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蒼山碧海番外編  作者: 望月かける
異国から来た訪問者
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カヴェイネン:異国から来た訪問者(14)騎士の失態

 天龍は十人ほど。

 地上からの応戦と、眼前に迫ってきたところへの応戦で、三人ほどを倒した。

 四人目の龍に乗っていた乗り手は、カヴェイネンの眼前すれすれを飛んだところで斜め下からピンに光の矢を射られて砂地に落ちた。

 カヴェイネンはピンを肩からポケットに入れて「落ちないように捕まっていてくれ」と声をかけた。

「盾がなくなります」

「他の地龍たちの盾に潜る」

「矢を放つこともできますよ」

「これから飛んだり跳ねたりするからな、地上で待っていてもらうか、あるいは落ちないように一緒にいてくれるとありがたい」

 ピンは不服そうに髭を小さく動かしたが、カヴェイネンはピンに目で笑って見せた。

「時には隠れる勇気が必要だ」

 ピンは耳を動かしてから、「了解です」と言ってカヴェイネンのポケットに潜り込んで、ポケットの底にしがみついた。

 カヴェイネンはピンが落ちないようにポケットのフラップを引き出してボタンを閉める。

 龍を避けるカヴェイネンの動きはピンを気にする必要がなくなったことで自然と大きくなった。

 残りは六人。

 カヴェイネンは空を見上げてから、大型の猛禽類に姿を変えた地龍を振り返る。

 彼はいつも白地に赤いチェックのクフィーヤを巻いている男で、砂漠で日焼けしたせいか元からか、精悍な顔に笑顔を浮かべていた。

 名前はアルタン。

「アルタン殿! 天龍の頭上に出られるだろうか!」

「やってみますよ!」

 カヴェイネンはアルタンの首に捕まって背に飛び乗り、アルタンはカヴェイネンを乗せて飛ぶ。

 片手に剣を持ってアルタンの首の羽に捕まり、カヴェイネンはアルタンが盾の間を抜けて天空を目掛けていくその気温の変化と風圧、それに薄くなる空気に耐えながらポケットのなかにいるピンを心配した。

(天龍たちの頭上まで上がるとこれほど寒くなるのか)

 アルタンが「降下しますよ」と声をかけ、一番高いところを飛ぶ龍の頭上を目掛けて体を下に向ける。

 カヴェイネンはアルタンの首元からふわふわと漂って来た羽毛を見ながら歯噛みした。

(せめて片手が空いていればピンがいるポケットに羽毛を突っ込んでやれるんだが)

 今はピンがポケットから転げ落ちないように祈るのが精一杯の状態で、カヴェイネンは龍の頭上間近まで下りたアルタンの背から飛び降り、龍の背にまたがる兵士の首を大ぶりな剣で薙ぎ払った。

 首をなくして龍の背からずり落ちるからだを蹴って鐙から足を外せば、騎龍の乗り手は地上へ落ちていく。乗り手を失った騎龍の手綱を奪ってカヴェイネンはその首に剣を突き立てた。

(あと五人)

 騎龍は暴れ、すぐには活動を止めず、仲間の騎龍にぶつかりながら空を進む。

 カヴェイネンはその騎龍の背でくらにまたがって体を固定し、ポケットに手を入れてやっとピンに触れた。

 気圧の低さと上空の寒さに小さな体をガタガタと震わせながら、ピンは丸まっていた。

(早く終わらせて地上に戻らないとピンが凍えてしまう)

 ぐっと手綱を引いて龍をぎょそうとして、カヴェイネンは嫌がって大きくうねった龍の背から落ちる。

 カヴェイネンの視界のなかで、天地が逆転した。

 逆さまになった世界で、アルタンが六人目の首を鋭い爪で掻き切って落としたのが見えた。

(あと四人)

 龍の爪が迫ってきてカヴェイネンは体をひねったが、龍の爪はよけきれず、右肩を抉られる。

(まいったな、剣をあの龍に突き立てたままだ)

