カヴェイネン:異国から来た訪問者(24)ジャファと貞俊、リゲルとティーキム
ヴェルタネンデからフォルクサンへの帰り、ジャファはヴェルタネンデへの買い物について来たカラスがニヤニヤしているのを見て目を逸らす。
「ティーキム王子はよい方のようですね」
ジャファはフォルクサンに帰る馬車から窓の外を見た。
「別にそういう興味じゃない」
「あらどういう興味でございましょ」
カラスが笑った。
黒髪のカヴェイネンの肩にピンはいない。
車窓から見える畑を眺めて、ジャファは考える。
土をよくする、雨を降らせる、病気や怪我を治す。
(そんなことができたら神様じゃないか。王弟の妻っていう人も似たようなことをしてたけど、スジェ人はみんなそんなことをするのか?)
貧民の子供たちに読み書きを教える、それが苦手な子供にも個別に彼らが得意なことを教える。
(そんなに上手くいく?)
ジャファはフォルクサンの邸に帰って、家族の前で土産物を広げた。
「お父様にはこれ! オルヴェンディア産の髭用オイル。お母様のは南方諸島産のコヴェンデリネン! カストール兄さまにはタリヤ産ワイン!」
スタラーデがワインを入れた素焼きの樽を見て「一昨年の」と呟いた。
翌々日のお茶会では、ジャファはリリアナにエルバハン産の香水瓶を渡した。
「好みと違ったらゴメン。瞳の色が、その、ガラスみたいな青。この瓶も、青に金の模様。ええと、欲しいものがあって買い物に行くって言ったら簡単にヴェルタネンデに行かれたから、ありがとうのお土産」
リリアナはジャファを見て満面の作り笑顔を見せた。
「嬉しいわ。でも中身はないのね。嫌味かしら?」
「は?」
「青い目で中身がスッカラカンとでも言いたいの?」
ジャファはリリアナを見つめた。
「スッカラカン?」
「見た目だけで中身がないなんてこと、わざわざ外国で買ったお土産で言うの? もらったのが私じゃなければ性格悪いと思われるわよ」
「え……お土産の小瓶ひとつでそこまで言う? そっちの方が性格悪いじゃない!」
「もらったのが私じゃなければって言ったでしょ」
リリアナが鼻で笑ってジャファの耳元に囁く。
「リゲル嬢、あなたちょっと被害妄想が過ぎるんじゃないの?」
しばらくリリアナの言葉を考えたジャファはリリアナを振り返ってその鼻に指を突き付けた。
「そんな面倒な嫌がらせするぐらいなら、最初から嫌がらせ用の土産物を探す。私はリリアナと違ってバカだから」
「だから! 私じゃなければって言ってるでしょ! しつこいわね!」
小声で言うリリアナにジャファは呟く。
「なら次は先にほしいものを聞く、それでどう?」
「約束よ、私が欲しいのは中身のほう。いいこと? タナンドール産の香水。ユリの香り。いい? バラじゃないわ、ユリよ」
「ユリ」
「甘いけど爽やかな香り。スズランと間違えないでね」
「スズランはユリと間違う?」
「あなたなら間違うかもしれないと思っただけよ」
ジャファはリリアナを見てから渡した小瓶のことを考えた。
「中身に好みがあるならやっぱり中身は空でよかった。嫌いな香りだったらもっと邪険に香水瓶を壊したんじゃないか?」
「あら珍しく勘がいいわね」
「ん?」
「言いがかりをつけようと思ったらいくらでも言いがかりをつけられるっていうことに気付いたことよ」
ジャファはリリアナを見る。
「リリアナ」
「なによ」
「リゲルにとってカストールは妹を可愛がる兄だけど、リリアナにとっては婚約者。カストールはよい次期侯爵だと思う?」
リリアナがジャファを見つめる。
「いい侯爵かどうかなんて私にとってはどうでもいいの。カストールが侯爵になる、私は侯爵夫人になる、それだけでフォルクサンは続くのよ」
*** *** *** *** ***
黒髪のカヴェイネンは呆気に取られた。
月に一度、リゲルはフォルクサンから買い物だと言ってヴェルタネンデに来る。
「また来た」
「またいらした」
リゲルは黒髪のカヴェイネンの左肩を手で叩く。
白髪のカヴェイネンはまた左肩に手を伸ばす。
ピンがまたそっとカヴェイネンの手を押さえた。
「まさかジャファは毎回、私に挨拶してくれてたんですか?」
「そうなんだよ。ただ、あのときはピンのことを知らなかったから、リゲル嬢はずいぶんとなれなれしいが、自分に気があるのかなと思っていた」
その言葉でピンが手をこすり合わせた。
「なら、ジャファがリゲル嬢で私に気があるのかもしれませんよね。だから毎回、私にも挨拶してくれるのかもしれません」
