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州公の半身探し

芳俊が気心の知れた迅を半身にしようとして公廟が混乱する話。

 苹州貴陽(きよう)

 貴陽の公廟は、元頴州領まで含めた苹州最大の公廟であり、参拝者に公開されている貴山きざん山麓から、実は貴山の中腹までを含む広大な土地を有している。その公廟の参道を入って敷地の右半分は天公廟、残る左半分が地公廟で、祭司官たちはその敷地のなかで行動範囲を住み分けている。

 地公廟と天公廟の間には結界が張られていて、互いに相手の領地には踏み込めないようになっている。

 段達と石禹斗は地公廟の敷地に部屋を持っていて、迅は天公廟の敷地に部屋を持っている。芳俊が公廟に泊まるとき、芳俊は迅の部屋に陣取るが、それを天公廟の祭司長は把握していない。芳俊は勝手に来て勝手に寝て勝手に帰る。


 *** *** *** *** ***


 天公廟には、半身契約、という制度がある。

 地公廟の地龍たちと違い、ほとんどが純粋な「人間」である天公廟の祭司官たちは、天龍と「半身」と呼ばれる契約を行って、自分の半身から力を借り、祭司官として必要な活動に臨む。

 半身契約を交わした人間は、不老長寿を享受したり、特殊な力を行使したりなどする。

 迅は師兄の李澄りちょうに声をかけられた。

「まだ半身が決まっていないと聞いたが、大丈夫か?」

「贅沢な悩みなんだろうと思うんです」

「贅沢な悩み?」

 李澄が迅の横に座り込む。

「あのですね、師兄、普通、祭司官の半身というのはだいたいが四心ではないですか」

「うん」

「私が知っている天龍には、五心と六心しかいないんです」

 迅の悲壮な表情を見て、李澄が「うん」と頷く。

「私は蓮邑のさらに辺鄙な村の出身で、しかも長男で畑がもらえるとかいうこともないから祭司官になろうと思ったんです」

「うん」

「五心貴族とか六心王族とか、身分の差が激しすぎるので、三心か四心の契約者が欲しいです」

「師弟のない物ねだりが激しい!」

 迅は李澄にやるせない笑顔を向ける。

「だって師兄、皇子ですよ、皇子。普通、半身契約のお見合いには来ない人ですよ」

「それはそうだが、もうひとりの知り合いは芦楓様だろう?」

「そうですが、だから、そうではなく、他に契約のお見合い相手が欲しいんです。どっちも人外ですよ」

「迅、どの見合い相手も天龍だから全員人外だという認識はあるか?」

「身分が違い過ぎる! 私が村で畑を耕していたときにあっちは王宮で生活してたんですよ!」

 迅は李澄に訴えた。

 迅は、自分が村で畑を耕していた頃、芳俊が貴陽で段達に座布団を投げつけられていたことを知らない。

「だいたい段達から命の粒を回収する小瓶をもらって、私はけっこうこれで満足してるんです」

 迅が言い、李澄は慌てた。

「地公廟の仕事をもらって満足するんじゃない。天公廟は天公廟でやることがあるんだから」

「でも、皇子ですよ? 州公ですよ!」

 狼狽する迅を落ち着かせるために、李澄はしばらく迅を雑用に出した。


 *** *** *** *** ***


 李澄は芳俊に「申し訳ありません」と水鏡越しに伝える。

