらが優先されるでしょう?」

 オルジェンが出した問題に、ジャファは考えた。

「第一環状は貴族の邸が並んでいて、王宮通りの邸にはシャタンカルの警邏隊が入って来られない。お邸の法律は、フォルクサンの法律。もしかして施療院も?」

 オルジェンがパチパチと手を叩く。

「そうです。治外法権。つまり第八環状や第九環状の警邏隊がどのように言っても、住民が施療院に助けを求めてきたら、フォルクサン侯爵家の同意なしにその施療院に助けを求める住民を連れて行くことはできません」

 法律家たちはジャファを見た。

「そこで私たち法律家の出番です。法律家も医者と同じ、色々な価値観の者がいます。法律家は食いっぱぐれがない、仕事がある、貴族や豪商と知り合いになれる、そういう、地位や名誉、金銭を重視する価値観を持って法律家になる者にとっては、地位や名誉や金銭を守ることが正義になる。それと同じようにリゲル嬢が救貧施療院を建てて貧しいや医者にかかれない者を助けるという、その価値観に正義を感じる法律家が、ここに集まっている法律家です」

 オルジェンの言葉に、別の法律家が頷く。

「コヨー契約の」

「ヤフェル・フォルゲンゼルと言います」

「ヤフェル!」

 ジャファは目を見開いた。

「ははは! バルキアには珍しい名前でしょう? 父がエニシャの商人で昔からヴェルタネンデとの交易に携わっていたんです」

 オルジェンがフォルゲンゼルを見る。

「このお嬢様、ヤフェルを名乗ってたんだよ。ヤフェル・アーバハン」

 フォルゲンゼルはジャファをまじまじと見つめた。

「ヤフェル・アーバハンですか……それは……豪気だ。いや、おとぎ話の王子様ですが、エルバハン人ならきっと誰もが同じことを思うでしょうよ。ジャファール・エルバハンを名乗りましたか、そうですか……なるほど、志は同じでしょうね」

 ジャファはフォルゲンゼルを見た。

「有名?」

 フォルゲンゼルは頷いた。

「ジャファール・エルバハンはあまりにも善人だったので、それを妬んでドランに姿を変えた悪魔にバラバラにされてしまったという、そういうおとぎ話です」

 刑法専門の法律家が「バラバラ殺人事件だ。悪魔に罪状が付いた」と鼻を鳴らした。

「それはともかく、施療院には何らかの問題を抱えて逃げ込んでくる者もいる、そういう者を助けることに自分の価値を見出す法律家もいる。自己満足では困るので仕事の対価はいただきますが、そこは医者と同じく、同じ志の法律家を育てるという名目で学生を実務研修にお借りしてはどうかと考えているところです」

 ジャファは呆れた。

「それが気に入らないって、宰相みたいなのに目を付けられるかもよ?」

 フォルゲンゼルは苦笑した。

「そういう強欲な連中に目のかたきにされるのは、まあ名誉なんじゃありませんか?」

 行政法の法律家が小さく笑う。

「医療でできたことが法務の分野でできない道理はありませんよ」

「はあ……」

 疲れて椅子の背に凭れ、天井を見上げてからジャファは椅子の上で膝を抱えてくつくつと笑い出す。

 大人たちは、奇妙な物を見たかのようにジャファを見つめた。

「自分ひとりじゃどうにもならないのに、色んな人がいると、すごいことができるの。侯爵家ってリリアナが言ったとおり、すごくすごい」

 ジャファはひとしきり笑ってから「はー!」と息をつく。

 目を閉じてぐっと身を縮こませ、法律家たちには聞こえないような小さな声で、ジャファは呟いた。

「俺もう出来損ないでもバカでもないよ。薬にも頼らない」

 縮こませた体を勢いよく弾けるように伸ばして椅子から立ち上がり、ジャファは頭を下げる。

「お願いがあります」

 大人たちは顔を見合わせた。

 侯爵令嬢が頭を下げることなど、想像したことがない。

「地下牢に投獄されているカルシュ・ヴァン・ゴージャンの……ええと……偽証! 汚職の証言者は偽証だから、カルシュ・ヴァン・ゴージャンを解放したいので、法律家として協力してもらえませんか!」

 刑法の専門家がピッと目を上げた。

「証拠があるのですか?」

「証言者が出てきた」

 ジャファは断言した。

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