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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
24/106

カヴェイネン:異国から来た訪問者(20)ヴェルタネンデのふたり

 カヴェイネンは毛繕いをするピンを肩に乗せ、地図から広げた模型のなかで動くジャファとスタラーデを見つめていた。

 デイジェンがビジューを見る。

「他国の王墓を覗くのは気乗りしないな」

「タリヤ公のご希望でお見せしているだけなので、お嫌でしたら見なくてもよろしいんですよ」

 ビジューが言い返している。

 妙な夫婦だ。

「タリヤ公がごらんになるなら私も見る。ところで比轍、これはどうやっているんだ?」

「簡単に申し上げるなら覗き見です」

「覗き見ではないとは思わない。おまえには倫理観というものはないのか?」

「タリヤ公のご希望で、タリヤ公から鱗を改めてお預かりして許可を得ておりますよ」

 そんな会話をしながら模型のなかを眺める広間の面々の前で、ジャファとスタラーデは白い衣装の案内人を前にして立ち尽くしていた。


 *** *** *** *** *** ***


 案内人の白い衣装は絹ではなく麻か綿か、とジャファは値踏みする。

(スタラーデに借りたこの上着のほうが上等)

 ジャファは隣のスタラーデを見た。

 砂漠の男らしい浅黒い肌だが、日焼けしたというよりはこういう色なのだろう。

 スジェの王弟夫妻はふたりとも象げ色に近い黄色味のある薄い肌をしていた。

 目の前に出てきた案内人はスタラーデと同じ浅黒い肌で、黒髪を覆う白いクフィーヤの布を横にまとめて流している。

「ご用の向きは?」

 案内人に問われてジャファはスタラーデを見上げた。

「ゴヨウノムキ?」

「用事はなんだって聞かれてるんだ」

 スタラーデの答えにジャファは大きく頷いて案内人に顔を向ける。

「スタラーデを王様にしないとスジェに嫁に行かされるから、王様にしたいの!」

「なるほど」

 白い案内人は頷いた。

「けっこうです。しかしそれはスジェ王の為人ひととなりを知ってからでも遅くないかもしれませんよ」

 案内人がパチンと指を鳴らすと、スタラーデとジャファが立っていた場所は床が抜け、ふたりは下に落ちていく。

 慌てたジャファを、スタラーデの腕が掴んで抱きとめる。

 それを追いかけるように落下しながら、案内人はふたりを覗き込んだ。

「砂漠の王墓、王と王墓の忠実なしもべだけが住まう地下の城へようこそ! ここに皇子が来るのは二百年ぶりです! おふたりは制度改善してから初めておいでになる皇子ですから、王たちが孫に会うのを楽しみにしておいでです、少々寄り道いたしますよ」

 ジャファは「王子はこっち」とスタラーデを指差したが、案内人は聞いていなかった。

 大きなクッションに衝突したような衝撃に、スタラーデとジャファは「うへえ」とそれぞれに唸った。

「威勢がよいな」

 老いた男の声がした。

 真っ暗で何も見えない場所は、声の響き方からしてとても広く硬い岩で覆われた空間のように思われ、ジャファはスタラーデにくっつく。

「新しい心臓が来た」

「ふたりいる」

 口々に言う声のなかには、女の声も混じっていた。

「どちらが向いていると思う?」

 案内人の白い衣装が薄らぼんやりと暗闇に浮かび上がる。

「弟皇子は兄皇子を正式にエニシャ王にするために王墓にいらしたそうです。兄皇子がエニシャ王になれねばスジェに嫁ぐことになるのだそうで」

 饒舌な案内人のことばに、ジャファがスタラーデを見る。

「兄皇子ってスタラーデのこと? 弟皇子って?」

「恐らくジャファールのことだろうが」

 案内人がなにかを誤解している様子だということを、スタラーデはジャファに言わなかった。

「そろそろおふたりにはヴェスタブールへ行っていただきますので、歴代先王の皆々様には、謹んで、この広間でお待ちいただけますようよろしくお願い申し上げます」

 案内人に「ヴェスタブール?」と訊こうとしたジャファとスタラーデは、答えを待つより先にまた下に落とされた。


 案内人がまた落ちるふたりを前に、一緒に落ちながら言う。

「これから兄皇子には王の験しを受けていただきます! 行き先はヴェスタブール大陸の中央フォルクサン! 弟皇子も同じフォルクサンへ、スジェ王ジュジェン殿は隣国カタラタン王ですから、ご参考になさるとよろしいでしょう!」