 カヴェイネンは「これまでか」と諦めたところでアルタンの爪に拾われた。


 *** *** *** *** ***


 意識を失ったカヴェイネンが目を覚ましたとき、目の前には頑丈なベッドの柱と天蓋があった。

「目が覚めたか」

 声はイェジンのものだった。

「ここは?」

 カヴェイネンは天蓋を支える柱にかけられたモザイクランプの明かりを見つめる。

「ハシャクの次のオアシス、タリヤだ」

「タリヤ」

 カヴェイネンは呟き、それからイェジンに目を向ける。

「ピンは」

 イェジンは「無事だ」と頷く。

「枕元」

 そのイェジンの言葉に枕もとを見て、カヴェイネンはふかふかのクッションに乗せられ、あたたかいスカーフにくるまれて寝ているピンを見つけ、安堵した。

「上空が、あんなに寒い場所だとは思いませなんだ。ピンに申し訳ない」

「あなたの相棒にはピンがよかろうと選んだのは私なのだから、なにかあれば私の責任だ」

 カヴェイネンはイェジンを見て首を振る。

「連日無理をさせた」

「いや、連日の無理もあなたとピンだけじゃない。あとで、ここまで運んでくれたアルタンにもねぎらいの言葉をかけてやってくれ」

 そう言ったイェジンに「喜んで」とカヴェイネンは頭を下げる。

「ピンは勇敢でしょう?」

 ピンのクッションにかけたスカーフを指差して、イェジンが言い、カヴェイネンは頷きながら体を起こした。

 ジュジェンに「身幅があって分厚い」と言われたことのあるカヴェイネンの体躯には、しっかりと包帯が巻かれている。

「ピンは勇敢で小回りが利く」

 笑顔を見せたカヴェイネンに、イェジンが頷く。

「そしてピンは義理堅く、ときどき融通が利かない」

 イェジンは言いながら笑った。

「カヴェイネン殿、ここからの道はだいぶ楽になる。タリヤの領主はスジェの公主を母に持つ正統なエクセン・ドランで、アーケリのエクセン・ドラン、カルシューク姫を妻に持つ。子供はエニシャ王族には珍しく、疑いようのないエクセン・ドランだ」

 カヴェイネンはイェジンがなにを言おうとしているのかをじっと待つ。

 イェジンは契約書を取り出した。

「ここから先は、スジェ王の弟、ザニジ公の一行に同行していくように手配する」

「ザニジ公?」

 カヴェイネンの問いにイェジンが頷く。

「タリヤ公が娘として育ててきた子供をスジェに嫁がせる一行の迎えだそうだ」

「しかしそれでは、スジェまでの護衛の契約が果たせますまい」

「怪我人を連れて砂漠を越えるよりよい」

 イェジンの言葉にカヴェイネンは納得した。

「カヴェイネン殿、ピンも一緒に連れて行ってくれ」

 ピンをくるむスカーフを撫で、イェジンはそのスカーフをカヴェイネンの膝に乗せる。

「このカヤネズミの姿だと分からないが、ピンは小柄で細いわりに強い」

 カヴェイネンは「なるほど」と笑いながら頷いた。

「ピンが強いのは分かりました。盾を張るだけでなく、私の肩の上で小さな体から光の矢を放ってひとり倒してくれたのを見ましたから」

 イェジンは自慢げに「そうだろう」とピンをスカーフの上から撫でる。

「ピンは、カヴェイネン殿、あなたと同じ魂を持っているのだという」

「私の魂?」

「ジュジェン殿がティーキム殿と同じ魂を共有していたように、ピンはカヴェイネン殿、あなたと同じ魂を共有しているそうだ」

 カヴェイネンは膝に乗せられたピンを見つめる。

 カヤネズミ。

 イェジンもカヴェイネンの膝でスカーフにくるまれて丸まっているピンを見つめる。

 カヤネズミ。

 何度見てもカヤネズミでしかない。

「私と同じ魂」

「ティーキム殿はジュジェン殿より若かったが、ピンとあなたじゃ、ピンのほうが若い。ピンはあなたの性格とよく似た性質を持って生まれてきたもんで、天龍と戦うにも臆病なところはなかったはずだ」

