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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
39/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(35)スタラーデとバラカの縁

 ジャファはティーキムの城からシャタンカルに戻る。

 カラスはシャタンカルに戻ってきた馬車のなかで浮かれていた。

「カヴェイネン様が、正式に婚約の申し入れをすると言ってくださったのです」

 嬉しそうなカラスに笑顔を返し、ジャファはカラスの手を取った。

「カラス」

「ああ! もちろんお嬢様がティーキム様に嫁がれるときに、とおっしゃってくださったのですよ!」

 慌てるカラスにジャファは「そうじゃなくて」と言葉をかける。

「いつかカヴェイネン殿が外国に行くと言ったら、止めないで見送ってあげてくれる?」

 カラスは首を捻った。

「外国ですか?」

「そう。あー……つまりその……ティーキム殿はスジェの物がお好きだから、スジェに行くとか、そういうことになったら快く送り出してあげて」

 ジャファの真剣な言葉を聞いて、カラスは頷く。

「そうですね、カラスはお嬢様がいつかエニシャに行きたいとおっしゃっても驚きませんもの。カヴェイネン様もきっと同じでしょうね」

「そんなとこ」

 ジャファはシャタンカルに入った馬車を第一環状に向かう前に、救貧施療院に向けさせた。


 救貧施療院ではリゲルがヴェルタネンデに長逗留していると言ってどことなく沈んでいた雰囲気が、侯爵家の馬車が入ってきたことに浮足立った。

「お嬢様がお戻りだってさ!」

 医者も患者もなく、施療院に出入りしていた者たちがジャファに満面の笑顔を向け、ジャファがいなかった間のことを、あれやこれやと話しかける。

 文句を飛ばしてきたのはリリアナだった。

「なんだっていうのよ! 急にヴェルタネンデに行くなんて駆け落ちでもしたかと思ったじゃないの!」

 ジャファは施療院にすっかり入り浸っている様子のリリアナを見て呆気に取られ、それから「ごめんなさい」とリリアナに抱き着いた。

「疲れてたの、そしたらとってもティーキムに会いたくなった、それだけ」

「嫌だわリゲル、恋って人を変えるものとは言うけれど、あなたからそんな言葉を聞くとは思わなかった」

「恋じゃない!」

「恋よ! それは恋と言うの!」

「言わない! 言わないってば!」

 呆れるリリアナの腕を取って、ジャファは院長用の応接間に向かって引きずる。


 *** *** *** *** ***


 施療院の回廊はエニシャ風の中庭を廻り、季節を問わず風通しがよい環境が作れるようにしてある。

 応接間で人払いをしたジャファに、リリアナは苛立った。

「なんだっていうの?」

「兄さまの様子は変わりない?」

「カストール様なら変わりないわ。今まで通りよ」

 リリアナは息をつく。

「見目がよいのよね。カストール様はとても頭が良さそうに見えるの。でもこの一年ほどで思い知ったのは、行動力も貴族としての視野も、実はあなたの方が優れていたということ。あなたがいない間に、施療院の手柄も法整備の手柄もカストール様が横から「自分の助言です」と言って掻っ攫っていったの、あなた知らないでしょう」

 ジャファは「助言」と繰り返した。

「なんの助言ももらってないけど」

 怪訝な表情のジャファに、リリアナが「知ってるわよ! 私はね!」と怒鳴る。

「施療院も法整備もチャリティバザーもなにもかも、あなたがカストール様に伝えるたびに、カストール様は「無駄なことや余計なことををするな」と言ったのだもの。それが王から侯爵家が褒められた途端に、「妹に貴族の務めを教えるためです」とか言ったそうよ。大学団の教授と法学生も施療院の医者と医学生も、私も、今はあの人に腹が立っていてしょうがないの!」

