カヴェイネン:異国から来た訪問者(17)タリヤの饗応
エニシャからスジェ王族へ娘の輿入れを予定しているタリヤでは、スジェ王族の迎賓に力を入れていた。
街中が花で飾られ、葡萄棚は美しい青葉を茂らせている。
「タリヤ公は正統なエクセン・ドランだ、その主張でもあるのだろう」
カヴェイネンはイェジンを振り返る。
カヴェイネンの隣で馬の足を進めるイェジンは、白髪の痩せこけた老人の姿だった。
「なるほど、これだけのことができるとなると、たしかにエクセン・ドランなのだろう」
馬上で、カヴェイネンはイェジンの言葉に「なるほど」と頷く。
「エクセン・ドランはこういうことをする、と?」
「あの花は春、あれは秋、葡萄棚は初夏。季節の違う花や果実をいっぺんに用意することができるのだとスジェの王弟に見せつけているのだろう」
カヴェイネンは改めて道を彩る花々を見て「春、秋、初夏」と呟いた。
イェジンの後ろにはジャファがいる。
ジャファはイェジンに「アーケリ王族の腕輪を持つということがどういうことか、よく見ておきなさい」と言い含められていた。
タリヤ公の邸に足を踏み入れると、通された広間には楽団と踊り子たちが大理石の床石を踏み鳴らしながら踊っていた。
広間で踊ると言えば、招待客の男女が音楽に合わせて親睦のために踊るものだと思っていたカヴェイネンにとって、音楽に合わせて踊ることを生業にする者たちを呼んで踊りを鑑賞するという趣向を目の当たりにしたのは初めてだった。
貴賓席には毛足の短い細かい模様の絨毯が敷いてあり、花の模様が一面を彩っている。
イェジンはクッションの置かれた絨毯に座り、後ろにカヴェイネンとアルタンを控えさせてふたりと、カヴェイネンの左肩にいるピンに目配せした。ジャファはそのさらに後ろに座らされた。
タリヤ公は亜麻色の髪に金色の目の持ち主だった。
王妃としての輿入れだと聞いていたが、食事の席に出てきたのは亜麻色の髪にやはり茶色に近い金色の目を持つ青年だった。
白に金の縁取りを施したローブはそのもの金にも近い絹で織られているのだろうが、動くたびに軽やかな影が艶めかしくゆれる。
「タリヤ公の、あれが、娘さんですか?」
カヴェイネンがイェジンに囁き、イェジンが「彼でしょうね」と頷き返す。
「男に見えますが」
「エクセン・ドランだということ証明したいのだろう」
「どういうことです?」
カヴェイネンがイェジンに訊き、イェジンはカヴェイネンに視線を向けた。
「龍族のなかでエクセン・ドラン、六心龍にだけは男女という概念がない。見た目の男女は関係なく縁談が決まる。子供はだいたい男として育てられるが、縁談で相手が格上ならそこに子供を女として嫁がせることもよくある」
カヴェイネンは背筋がゾッとする感覚を覚えた。
イェジンは老若男女自在に姿を変える。
ピンやアルタンが自分の姿を人と獣とで行き来するのとは違う、白髪の爺さん、黒髪のおっさん、亜麻色の髪の若い女、イェジンは自分の姿を好きに変える。
カヴェイネンは思う。
(イェジン殿もやはりエクセン・ドランなのだろう)
スジェの一団が広間に来たのは最後だった。
デイジェンの衣装は数日前にカヴェイネンに会いに来たときに着ていた黒い衣装とは違う、青い羅紗の衣装に白金に近い金色の冠で、頭上でまとめた黒髪を包んでいる。
「蘇王貞俊は、蘇氏圭徹の長子、炎氏斯里夜の長子。私は蘇氏、泰俊と申し、玄氏由寧の長子、蘇氏圭徹の三子です」
スジェの王弟デイジェンの紹介を聞いて、タリヤ公の息子は相手がなにを言い出したのかと問うような、不思議そうな笑顔を浮かべた。
イェジンが後ろに体を倒して、カヴェイネンとアルタンに囁く。
「今のは蘇王の素性と自分の素性を明らかにしたということだろうな。王族の序列は玄、蘇、炎、朱という順があると聞いている。蘇王貞俊、ジュジェン殿の両親は先の蘇王蘇氏圭徹殿が序列が上で、炎氏のスリジャ殿が下。だから圭徹殿の名前が先。王弟の泰俊殿は玄の由寧殿の序列が上だから、そちらの名前が先。タリヤ公が気付いたかどうかはわからん」
しばらくデイジェンの顔を見ていたタリヤ公の息子はデイジェンに向かって笑みを浮かべた。
「スタラーデ。スタラーデ・ケシャ・タリヤ」