 落下のせいで耳元を通り過ぎていく風の音に邪魔されながら、ジャファとスタラーデは「は?」と案内人に訊き返し、しかし案内人にそれぞれ砂時計を渡されるだけに終わった。

「砂時計の砂は普通の速度では落ちません! その砂が落ち切るまでに、兄皇子殿はフォルクサンの国内を統治すること! 弟皇子殿にはそれなりの道が用意されましたのでお楽しみを!」

 ジャファはスタラーデを見た。

「俺なにするの?」

「わからん」

 スタラーデは頭上に地面が見えたところで体をひねってジャファを抱えこみ、それから「なんてこった!」と叫んだ。

「なに!」

「龍身に姿が変わらない!」

 地面に叩きつけられる衝撃を覚悟したスタラーデが、ジャファの耳元に「目を閉じて!」と言って自分の背中を下にして自分も目を閉じた。


 *** *** *** *** ***


 フォルクサンはヴェスタブール大陸中部の小国だった。

 ジャファは目を覚まして頭を振った。

「変な感じ。自分の記憶と他人の記憶がごちゃまぜ」

 呟きながら横を見て、白い衣装の案内人に渡された砂時計があるのを見た。

 砂時計は手のひらに握り込めるような小さなものだというのに、金色の砂がどれだけ落ちても上の砂は一向に減らず、下には砂が積もらない。

 寝台を下りて鏡の前に立つと、鏡には金髪の少女が映っている。

 肌は白いが、スジェのビジューが象牙のような黄色味のある肌だったのに比べて、赤味のある白と言えばよいだろうか。

 茶褐色の肌に黒髪でパッチリとした目の持ち主を美人と認識してきたジャファにとっては、どうも肉付きはよくないし、不健康そうに見える。

「フォルクサンというのは侯爵領だってさ。貴族だって! 貴族のお嬢様っていいもん食ってもうちょっとこう」

 ジャファは鏡から目を動かして、自分の二の腕と、胸と、尻を見た。

「この女、貴族にしては貧相なんじゃね?」

 そんなことを言いながら窓の外を見て、ジャファは何とも言えない奇妙な表情を浮かべた。

 鏡に映った自分と同じような金髪の男がいる。

 直感ではあるが、ジャファは思った。

(あれきっとスタラーデだ)

 スタラーデだと思われる男を眺めてから、ジャファは女の声に呼ばれて振り返る。

「リゲル様、お医者様は貧血だろうとおっしゃっておられましたから、今日はもう少しお休みになってください」

「リゲル」

 呟いて、ジャファは鏡を振り返った。

 彼女の名前がリゲル、リゲルの名を呼んだ世話役の名前はカラス。

「カラス」

「はいはい、なんでしょう?」

 ジャファは外を指す。

「スタラー……カストールはなんであんなに女の子連れてるの?」

(納得がいかない。スジェのジェジュンに嫁ぐだのなんだのと言っていたのはあの男のはずなのに、なんであいつは女の子を侍らせてて、俺は貧相な女子なんだろう)