白髪のカヴェイネンはピンの鼻をツンとつついた。
「うひひっ」
ピンがくすぐったそうに髭を揺らした。
ジャファはティーキムの前で自信たっぷりに土を手入れして見せた。
「どお! 言われたとおり土に栄養たっぷり!」
「いいんじゃないか?」
ティーキムを見てジャファは頭を掻いた。
「それだけ?」
「植木鉢ひとつぶんだ」
「葡萄……の……苗……ひとつぶんぐらいの土になると思うけど」
「葡萄の苗、ひとつ、ぶん」
ティーキムはお茶を淹れてジャファに渡す。
「どうぞ」
「どうも」
お茶を受け取ったジャファは目で砂糖を探してティーキムに指で止められた。
「蘇国桑州、スジェのザニジ産の高山青茶、銘柄は峻峰の単叢水蘭香。香りが甘いし苦味も渋みもないから砂糖はいらない。砂糖を入れたら桑州公が悲しむ」
ジャファはティーキムを見つめる。
「桑州公が悲しむ……桑州公って誰?」
「スジェの四皇子デイジェン」
「デイジェン? デイジェンなら悲しんでもいい、かな」
「デイジェンを知っている?」
ティーキムに訊かれてジャファはプルプルと首を振った。
「知らない、ぜんっぜん知らない、あんなやつ絶っっっ対知らない」
そう言いながらジャファは砂糖を入れずにティーキムが淹れたお茶を飲んで「あ」と呟いた。
「薄い」
「薄くない。これが正常」
「あ、そう」
「私はこれに慣れているから紅茶にも砂糖は入れない。だから部屋に砂糖は置いていない」
「あ……そう」
ジャファはじっとお茶が淹れられたガラスの器を見た。
ティーキムはジャファが整えた植木鉢の土に手を入れて確かめてから、口を開いた。
「デイジェンは生産品の品質を改良するのが得意だ。生産品の品質を改良することで得られるのは品質にふさわしい名声、それが得られたら、その次は名声にふさわしい知名度。知名度が上がれば買い求める者が増える。だが大量生産はしない。品質が良く名声も知名度もあり稀少性もある。手に入ればそれだけで話題にできるもの、そういう品物になり、それがその地の評価そのものになる。デイジェンはそうやって自分が統治する州の価値を上げ、人の生活を底上げしていく」
ジャファは植木鉢の土を見てからティーキムに植木鉢を突き出す。
「これはその一歩目?」
「そう」
ジャファは息をついた。
「砂漠で、これ意味ある?」
「オアシスでなら意味があるかもしれない」
ティーキムに言われてジャファは息をつく。
「スジェの王子って、みんなそんな感じのことしてるの?」
「ひとりひとつ、州をもらって統治の練習をする。国の法律と統治機構があり、州ごとの統治方針や州法は州公を務める王子に任される」
そう言いながらティーキムはふっと可笑しそうに笑った。
ジャファはティーキムを見ながら、ポカンとした。
「おかしなこと言った?」
「いいや、ヴェスタブールでエニシャの王子と国の統治の話をしているのが面白いと思っただけだ」
そう言ってから、ティーキムが小さく呟いた言葉を聞いたのはジャファだけで、黒髪のカヴェイネンにも、カラスにも聞こえていなかった。
ジャファもティーキムに囁く。
「なにがあってもカヴェイネンを死なせないで」
ティーキムがジャファを見る。
「なるほど、お嬢さんの目当ては私ではなくカヴィニンか」
「カヴィニンじゃない。カ・ヴェイ・ネン」
「カーヴィニン」
「カ・ヴェイ・ネン」
ティーキムは「ああ」と天井を仰いだ。
ジャファは黒髪のカヴェイネンを見つめながら、白髪のカヴェイネンとピンを思う。
肩に食い込んだ天龍の爪に大きく引き裂かれ、血塗れで地上に落ちたカヴェイネン。
寒さで凍えて縮こまったピン。
「ごめんなさい」
ふいのジャファの謝罪に、ティーキムはジャファを振り返った。
「ごめんなさい」
ジャファは何回も繰り返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ティーキムが困ったようにジャファを覗き込む。
「なにがあった」
「私はカヴェイネンに大きな怪我をさせて、死なせてしまいそうだった。その、ごめんなさい」
「カヴィニンに大怪我させた?」
ティーキムは黒髪のカヴェイネンを振り返り、手招きした。
「カヴィニン」
「はい」
ティーキムはジャファを指差す。
「お嬢さんがおまえに大怪我をさせたと言っている」
黒髪のカヴェイネンがジャファを見て「なんのことでしょう?」と顔をしかめた。
ジャファは白髪のカヴェイネンと黒髪のカヴェイネンを比較する。
