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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
35/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(31)ジャファールと「ジャファール」

 イェジンはなんと言えばよいか少し考え込んでから、「ふう」と息をついた。

「私はなにも存じません。このジジイが承知しておるのは、あの子がジャヒーア姫の紋章が刻印された腕輪を、母の腕輪だと言って取り返しに来たことと、そのジャヒーア姫が施したのであろう封印が四肢を縛っていること。アーケリの術をなんらか知っている者でなければ封印を解けないであろうということ。この三つです」

 それを明確にしてから、イェジンは静かにタリヤ公に言う。

「あの子をスタラーデ殿から隠していたとは、存じませんでした」

「イェジン殿、あなたはなぜ、私がスタラーデからジャファールを隠していたと思われるのでしょうな?」

 ほんの少しの沈黙のあとに、タリヤ公はイェジンにそう返し、人のよさそうな笑みを浮かべた。

 イェジンはタリヤ公に訊く。

「あなたはジャヒーア姫の『協力』でジャファールにアーケリの封印が施されたことまで知っていながら、ご子息にはそれを言わなかった。隠していたと感じたのは、勘に過ぎませんよ」

 タリヤ公は首を振った。

「勘、か」

 イェジンは頷く。

「ジャファールがもう一度自分の前に姿を現すと知ったら、息子がなにをするかぐらい想像がつく」

「ご子息がなにをすると思われる?」

 好奇心から湧く喜悦を表情に滲ませたのはデイジェンで、その横でビジューが「ダメですよ殿下」と声をかける。

「うん?」

「なにか事件だとお思いになったでしょう」

「思った」

「他国の話ですからね」

「王妃選定に必要な情報だ」

 その場の誰もが、デイジェンが明らかに楽しそうであることに困った表情を作った。

 ビジューはため息をついてから、口を開く。

「恐れ入ります、タリヤ公」

 タリヤ公は顔を上げた。

「なんでしょう」

「エニシャの法では報復を行うにも『相応』まで、過度の報復は品のないことと批判されるものと伺っております。イブレイム殿がご子息の仇を討つとして、参考として、どんなことがあると思われるのかを少しばかりご教示いただけませんか」

 ビジューの質問にタリヤ公はしばらく言葉を探してから頷く。

「ジャファール殿の香炉にヤンジェングルのケシを混ぜたのはスタラーデで間違いございません。ただ関係が逆で、バラカ候に頼まれてのことではなく、スタラーデがバラカ候に強い物をと頼んだのだとバラカ候の証言があった。その後にバラカ候から見せられたのは、薬漬けで自我をなくした甥と、その従兄を慈しむような表情で虐げ、蹂躙し、傷付け、心臓を抉る我が子だ。私は兄にバラカ候の愚行だと告げたが、抉り出した従兄の心臓をバラカ候と親しい六つのオアシスに送り付け、バラバラにした死体を洞窟や遺跡に隠したのも、実際のところはスタラーデだった」

 白髪のカヴェイネンはビジューが自分の娘が庭で芋虫を食べるスズメを見つけたときに見せたのと同じような、つまり「心底、気持ち悪いものを見た」という表情を浮かべたのを見て、ピンとアルタンを見た。

「思っていた以上に気が触れた裏話だった」

 ピンとアルタンはカヴェイネンの困惑に同調するように頷いた。

「タリヤ公」

 恐る恐るビジューがタリヤ公に声をかける。

「そのような行い、スジェでは一般的に猟奇殺人と申します。あなたはその猟奇殺人犯をスジェの後宮に、王妃として寄越そうとなさっていらした?」

 タリヤ公は「申し訳ない」と床に突っ伏した。

「いつバラカ候が事実をイブレイム殿に告げるか分からなかった。本当のところをイブレイム殿が知れば、スタラーデがどのような辱めを受けた上で殺されることになるかがなんとも怖かった。スジェに嫁げばエニシャの法は届かなくなる、イブレイム殿が法的に行うことが許される復讐からも守られる」

