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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(33)バルナガラン/ケシの気配

「侯爵様の救貧施療院じゃ、小間使いのかたわら読み書きを教えてくれるんだってさ」

 第八環状の親たちは、そんなことを噂していた。

 読み書きができれば底辺の仕事から抜け出すことも夢じゃない。

 自分にその機会がなかったとしても、子供にその機会があるなら、つかみ取りたい。

 そんな希望が、第八環状や第九環状に住む親たちの一部に芽生えた。

 地方から、奨学生として支援が受けられるなら医者になる夢が叶うと言って救貧施療院を訊ねる若者も出てきた。

 法学の学生たちの伝手で、労働災害に対する裁判で市民に味方する弁護士や検事も、わずかではあるが出てくるようになった。

 人の価値観はそれぞれに違う。

 同じような価値観の人間が集まってくれば、おのずとそれがその集団が持つ価値観として成熟していく。

 貧しい者を助けようとする医者、法律家、その恩恵を受けながら、必死に自分が置かれた境遇から抜け出そうとする者、その恩恵をただ当たり前のように受ける者、それもまた様々だった。

「わざわざ地方から王都まで来て、侯爵様の救貧施療院で子供を診察してもらう親もいるらしい」

「そりゃその地方の領主様は恥ずかしいな」

「なんでだよ」

「自分とこの領民がわざわざ別の領主様が開いた施療院に行くんだろ? 自分じゃやってねえって丸バレじゃねえか」

 第八環状の労働者のなかには、第九環状の貧民が施療院に来ることを快く思わない者もいた。

「働かねえくせに医者にはかかりたいって言うんだよ。図々しい」

 警邏隊長のバルナガランもそうした言論の持ち主のひとりだった。


 *** *** *** *** ***


 日が落ちてランプの明かりで照らされた酒場で、木製のジョッキを手にバルナガランは悪態をついた。

「なにが救貧施療院だ! なにが弱者救済だ、偽善者め!」

 酔っぱらった権力者に近寄りたい者はそういない。

 労働者たちはバルナガランや、その取り巻きの警邏隊員たちを遠巻きにし、あるいは勘定を済ませて店を出て行った。

「警邏隊の旦那」

 宰相の荷馬車で護衛をしていた男が、バルナガランに声をかける。

 バルナガランは男を見上げて鼻で嗤った。

「チビにナイフ取り上げられて、ずいぶんと無様ぶざまなところを市民に見られたよなあ? おまけに積み荷は破損、ジジイには訴訟を思いとどまるよう示談金を渡すハメなっちまった。あのチビひとりのせいでな!」

 男は鼻を鳴らす。

「あのチビがどこの誰だったか突き止めたんじゃねえのか?」

「無理だ。第一環状の王宮通り、第八環状の警邏隊長が威張りちらして手を出せるようなご身分の相手じゃなかった」

 バルナガランとしてはそれがまた悔しい。

 本来ならば、あの子供がバルナガランの登場に狼狽え、怯え、泣いて謝るはずだった。

 それなのに大学団の研究室で、自分があの子供にやられたのだ。

 彼は、バルナガランに言ったのだ。


 バックに宰相がいても、自分はおまえを潰せる階級にいる。


 そうバルナガランを脅した子供がいる侯爵家が、自分が管轄する第八環状に救貧施療院を作り、第八環状の市民に「侯爵家に守ってもらえる」という誤解を与えている。

 それはあるいは、誤解ではないのかもしれない。

 バルナガランにとって正義とは強さであり、どれほど理不尽であっても、どれほど法律が許す範囲を逸脱しそうになっても、より強い者さえ背後にいてくれれば自分が悪だ罪だと認定した者に対して何をしても許されるものだった。

 振る舞いがどうであれ、強い者の振る舞いこそがその場の支配的な正義になる、それがバルナガランがずっと拠り所にしている「正義」であり、弱者には理解されなくても仕方のないもの、その第八環状区の強者、正義の執行者として傲慢に振舞ってきたバルナガランの前に立ちはだかった侯爵家は、第八環状区に住む一般的な市民にとって正義になり得る。バルナガランの脳内世界では、物事はそう進むものだと推論された。