「すぐには答えが出ないので、半身の契約については少々回答をお待ちいただけますでしょうか」

 芳俊は李澄と祭司長を眺めてから、ぷんと頬を膨らませた。

「阿達は私が許婚になるのは、私が男じゃ嫌だと言った。阿達は男で人間だから、それはそう言われてもしょうがないと思うから仕方ないと思う」

 李澄と祭司長は「はあ」と小さく返す。

「仕方ないと思ったんですね」

「そのようだ」

 水鏡越しに李澄と祭司長の目に映る芳俊は、どう見ても不貞腐れていた。

「迅には、別に側室になれと言ってるわけじゃなく、まだ半身がいないなら私が半身になると言っただけだ。それがなんで断られるのか、意味が分からない」

 癇癪を起こすでもない芳俊を眺めつつ、李澄は祭司長とふたり正座する。

「分かった」

 李澄と祭司長は芳俊が諦めたかと一瞬だけ安堵したが、芳俊は続けた。

「迅の意見は聞かない」

「殿下、それはいけません」

「だって六心のなにが三心や四心に劣るの!」

 泣きそうな芳俊を前に、李澄も祭司長も「劣ってはおりません!」と焦る。

「六心が三心や四心に劣っているのではないんです、迅が不安になっているのは、迅が、田舎の農家で育ったからで、一緒に過ごすだけならばともかく、半身の契約をするには自分が他の祭司官に劣るだろうということです。なんなら、州公の半身になりたい祭司官など、他にもたくさんいるでしょう」

 李澄の説明を聞いた芳俊は、それでもまた、ぷんと頬を膨らませた。

「自分から進んで州公の半身になりたいなんて申し出てくる祭司官にまともな自己評価ができているとは思わない。きっと、自尊心が高かったり、自慢したがりだったり、州公の半身として力を持ったらろくなことをしない」

 李澄も祭司長も芳俊の言い分に「ああ」と頷くしかなかった。

「迅はそうじゃない。王龍と呼ばれる六心の力を間近で見た。私が頴州の死体を塵にしたのも、阿達と螺珠殿が魂を集めて浄化するのも、私と貞俊殿で呪いのもやを消したのも、全部、横で見ていた。迅ならばきっと、半身になったときに自分が他の祭司官よりもずっと慎重に力を使わねばならないことも理解してくれる」

 李澄も祭司長も、ため息をつく。

「おっしゃる通りなんでしょう。他の祭司官は、誰も殿下や王の力を見ていない。ただ六心龍を半身にしたい、他の者よりも格の高い天龍と契約したいと願っている者ばかりです」

 芳俊は大きく頷いた。

「そういう者は男だろうが女だろうが、きっと天龍の力でなにをしようか、なにができるかなんて考えていない。そういう者たちには三心や四心の天龍で充分」

 祭司長は李澄を見てしばらく思案し、それから水鏡の向こうにいる小さな生き物「元足」に目を向けた。いまでこそ足だけで作れる小さな体躯で羽まで付いた謎の生き物だが、芳俊からは元足も天公廟の、比較的高位の祭司官だったと聞いている。

「元足殿、迅を説き伏せる方がよいか、殿下に諦めていただくのがよいか、どう思われます」

 急に話を振られた元足は、「ふむ」と満足げに鼻を鳴らした。

「迅の諦めがつくようにすればよろしいのではなかろうか」

「ん?」

 李澄と祭司長は元足を見る。

「難しいことではありますまい、殿下と相性のよい者でなければ半身にはなれないと告知を出し、州を問わず、殿下と半身の契約を結びたい祭司官を集めて相性のよさを競わせるのです」