 ビジューが恐怖を顔に張り付けたような表情でデイジェンにくっつく。

「子が子なら親も親ですね」

「受け入れていたら間違いなく後宮で猟奇殺人が起きていただろうな」

「きっと螺珠らしゅ様が標的にされますよ」

 デイジェンはビジューを見る。

「螺珠殿とスタラーデ殿ならどちらが強いと思う?」

「螺珠様です。年季と恨みつらみの深さが違う」

 ビジューがデイジェンに囁いたのを、カヴェイネンの横で通訳が簡単に囁いた。

「螺珠殿とは?」

「スジェの第一地公です」

 カヴェイネンはよくわからないままで「なるほど」と理解した振りだけした。

 タリヤ公は「息子は」と慌てた。

「普段は優しい子なんです、カストールも面倒見はよいでしょう? リゲルを気にかけているように、人を気に掛けることができる子です」

 デイジェンとビジューはまったく同じタイミングで小刻みに首を振った。

「そのリゲルはたった二十タパカでティーキムのところに嫁に行け、情報を取ってこいと言われていただろう」

「それを面倒見がよいと申しますか?」

 デイジェンはビジューに顔を向けた。

「おまえの親であればなんと言うと思う?」

「そんなのうちの母なら「従弟すら買いたたく人でなしか」と言うところですよ」

 デイジェンは頷く。

「私の母もそう言うだろうな」

 デイジェンはおもむろにタリヤ公に向かって咳払いした。

「スタラーデ殿の輿入れは申し出をなかったことにしていただいて、ジャファール殿をスジェにいただけるようにイブレイム殿へ使いを出していただきたい」

「ああ……あー……イブレイム殿に……」

 退路がなくなったと言わんばかりに、タリヤ公はがっくりと肩を落とし、別の口実を探して視線を彷徨わせ、思い付いたように顔を上げる。

「ジャファールがスジェに嫁いでしまったら、その、エニシャは王太子がいなくなる……ので……」

 デイジェンが首を振った。

「スジェ王族として申し上げるなら、エニシャの王太子がいなくなろうが我々の知ったことじゃない、どうでも良い。我々が欲しいのは、エニシャから来たペクタ種の王女がボロボロにしたスジェの後宮に、真っ当な倫理観を持って輿入れできるエクセン種の王子だ」

 タリヤ公とデイジェンの会話を聞くカヴェイネンもビジューのような心底の嫌悪まではいかずとも気が遠くなりそうだった。

 彼が言う「スジェ王に嫁ぐ」ということは、スタラーデとジャファのどちらかが自分の主であったティーキムと同じ魂を持つ王の妃になるということだが、カヴェイネンとしてもスタラーデが過去になにをしでかしたか知った今、スタラーデはお断りしたいとしか思えず頭を抱える。

「そうするとジャファなのか?」

 しかしリゲルを知っていると、彼女が後宮でおとなしくしていられるとも思えない。

 そのカヴェイネンの隣でアルタンがぼそりと小さく唾棄するように言った。

「タリヤは親子揃って被害者面が上手い。エルバハン公は報われないな」

 イェジンがひとり眉間に皺を寄せ、ぽつりと小さく「エニシャの王太子?」と呟くも、それは誰にも拾われることなく、イェジンの口から出て三寸もしないところに消える。

 短いあいだではあるが、誰もが、思い思いに思案に耽っていた。


 *** *** *** *** ***


 エルバハンの青空を頭上に頂き、馬を走らせて龍たちは地上を駆ける。

 人込みを掻き分けて路地を抜けた先、背の高い男が埃避けに口元に巻いていた布を肩に落とした。

「ジャファール! どこに行った小僧!」

 井戸を挟んだ家の夫婦が顔を覗かせて男を見上げる。

「イブレイム、あんたの息子ならどこだかの商隊が小銭稼がせてくれるって言って出掛けて行ったが、手紙もなにもなかったかい?」

「小銭稼ぐだって?」

「そう。半月ぐらい前じゃないかね?」

 イブレイムは「あの野郎!」と頭を抱えた。

 後ろからイブレイムを追いかけてきた男が小さく「主」と声をかける。

 イブレイムは男をちらりと振り返った。

「やっと右腕を見つけて帰ってきてみればこれだ」

「チビ様を放置しすぎです。切り刻まれて欠けた体が揃っていないせいで不完全な王子をご覧になるのはお辛いと思いますが、ペクタやクアンツに食われていないだけでも幸いでした」