 リリアナの勢いは止まらない。

「それなのに!」

 ジャファはリリアナに気圧けおされた。

「周りの大人、伯爵以下の男たちがなんと言ったかあなた分かる?」

 ふるふると無言で首を振って、ジャファはリリアナの言葉をおとなしく待つ。

 リリアナは拳を震わせた。

「道理で優秀な施策だ、女の子にあんな施策が立てられるわけがないと言ったのよ! あなたが考えて、教授や学生たちの助力でどうにかしたのに!」

 ジャファはリリアナを見つめる。

「私のことで怒ってくれてありがとう。薬に頼るなと言ってくれたこともありがとう」

「薬? ああ、気付け薬ね? 休んでよかったでしょ? ティーキム様はあなたが急に押しかけて行ったからびっくりしたでしょうけれど」

 リリアナのあっけらかんとした言葉に、ジャファはカジュンガグラスの小瓶を取り出した。

「カストール兄さまからもらった薬」

「飲みきったの?」

「解毒治療で」

「解毒ですって?」

 リリアナはジャファに目を向ける。

「ヤンジェングルのケシだって。エニシャからお医者様が来た」

 ジャファは「本当は盗賊の親分だけど」という言葉は言わずに飲み込んだ。

「ヴェルタネンデで一週間、ケシ中毒の治療をしてもらった」

 リリアナはイブレイムを見て目を見張った。

「それで治療は終わったの?」

「まだ」

 ジャファはリリアナの肩を掴む。

「リリアナ、叔父さんはカストール兄さまと知り合いだった?」

「知り合いよ。だって、社交の夜会でも会うもの」

「叔父さんはカストール兄さまに、汚職の証拠を見つけたと、伝えたりしなかった?」

 ジャファはじっとリリアナを見つめ、その返事を待つ。

 リリアナは視線を彷徨わせてから、またジャファと目を合わせた。

「言ったと思うわ」

「叔父さんを訴えた男は叔父さんとは知り合いじゃなくて、宰相の邸に出入りしていた。それなのに汚職の証拠が見つかったと叔父さんが誰かに言った途端に、叔父さんを訴える証言者としてその知らない男が出てきた。叔父さんとその男、それに宰相の間をつなぐ誰かが分からなかったけど、宰相が密輸したヤンジェングルのケシを兄さまが私に使った。叔父さんを訴えさせたのが兄さまじゃないと分かるまでは、兄さまに重要なことを言わないようにしないと」

 ジャファはカジュンガグラスの小瓶を胸元に仕舞う。

 リリアナの表情が曇った。

「なんで、カストール様がそんなことをするの?」

「分からないけど、兄さまにもらったものにヤンジェングルのケシが混ざっていたのは間違いない」

 スタラーデはきっと砂時計の時間に縛られて、フォルクサンの統治が満足にできていないことに焦っているのだろう。

 ジャファはリリアナに言えない理由に息をつき、それからリリアナの肩を叩いた。

「叔父さんに、カストール兄さまに汚職の証拠について話しをしたかどうか訊かないと。証拠はきっと宰相が消してしまっただろうけど、少なくともリリアナの叔父さんを訴えた人が……あれ……えーと……偽証っていうことが証明できれば、リリアナの叔父さんは地下牢からは解放されるでしょ?」