 芳俊が「元足」と声をかけた。

「それに阿達も参加させる?」

「いたしません。あちらは地公廟の祭司官であり、なにより段達殿と石禹斗殿はご自身が地龍ですから、そもそも半身の契約を結ぶ必要がございません」

「元足もやる?」

「私はそもそも死体の足でございますからな、半身は不要でございます」

 芳俊は元足の羽をつつく。

「おまえはいちいち答えが真面目だ」

「お褒めにあずかり、幸甚でございます」

「残念だが褒めてないんだな」

 そう言った芳俊を無視して、元足と祭司長はすぐに芳俊と祭司官たちの見合いでどのようなことをさせるか、どのように募集をかけるかを決めにかかった。


 *** *** *** *** ***


「迅、聞いたか。州公の半身を各地の公廟から大々的に募集するそうだ」

 募集が出たのは祭司長と元足があれこれと迅を篭絡する手立てを講じてから一週間後のことだった。

 迅は天公廟の祭司官たちが集まる食堂で、自分の前に膳を持ってきて向かいに座り込んだ李澄の顔を一瞥いちべつして自分の食事に目を戻す。

「それで、私にはいつ三心か四心の、普通の天龍を紹介していただけるんですかね」

「おまえより殿下との相性がいいやつが出てきたら、殿下もおまえを諦める」

 迅が胡散臭そうに李澄を見る。

「その相性診断は誰がどうやって見るんですか?」

「祭司長と元足殿が企画した」

「胡散臭い。とても胡散臭い。元足が祭司長に魂売ったに違いない」

「おまえと殿下が仲がよいからと言って他の祭司官に比べて条件がよいとは限らない」

 李澄は首を振りながら迅の皿に乗せられていた漬物に箸を伸ばして迅に手を叩かれた。


 まだ半身龍との契約がない祭司官たちは、各地の天公廟に出された掲示を見て色めきたち、すでに半身龍との契約が成立している祭司官たちは自分が募集の対象でないことを嘆いた。

「まず、半身契約がないこと」

 ひとりが読み上げる。

「十五歳から二十五歳」

 年齢が制限されることに、十五歳未満の弟子を持つ祭司官と二十五歳を超えた祭司官たちが、ある者は天井を仰ぎ、ある者は足元に目を落として落胆した。

「独身」

 この項目はだいたいの者が満たしているようで、「ああ」という声が少々聞こえただけだった。

「男女は問わず」

 これにも「うん」という声が上がった。

 なにしろ別に縁談ではない。

「潔癖症でないこと」

「なぜ? 潔癖症だとどうなるんだ?」

 沈黙が落ち、祭司官たちは気を取り直して次の項目を見る。

「健脚」

 祭司官たちは顔を見合わせた。

「なぜ?」

 最後の項目に誰もが目を見張る。

「条件に合う者を師弟に持つ者は必ず届け出ること」


 迅は、半身契約がなく、十七歳で、独身、田舎の子供など潔癖症では生きていかれない、そして蓮邑の辺境から貴陽まで数日でも十数日でも歩く程度には健脚で、とにかく絶対に条件から外れることがない。

「自分で届け出るわけではない」

 李澄から最後の条件を見せられ、迅は眉根を寄せて鼻に皺を作る。

「つまりこのお見合いに参加すること自体からは逃げられないということですよ!」

 迅は李澄が出してきた紙を奪い取ってぐしゃぐしゃにしてから、放り投げた。


 *** *** *** *** ***


 その一月後、貴陽の天公廟は、ここ十六年では一度も見たことのない賑わいを見せた。

 前に貴陽の天公廟がこれほど賑わったのはいつだったかと思うと、かつての二皇子蘭俊が嫁探しと称して地龍王の娘を探そうとした年ではなかろうか。

 その年との違いは、今回の賑わいは縁結びは縁結びでも、良縁を求める娘を持つ親ではなく、良縁を求める師が弟子を連れて貴陽の天公廟まで来ているということだ。

 貴陽の天公廟は苹州最大を誇るとはいえ、他にも苹州内に大都市がないわけではない。

 外敵の侵入を阻むために作られた石造りの堅固な城壁がそびえたつ貴陽の門を、他の大都市から来た祭司官の馬車が次々に身分証を提示して通り抜けていく。その横を、各地の小さな廟から来た祭司官たちが騎馬や徒歩で通っていく。

 芳俊はきらびやかに飾り立てて廟までの目抜き通りを行く馬車を眺めながら、「チチチ」と楽しそうに舌打ちして、庶民の「芳児」として少々貧乏な格好で意図的に馬車を邪魔してみる。

