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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(21)少年が思うこと

 母が本当にジャヒーア姫かどうかは知らないが、ジャヒーア姫の腕輪が母の形見だったのだから、少なくともジャヒーア姫と関係がある人だったのだろうということだけは間違いない。

 その母と同じように振舞う。

 ジャファはしばらくスタラーデに言われたとおりに振舞った。

 気に入らないモノは放り出して壊す。

 使用人とは日常会話をしない。

 なにかを食べるときにも少しずつ。

 それらを総合して簡単にまとめて言うと、とても、高慢な女だった。

 身分にとても敏感で、ジャファに友達ができて父が喜んでも母がその友達の身分を調べては、友人関係を続けてよいかどうかを決める。

 友人の家が商家ならばまあよし。

 使用人なら、手元の物を壊して不機嫌を伝えてくる。

 そうなると父は「ひと稼ぎしてこようかね」と言って出ていったきり、何か月かは軽く帰って来ない。

 ジャファの目に映る母は、身分というものに支配されていた。

 それはどうやら、スタラーデも同じだったらしく、スタラーデもまた身分にうるさかった。

 ジャファがリゲルとして領地で農家の子供と話をすると、それからほどなくしてスタラーデに呼び出されて苦言を呈される。

 その内容はいつも同じだ。

「領民に気安く声をかけないようにしなさい。彼らは農奴だ」

 ジャファは最初こそスタラーデに訊き返した。

「農奴ってなに? 農家の子供だから喋らないほうがいいの?」

 それが数回続いて、ジャファは悟った。

 ジャファ自身が盗賊の子だと言われて蔑まれてきたように、領内の農家に生まれた子供たちは、スタラーデには農奴の子供だと蔑まれている。そしてスタラーデは農家の子供を従兄弟が会話する相手として好ましくないと思っているらしい。

 スタラーデが言わんとすることは明確だ。

 農家の子供たちは侯爵家の所有物で、カストールが彼らの所有者であるように、リゲルも所有者の一族の娘なのだから、所有者として振舞えということだ。

 従兄からそう言われ、それが自分がしなければならない振る舞いだと言われてそうする。

 スタラーデはスタラーデで、ここがエニシャのタリヤとは風習もなにもかもが違うことにストレスを感じているようで、頻繁に物を壊している。

 このあいだは葡萄畑を作ると言ってカストールとリゲルの父と口論になっていた。

 ジャファはスタラーデから、タリヤの出身だから葡萄に囲まれて育ってきたとか、甕で作るワインを浴びるように飲んだとかという思い出話を聞かされた。

 スタラーデが言うには、このフォルクサンはオアシスとは違うが、北東にあるワトナ火山のおかげでカザンセイの土で、タリヤとは違う葡萄が育つはずで、ここでワインを醸造できたらエニシャのワインとは全く違う風味の飲み口になるはずらしい。

「俺ワイン飲んだことないからまったくわからないけど」

 ジャファは息をついた。

「……貴族ってもっといいもんだと思ってた」

 絹の衣装を着て、宝石を飾って、惜しげもなく金を使い、気に入らない相手は権力でねじ伏せる、そういうものだと思っていた。

「なんだかなあ」

 ジャファの身に沁みついた習性や思考は、ジャファがリゲルだからと言って変わることはなく、むしろリゲルとしての窮屈さとストレスになっている。

「朝から晩まで勉強勉強ー」

 言いながら、ジャファは首にかけた砂時計を引きずり出して眺めた。

「スタラーデが言ってたとおり、ほんとこの砂時計壊れてるんじゃないの?」

 落ちているようで落ちない金色の砂が腹立たしい。

 具合が悪いと言って部屋に閉じこもり、ドアの前に鏡台を動かして部屋を塞ぎきってから、ジャファは寝台に仰向けに転がった。

「今日はマグウェンの妹にひどいことをした。せっかく話しかけてくれたのに無視した。スタラーデの取り巻きの女たちもだいたい性格悪い。別に俺が誰と話しようが俺の勝手じゃんか」

 後味が悪い。

 タジャンが天龍を呼んでリュヌ商会やカヴェイネンを襲わせるのを止めなかったときと同じ感覚だ。

 しばらく寝台に転がったジャファは、窓を開くとスカートの裾をたくし上げてニヤリと笑った。

「ふふん。自分でここに階段作って、下りてから消せばいいんだって、俺ちょっと気付いちゃったんだもんね」

 自分の思い付きを自画自賛して、ジャファは階段を出して外に出てから証拠を消して「ふん」と鼻を鳴らす。

「ゴハンの時間までには帰ってきまーす」

 小さくそう言って、ジャファは邸を抜け出して村に下りる。

(マグウェンの妹に謝るんだ)