「そうね」

 リリアナが頷いたのを見て、ジャファは地下牢がある方に顔を向ける。

「それから次のチャリティバザーには大公夫人をお招きしたいって母様にお願いしてみようと思う」

「大公夫人? どうして?」

「カストール兄さまは自分より偉い人に弱いから」

 ジャファが言うと、リリアナは「呆れた子ね」と笑った。


 *** *** *** *** ***


「リゲル! ヴェルタネンデで倒れたと言うから皆様がとても心配してくださったのよ!」

 リゲルの母の声に迎えられて、ジャファはその母に抱き着く。

「ティーキム様が国内外で一番のお医者様を呼んでくれました」

 スタラーデはジャファをちらりと見、ジャファはスタラーデに目を向けた。

「でも兄さまからもらった薬もとても効いたの。兄さま薬まだある?」

 スタラーデは勝ち誇ったような笑みを小さく浮かべた。

「あるよ、あとで部屋に取りにおいで」

「あとで? 今は?」

「今はだめだ」

 ジャファはスタラーデの腕にくっつく。

「今欲しい」

「あとで」

 スタラーデはジャファの耳に、両親に聞こえないように囁いた。

「ジャファール、薬が欲しかったら約束して。明日はまた園遊会がある。施療院や法律のことなど、なにを聞かれても、兄さまの助言のおかげです、と言うんだ」

「兄さまの助言のおかげ?」

「そう」

「分かった。約束するから、薬、今もらいに行っていい?」

 スタラーデはしつこいジャファを宥めるようにして、二階に上がる階段を上る。

 兄と妹の会話が聞こえていない両親は、カストールとリゲルが肩を並べて二階に上がるのを見て顔を見合わせた。

「カストールがここ数日とても心配していたことを、リゲルに言い忘れたわね」

「なに、親が言わなくても自分で言ってるだろう。カストールは妹思いだ」

「それもそうね」

 侯爵夫妻は顔を見合わせて自分たちの部屋へと足を向ける。

 その両親の会話は知らず、スタラーデはマホガニーの机から、引き出しの鍵を開けてカジュンガグラスの小瓶を出してジャファに手渡した。

 ジャファは、新しくもらったそのカジュンガグラスの小瓶を眺めてスタラーデに微笑を向ける。

「ありがとう」

「飲んでごらん」

 スタラーデがなにを言っているのか分からず、ジャファはスタラーデを見つめた。

「あんまり頻繁に薬飲むなってリリアナに怒られちゃったし、最近、薬飲むとくらくらして記憶がなくなることがあるから、寝るときに睡眠薬で飲もうと思う」

 微笑して、スタラーデはベッドにジャファを座らせた。

「大丈夫、飲んで寝てしまっても兄さんしかいないよ」

「ティーキムも薬を飲み過ぎたんじゃないかって、心配してた」

「じゃあ薬は要らない?」

「い」

 ジャファはスタラーデに小瓶を取り上げられて手を伸ばす。

「いる!」

 小瓶に手を伸ばし、ジャファはスタラーデに縋りついた。

(一本目の薬は、偶然かもしれない。でも二本目の薬は、スタラーデが薬を持っていることが偶然じゃない証拠になる)

 スタラーデはジャファの手が届かないところに小瓶を離してから蓋を開けてその蓋を放り出し、空いた手でジャファを捕まえて薬を飲ませる。

「欲しかったのだろう?」

 強烈な甘みがジャファの喉を通り過ぎた。

 スタラーデはジャファの腰を抱き寄せて囁く。

「ティーキムと言えば、ヴェルタネンデの諸侯や商人にバラカとの交易と、バラカ産の交易品の取り扱いを禁止すると命が出たらしいよ、バラカワインが手に入らなくなるのは惜しいとおまえからティーキム殿に伝えてくれないか? ティーキム殿はおまえに甘いから交易を再開してくれるかもしれない」

