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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(18)盗賊の息子

 タリヤ公の邸、広間でひとり不機嫌を隠さなかったのはジャファだった。

 ジャファのことは明日にしようとスジェのデイジェンに言われてタリヤ公がほっとしたのも束の間、ジャファが自席に戻ったデイジェンの前にずけずけと進み出る。

「スジェの王弟様さ、俺のことは明日でいいけど、スタラーデに謝れ。俺は道具でスタラーデは品物? 俺は道具でいいけど、スタラーデはあんたの国で王様と結婚する相手なんだろ? 品物? あんた自分の嫁にもそんなふうに言うわけ?」

 デイジェンはジャファに首を傾げて微笑を見せた。

「私と婚約者の関係で言うなら、私は蘇の皇子として品定めされ彼女に選んでもらう側だ。彼女の家は蘇王族の皇子から相手を選ぶ。私は自分が彼女の家にとって最上の相手だと自負している」

 ジャファはデイジェンの言葉を鼻で笑った。

「彼女にとってじゃなくて、彼女の家にとってなわけ? あんたたちって家と結婚すんの? あんたはそうかもしれないし、俺はあんたにとってちょうどいい道具かもしれないけど、スタラーデを困らせたいだけなら明日も明後日もその次の日も、俺はあんたの道具になってやろうなんて思わない」

 デイジェンはジャファを見つめて興味深そうに首をひねる。

「なるほど」

 カヴェイネンは「よっこいせ」と言いながら席を立ち、ジャファの後ろに立った。

「デイジェン殿、私はヴェスタブール、カタラカン王ティーキムの躾役をしていたカヴェイネンと申します。私は龍というものを存じ上げない。ジャファにどのような封印が施されているのか、それをなぜスタラーデ殿が解けるとおっしゃるのか、そもそも、ジャファが封印を解きたいと思っているのか、そういったことを話してからでなければ、進めることができない話ではないかと思いますが、いかがでしょう?」

 ジャファは自分の肩に置かれたカヴェイネンの手を振り払って「そうじゃない!」と怒鳴った。

「俺は道具じゃないしスタラーデだって品物じゃない!」

「私は品物だよ」

 あっさり言ったのはデイジェンだった。

「王族なんてそんなものだ」

 カヴェイネンはジャファの肩に置いた手に力を入れようとして、怪我の痛みに顔をしかめた。

 ジャファはスタラーデを振り返る。

「あんなヤツの国に行く必要ない」

 デイジェンがジャファの手首を掴むような仕草をしてから大きく腕を引いた。

 ジャファの手首から引きずり出された金色に光る文字の鎖が長く細く、糸のようにきらめく。

「炎の六心龍は殊更ことさらに自分たちが六心龍であることを隠したがる。他の領地の王と同じように五心龍として振舞い、我が子にこんな封印まで施して人のなかに隠す。まるで地龍と同じだ」