「どけ! 商邑公廟の祭司長の馬車を邪魔するんじゃない!」

 芳児は頭を下げながら馬車を避けたところで、迅に捕まった。

「迅、相手をする気になったか?」

「違います殿下、放っておいたらあなたそうやって、各地の祭司官の邪魔をして遊ぶでしょう」

「さっきの馬車を見たか? 見たか? 商邑公廟の祭司長だと。あの馬車に飾られていた布は宜州の絹織物だ」

 迅は芳児を食堂に引きずって行って麺をふたつ頼む。

「よく私がいることに気付いたな、迅」

「元足が、殿下が祭司官をからかって遊んでいると呼びに来ました」

 芳児は笑いながら、別の都市から来る特に立派な馬車の者たちを振り返っては「祭司官てすごいご立派な馬車に乗れるんだ」と声を飛ばし、迅に肉まんを口に突っこまれた。


 貴陽に着いた祭司官たちは誰もが「潔癖症」と「健脚」に首をひねっていた。

 それでも、どこの祭司長も「これで弟子が州公の半身になれば廟に箔がつく」とばかりに、条件に合う者だけでなく、年齢で多少上下があっても誤魔化せそうな者、望みのありそうな若者を選りすぐって連れてきている。特にどこの廟も女性をこれでもかとばかりに着飾らせ、州公の目に留まってくれと思っているのがよくわかるが、芳児は「ふっふっふ」と笑った。

「おきれいな祭司官様たちを見たか? 私に「どけ」とは言ったが、私を見なかった」

 迅は頷きながら、芳児に水飴がけの姫リンゴを買って渡す。

「どうぞ。ここは「苹州」というぐらいで、秋から冬にかけてリンゴ(苹果)が採れるんです。美味しいですよ」

 芳児は水飴がけの姫リンゴを齧りながら迅を見て肩を竦めた。

「知っているか? 迅」

「なんですか?」

「私はおまえより年上だ」

 迅は芳児を見て「そうですね」と頷く。

「そしておまえは私の半身になるのを断ったんだ」

「そうですよ」

 芳児は迅に向かって食堂の卓に置かれていた箸をぶちまけた。

 迅は思い出した。

(そうだった、この人は天牢まで来て地公に喧嘩を売ったんだった)


 *** *** *** *** ***


 祭司官たちは机の上に仁王立ちになっている小さな謎の生き物「元足」を見て目を見張った。


 これはいったい何者なのか。


 元足は「元足である」と自己紹介して祭司官たちを見る。

「天公廟の祭司官として、公の半身にふさわしいかどうかをしかと見せていただく」

 州公とのお見合いに来た祭司官たちはそれぞれに着飾っていたが、その様子は大きな廟の祭司官はきらびやかに、小さな廟の祭司官はそれなりに、迅は迅なりに一切着飾る気もなく普段着でいる。

「まず、州公はだいたい十五、六歳の見た目であるからして、同じぐらいの年齢の者か、兄や姉ぐらいの年齢ぐらいまでが適切であろうと、二十五歳までの年齢とさせてもらった。まあまあ、ここに集まっておるのはそのぐらいの年齢であろう」

 元足が頷く。

「さて」

 机の上を闊歩しながら、元足は「潔癖症の者、という項目を設けさせていただいているが、皆さま、ずいぶんとおきれいになさっておられる」と言って候補の者たちの気を惹いた。

 祭司官たちは「潔癖症」の項目は誤魔化せると思っていたが、そう簡単な話ではないらしいと、元足の言葉で気付いた。

「これから、泥仕合をしていただく!」

 候補の祭司官たちが思わず顔をしかめた。

 迅も顔をしかめ、それから芳児が徹底的に泥だらけになる準備をして、つまり汚れてもよい麻の着物に綿の褲子ズボンを穿いて、きっちりと髪をきつめのお団子にして、迅の制服を羽織っているのを見つけてしまった。