 そんなことを思いながら道を歩き、見慣れない馬車と、それを護衛して馬を歩かせている男を見つけて目を見開いた。

「髪黒いけど、あれ絶対にカヴェイネンのオッサンだ」

 ポカンと道に立ち尽くしたジャファは、黒髪のカヴェイネンに笑顔を向けられて慌て、どうにか会釈を返した。

「失礼ですがお嬢さん、フォルクサン侯爵の城はこの先で合ってますか?」

「合ってるけど、あの」

 ジャファのたどたどしい言葉を聞いて、黒髪のカヴェイネンが笑う。

「ドレスが泥だらけですよ、姫君」

 黒髪のカヴェイネンを見上げ、ジャファはむっとした表情を作る。

「姫君じゃない、ジャ……あー……リゲルっていう名前がちゃんとある!」

 黒髪のカヴェイネンは面白そうにニヤリとした。

「殿下、リゲル殿がお出迎えですよ」

 馬車からカヴェイネンと同じ黒髪の少年が顔を覗かせる。

 リゲルと同じぐらいの、十五歳か十六歳か。

 カヴェイネンの主人。

 ジャファは「ティーキム?」と、リゲルの緑の目をくるんと回して少年に訊いた。

「初対面で名を呼ばれたのは初めてだ。フォルクサンでは領主の娘が護衛もなしで出歩くのか?」

 ティーキムに訊き返されて、ジャファは白い衣装の案内人を思い出した。


 隣国のカタラタン王、あの白いやつがスタラーデに王の験しの参考にしろと言ったのはこいつだ。


「そっちこそ、いいの?」

 ジャファが言うと、ティーキムは顔をしかめた。

「なにがだ?」

「私がフォルクサン侯爵の娘だって証拠がない。農奴の子供かもしれないのに声かけてる」

 ティーキムは奇妙なことを言われたとでも言うように顔をしかめ首を捻る。

「ふむ。名前はリゲル、十五か十六、金髪碧眼、着ている物は農奴に縁がないビロードで仕立てたドレス。これで農奴の娘ならフォルクサンの農奴というのはずいぶんと金持ちで貴族趣味なのだろうな」

 冷静に言うティーキムを見上げ、ジャファは「ああ、うん、そうですね」と項垂れた。

「乗るといい」

 ティーキムに言われてジャファはまたティーキムを見上げ、動きを止めた。

「逃げて来たばっかりなんだけど」

「城から?」

「そう」

「なぜ?」

「それはー……あー……」

 ジャファは答えを考えようとして、黒髪のカヴェイネンをちらりと振り返る。

 カヴェイネンはタジャンの店から母の腕輪を盗んで逃げた自分を捕まえはしたものの、すぐにタジャンに引き渡しはせずに理由を訊いてくれた。

 そんな大人が一緒にいるのだから、今ここでなら、ティーキムは話を聞いてくれるかもしれない。

「マグウェンの妹に謝りに行こうと思った」

「マグウェンの妹?」

「村の女の子。花をくれようとしたのに、従兄に止められて話もできなかった」

 ティーキムは首を捻った。

「それだけ?」

 ジャファは呆れた。

(なんだ、こいつもやっぱりスタラーデと同じで、村の子供と話ができなかったことなんて「ただそれだけ」なんだ)