 イェジンがデイジェンを見て「そりゃあ」と手を振る。

「誰だって食われたくはないだろうからね」

 タリヤ公は俯いた。

「なぜスジェの王族は、私が六心龍であると判断なさった」

 デイジェンはタリヤ公を見た。

「央原君のお達しだと、礼部が言う」

「礼部」

 タリヤ公は呟くように繰り返してから息をつく。

「父王の時代の二の舞は御免だ。兄には出自の確かな六心の伴侶だけを妃として迎え、対で輿入れする姫は妃でなく妾室として扱いたい」

 ジャファはスタラーデを振り返ってからデイジェンに目を向ける。

「あいつはどっち?」

「妃のほうだが、もし炎王になる気概があるなら諦める」

 ジャファはスタラーデをもう一度振り返った。

「この失礼なヤツ、おまえが炎王になるならスジェに嫁に連れていくの諦めるって!」

 デイジェンはジャファを見て、引きつった笑顔で下唇を歯で咬んだ。

 タリヤ公はひやひやした様子を隠しもせずにデイジェンを見る。

「あの、ザニジ公」

「タリヤ公」

「はい」

 スタラーデの父がデイジェンの前で委縮しているのを見て、ジャファがさらに憤然とした。

「あんたここの領主なんだろ! この失礼なオウテイより偉いんじゃないの?」

「そんなわけないだろうが! 国の序列はケルグン・スジェ・エニシャ・アーケリの順。スジェの王弟だと言っても、血筋だけならスジェ王よりこの王弟殿のほうが上だ」

 タリヤ公が小声でジャファを叱責し、ジャファはデイジェンを見る。

「ここの領主より偉いの?」

「スジェ王ではないが、ここより広い領地の領主だからな」

 ジャファはタリヤ公を振り返る。

 タリヤ公はジャファに頷き、父親の横にくっついたスタラーデもジャファに頷いた。

「あんた俺の封印とかいうの摘まんでるけど、これあんたに解けるの?」

「この最後の部分を無視して引きちぎろうと思えばできる」

 広間にいた誰もがデイジェンを見つめた。

 カヴェイネンもまたデイジェンを見つめて肩を落とす。

「ジュジェン殿は穏和な方だったが、デイジェン殿はだいぶ力任せなのですな」

 思わず言ったカヴェイネンに、デイジェンが笑顔を見せる。

「力は正義」

 デイジェンの肩にいる鳥が呆れたように透き通った女の声で何事かため息をつき、通訳が「殿下が言うとシャレにならない」と通訳した。

 ジャファもタリヤ公もスタラーデも、デイジェンに目を向ける。

「その鳥は、なんなんでしょうか」

 訊ねたのはタリヤ公だった。

「対の鳥がスジェにいて、伴侶にすべて聞かれているところだ」

「伴侶ってなに?」

 ジャファが真正面からデイジェンに訊く。

「妻とか夫」

 デイジェンの答えを聞いて、ジャファはデイジェンの肩にいる鳥を見た。

「あんた奥さんいるの?」

 デイジェンは鳥がいないほうに顔を背けて「まあ」と言葉を濁す。

「その相手、どんな人か知らないけどすっごい可哀想!」

「おまえが知らないだけで私の方が可哀想だ」

 デイジェンはふっと息をつき、肩の鳥に「すいませんね」と言われた。

「私の伴侶は化け物なんだ」

 鳥がデイジェンの耳をついばむ。

「誰が化け物ですって?」

「六心龍で、天龍で、地龍で、変人で、やりたいことをやるためであれば幽鬼に魂を売り渡すことも厭わない」

「失礼な。私はただの史官です。本が好きで芝居が好きなだけの史官ですからね」

 鳥の言葉を通訳が訳す。

 ジャファはスタラーデと顔を見合わせ、それから鳥を見た。

「六心龍で天龍で地龍で変人でジナに魂を売り渡す、本と芝居が好きな人?」

 スタラーデが鳥に訊ね、デイジェンが「そう」と頷く。

「そういうわけではありません。すべて成り行きですからね。うっかり五皇子のお母上の死体に魂魄を食われて、宮中の権力闘争に巻き込まれて封印されて、うっかり地龍の皇子と眷属の契約を結んでしまっただけです。そういううっかりしたことが続いたら、色んなことができるようになっていただけです」

 鳥の言葉にデイジェンが「うっかりの程度がおかしいんだ」と呆れた。

「普通は、ただの本が好きで芝居が好きなだけの史官は自分でペットを作らない」

「でも長生きしないので、だいたい三日ぐらいで世代交代する蚯蚓みみずを作る程度がせいぜいですよ」

「そいつらに魂はあるのか?」

「ありませんよ。だから三日ぐらいで世代交代するんです。ですから意思もありません。ただ漫然と土を耕して交配して死んでいくだけの、生き物に見える、つまり、蚯蚓に見えるモノです」

「普通の史官はそんなものを作らない」

 デイジェンががっかりしたように言うと、鳥は「やってみたらできたんですよ」と飄々と答えた。

「炎の六心王族はオアシスを作ると聞いておりますから、スタラーデ殿にお会いするのが楽しみです。スリヤ様はオアシスをご自分では作らなかったとおっしゃっていらしたんですよ」

 通訳が女の言葉を訳したのを聞いて、スタラーデは慌てた。

「あの、私もオアシスを作ったことはありません。オアシスを作った最後の王は高祖父だと聞いています」

 タリヤ公がスタラーデの横で頷く。

五心龍ペクタ・ドラン四心龍クアンツ・ドランに食われる事件が起きるようになってから、六心龍エクセン・ドランはオアシスを作ったりということをしたことはない。それが我が身と我が子を守る術だ。スリヤ殿はオアシスを作るまではしなかったものの、川の流れを変えたりしたことでエクセン・ドランであると知られて命を狙われ、スジェに嫁ぐ以外の道がなくなった」

 タリヤ公の言葉に、デイジェンの肩で鳥があるのかないのかよくわからない肩を落とした。

「そうですか、残念です。砂地に湖を作るときにどのような土壌で保水をするかとか、河川を作るときの降雨量のことなど、話ができると思ったのですけれど、無理ですか」

 いまタリヤ公の邸の広間に、鳥ががっかりした話題を楽しむ者は天龍にも地龍にも人間にも動物にもいなかった。

「お待ちを、お待ちを」

 言ったのはタリヤ公だった。

「オアシスを作るなどは、六心龍でも相当な負荷があると聞いたことがございますよ。デイジェン殿の奥方は、その話をなさっておいでですか?」

 デイジェンは頷く。

「彼女はスジェ全土の地理や気候の一切を担う一族のひとりです。そのうちに一族の総領になる」

 そう言ってからデイジェンはジャファを見た。

「私は彼女の一族に六心龍が絶えないようにするための品物だ。玄、ケルグン出身の母とスジェ王という父を持つ私の血は、彼女の一族にとって六心龍の子供を残すために必要なんだ」

 鳥が不貞腐れたようにジャファに説明したデイジェンの耳をつつく。

「痛いっ!」

「あなたが比氏との婚姻がお嫌だと言うなら、私は駆け落ちでも夜逃げでもして差し上げますよ。自慢じゃありませんが、ずっと州境で甲冑を着ていたあなたより、十五年ほど子供たちの私塾をやっていた私の方が、市井の生活に馴染めると思いますね。ちゃんと養って差し上げます」