「あー! 私の羽織!」

 暑さが残る季節には羅紗らしゃの羽織は風通しがよく貴重なのだということを、芳児が理解しているかどうかはよくわからない。

「着替えはない! そのままの格好で、水を張った休耕田に行っていただく!」

 元足の無慈悲な声が候補として集まった祭司官たちに向かって飛ぶ。

 小さな廟から頑張ってそれなりの格好で来た者たちが「一張羅なのに」と悲しみ、大きな廟から絹の着物で来た者、中でもこの日のために仕立てた着物で来た者たちが「は?」と元足を見上げた。

 芳児が自分の制服を羽織り、候補者に混じって休耕田に向かうのを見て呆れつつ、迅は李澄を振り返って顔をしかめた。

(なんとかここで他の候補者に譲らないと、後がない気がする)

 迅も芳児も、それに他の候補者たちも、上に羽織っていた制服の着物を脱いで腕を捲り、背中でたもとを結び、褲子ズボンの裾をまくり上げて、丁寧に泥田として整えられた休耕田に足を突っ込む。

「これから出現する泥人形は、胸に偽核という素焼きの心臓を入れてある。それを奪えば泥人形が崩れて泥に戻る。偽核を多く獲得した者、上から五名を次の考査へ進める! 手段は問わない!」

 元足が偉そうに言い、泥田に入った祭司官たちは合図と共に現れた泥人形の群れに囲まれて阿鼻叫喚の渦に突っこまれた。

「こっちに来るなー!」

「待って! この着物、初めて袖を通したのよ!」

「足が抜けない!」

「師兄ー! 助けてー!」

 きれいな格好をした祭司官たちが泥に悪戦苦闘する横で、田舎の祭司官たちのなかには、休耕田の泥には藁屑のように足に刺さる危険物がないことを察して顔を明るくする者が出てきた。

「怪我の心配は要らなそうだ」

「意外と動きやすい」

 慣れてきた田舎の祭司官たちを見て、都市の祭司官のなかに「協力しないか!」と言い出す者が現れたのを芳児は眺め、それから泥人形に正面攻撃を仕掛けていく。物理攻撃しかしていない芳児に文句は言えず、迅は迅で自分の前に出てきた泥人形から逃げる。

「迅! 後ろはよろしく!」

「いやいやいや、そういうことじゃないでしょう」

 迅は首を振ったが、それでも放ったらかしにすると泥人形が芳児のほうに行くのを見て仕方なしに泥人形の膝に駆け上がって胸に手を突っ込んで偽核を掴み取った。

 その芳児と迅の動きを見ていた田舎の祭司官たちが、「なるほど」と頷いて、泥田から足を抜いて泥人形に向かって行く。泥に慣れた祭司官たちは、きれいな格好で来た祭司官たちが「不公平だ!」とか「ちょっと! 足が抜けないの、助けて!」と叫びながら、自分の前に出てきた泥人形に手を伸ばすこともできずに身を竦めるのをちらりと見て、知らない者同士で顔を見合わせてから、きれいな着物の祭司官めがけて泥団子を飛ばし始めた。

「おい! やめろ!」

「やだ耳飾りがどこかに落ちちゃった!」

「俺もしかして偽核狩りの天才!」

「こっちでおとりになるから後ろから偽核抜いてくれ! あとで山分けだ!」

 泥田のなかで混乱を極めた若い祭司官たちを見つめ、貴陽の祭司長と元足は、まったく大きさの違う手を合わせて「こんなもんでしょう」と頷きあう。

 偽核の奪い合いが終わったころには、誰もが髪や顔まで泥だらけの状態で夕日に晒されていた。


 最終的には泥人形ではなく人間同士で偽核を奪い合った祭司官たちは、最後の五人が元足によって貴陽山の中腹にある水鏡の間に通され、元足の審査を待つ。

 一日じゅう泥田のなかを駆けずり回ったのだから、足も頑丈だろうというお墨付きをもらった五人のうち、ひとりが「蓮邑の夷夕いせきです」と自己紹介し、次いでもうひとりが「商邑の淵良えんりょうです」と言い、残る一人が「貴邑の桜彩おうさいです」と言って迅と芳児の自己紹介を待った。