 そう言った男に、イブレイムは眉間に皺を刻んで見せる。

「それが納得いかん。ペクタやクアンツどもがエクセンの王子を殺してオアシスの王や領主を名乗ることはこれまでもあった。だがほとんどは戦争でその領地を奪ったうえでのことであったし、そうやって殺された王子はだいたいが食われて、親族は悲憤を抱えつつ骨を奪い返すぐらいしかしなかった。ジャファールは、切り刻まれて壺に入れられているというのに、鱗を剥がれたり肉を食われたりした傷はなにもない」

「あと、足りないのは?」

「頭、それに三の心臓。」

 イブレイムはジャファに与えていた家に足を踏み入れて窓を開けた。

 盗賊という名目でエルバハンの王宮には入れずに市井に連れてきたアーケリの王女ジャヒーアは、この水場もない小さな中庭で、切り刻まれて揃いきらない「ジャファール」の体が入ったカジュンガグラスの壺を眺めて表情を険しくして、ひとつひとつを丁寧に見た。


「男の腕、女の手、女の髪、男の足……体の情報と、体を動かす二の心臓と四の心臓の情報は一致していて、二の心臓は男の、四の心臓は女の……死んでからではなく、生きながらひとつひとつ体を失っていくなんてスジェの拷問でも聞いたことがない」


 それから刻まれたその四肢や内臓を眺めていたジャヒーアが、ふと呟くように言った。


「六心の王子がこんなにきれいに刻まれているのに、ない」


 ジャヒーアは、男の姿で切られた部分と女の姿で切られた部分があるからには、生きたまま切り刻まれたはずだと言った。

 それなのに、手足には縛られた痕がない、と。

 六心の王子が四肢を切られても、そう簡単に失血死はしないという。

 頭と心臓すべてが切り離されるまで、生きていただろう、とジャヒーアは言った。

 不完全な「ジャファール」を生き返らせはしたが、頭と心臓がいくつか足りず、小さなジャファールはバカだった。

 殺される前のジャファールを思い出すにつけ、欠けた体が揃わないせいで大人にならない小さなジャファールを見るのが嫌だった。

 ジャヒーアは市井の子供そのままに屈託なく自由に飛んだり跳ねたりするジャファールをときに鬱陶しいと言った。

 それでも小さなジャファールには、ここにしか居場所はない、そのはずだった。

 小さなジャファールの面倒を見ていた夫婦が、イブレイムが中庭にいるのを見つけて頭を下げ、イブレイムは目を細めてふたりの姿を確かめてから駆け寄る。

「ジャファールは」

 勢いよく問うたイブレイムを前に、夫婦は困ったように顔を見合わせてから、口をつぐんでイブレイムの反応を待っていた。

 彼らが待っているのは金だった。

 犯人が分からない中、タリヤの弟は、地龍は人のなかに六心の子供を隠すのだそうだとそう言った。その提案を聞いて市井にジャファールを置くことに決め、ジャヒーアの横で乳母代わりに子供を預かると申し出てきたクアンツ・ドランの夫婦を見つけた。

 夫婦はイブレイムとジャヒーアの正体は知らず、ときに宝石などを褒美に与えるのをどう勘違いしたか、ジャファールに「親父さんは盗賊なんだ」と吹き込んだ。

 訂正するのも面倒で、イブレイムは衛兵を組織して「盗賊団」を作り、宰相にエルバハンの統治権を委ねて残りの体を探すことにした。

 それは、最初に取り戻したいくつかの部位や内臓で作りなおした幼いジャファールが、おとぎ話に登場する盗賊を想像したのか「お父さん盗賊? かっこいいお話しに出てくるね」と言ったせいだった。

 もっとも、年を追うごとに、ジャファールは「盗賊」という父の仕事に不満を覚えたらしく反抗期に突入していったが。

(次に会うときには、冷たい言葉をかけないようにせねばと思いながら、好きそうな土産物も選んできたというのに)

