カヴェイネン:異国から来た訪問者(13)襲撃と迎撃と襲撃
ハシャクから砂漠に出て三日目の野営地で、イェジンとカヴェイネンは焚火を前に座り込んで顔を見合わせながら首をひねった。
追って来る天龍の格が上がっている。
エルバハンを出てハシャクに来るまでのところで倒した相手は、騎龍のほかにクアンツ・ドランがふたり、ペクタ・ドランがひとりだった。
ハシャクを出たところで追って来たのは、クアンツ・ドランが五人とペクタ・ドランがふたり。
格は鱗に入った線の数や長さで確かめることができる。
タジャンとジャファは、ひたすらカヴェイネンがピンとコンビを組んで切り倒した龍から鱗を剥いで小遣いに変えるべく袋や箱に鱗を集めているが、そんなに数を集めてどうするのかという疑問もある。
「龍の鱗はヴェスタブールで売れるとは言ったが、こうも数があっては珍重されることもなくなるだろうに」
そう言いながらカヴェイネンはイェジンがミルで挽いたコーヒーを金属製のカップに入れて湯を注ぐ。
ピンは久しぶりに人の形でカヴェイネンとイェジンの横に並んで焚火を囲む仲間に入って、カヤネズミが食べるには大きな乾燥ナツメを袋に入れ、叩いて砕いている。
「ピン、細かくし過ぎるとカヤネズミが食べるにも粉みたいになって、本当にペットの餌みたいになってしまうだろうから気を付けろ」
イェジンが笑うのを見てから頷き、ピンは袋の上から手触りを確かめて「これぐらいにしといてやろう」と乾燥ナツメに向かって声をかけ、イェジンとカヴェイネンにまた笑われた。
*** *** *** *** ***
タジャンはジャファとふたり、テントで魔道具を出して顔を見合わせる。
「天龍たちはこいつの気配を追いかけてくる」
ジャファはタジャンを見て心配そうに首を振った。
「今はまだカヴェイネンのおっさんが倒してくれてるけど、わざと天龍が追って来るようにするなんてどうかしてる」
タジャンはジャファの口を塞ぐ。
「狩りの獲物が食いついてくるように餌を出してやるだけだ。あのヴェスタブール人だって、龍退治がなけりゃなにもせずに日当五十タパカだぞ。龍を倒せば、次のオアシスでまた砂金や金と交換できる。日当五十タパカに加えて臨時収入だ。俺としては感謝してもらってもいいぐらいだと思うね」
ふんと鼻を鳴らしたタジャンを見てから、ジャファは首を竦めた。
「やりたくなきゃそれでもいい。次からおまえの取り分はないってだけだ」
タジャンに言われ、ジャファは「やるよ」と唇を舐める。
「俺が手伝わなくたって、あんたどうせやるんだろう?」
「いいかジャファ」
ジャファの鼻に指を突き付けて、タジャンは声を落として語気を荒らげた。
「龍たちは共食いの相手を探している。お上品なふりをしているだけで、俺たちがやらなくたって共食いする連中なんだ。魔道具を持ってるのは俺だ。俺が魔道具を出すか出さないかだけがやつらの動きを変える。俺がしていることにおまえが勝手に首を突っ込んできた、それだけだ」
タジャンの骨ばった指に鼻をつつかれ、ジャファは「分かってるよ」と俯く。
「ああ?」
「分かってるよ! 俺が小遣い稼ぎしたくて、あんたを追いかけて龍の鱗を剥ぐのを手伝ってる! カヴェイネンのおっさんはオアシスから商隊を追いかけてくる龍が襲ってくるからイェジンのおっさんを守る護衛として切り倒してる。それだけだ!」
タジャンは「ああそうだ!」と声を張り上げた。
「俺は商売道具として魔道具を荷駄に入れているだけで、野営地で魔道具を出すのは、荷駄の無事を確認するためだ。龍をおびき寄せるためじゃない。龍が、勝手に、追いかけてくる」
タジャンはひと言ひと言をはっきりと区切りながらジャファに聞かせる。
ジャファはタジャンを見て返す。
「ねえタジャン、明日も来ると思う?」
「来ないと思う理由でもあるのか?」
タジャンに訊かれてジャファは肩を竦めて見せた。
「エルバハンから追ってきた龍も、ハシャクから追ってきた龍もカヴェイネンのおっさんに倒された。これでもまだ来る?」
鼻を鳴らし、タジャンは「知らんよ」と言い切る。
「魔道具を出したところで、来て攻撃してくりゃあカヴェイネンのおっさんが退治する。来なかったり攻撃しなかったりしたらカヴェイネンのおっさんは相手にしない。魔道具を出さなきゃ目印がないからそもそもたぶん来ない」
ジャファは呆れた。
「攻撃しに来いって言ってるようなもんじゃないか」
「攻撃してくりゃあ、カヴェイネンのおっさんは迎え撃っただけだという口実ができる。俺たちはそこで倒された龍の死体から鱗や血をいただく。何度も言わせるんじゃない」
タジャンの苦情にジャファは渋々といった様子で頷いた。
タジャンは畳みかける。
「これでカヴェイネンのおっさんに二十タパカを返せると思えば、やる価値はある。違うか?」
「二十タパカをね」
ジャファは頷いた。
*** *** *** *** ***
龍の鱗を一枚。
カヴェイネンは金色の鱗を手に矯めつ眇めつしながら、乾燥ナツメを砕き終えてまたカヤネズミの姿で自分のポケットに潜り込んだピンと、コーヒーを一緒に飲んでいるイェジンとで「うむ」と嘆息した。