 迅は「貴陽の迅です」と言ってから、芳児を振り返る。

「殿下、三人とも潔癖症ではなく、そして健脚ですよ」

「そうね」

 芳児は泥だらけの格好で、顔についた泥を袖で拭こうとして、袖も泥だらけだったおかげでさらに顔を泥だらけにした。

「迅」

「はい」

「あとは肝試しをしよう」

 迅は芳児を見つめて「いやいやいや」と首を振る。

「殿下はなにが目的なんですか?」

「迅しか残らないと思ったが、意外と残った」

「残りますよ。特に田舎の祭司官なら、自分でも田植えをするでしょうし」

 呆れた迅を見て、芳児は「ふむ」と鼻を鳴らした。

「商邑からもひとり残ったのは意外だった。迅、私はおまえにだけ機会を与えるつもりだったのに、おまえが断ったからややこしくなったんだぞ」

 夷夕と淵良と桜彩は顔を見合わせる。

「私たちは当て馬だったんですか?」

 芳児は首を振った。

「いや、そうとも限らない。私は戦にも耐えられる半身が欲しい。迅は半身がいないのに頴州まで出向いていくような男だ。同じように、戦に耐えられるならいい」

 四人は顔を見合わせる。

 最初に息をついたのは商邑の淵良だった。

「やはり迅しかいないと答えが出ているということです」

「そうかもしれない」

 芳児は頷き、それから迅以外の三人に目を向ける。

「私の半身になるというのは、六心の半身になるということだ。私の力は、生き物を作ったり、生き物を消したり、この州を消したり作り変えたりする力だから、誰がどのように悪用したがるか分からない。私は、その力をおそれ拒んだ迅は信頼に足ると思っている。だから、私は迅を選ぼうと思っている。しかし、三人にも五心の州三公の半身になってもらおうと思う。それぞれの半身が誰かを知っているのはここにいる者だけで、五人の誰かが州公の半身になったという情報だけが外に出ればそれでよい」

 迅は嘆息して、それから諦めたかのように頷いた。

「お話しを聞いてやっと納得しました。私はおばけ退治で、殿下がいないときに、魂魄を分解して魄を片付ける役目に選ばれたということなんですね」

 芳児は頷く。

「それから、州宰相の芦楓を半身にする者は州律で相手を縛ることができるようになる。州司空の比敢を半身にした者は建築土木と防災で力を発揮してもらう。州司徒の芦瑛を半身にした者には、人の目から見た作物の出来不出来を見張ってもらうことになる。言えば簡単だが、それぞれに力は強大だ。だから、誰が誰の半身かを、ここにいる者たち以外には知られないほうがよい。自慢にはせず、じっとおとなしくしていられる者でなければならない。それは誓約書に血判で約束してもらう」

 そう言って、芳児は泥だらけの状態で笑った。

「泥だらけになってもらったことには、ちゃんと理由があるんだ」


 *** *** *** *** ***


 四人の天龍と半身の契約を交わした四人は、それぞれに自分の廟に帰ってから、水鏡の間で話されたことと自分の半身に関する一切について「五心龍です」と言うにとどめて、誰が自分の半身かを言ってはならないという誓約を守ることになった。

 他の祭司官たちに分かっているのは、芳児を含む五人の誰かが州公と契約したということだけだった。


 李澄が祭司長と笑みを交わす。

「迅も可哀想に」

「なに、州公のご指名を無碍にするわけにはいかないからな」


 それからしばらく後、苹州のおばけ退治隊には三人の仲間が増えたのだった。

泥合戦が書きたかっただけかもしれません。

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