 そんなことを考えながら、イブレイムは金にルビーを嵌めた指輪を外して夫婦に差し出す。

「半年分ぐらいにはなると思うが、どうだ」

「ジャヒーア様がいなくなってからジャファールひとりだったのを、面倒見たんですよ」

「アーケリ産のルビーだ、不足はなかろう」

 きつく言うイブレイムに困ったような表情を見せ、それでも仕方なさそうに夫婦は妥協して頷いた。

「リュヌ商会って言ってましたよ。スジェまで行くんだそうです」

 イブレイムは頬を引きつらせた。

「スジェ!」

「ええ」

「イェジンめ!」

 イブレイムは小さな鏡を懐から取り出して、鏡に向かって「イェジン!」と怒鳴った。


 *** *** *** *** ***


 イェジンは袖のなかで跳ねる鏡を取り出し「お」と眉を動かす。

「噂をすれば影というやつか」

 そう言ったイェジンに、鏡越しにイブレイムが怒声を放った。

「ジャファールをどこに連れ出した!」

「ジャヒーアの腕輪を売りに出したおまえさんが悪い」

 沈黙。

「誰が何を売りに出しただと?」

「アーケリ王族の腕輪を封魔具として売りに出しただろう。ジャファールはそれを盗もうとしたのを捕まえただけだ」

 また沈黙。

 カヴェイネンはピンとアルタンと顔を見合わせた。

「知り合いか?」

「まあそんなところです」

 ピンとアルタンは頷いた。

 イェジンの鏡越しにイブレイムは怒鳴り散らし、イェジンは片手で耳を塞いでイブレイムの怒号をやり過ごす。

「イェジン殿は強いな」

「動じません」

 ピンとアルタンは頷いた。

 イブレイムの憤然とした声がひとしきり止んだところで、イェジンはそれでも沈痛な面持ちで「なぜ言わなかった」と小さく告げる。

「なんだ、ジャファールのことをか? もう八十ぐらいになっていてもよかろうとか?」

「いいや、イブレイム殿、あなたの息子が殺されたことを、だ」

 イェジンの声が広間に落ちる。

「ヤンジェングルのケシで中毒にされ、言葉にするのも憚られるような辱めの上で殺されたと聞いた」

 そのイェジンの言葉が消えるやいなや、タリヤ公がイェジンの鏡を叩き落とした。

「そのようなことをわざわざ言わずともよかろう!」

 イェジンがタリヤ公にきつい目を向けて首を振り、鏡を拾い上げる。

「イブレイム殿には、聞く権利がある。そして私には自分がしでかしたことをイブレイム殿に告げる責任がある」

 イェジンは鏡に目を向けた。

「ジャファールは母の腕輪を売り払ったのはおまえさんだと思っている、イブレイム殿」

「それがリュヌ商会にどう関係する」

「私の護衛がジャファールに金を貸し付けましてな、二十タパカ」

「二十?」

「腕輪の代金」

 静寂。

 デイジェンの「コホン」という咳払いが広間に響いた。

「スジェのデイジェンと申します。ジャファール殿のお父上? 後日スジェから正式にジャファール殿をいただきたいと、申し入れをいたしますのでよろしくお願いいたします」

 鏡の向こうでイブレイムがまた顔を真っ赤にした。

「スジェが偉かろうが勝手に人の息子の縁談を決めるな!」


 *** *** *** *** ***


 ジャファは黒髪のカヴェイネンを見て、左肩を軽く叩く。

「カヴェイネン殿、お元気そうで何よりです」

「リゲル嬢も相変わらずで何よりです」

 がっかりしたようなカヴェイネンんを見てジャファは笑った。

「カラス! カヴェイネン殿にお菓子渡して!」

「菓子?」

「カラスが作ったの、お稽古のお礼! 松の実とかカシューナッツとか入れたケーキ」

 そう言ったジャファの横から、カラスが顔を覗かせて大きな籠に入れたケーキをカヴェイネンに差し出す。

「お嬢様がティーキム様に作ったケーキは焦げてしまいましたの。それにナッツが苦手でしたらごめんなさい」

 カヴェイネンはカラスから籠を受け取った。

 籠にかけてある布を捲ると、すっかり冷めたものだというのに甘い香りがほのかに立ち上った。

「ありがたく頂戴します」

 カヴェイネンは籠を放したカラスの手にポケットから銀の飾りを取り出して渡した。

「お守りです。ヴェルタネンデとフォルクサンをよく往復なさいますでしょう? ヴェルタネンデ側で起きたいざこざに兵士が絡んだときは、この飾りを出せばティーキム様の城に連絡が来ますので、使ってください」