「ジュジェン様も龍族のはずだが、同じような鱗を持っているのだろうか」
カヴェイネンの疑問に、イェジンが首を振る。
「ジュジェン殿はスジェ王だから金色ではなく青や藍のはずだ。それにエクセン・ドランだから、線は六本で、長い」
イェジンの言葉にカヴェイネンは「なるほど」と頷いた。
焚火の前で大きく息をついて、カヴェイネンは両手で顔を覆う。
「くたびれる」
昼間の砂漠を焼くような灼熱の太陽、その下をラクダに乗って揺られながら、その背から落ちないように進み、陽が落ちたところで野営を張ると、食事の用意が終わるか終わらないかのうちに天龍たちの攻撃に曝される。
自分も地龍たちも、その対応でぐったりして、ひと息ついたところで今がやっとコーヒーブレイクだ。
「地龍狩り」
カヴェイネンは呟く。
「これじゃ天龍狩りだな」
イェジンは小さく笑った。
ピンはカヴェイネンのポケットから顔を出して「正当防衛です」と言い切る。
正当防衛。
カヴェイネンはイェジンと視線を交わした。
「天龍が地龍を狩る、地龍は反撃して天龍を倒す。エニシャの天龍は、天龍も地龍も関係なく食らいつくす」
じっと考え込みながら、カヴェイネンはコーヒーを口にする。
「エニシャの龍は龍を食らう、スジェの龍は?」
呟くようなカヴェイネンの言葉に、イェジンは「食わない」と断言した。
「スジェのエクセン・ドランやペクタ・ドランたちは、いかに自分の身や精神が清潔で高尚かという部分に価値を見出す。同じ龍の同族を食い殺したら獣扱いにされるだろうよ」
カヴェイネンはイェジンの言葉を聞いて「なるほど」とうなずく。
「エニシャの龍は力を付けるために龍を食らおうとする。迷信だが」
コーヒーをひと口、喉に流してイェジンは続ける。
「アーケリの龍は力を誇示するために、逆らう龍を食い殺す。自分より強い龍を食らえば死ぬが、自分より弱い龍を食らう分には問題ない。力の誇示だ」
イェジンはまたコーヒーを口にした。
カヴェイネンはピンが自分の巣にしつつあるポケットとは逆のポケットに入れていた干し果物をつまんで口に入れる。
イェジンはカヴェイネンに目を向けて人差し指を立てた。
「タジャンの魔道具が困りものだが、封魔具も魔道具も彼の商売道具だから手入れするなとも言えない」
カヴェイネンもイェジンの意見には同意した。
「商売道具の手入れは怠ってはいかん、そういうものです」
「魔道具がスジェで売れるのも確かだ」
イェジンは首を振る。
カヴェイネンはピンをポケットから出して、干し果物の皿に乗せた。
「太っ腹だな、旦那」
ピンは皿の上で数種類のナッツと干し果物を眺めて、好きなものを順番に手に取る。
「なに、毎回のように盾を張ってくれて助かる。そのお礼だ。砂金は受け取ってくれなかっただろう?」
「砂金はイェジン様に預かってもらって、貯める」
カヴェイネンはピンを眺めて、思ったよりも堅実な青年だった、と感心した。
*** *** *** *** ***
砂漠の上に満天の星がきらめく。
夜半、静まり返った野営地で見張りが「敵襲!」と声を張り上げた。
カヴェイネンはその声で飛び起き、鎖帷子を着こんでからポケットにピンを入れて剣を手にテントを飛び出す。
月のない空、星のなかにエニシャの龍が数頭、きらめく。
龍たちは一直線にカヴェイネンを目掛けて勢いよく空を泳いできて、地龍の盾に阻まれた。
ピンが「旦那が狙いだ」と声をあげる。
緑に光る盾が金色の龍たちを弾いては消えていく。
カヴェイネンはピンが張る盾の下で金色の龍たちを見上げた。
「ヴェスタブール人、おまえがいると地龍が手に入らない」
「おまえに何人かが殺された」
口々に、龍たちがカヴェイネンに文句を言う。
「おまえがいる限り、地龍が手に入らない」
「地龍は豊穣と繁栄の象徴だ」
「地龍の力を得れば、豊穣も繁栄も望みのままだ」
金色の龍がカヴェイネンに向かって怒鳴った。
「ヴェスタブール人、おまえは邪魔なのだ!」
「邪魔だ!」
怒鳴る天龍の吐息に晒されながら、ピンはカヴェイネンの左肩で結界を張って天龍たちを見上げる。
「旦那、あいつら旦那をやっつければ地龍を捕まえられると思ってるんです」
「つまりイェジン殿をだな?」
ピンはカヴェイネンを振り返った。
「そうですね」
ピンが頷いて、カヴェイネンは「そうだろうな」と返す。
「なぜイェジン殿に目を付けたか」
「自己防衛とはいえ、これだけ結界の盾を張ることができる地龍たちがいる商隊ですからね、商隊のリーダーに目を付けるのは当然でしょう」
カヴェイネンはピンの言い分に頷いた。
「結界の盾を張らないという選択肢はあったか?」
ピンはカヴェイネンの問いに首を振る。
「ありませんよ。追って来る者を前に、結界を張れば地龍だとバレる。しかし結界を張らなければそのまま蹂躙されるのだから、それよりは抵抗するほうがマシ」
きっぱりと言い切って、ピンはカヴェイネンの左肩で、結界の盾の間を縫うような場所を目掛けて光の矢を放つ準備を整えた。