 デイジェンが鳥を見る。

「私にだって茶館を営むことぐらいはできる」

 鳥が目を丸くする。

「泰俊殿それは本当ですか? それでしたら母や姉と出掛けやすい立地を探しますから、早く炎からお戻りくださいませ」

 タリヤ公もスタラーデもカヴェイネンもジャファも、デイジェンの表情が死んだのを見、イェジンだけがカラカラと笑った。

「それで俺の封印を解くの? 解かないの? どうしてもスタラーデにやらせたいの? スタラーデが王になるならスジェに行かなくていいって言ったけど、スタラーデはタリヤ公になるんじゃないの?」

 色々と思い出したようなジャファの質問を聞いて答えたのは鳥だった。

「人間の世界で、あなたは周りのお友達よりもゆっくりと育ったのではない?」

 ジャファは頷いた。

「仲良くなった友達は、みんな俺よりも早く大人になった。近所のおじさんとおばさんだけが俺と同じであんまり見た目が変わらないんだ」

 鳥がジャファを見る。

「その封印を解くということは、自分が人間ではなく龍だということを受け入れるということ。それを望むかどうか、あなた自身はどうしたい?」

「龍は、俺と同じような育ち方をする?」

 鳥が頷く。

 ジャファはしばらく黙り込んで、それからスタラーデを振り返った。

「俺は、どっちだと思う?」

 スタラーデは首を傾げてから肩を竦め、首を振った。

「私は君と今日初めて会った。君のように封印を体に施された子供を見たのも初めてだ。ただ、もしデイジェン殿が言うようにその封印を私に解くことができるなら、つまり、その方法がデイジェン殿がやる引きちぎる方法よりも君にとって負担がないようなら、試してみようとは思う」

 ジャファはスタラーデを見つめ、それから唇を舌で舐めて湿らせた。

「エニシャ王になる?」

「どうだろうな」

「スタラーデはエクセン・ドランで、ペクタ・ドランやクアンツ・ドランに狙われるというけれど、他のドランに勝てるなら、スジェのこのなんだか、嫌な感じの王弟とかと一緒にスジェに行かなくていいんでしょ?」

 スタラーデが頷くと、ジャファは笑顔を見せた。

「カヴェイネンのおっさんとかイェジンのおっさんたちが天龍と戦えるんだから、龍なら俺もきっと戦えるようになる」

 カヴェイネンはジャファの言葉に思わず手を振る。

「ジャファ、あれはみんな戦闘訓練をしているから戦えているのだからな、勘違いするんじゃない」

「でもさ、カヴェイネンのおっさん、俺が龍ならアルタンじゃなくて俺がおっさんを運べばいいんだ。そうすればアルタンが危ない目に遭うこともないよ」

 アルタンは首を竦めてイェジンに目を向けた。

「私はそんなに頼りないですかね?」

「そうではなかろうよ。タジャンと一緒に龍の鱗を剥いで、そのために天龍をおびき寄せたことを気にしているだけだ。そのせいでおまえのこともカヴェイネン殿のこともピンのことも危ない目に遭わせた」

 イェジンが小声でした説明に、アルタンは「それならいいんですが」と肩を落とした。

 ジャファは鳥と、デイジェンと、スタラーデを見る。

「封印、解いて」

 息をついたのはタリヤ公だった。

「ジャファール、そなた自分の封印を解きたいか」

 ジャファは頷いた。

「そうか」

 タリヤ公がもう一度呟くように言う。

「俺の親父は盗賊で」

 そう言いかけて、ジャファはなにかに気付いたように言葉を止めた。

「親父は盗賊で……」

 イェジンがじっとジャファを眺め、それから「おまえさんや近所のおじさんとおばさんと同じで、年をほとんど取らなかった、そうなんじゃないか?」とジャファに訊ねる。

 カヴェイネンはイェジンを振り返った。

「どういうことです?」

「龍は人間の二倍や三倍、下手すりゃ四倍の時間を生きる。盗賊だろうが、母親だけが龍族なら、この子がここまで育つ間に父親は死んでるってことだが、母は死んだが父はその母の形見をタジャンに売り渡したというのだから、生きてるってことだ」

 イェジンがカヴェイネンに言うと、タリヤ公が「十三歳から十四歳」とジャファの見た目を指摘して頷く。

「人間ならニ十歳から三十歳を超えたぐらいでもおかしくない。その父親なら、もう七十から八十、盗賊だなんて言って外に出掛けていかれるような年じゃないんじゃないかということだ。だから、父親も龍族だ」

 呆れたようなタリヤ公の言葉に、ジャファは戸惑った。

「親父が龍だなんて考えたこともなかった」

 タリヤ公が頷く。

「私もね、あの人が盗賊になるだなんぞ、考えたこともなかったよ」

 ジャファは呆然とタリヤ公を見つめる。

「親父を知ってる?」

 じっとジャファを見つめたタリヤ公はもう一度、今度は目を伏せる程度の仕草で頷いた。

「知っているとも、あの人とは血を分けた兄弟だからね。そうして君は、間違いなく兄とジャヒーア姫の間に作られた子供だ」

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