 外の男はジャファの視線に気付いたのか顔を上げ、笑いそうになっていた。

 女の子たちと離れてからジャファの部屋に来た男は、ジャファを眺め、それからガシガシと雑にジャファの頭を撫でた。

「やっぱりスタラーデだ」

「遅かったな」

「なにが?」

「私は十五年ぐらいまえのところに飛ばされたらしい。おまえが生まれたときに見て、気付いた」

「十五年? スタラーデ十五年もこんなとこいたの!」

 そこに驚いてから、またジャファは別のところに驚いた。

「俺が生まれたときに俺だって気付いた?」

「女の子だけどこの子がジャファールなんだろうなということは気付いたよ。私と同じ、その砂時計を持って生まれてきたから」

「砂時計! このぜんぜん進まない砂時計?」

 スタラーデは「そう」と頷いてから呆れたようにため息をつく。

「しかし、異端児なんだな」

 ジャファはスタラーデに言われて首をひねった。

「スタラーデが?」

「いや、ジャファールが」

「なんで?」

 スタラーデはジャファを寝台に座らせる。

「ヴェスタブールには龍がいない」

「うん、カヴェイネンのおっさんもそう言ってたよ。龍を退治すると、龍退治の騎士の称号がもらえてお金たくさんもらえるんだってさ」

 ジャファは頷いた。

「ただし、元からいなかったわけではないらしい。その龍の血を引く人間が生まれて、ときどき先祖返りで龍力を使う」

 ジャファはスタラーデを見つめた。

「そうなの?」

 スタラーデは頷き、ジャファの鼻をつついた。

「ジャファールの力は封印されていて使えなかった。リゲルの力は封印してくれる者が誰もいないからそのまま」

 ジャファはスタラーデを見上げる。

「えっ?」

「エルバハンでは力が使えないのに人とは時間の流れが違って、肩身の狭い思いをしたんじゃないか?」

 ジャファはスタラーデに頷いて見せた。

「ここでは逆だ。リゲルは力があるのに龍とは時間の流れが違う。見た目も時間の流れも人間そのものだが龍力を持っている」

「俺これまでジナとかドランみたいな力を使ったことないよ」

 スタラーデが頷く。

「力の使い方は教える」

「ほんと? もしかして今までもリゲルに力の使い方教えてくれた?」

「教えてない」

 スタラーデは暢気に笑った。

「なんで?」

「なんでって、ジャファールの意識がないのに自分はたぶんエクセン・ドランのスタラーデだと、いきなり兄のカストールが言ったら、リゲルはどう反応すると思う?」

 ジャファはぽかんとしてスタラーデを見つめてしまった。

「……変人か、頭がおかしな人だと思うと思う」

「だから、教えたことはない」

 ジャファはカッと目を見開いた。

「よくわかんないけどスタラーデって常識人だったんだ!」

「すごいびっくりされた」

 不本意を言葉に出したスタラーデを見てジャファは「ゴメンナサイ」と笑った。

「最初なにすればいい?」

「そこのグラスに水を満たそう。グラスに水が入っている様子をしっかり頭でイメージする」

 スタラーデに言われるままにジャファは息を吸い込んで水を思い描く。

「水の量と温度も意識して」

「温度?」

 ジャファはスタラーデを見る。

「温度が違えば水は氷になる」

 氷。

「えっ? 食える氷?」

「そう」

「冬の夜につららになってるやつじゃなくて?」

「人がかじっても腹を壊さない氷」

 スタラーデの回答にジャファは目を輝かせた。

「それすごい」

「水を摂氏ゼロ度以下に冷やすと氷になる」

「イミガワカンナイ」

「冬の夜のように冷たくする」

「それならわかる」

 水が溢れたグラスを見ながら「周りを寒くする」と言いながら冬の夜の寒さを想像し、キンッと音を立てたところでジャファはスタラーデを見た。

「スタラーデ」

「ふむ」

 ジャファはグラスに目を向け直す。

「グラス割れたよ?」

「割れたな」

 ふたりはしばらく黙り込んだ。

「弁償しないとだけど、俺、ここのお金ないよ? たぶん」

「弁償?」

「だって俺あのグラス割っちゃったじゃん。うちの親父なら怒って」

 そこでジャファは大きく息を吸い込む。

「くぉら! グラス割りやがったな小僧ー! 分かってんのか! グラスはただじゃねえんだぞこのボケが!」

 スタラーデはジャファの勢いに仰け反った。

「って怒って出てくるよ? きっと」

 スタラーデがジャファを見つめ、それから緑色の目を気の毒そうに眇めて息をつく。

「そんな家で育つ子供がいるとは考えたこともなかった」

 ジャファはスタラーデに感情の無い目を向ける。

「モノ壊して親父に怒られるのはけっこう普通だと思ってたんだけど、あんた七十二年も生きてて普通の家じゃモノを壊すと怒られるって知らなかったの? しかもここで十五年も生きてたんじゃないの? もしかしてスタラーデの人生もカストールの人生も、モノ壊しても怒られない人生だったの?」