デイジェンはタリヤ公の息子を見て「それがお名前ですか」と笑みを返す。
スタラーデの横に控えていた男が咳払いで通訳としてデイジェンに向けて声を発した。
「炎氏阿羅巴、朱氏嘉爾須可の長子です」
デイジェンが通訳を見て頷く。
今度はイェジンも目を丸くした。
そこに通訳が体を寄せて、イェジン、カヴェイネン、アルタンに囁く。
「蘇王の婚姻なので、スタラーデ様の来歴がはっきりしていないといけないのです。恐らく同じ儀礼が蘇で繰り返されます。スタラーデ様が自分で答えねばならないことだったのですが、こういうこともありますでしょう」
カヴェイネンはピンとふたりで首を竦めた。
それからピンがジャファを振り返ると、ジャファは怪訝な顔で居心地悪そうにイェジンの後ろに隠れていた。
カヴェイネンの肩から下りたピンは、ジャファの肩に駆け上がる。
「ジャファ、大丈夫か?」
「ピン、あいつらなんであんなことやってんの?」
怪訝な様子のジャファに、ピンはジャファに耳打ちする。
「スジェの王弟殿下は、スタラーデ殿がスジェ王の相手にふさわしいかどうか品定めするためにスジェ王と自分の素性を明かして、同じことをスタラーデ殿に訊いてんだ」
肩に登ってきてそう言ったピンに、ジャファは「げえ」と嫌そうな顔を作る。
「スタラーデっていうあいつが、イェジンのおっさんがもしかしたら俺の従兄弟かもしれないって言ってたヤツ?」
「そう」
ジャファは改めてスタラーデとデイジェンを見て、また嫌そうな顔を作る。
「スジェのあいつ、オウテイだかなんだか知らないけどエラそうなのな。あいつナニサマ?」
ピンはジャファの言い分に耳と髭を動かし、言った。
「スジェの王弟様」
「オウテイって?」
「王様の弟」
「王ってただのオアシスの領主だろ? 種族がドランっていうだけだ」
ジャファの言葉にピンはまた髭を動かす。
「あの王弟は、王も自分もただのドランじゃない、おまえはどうだってスタラーデ殿に訊いてるんだ」
「なんで? 王家の王子様だから?」
「そだな」
ピンは小さく頷いた。
「タリヤ公の息子なんだから、スタラーデだって王子だ」
ジャファは不服そうに鼻を鳴らす。
「そりゃそうなんだけど」
ピンは耳を動かした。
「ピン」
ジャファとピンの会話が終わらないうちに、カヴェイネンはジャファの肩にいるピンに手を差し出して呼び、イェジンに差し出す。
「イェジン殿」
「ありがとう」
イェジンは小さく頷いてピンになにかを言い含め、ピンを床に放った。
ピンは目立たないように人の後ろを回りながらデイジェンの肩めがけて走り、デイジェンの肩に登る。
デイジェンの横に控えていた通訳がピンに体を寄せ、それからデイジェンに何かを囁いたのだカヴェイネンにもジャファにも見えた。
お使いを終えて、ピンはカヴェイネンたちの席に走って戻った。
デイジェンはタリヤ公に目を向ける。
「タリヤ公、恐れ入りますが、ジャヒーア姫をご存じですか?」
「ジャヒーア姫、アーケリのジャヒーア姫でしょうか?」
タリヤ公が問い返し、デイジェンは頷いた。
「そこの少年」
デイジェンがイェジンの後ろを指で指し示し、ジャファを見る。
「恐らくジャヒーア姫の封印がかかっているというのですが、スタラーデ殿、解くことはできるでしょうか」
スタラーデはデイジェンを見つめ、それから首を振った。
「封印ですか?」
デイジェンは頷く。
「封印です」
「封印とは?」
スタラーデの質問にデイジェンは目を瞬かせた。
「龍には力の淵源がある。それぐらいはご存じでしょう?」
「それは、ええ」
スタラーデは頷く。
「しかし、封印ですか?」
「淵源と魂魄の道を細くする術をかけてあるということです」
デイジェンはじっとスタラーデを見つめ、続けた。
「見極めることぐらいできるでしょう?」
「封印の見極めも、封印を解くというのもやったことがありません」
「本当に?」
デイジェンがスタラーデに畳みかけ、ジャファは立ち上がってデイジェンの前に出た。
「やったことがないって言ってるんだから無理強いすんな!」
通訳の言葉を待ってから目を細め、デイジェンは自分の前に立ったジャファを見上げた。