 カヴェイネンと一緒にいても、そうなのだ、という落胆だった。

「カヴィニン!」

「なんでしょう? 殿下」

「手前の村に一度引き返しても、今日中にフォルクサン侯爵の城に着くだろうな?」

 ティーキムの問いに黒髪のカヴェイネンが笑う。

「手前の村までなら馬を軽く駆けさせて三十分かからない程度ですよ」

「よし、フォルクサン侯爵領の村を見る好機だ」

 それからジャファを見て小首を傾げた。

「馬車にお乗りください。村に行くのでしょう?」

 ジャファは黒髪のカヴェイネンを見上げてからティーキムを見た。

「誘いに乗るか、数時間行方不明になっていたことを城に帰ってから叱られるか、どちらか選ぶといい」

 ティーキムを見つめて言葉を探したジャファは、いくつかの言葉を音にしようとしては選び直し、最後にやっと音にしていい言葉を見つけた。

「叱られるのはまっぴら」

「なら乗れ」

 高圧的。

 ティーキムに対するジャファの好感は一瞬で瓦解した。


 カタラタンの馬車に乗ると、座席にはエニシャでよく見るクッションが置かれていて、ジャファは目を輝かせた。

「パルティカ模様!」

 ティーキムが振り返る。

「よくご存じだ」

 ふふん、とジャファは自慢げに鼻を鳴らして胸を張った。

「リゲル嬢、フォルクサンの村にはどんな畑がある?」

「どんなって?」

 ジャファは素っ頓狂な声で訊き返す。

「どんな作物かとか、どんな育て方をしているかとか」

 ティーキムの質問に、ジャファは「あ、そういうこと」と髪を弄った。

「小麦とか野菜。パンはちょっと硬い。果物は城に果樹園がある。あとスタ……じゃなくて、カストールが葡萄園作って、ワイン作るって言ってた」

「小麦と野菜とワインか。ワインが成功するとよいな」

 ジャファはティーキムを見る。

「笑わないんだ?」

「なぜ笑われると思った? カストール殿は別に笑われるためにワインを作ることにしたわけではないだろう? うまくいけば村のいい生産品になるかもしれない」

 ジャファは「うん」と頷いて俯いた。

「誰かに笑われた?」

 ティーキムに訊かれて、ジャファは「あー……」と言葉を濁す。

「こんなところで葡萄が育つもんかって、言われてた」

「誰に?」

「父」

 ジャファは膝に頬杖をついた。

「カザンセイの土だからエニシャのワインと違うモノになるって」

「なるほど」

 頷いて真面目な顔で考え込むティーキムを眺めて、ジャファは「真面目」と呟く。

 真面目と言われたティーキムはジャファを見た。

「花を受け取らなかったことを謝りに行く侯爵令嬢も真面目だと思う」

 ジャファはふいと顔を背けた。

「貴族だから農民を無視するんだなんて思われたら、悲しいもの」

「真面目」

 ティーキムが小さく笑った。


 *** *** *** *** ***


 スタラーデが笑いを必死にかみ殺している。

 ジャファはスタラーデを睨んだ。

「よくまあ、自力で鏡台を動かして部屋に入れないようにしたうえで逃げ出したね」

「オホメニアズカリコウエイデス」

 ジャファは知っている。

 というより、リゲルとして知った。

 これはとても便利な魔法の言葉なのだ。

「ジャファール、私は褒めてない。なにひとつ褒めてない」

「よく自力で鏡台動かしたねって褒めたじゃん」

「褒め言葉じゃない、嫌味だよ」

「ちぇ」

 スタラーデはそれでも小さく笑ってジャファの頭を撫でた。

「おまえの部屋は二階だろう? まさか飛び降りたわけじゃあるまい」

 こっそり囁かれ、ジャファはこっそりスタラーデに囁き返す。

「梯子作ったよ」

「小賢しいな」

「今のは褒めた?」

「褒めてない」

 それでも楽しそうなスタラーデを見て、ジャファはスタラーデの腕にくっついた。

「マグウェンの妹に謝ろうと思ったのに途中であいつに捕まった」

 そう言ってから、ジャファはスタラーデの肩に飛びついて耳元に囁く。

「カタラタンのティーキム王子。緑垣の領主。スタラーデがお手本にしたらいいって勧められたスジェ王」

「本人に聞いたのか? ジャファール」

「ううん、でも隣にカヴェイネンのオッサンがいる」

「あの頑丈そうな護衛の男?」

「イェジンのオッサンの後ろにいたでしょ? 白髪のオッサン」

「ああ、いたかな」

 スタラーデは頷く。

「間違いない。俺あのオッサンに二十タパカ借金してるんだもん。借金した相手を見間違えるほど馬鹿じゃないよ」

「は?」

「悪徳な骨董屋から母さんの腕輪取り返そうとして、盗んだ」

 ジャファの告白を聞いてスタラーデは頭を押さえた。

「ここは地下王墓の幻影が作り出したヴェスタブールだろう?」

「わっかんないけどカヴェイネンのオッサンがいるのは現実だもの」

 スタラーデは「なるほど?」と首を竦めてからジャファを抱き上げる。

「おいで。部屋を鏡台で閉め切ったところまでは頭よかったかもしれないが、おまえの部屋の扉は外開きだ。鏡台を置いたところでなんのつっかえ棒代わりにもならないということは知っていただろうか」

「知らなかった」

 素直に白状したジャファを眺めていたティーキムが、黒髪のカヴェイネンを振り返った。

「気取らない令嬢だ」

「気取らないというより野生児」

 ジャファはぼそっと「聞こえてんぞオッサン」と呟き、スタラーデに「しっ!」と叱られた。

「あれスタラーデの相手だよね?」

「墓場で勘違いされた可能性は大いにある」

「勘違いって?」

「私が王になれないと嫁に行かされる、と案内人に言ったときに、私とおまえのどちらが嫁に行かされるのかを言わなかった」

 ジャファはスタラーデに抱え上げられ部屋に運ばれながら「最悪だ、神様め」と悪態をついた。

「でもスジェ王は弟と違っていいやつかもよ」

「なんなんだ急に」

「スタラーデが葡萄畑作るって、カストールのお父さんと喧嘩してたって言ったら、ワイン作りがうまくいくといいねってさ」

 スタラーデがジャファの肩を叩く。

「ジャファールは単純だな」

「そんなことない」

 ジャファはスタラーデを睨んだ。

 黒髪のカヴェイネンがティーキムの隣でジャファを見て苦笑していた。

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