 そうしてふと思いついた。

 侯爵が失脚すれば、宰相にとって目障りな上位貴族がひとつ消える。

 どんな手を使おうが、勝利者こそが力ある者なのだ。

 酒が回った頭でまともな考えが浮かぶはずもないが、「反撃者」としてのバルナガランには侯爵の失脚は名案だと思われた。

 自分は正義でなければならないのだ。

 正義の座から蹴り落とされた途端、自分はこれまで自分が虐げてきた市民に袋叩きにされるに違いない。自分の妻子もまた同じように虐げられるに違いない。

 侯爵家の少年には、自分が警邏隊長であることがバレている。

 少年は侯爵家の権力で自分を潰しに来るはずだ。

 酔っぱらったバルナガランはガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

「おい」

 宰相の荷馬車を護衛していた男に声をかけ、バルナガランは目を眇める。

「会わせろ」

「なんだと?」

「宰相に会わせろ」

 男がバルナガランを睨み付ける。

 警邏隊の男たちは男を囲んでめいめいにサーベルを抜いて男をけん制しようとしたが、男はそんなもの怖くはないとでも言うように警邏隊の男たちを眺めまわしてから、またバルナガランに目を戻した。

「バルナガラン、おまえ自分が何者か勘違いしてるんじゃないか?」

「なに?」

「おまえの好きに宰相に会えると思ってるのか?」

 バルナガランは男の言葉が理解できず、目を眇めた。

「おまえは警邏隊の犬だ。半野良が宰相邸の門前にロープで繋いでもらっただけで浮かれてるんじゃねえ」

 男の言葉に、バルナガランは酒でもやがかかった思考をはっきりさせようと目を閉じて頭を振り、それから「半野良」という言葉が真っ先に理解に到達し、反射的に隣にいた部下のサーベルを奪い取った。

 鈍い音と男のくぐもった悲鳴に、酒場の従業員や客が悲鳴を上げ、警邏隊の男たちがバルナガランを見つめた。

「隊長、あの……」

 バルナガランは周囲を睨みまわす。

「第八環状区は」

 ふらりと立ち上がり、血塗れで、バルナガランは男の体からサーベルを抜いた。

「俺が法律だ!」

 酒場を出て、バルナガランは夜の道をモノトーンに照らしている月を見る。

「チッ」

 バルナガランは道に停まっていた馬車の車輪を蹴ってサーベルを投げ捨てた。


 *** *** *** *** ***


 スタラーデはリリアナに声をかけられて新聞から顔を上げた。

「ときどき、ひどくそわそわしているのです」

 スタラーデは首を捻る。

「なんの話?」

「リゲル様」

「リゲルがどうかしたのか?」

 リリアナは首を捻る。

「落ち着きがないわ。私が嫌味を言っても気付かないことがあるぐらい」

 小さく笑って、スタラーデはリリアナの手に手を添えた。

「リゲルに落ち着きがないのは前からだ。以前だって、なにかあるとヴェルタネンデに買い物に行くと思い付きで出掛けてしまったり、大学団の先生に会いに行くと言って暗くなるまで帰ってこなかったりしたじゃないか」