 カラスが目を丸くしてカヴェイネンを見上げる。

「ご親切にありがとうございます」

「役に立たないのが一番ではあります」

「まあ! だからお守りとおっしゃったのね?」

 屈託ないカラスの笑みがカヴェイネンに向けられた。


 ティーキムはジャファの話に頷く。

「ならばリゲル嬢、ヤンジェングルのケシはハンジェンゲリのケシと効能が違う?」

「違うのです。ヤンジェングルのケシはもっと強くて、こう、ええと、バラカでは宗教行事に使うことがあって、幻覚を見せるために使ったり、痛みを感じにくくしたりします」

 ジャファは頷きながらバラカでの使い方をティーキムに説明した。

 これは、覚えている。

 父が連れてきた中毒患者たちは、痛みに対して恐ろしいほどの不感症だった。

 それが、ケシの効力がなくなるにつれて幻覚にうなされて七転八倒する。

「バルキアの宰相は、バルキア国内でそれを消費するつもりなのだろうか?」

 ティーキムの独り言に、ジャファは首を捻った。

「どういう意味?」

「いや、痛みを感じない、感じにくいというのはそれを兵士に使わせたら、矢が刺さっても失血死しない限り進んでくるような死兵になるだろう」

「シヘイ?」

「死に物狂いで向かってくる、言ってみれば人間兵器だ」

「シヘイ」

 ジャファは調べる言葉としてメモを書きつけた。

 ティーキムが小さく笑う。

「なんで笑うの!」

「いや、ノートを書くようになったのだなと思っただけだ」

「見ないで! まだ字が下手だから、練習中」

 ひとしきり笑ったティーキムは、その笑声を止めて息をついた。

「ヤンジェングルのケシについて詳しく、中毒者に対応できる術を持つ人間に会いたいな」

 ジャファはリゲルの顔を歪め、それからボソッと言った。

「いなくもない」

 ティーキムはジャファを振り返った。

「バルキア人?」

「違う。エニシャの、エルバハン人」

 あまり関わりたくないが、心当たりはひとりだけだった。

「イブレイム……イブレイム・エルバハン」

「エルバハン? なぜ知っている?」

「中毒患者の治療をしているのを、見たことがあります」

 ジャファは俯いた。

 あまり込み入ったことは訊かれたくなさそうだと察してくれたか、ティーキムはそれ以上のことを言わずにカヴェイネンを呼んだ。

「いつもスジェの荷を頼んでいる商会、なんだったかな」

「リュヌ商会です」

「人探しを頼みたい。エルバハン人を探してもらってほしい」

 カヴェイネンは首を傾げた。

「人探しですか?」

「お嬢さんが言うには、バルキアにエニシャから毒を輸入している者がいるそうだ。その探してもらいたいエルバハン人には解毒治療ができるらしい」

 ティーキムがカヴェイネンに説明し、ジャファは頷いた。

「治療方法がはっきりしたら施療院を各地に作って、毒が使われたときに対応できるようにしておく」

 ジャファはティーキムと並んで立ち、背筋を伸ばす。

「施療院なら農民や貧民に優しくしても誰にも文句を言われないよね」

 ティーキムは頷く。

「彼らの生活を守るのは私たち貴族の責任だ。文句を言うような了見の狭い相手の言い分に従う必要はない。自分よりも上の者がそう了見の狭い者であったなら、常にその了見を広げるように進言するのは下にいる者の務めでもある」

「そう言われてもよく分からないし面倒くさそうなんだけど、それノートに書いた方がいいの?」

「今度、本を送ろう」

「読む本増えるんだ」

 ジャファは肩を落とした。

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