 スタラーデは生ぬるい笑みを浮かべた。

「ジャファール、ここでリゲルとして生きるために覚えておけ」

「うん?」

「この部屋はリゲルの部屋で、ここにあるものはリゲルが好きにしてよい物だ」

 ジャファはスタラーデがなにを言おうとしているのか分からず、首を捻る。

「物を壊すというのは、自分がいかに不機嫌であるかを周囲の者に見せつける最高の手段だ」

 瞬きをしてから、ジャファは唇を舐めた。

「俺知ってる、そういう感じでモノ壊すヤツは絶対に関わっちゃいけない相手だ。母さんがそうだった。機嫌がいい時はものすごく優しいけど、出来が悪いとこ見せるとすぐに物を壊すんだ。親父は俺が物を壊すとすっごい怒るのに母さんが物を壊しても知らんふりして盗賊稼業に出て行く」

 スタラーデはジャファの肩を抱き寄せて耳に囁く。

「ここでは、おまえは盗賊の子供ジャファールじゃない、侯爵令嬢のリゲルだ。母上であるジャヒーア姫のように振舞え」

 ジャファはスタラーデに言われて頬を膨らませた。

「ヤダ」

 そう言っているあいだに、割れたグラスに入っていた氷が溶けだして、グラスの破片がカランと音を立てて落ちる。

「ジャファール、水を消せ。念じるだけでいい」

 スタラーデに言われたとおりに念じて水を消し、「それから?」とジャファはスタラーデを見上げる。

「グラスを直す」

「直せるの?」

「直そうと思えば直せる」

 スタラーデは立ち上がってグラスの破片を拾い、ジャファの手に乗せる。

「グラスを作り上げる素材をしっかりと読み取って把握して」

 頷いてから、ジャファはスタラーデの言葉の通りにグラスの破片を意識してから目を開いて叫んだ。

「なんだこれー!」

 ジャファの反応を見たスタラーデが笑い転げた。

「グラスの破片ひとつでこんなに騒ぐ者なんて初めて見た」

「だってこれ、グラスってこんなになんか複雑なの?」

「複雑なものか。世の中にはもっと複雑なものがたくさんある。素材も形もどちらかと言えば単純だろうが」

「そうなの?」

 スタラーデが言うことに、ジャファは首を竦める。

「ん」

 スタラーデは笑う。

「ここで力の使い方を学んで帰ってから封印を解くかどうか考えるとよい。それまでに私は封印の解き方を探しておく。ジャファール、力の強さではケルグンやスジェの王族には敵わないが、エニシャ王族とアーケリ王族にもエクセン・ドランとしての誇りと力はある」

 ジャファはスタラーデの言葉を聞く余裕はなしにグラスの修復に専念し、それからどうにか形を取り戻したグラスを手に「できたー!」と目を輝かせた。

「スタラーデなんか言った?」

「なんでもない」

 スタラーデは首を振った。

「本当に力を封じられて使い方を学ぶ機会がなかったのだな」

「封じられてるなんて言われたのつい最近だし、親が龍族だなんて言われたのもほんと最近」

 ジャファは頭を掻きながらスタラーデを見上げた。

「スタラーデは俺が本当に龍だと思う?」

 頷きながら、スタラーデはジャファに向かって首を傾げて見せる。

「ジャファール」

「ん」

「言葉遣いをどうにかしろ。リゲルは侯爵令嬢だ」

 沈黙のあとに、ジャファは視線を彷徨わせた。

「えーと……はい、殿下」

 たしかカヴェイネンはティーキムのことをこう呼んでいた。

 そしてスジェのいけ好かない王弟もこう呼ばれていた。

 王子様というのはこう呼ぶものだろう、ジャファはそう判断しただけだったが、スタラーデに「違う」と否定された。

「現実でもここでも、たぶん私はおまえの兄。まあ、エニシャでは従兄弟だけど」

 ジャファはスタラーデの言葉に思う。

(こいつ面倒くせえ)

「兄ちゃん、兄き、どっち?」

「リゲルはカストールのことをカストール兄さまと呼んでいた」

 静寂。

 それからジャファは観念する。

「カストール兄さま」

「どうも。なかなかいい響きなので、スタラーデと呼ぶときもスタラーデ兄上と呼んでもらえると、もうちょっと嬉しい」

 スタラーデのなんとも言い難い表情を見たジャファは、「本当にそう思ってる?」とスタラーデに生暖かい視線を向けて訊ねた。

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