 リリアナは「ええ」と頷いたが、それからふとスタラーデの部屋を見回して目を細める。

「におい」

 スタラーデは「なに?」と首を傾げ、新聞を置いた。

「何でもないわ。新聞を読んでいたのにお邪魔してごめんなさい」

 そう言って部屋を出ていったリリアナを見送って、スタラーデは「におい」と小さく繰り返して呟いた。

「ヤンジェングルのケシに気付いたのか? リリアナはヤンジェングルのケシを知らないはずだが」

 少しずつ、少しずつ。

 スタラーデは小さく笑う。

「兄と同じことをするからだ、ジャファール。おまえも、おまえの兄と同じで私を無能と嘲る。救貧施療院、毛織物の産業化、チャリティバザー、法律の整備。市民の権利に農奴の権利? そんなことを言い出したら政治が愚民の祭典に乗っ取られるだけだ。正しい判断ができるから貴族は貴族たり得る。そのはずなのに、なぜだ? 救貧施療院には各地から医術を志す若者が集まる、大学団には優秀な弁護士や検事が議論に来る、チャリティバザーではあいつが救貧施療院の取り組みを紹介したのをきっかけに、次々に夫人たちの施策自慢が始まった」

 ジャファが救貧施療院設立の資金を集めるために始めたチャリティバザーは、いつしか何か月かに一度、第一環状の夫人たちが自治領の施療院や孤児院でどのような取り組みを取り入れているかを自慢する催しになり、シャタンカル以外からも富裕層の夫人たちも集まってきて都度開かれる医者たちの講習会を聞いたり、その支援として寄付を行うのがひとつのステータスとして成立した。

 それを面白くない活動として敵視する者は、ほとんどが他人を虐げ、労働を搾取することに罪悪感を抱くこともないような者たちだった。

 スタラーデにとって苦々しいことに、自分は他人を虐げ労働を搾取することに罪悪感を抱くことはない者の仲間だが、今その自分たちは、第一環状のなかでは卑しい感性の持ち主という集団として括られつつあるという現実がある。

 ここはタリヤでもアーケリでもない。

 鉄の大陸、人が人を支配する世界、ヴェスタブールだ。

 タリヤやアーケリならば、スタラーデにはエクセン・ドラン、最上級の六心龍だという揺るぎない絶対的な優位性があるが、カストールはただの人間であってその優位性はない。

 カストールは侯爵家の長子であり嫡子である、そのことがカストールの立場を上流の特権階級に留めているというのに、ジャファールが「特権階級の人間は中間層になれない下層の人間を守り、その子供が中間層に溶け込めるようにしていくことが美談になる」という流れを作ってしまったせいで、特権階級の夫人たちはいかに自治領の慈善活動に意欲的に取り組んでいるか、子供たちの将来を憂いているかを競い、そこに溶け込めない人間を「時代遅れ」とか「保守的だ」と蔑むようになった。