ティーキムが面白そうにニヤリとした。
「カヴィニン、死にそうな大怪我だったらしいから、脱いでみろ。お嬢さんのせいでついた傷がどれか教えてくれ」
「そんな怪我はありません」
「そういう夢を見る」
仕方なくそう言ったジャファを見てティーキムは興味を失ったように鼻を鳴らした。
「なんだ、夢の話か」
「そう、エニシャの龍の夢」
答えたジャファの耳にティーキムは囁くように聞く。
「何歳ぐらいでヴェスタブールに飛ばされた?」
ジャファはティーキムに目を向けた。
「四十歳ぐらい」
ティーキムは「は」と息をついてポカンとした。
「子供だ子供だと思っていたら、本当に子供か!」
「子供って言うな! スタラーデは七十いくつかって言ってた」
「おまえと兄は違うだろう」
「ん-……違うかな」
「ならおまえは子供だ」
「偉そう! ジジイがそんなに偉いのか!」
ティーキムは「あっはっは!」と楽しそうに笑った。
「偉くはない。しかし倍以上生きているぶんだけ見てきたものは多い」
黒髪のカヴェイネンはカラスに囁く。
「お嬢様がいると殿下がよく笑うのでありがたい」
「お嬢様は暇を見つけてはヴェルタネンデ以外では買えない物を探し出すのがお得意なんです」
カラスはカヴェイネンに返した。
「問題は、カタラタンとバルキアだということですね」
「そうですね、難題ですこと。このままであればお嬢様はバルキアのどなたかに嫁ぐことになるのでしょうし、困りましたわ」
黒髪のカヴェイネンとカラスはまた顔を見合わせた。
「なんでー!」
ジャファの声にティーキムがまた腹を抱えて笑う。
「リゲル嬢、読みが顔に出ている」
「や、だってティーキムがあああじゃなくてティーキム様が! 嫌なところに駒を置くからもう!」
「あっはっは!」
笑ってからスンッと表情を抑え、ティーキムはジャファの駒を指で指した。
「駒の動きを間違うからだ。この駒は斜めに飛ぶ」
「うえっへー……覚えガタイ……」
「この駒は真っ直ぐ」
ジャファはティーキムを見つめた。
「ひとつも覚えられない」
「覚えよ。覚えると良いことがあるぞ」
上目遣いにティーキムを見て、ジャファは「良いことって?」と膝を詰めた。
「人は皆この駒のように、才能がそれぞれ違う。まっすぐ進むのが取り柄の者もいれば、斜めに回り道をする者もいる。飛び過ぎて変なところに行く者もいれば、なんでかまったく進まない者もいる」
ジャファはティーキムを見てから「駒のように」と呟いて首を捻る。
「なんか違う」
ティーキムはジャファに首を捻り返して見せる。
「なにが?」
「人は駒、と、駒は動きが違うように人の性格は違う、ふたつは似ているようで違う」
それからジャファはティーキムを覗き込んだ。
「私はどの駒に似ていそうですか?」
「これ。こんなのはどうだ? この駒は一番奥まで進むと強くなる」
ジャファは変な顔でティーキムをがっかりしたように眺めた。
「それじゃ私が強くなれるのはいーちばん奥まで進んでからってことじゃないですか?」
「自分がヴェスタブールで一足飛びに、パーンと飛べるほどの実力者だと思ってか」
「オモイマセン」
「その通り」
手にした駒をジャファに握らせたティーキムに、ジャファは笑顔を見せる。
「ティーキム殿は?」
「私もこれだ」
ジャファは首を捻る。
「ティーキム殿もこのいーちばん奥まで行かないと強くなれない駒?」
「そう。そのうえ、鶴は千年、亀は万年。私は飛べない、亀の歩み」
「亀」
「そう」
そのティーキムの言葉にジャファは首を捻る。
「亀って?」
「だから、歩みが遅いと」
「いや、亀って何者?」
「亀を知らないのか」
ティーキムは呆れながらガラスペンにインクを付けて亀の絵を描いた。
ジャファはもう一度首を捻った。
「枯れかけのヒマワリ?」
自分が描いたものを見てから、ティーキムは紙を破り捨てて首を振る。
「生きた物を作って見せる力がないことが、こんなに面倒だと思ったのはヴェスタブールで生活するようになってはじめてだ」
「生き物なの? これ」
黒髪のカヴェイネンは生暖かい目でティーキムを眺めてから、カラスに小さく声をかけた。
「だいたいのことは近隣のどの国の王子にも負けないと思っているが、絵だけはダメです。うちの殿下は本当に絵が苦手なんです」
「うちのお嬢様、フォルクサンに亀がおりませんからご覧になったことがないのです」
「うちの王子が申し訳ない」
「いいえ」
カラスは黒髪のカヴェイネンに笑顔で返した。