 カヴェイネンはじっとピンを眺めて首を振った。

「イェジン殿」

「んむ」

 イェジンは白髪の痩せた老人の姿だったが、その骨ばった手でピンをくるむスカーフをそっと撫でながらカヴェイネンの言葉を待つ。

 カヴェイネンはイェジンの手に自分の手を重ねた。

「もし、ピンが私と同じ魂を持っているなら、あなたと離れることを良しとはしないでしょうな」

 話をしているところにジャファが顔を覗かせ、タジャンをイェジンの前に突き出す。

 イェジンとカヴェイネンはジャファとタジャンを見つめた。

「どうした」

「鱗が売れるっていうから、龍を呼ぶために毎晩、魔道具を広げたんだ。ごめんなさい」

 ジャファはそう言いながらタジャンをちらりと見る。

「オッサンも謝れよ」

 小声でタジャンをつついたジャファは、カヴェイネンとイェジンを見てからピンに手を伸ばした。

「ピン、ごめん」

 イェジンはしばらくタジャンを見つめていたが、はあっと大きく息をついてアルタンに箱を持って来させる。

「魔道具は封魔具も合わせてすべて買い取ろう。ここから先、魔道具はすべてリュヌ商会の荷駄になる」

 タジャンは箱の中身がアーケリの宝石類だと見せられても気乗りしない様子で渋々頷いた。

 そのタジャンとイェジンをよそに、ジャファがカヴェイネンが寝かされたベッドに寄りかかって身を乗り出す。

「カヴェイネンのおっさん、聞いて。タジャンのおっさん、あんたが倒した龍で数百タパカは儲けたんだ。俺も手伝ったから、母さんの腕輪を買ってもらった二十タパカを返せる」

 カヴェイネンはジャファの頭を大きく分厚い手でワシワシと撫でてニヤリと笑った。

「急がなくていい」

 ジャファはカヴェイネンの腕を掴んで片目を瞑って見せ、それから「もうひとつ」と言う。

「ここのお姫様、アーケリのお姫様がお母さんだって。イェジンの爺さんが、俺の従姉妹じゃないかって言うんだ」

 声を落としていたはずだが、イェジンとタジャンがジャファを振り返った。

「そうだ、ジャヒーア姫の腕輪の件が残ってる」

 タジャンがイェジンとカヴェイネンを見る。

「あの腕輪が本当にアーケリの王女のものなら二十タパカよりもっと高くなる」

 タジャンの言い分に、イェジンが「抜け目ないな」と呆れた。

「ジャヒーア姫の血であろうとは思うが、カルシューク姫にその封魔のまじないを解いてもらわなくては分からないというところだが、まあ封印の模様が蓮華だというからには、間違いないだろう」

 イェジンは飄々と言い、それからジャファをちらりと見る。

 タリヤ公の娘がスジェ王に嫁ぐ。

 その娘がジャファの従姉妹かもしれない。

 そこまで考えて、カヴェイネンは「ん?」と首をひねった。

「スジェ王は、ジュジェン様でしょう? ジュジェン様は百年以上も生きていると」

「なに、タリヤ公は二百年生きている。ジャファとて」

 イェジンはちらりとジャファを見てから白い眉を動かし、カヴェイネンとタジャンに目を向けた。

「実際のところ、おまえさんたちより年上だろうと思うがね。ジャファ、どうだね?」

 イェジンの言葉に、ジャファは首を振る。

「俺は俺だよ」

 ジャファの目が細く眇められ、ふっと小さく光った。

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