タリヤ公が慌てて侍従を呼んでジャファの腕を捕まえさせたが、デイジェンがそれを止める。
「スジェの王様だか王子様だか知らないが、俺はスタラーデの力を試すための道具じゃないし、スタラーデはあんたに値踏みされる品物じゃない」
デイジェンはジャファの言葉に微笑を浮かべて頷き、しかし「若いねえ」と笑った。
「おまえは道具だしスタラーデ殿は品物だ」
ジャファの肩が大きく動き、デイジェンの胸ぐらを掴んだが、反対にデイジェンにひっくり返される。
「タリヤ公、どうなさいますか? この子は炎の子供です」
タリヤ公が口を出す前にスタラーデが手を出した。
「処罰をするかどうか、私にお任せいただけませんか」
スタラーデが苦々しい表情で言ったのを眺めて、デイジェンは笑みを浮かべた。
「この子が純粋な人であるなら、あなたにはこの子の存在そのものをないものにできる。そうですね?」
デイジェンに訊かれ、スタラーデは首を振った。
「そんなことできるわけがないでしょう。人ですよ」
スタラーデの言い分に、デイジェンは肩を竦めた。
「権限の話を問題にしているのか、彼の人生を変えることを問題にしているのか、それともそれ以外のことか、伺ってもよろしいですか?」
デイジェンに淡々と問われ、スタラーデはジャファに駆け寄ってデイジェンをどかしながら、ジャファを背に庇いつつ、デイジェンに対する不快感をあらわにする。
「申し訳ありませんが、私にはデイジェン殿がおっしゃっていることの意味が分かりません」
デイジェンはにこりとスタラーデに微笑して見せた。
「スタラーデ殿、ご兄弟はおいでですか?」
「いいえ」
スタラーデの返事を聞いてデイジェンはタリヤ公に顔を向け、それからイェジンを振り返った。
「炎地公、あなたの見立てではこのジャファはジャヒーア姫の子で、地公の命譜に名前はない。つまり両親ともにドランか、少なくともドランの血のほうが濃い子供だから封印が施された。封印はジャヒーア姫と同じ血統の持ち主か、炎の血を引くドランにしか解けない」
イェジンは二ッと笑顔を見せて緑の風をまとい、赤味のある黒い髪に青い瞳の若い女に姿を変える。
「スジェの王弟殿下、あなたの国の基準でエニシャからの輿入れ相手を品定めされちゃたまらんよ」
デイジェンはイェジンを見て目を眇めた。
「炎の五心龍は地龍を食おうとしていると訴えてきたのはそちらだろう、炎地公」
不服そうなデイジェンに、イェジンは首を竦める。
「それはそうなんだが、おまえさんのやり方はどうもお兄さんとも弟さんとも、それにビジューとも違ってずいぶんと力ずくだ」
デイジェンは両手を広げて「どうも」と言いながらスタラーデとジャファを放して自分の座に戻った。
「スタラーデ殿、ジャファをどうするか、改めてお聞きしたい。そしてジャファ、ジャー……」
名前をしっかりと言おうとして、デイジェンは怪訝な顔をし、スタラーデも、その表情を見てジャファを見た。
「ジャ……」
「ジャファール」
ジャファが自分の名前を伝えると、デイジェンもスタラーデも「ジャファール」と頷いた。
イェジンが言った、自分が何者かという話がスジェ王と従兄弟かもしれない男の縁談に絡むとは思わなかったと、ジャファは様子を見に駆け寄ってきたピンに囁く。
ピンは髭を動かしてから「ふむ」と頷いた。
「大丈夫だ。イェジン様が、おまえさん魔力持ちのドランだと言っただろう? それ以上でも以下でもない。ただ、ドランのなかにも魔力の強い弱いがあって、術を使って封印されているってことは、ジャファの魔力は強いほうなんだろうっていうだけのことだと思っていい」
ジャファはピンを抱え込んで囁く。
「もし俺が本当にドランだったら、俺は仲間の鱗を剥いだってことにならない?」
「なるよ。なるけどペクタ・ドランやクアンツ・ドランの世界じゃ、ときどきあることだから気にしなくていいんじゃないだろうか」
ジャファは顔を曇らせた。
「気になるよ」
「今さらか」
ピンは呆れてカヴェイネンの肩に戻って行く。
デイジェンはスタラーデを見つめ、それから息をついた。
「タリヤ公、スタラーデ殿、ジャファールのことは明日にしましょう」
そのデイジェンの申し出に、タリヤ公は明らかにホッとした様子を見せた。