 全身に鳥肌が立って、ジャファはスタラーデの腕に爪を立てた。

「ティーキムは俺がなに言ったって、それでヴェルタネンデのやり方を変えたりなんかしない」

「伝えるだけ伝えてくれてもいいだろうに」

「兄さんなんで自分で言わないの?」

 スタラーデは薬の小瓶をジャファの前でちらつかせる。

「ジャファール、頼む」

 笑みを浮かべるスタラーデの前で、ジャファは首を振った。

「ティーキムには、それ言わない。ティーキムにはティーキムのやり方があるんだ」

 ジャファの反論を聞いたスタラーデは、一度大きく息を吐いてから薬の瓶を放り出してジャファをベッドに突き飛ばす。

「まったく腹立たしい」

 スタラーデは自分の砂時計をジャファの目の前に出して見せた。

「時間がなくなってきたんだ。そろそろ父上殿からフォルクサンを譲ってもらえないと困る」

 この数週間でスタラーデの砂時計の砂はかなり下に落ちた。

 砂時計の砂が急速に下に落ち始めたのは、ジャファールがティーキムと近付き、自分の考えを持ち始めたころからだった。

 施療院の案が出た頃からはその砂が落ちる速度がさらに上がった。

「おそろい」

 ジャファは小さく笑って自分の砂時計を取り出す。

「俺の砂時計もあとちょっとだけ」

「そんなことは訊いていないんだ、ジャファール」

 スタラーデはジャファの金髪を掴んでベッドから引きずり起こした。

「王墓からなんの課題も与えられていないおまえに私の焦りがわかるか?」

「……分かんないよ」

 ジャファはスタラーデに言い返し、困ったような悲し気な表情を浮かべた。

「俺、この国の宰相嫌い。宰相、スタラーデにこの薬売りつけてきたの?」

 スタラーデの目は笑った。

「いいやジャファール。宰相から薬を売りつけられてなんかいない」

「そうなの? それならよかった」

 笑ったジャファに、スタラーデは囁く。

「私が宰相にバラカ王を紹介したんだ」

 ジャファの笑みは凍り付いた。

 スタラーデは続ける。

「ここは過去の世界かもしれないし、同じ過去を共有している異次元かもしれない。どちらであってもどうでもいい。バラカ王は孫が生んだスジェの二皇子をスジェ王にするために金が必要で、宰相は諸侯と違い自治領がないから小遣い稼ぎが必要だった」

 ジャファはスタラーデに髪を掴まれたまま、スタラーデを見上げた。

「フォルクサンを統治するのに、それ、関係ある?」

「ないと思うのか?」

 スタラーデはジャファの目を覗き込む。

「だって、来年のワインは今年より良くなるってシャトーのみんな言ってた。毛織物も薄く軽くしたら、冬支度のときにもっと売れるよ。施療院のお医者さんたちは、フォルクサンにも持ち回りで駐在してくれるって約束してくれた。大学団のオルジェン先生や弁護士の人たちも、色んな契約書のお手本作ってくれたじゃない」

 ジャファは薬が効くまでの頭がクラクラした状態でスタラーデに言う。

「フォルクサン、ヴェルタネンデみたいにはならないけど、今年より来年のほうが良くなるのに、なんでバラカのお金と宰相のお小遣いをスタラーデが気にするの?」

 砂時計がふたつ、ジャファの目の前に並んだ。

「ジャファール、残る時間はほとんど同じだ」

「うん」

 朦朧とした様子でジャファは頷く。

「私は今みたいに頭が回って色々なことに気が付くジャファールより、前のジャファールが愛らしくて好きだよ」

 スタラーデの言い方に、ジャファは邪気のない笑みを帰した。


 *** *** *** *** ***


 侯爵家の園遊会

 リリアナはジャファの腕が赤く擦り切れているのを見て顔をしかめた。

「長めの手袋使いなさいよ。目立つじゃないの」

「一本目は誰かが薬にヤンジェングルのケシを混ぜたものを、スタラーデがたまたま、どこかでもらって持っていたんだと思いたかったから、二本目があるか訊いたの」

 ジャファは木陰に座り込んで、膝に顔をうずめる。

「……あなた自分でそれを訊いたの?」

 リリアナの詰問に、ジャファはこくこくと頷いた。

「なんでそんなことをするのよ、もう!」

 怒り気味に言いながらリリアナは自分の手袋を外して「リゲル」の手に嵌めさせる。

「それで、確かめたかったことは確かめられたの?」

「確かめた。カストール兄さまが、バラカと宰相を繋いで、宰相の汚職に手を貸したって」

 リリアナは頬を引きつらせた。

「それは本当なの?」

「兄さまが自分で言った」

 ジャファはリリアナを抱きしめる。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「なにを謝るのよ」

「リリアナの叔父さんを地下牢に入れたの、きっと、兄さまだから」

 リリアナはジャファを引き剥がす。

「いいこと、今みたいなことは殿方がしたら、袋叩きに遭うのよ」

「はい」

 ジャファはリリアナのお説教を聞いて素直に頷いた。

「腕の痕、どこかに自分で腕を縛って薬を我慢したのね? 救貧施療院に入院した中毒患者を、お医者様たちがそうやって薬から引き離していたわ」

 柔らかくジャファを抱きしめて言うリリアナに、ジャファは調子に乗った。

「リリアナに褒められた?」

「そうね、今のは褒めたと言ってかまわない」

 それからリリアナは小さく鼻を動かして、ジャファに言う。

「スズランの香水、あとで私のを半分あげるわね。折角のタルシャが勿体ないけど、ケシが混ざった香水よりいいわよ」

 ジャファは頷いた。

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