 だがその資金の流れが中間層のなかでも下位の労働者や、これまで消費活動に参加できなかった下層の人間に対する消費を促したことで、金銭の流れは大きくなった。

 それを面白くないと言うのは、これまで下級の労働者や下層の人間を「自分よりも劣るもの」として侮蔑してきた中間の中流層だった。

 タリヤの公邸で公子だ王子だと持ち上げられてきたスタラーデにとっては、これ以上にない屈辱だった。

 タリヤの次期領主、バルキアの頂点に君臨する特権階級にいるはずの自分の感性が、シャタンカルの中間層の中流程度だと嗤われているに等しいのだから。

 すべてはジャファールのせいだった。

 部屋の扉をノックする音にスタラーデが振り返ると、侍従が扉の外から声をかけてきた。

「坊ちゃま、お客様です」

「通せ」

 スタラーデは新聞をテーブルに置いて客人を待った。

 来客は目深につばの広い帽子を被った男で、スタラーデの前に来て、部屋の扉が閉まるのを待ってから帽子を脱ぐ。

「宰相閣下から侯爵令息ご所望の品があると伝言をいただいたので、お持ちしました」

「ありがとう」

 帽子の男はスタラーデの前に瓶を出して、ずいと差し出した。

「ヤンジェングルのケシから加工した香水です、間違いなく高純度ですよ」

 男が戸惑いを隠せない様子でスタラーデをちらりと見る。

「ただ、売り手からの忠告を、伝言として預かっております」

「言ってみろ」

 スタラーデは男に促した。

 男は浮かない表情で、目を細めて口を開いた。

「普通の人間に使えば数日もかからず気が狂って死んでしまうような濃さですから、扱いにはくれぐれも気を付けてくださいますように」

「心得ている」

 男はスタラーデの返事を確認してから、もうひとつ、付け加えた。

「殿下がエニシャ王としてタリヤに戻られるのをバラカ王族一同、お待ちしております、だそうです」

 スタラーデは頷き、男を帰す。

 リゲルの侍女を呼んで彼女に薬を渡したスタラーデは、それをリゲルの香水に混ぜてくれと告げた。


 *** *** *** *** ***


 タリヤの公邸は、静まり返っていた。

 肩を落としたタリヤ公は、それでもどうにか顔を上げて来客たちを眺めまわして声をあげる。

「高慢な子ではない、ただ状況が悪かっただけです」

 デイジェンはぐっと眉間に皺を刻んでタリヤ公に視線を向けて圧倒し、それからビジューを振り返った。

「どうにか干渉できないのか?」

 ビジューが首を振る。

「この模型は、王墓から繋がったヴェスタブールの過去を見せているだけです。その証拠にジュジェン様がまだティーキム王子としてヴェルタネンデにおいででしょう」


 白髪のカヴェイネンは複数の模型に映し出された過去のひとつ、黒髪のまだ若かった自分に目を向けた。

 黒髪のカヴェイネンは、リゲルの忠告によって密輸品の取り締まりを強化したティーキムの横に立ちながら、忠告者だったリゲルがときにヴェルタネンデに来ては武術の訓練に参加したり、情報を置いて行ったりするのを眺めている。

 スタラーデとジャファを見比べながらリゲルのことを思い出し、ふと、練武場でリゲルがよろけたのを見てハッとした。

 カヴェイネンが肩を震わせたことに気付いたのは、左肩にいたピンだった。

「旦那、どうなさったんです?」

「侯爵家で甘やかされたお嬢さんなのだから、練武の間に立ち眩みがあっても当然だとばかり思っていた」

 そう呟いた白髪のカヴェイネンの前で、模型のなかを歩き回る黒髪のカヴェイネンはよろけたジャファに言った。


「だからお嬢さんには無理だと言ったでしょう。自分で武術をやろうなどとせず、きちんと護衛を付ければいいんです」


 黒髪のカヴェイネンは水を渡してリゲルを抱え上げ、練武場の端にある日陰にリゲルを置いた。

 ピンは模型から顔を上げて白髪のカヴェイネンを見上げる。

「ジャファがどんなにお転婆でも、リゲルがお嬢さんなのは間違いないですよ」

「違うのだ、ピン、リゲル嬢はこのとき「兄からもらった薬があるから」と言った」

 イェジンがカヴェイネンを見、カヴェイネンはイェジンを見た。

「私は、彼女の異変を見逃していたんです」


 *** *** *** *** ***


 ジャファは自分の意のままにならなくなってきたリゲルの体に首を捻りながら、日常を過ごしていた。

「羊毛の布はヴェルタネンデで売ってもらうにはもっとこう、軽くて柔らかいものにしないと。狩りのテントやコートにするのに、シルクやコットンより水を弾くけど、それだけだと今までと変わらない」

 ぶつぶつ言いながらふと頭が動かない感じに苛立ち、ジャファはスタラーデにもらった薬の瓶を手に取った。

「兄さんは、なんでもオミトオシなんだって」

 頭が動かないのは疲れているのだろうとスタラーデは言った。

 スタラーデは、気付け薬だからときどきお茶に入れて飲むといいと、エニシャ産のキレイなガラスでできた小さな瓶で薬をくれた。

 王宮の地下牢で働く者たちから、リリアナの叔父という人が生きていることは確認が取れた。リゲルとリリアナが、冤罪なのだと説明したことで地下牢で下働きをしている者たちは彼女たちに同情的になり、ときどきリリアナの叔父との手紙を仲介してくれるようになった。

 冤罪の証人は宰相の邸に出入りしている人間で、リリアナの叔父とはそれまでなんの接点もなかったという証言、冤罪の証人になったその一時期、金遣いが荒くなったという周囲の話も集めた。

 リリアナが「あと一押し分の証拠が欲しいわ」と呟き、ジャファも頷く。

「リゲル」

「うん」

「カストール様の薬はもちろん効くのでしょうけれど、ときどき目がどこを見ているのか分からないときがあるわ。薬に頼るより、きちんと寝たほうがいいわよ」

 ジャファは朦朧とした頭でリリアナの忠告を聞きながら、頷いた。


 第四環状にある造船所で重労働に携わっているという男が泡を吹いて救貧施療院に運び込まれたという連絡をもらったジャファは、若い医者の厳しい表情に出くわして立ち止まる。

「ご懸念の症状がある者が出始めました。思考力の低下、痛覚の麻痺、患者の申告で、その患者が使っているという薬を与えると、一時は思考も明晰で活動的な状態に戻りますが、痛覚は鈍ったままで、一定の間隔を置いたあと、活動量が落ちます。薬が抜けてくると継続的な投与を求めて暴れるのもいただいた情報の通りです。そのときには仕方ないですが、指示にあるとおり手足を拘束するしかありません」

 ジャファは説明を聞いて目を伏せ、顔を覆ってうずくまった。

 思考力の低下、痛覚の麻痺、気付け薬に頼る状態。

 ヤンジェングルのケシが使われたら、なにが起きるかをティーキムを経由してエルバハンの父から教えてもらった。

 教えてもらった情報は中毒者への対応策として施療院の医者たちに渡した。

 自分が聞いても、どのようなことが起きるのか理解できないに違いないと思って、内容は聞かなかった。

 スタラーデからもらったクッキーは、慣れない妙な味がした。

 好きではない、妙な、甘い香りだった。

 リリアナに、「お揃いのスズランなのに、このところ香りに少し違う匂いが混ざっているみたい」と言われた。

 考え事がまとまらないことが増えた。

 ノートを書くにも指先の間隔が狂うことがあった。

(兄さんはなんでもオミトオシ?)

 ジャファは顔を上げる。

(あの薬に入っているのは、ヤンジェングルのケシ?)

 薬をくれたのがスタラーデだと思うと、スタラーデに相談することはできない、そのぐらいのことはジャファにも考えついた。

「ありがとう、同じような患者がどれぐらい出るか分からないけど、治療をお願いします」

 侯爵令嬢の笑顔を見て、医者たちは頷いた。

「ヴェルタネンデに用事があるので、シャタンカルを少しまた留守にします。なにかあればリリアナ嬢を頼ってください」

「分かりました」

 頷いた医者にもう一度笑顔を見せて、ジャファは邸に戻る。


 邸に戻ったジャファは開口一番にカラスに声をかけた。

「ヴェルタネンデに行く! ティーキムに会う!」

 カラスがびっくりしてから笑顔を浮かべた。

「またカヴェイネン様にお菓子を用意いたしますか?」

 ジャファは「そうね」と笑った。

「ピンのために、ナッツをたっぷり」


 白髪のカヴェイネンはちらりとピンを見た。

「そこにいないけど、愛されてる」

 ピンがカヤネズミ然とした満足げで恍惚とした表情で言うのを聞いてから、カヴェイネンはまた過去に目を戻す。

「うちの妻はこの頃からずっと、ナッツが私の好物なのだと信じて、ケーキにもクッキーにもサラダにもナッツを入れる」

 ピンとアルタンはカヴェイネンを振り返った。

「カラス殿はカヴェイネン殿の奥方になったんですか」

「毎度、来るたびに菓子を差し入れてくれるのは、カラス殿の好意だと思ってだな」

 ピンとアルタンがカヴェイネンを見る視線が、憐れみに変わった。

評価くださった方、ありがとうございます。

いただいた評価を励みのひとつに、文章を推敲しながら続きを書いて行きます!

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