カヴェイネン:異国から来た訪問者(12)欲ある男の欲の萌芽
エルバハンの次のオアシスで、タジャンは龍の鱗を何枚か、付き合いのある同業に見せていた。
数人で水タバコをふかしているところに遅れてきた男がタジャンと同業の男たちに声をかける。
「やあ、遅れて申し訳ない。珍しくタジャンがエルバハンから自分で品物を買い付けに来たと聞いて来た」
黒い衣装に身を包み、頭にいわゆるクフィーヤを被った男はタジャンに目を向けながらクッションの上に腰を下ろした。
「エルバハンから、ここがハシャクだろう? これからどこまで行くんだ」
「リュヌ商会の商隊がスジェの都まで行くというから付いて行く。スジェでどんな封魔具が売れるのか見てこようと思うんだ」
「スジェ!」
黒い衣装にクフィーヤの男が自分の前に出された水タバコのパイプを咥えようとして口をあんぐりと開いた。
タジャンは「ああ」と言いながら、魔道具をいくつかと、カヴェイネンが切り伏せた龍から剥ぎ取った鱗をバラバラと巾着から出して広げる。
「魔道具のほうはスジェに売ろうと思っている。スジェでは封魔具のほうがよく売れるから封魔具が多めだ。この旅の最中に買い付けた物で、品が良いものはリュヌ商会が即時で買い上げてくれる」
男たちは「ほお」と息をついた。
「リュヌ商会が即時買い付け? それはすごいな」
「仕入れ値がそれなりの金額でも、リュヌ商会が即時で買ってくれるなら手形を使って高額な封魔具を買い付けるにもリスクが低いな」
水タバコをゴボゴボとふかしながら、男たちは煙を吐く。
黒い衣装にクフィーヤの男が、タジャンが散らばした龍の鱗に目を止めた。
鱗は魚のものとは全く違う大きさで、一枚が五センチほどだろうか。金色に光っている。
それに、龍の血。
小瓶にいくらか入れられた龍の血はさらりと粘り気なく、しかし水よりも重そうな金色の液体だった。
「これが本物だという証拠は?」
「俺の目の前でヴェスタブールの老騎士が倒したんだ。龍の鱗はヴェスタブールで高値で売れるというもんで剥いできた」
タジャンを囲んでいた男たちは、水タバコのパイプを取り落とした。
「剥いできた? 自分で?」
「そう」
タジャンはニヤリと笑った。
黒い衣装にクフィーヤの男が五本線の入った金色の鱗を数枚、手に取る。
「これと、こっちの血。リュヌ商会に売るより俺に売れ。こいつはヴェスタブールに売りに行くよりハシャクやケルタラカンで売る方がいい。領主たちは上級のペクタ・ドランだ。この鱗にはひときわオレンジが濃い金色の線が五本。ペクタ・ドランの特徴だが、線の長さから見て下級から中級。不老長寿の薬として重宝される」
男はタジャンに訊く。
「タジャン、鱗はこれで全部か?」
「いや、まだある」
タジャンは箱から、砂漠でカヴェイネンが切り倒した龍から剥ぎ取った鱗と血をありったけ広げた。
男は鱗を品定めする。
線があるもの、ないもの、線が多いもの、少ないもの、線が太いもの、細いもの、線が長いもの、短いもの……そうしたものを分けてそろばんを弾いた男は、タジャンの前に砂金が詰まった袋を放って寄越した。
「待ってくれ、待ってくれ、どういうことだこれは」
タジャンが男に向かって驚いた顔を向けると、黒い衣装にクフィーヤの男は自分の前に出された水タバコのパイプを咥えて首を振った。
「俺が買う」
「こいつは純度の高い砂金だろう」
タジャンは目を丸くしたままで男に訊く。
「この鱗、特に線が入っているものが高額になる。こいつの死体はまだエルバハン付近にあるのか?」
「後から通った商隊が片付けてなきゃ、まだあるだろうよ」
男に言って、タジャンは砂金の入った袋を懐に突っこんだ。
砂金の重さが心地良く、タジャンはいい気分で水タバコをふかした。
*** *** *** *** ***
ハシャクの宿はエルバハンで宿泊したのと同じ、緑の家、祈りの館だった。
エルバハンとは違い、ハシャクの緑の家は中庭に噴水がなく、葡萄棚が設けられ、そこに夕涼みのためのベンチが置かれている。
カヴェイネンとピンとジャファは、葡萄棚の下に置かれたベンチに腰かけてハシャクの街で買った土産物を並べてあれやこれやと話をしていた。
カヴェイネンはタジャンがホクホクしながら戻ってきたのを見てピンと顔を見合わせた。
「ご機嫌だね、タジャン殿」
「あの鱗、たしかによい品だった」
タジャンがカヴェイネンの隣に座り込む。
「それはよかった」
カヴェイネンは自分の腰に付けたポーチから、干し果物の袋を取り出して手に乗せ、ピンと一緒につまんで口に運ぶ。
「あの鱗、飾る以外にはなんの役にも立たんが高値で買うのはヴェスタブール人だけではないのだな」
「領主たちが競って買うんだそうだ」
そう言ってタジャンは砂金のいくらかをカヴェイネンに渡した。
「これぐらいの値段にはなった」
タジャンがカヴェイネンに渡した砂金の量は、黒い衣装にクフィーヤの男が出した砂金の何分の一かだったが、カヴェイネンとピンは「ほお」と感嘆の声をあげた。
「ずいぶんな砂金の量だ」
「んむ」
タジャンが知ったふうに頷くのを見て、カヴェイネンとピンは干し果物を齧りながら笑う。
ジャファが「俺の取り分は?」と横からタジャンに手を出した。
「俺も鱗剥ぐの手伝ったよ」
タジャンは困ったようにクルンと目を回してから小さく首を振ってから「わかったよ」と頷く。
「あとで分けてやるから」
「やった! 俺、砂金見たの初めて!」
「ここに来るまで金貨も見たことなかっただろ」
タジャンに言われてジャファは「はっ!」と笑い飛ばした。
「金貨ぐらい見たことあるよ。親父は盗賊だ」
カヴェイネンもピンもタジャンも「威張れたことか」と呆れ、ジャファは「だよね」と肩を竦めた。
カヴェイネンはジャファを眺め、ジャファと同じぐらいの少年だったティーキムのことを思う。
*** *** *** *** ***
ヴェルタネンデの都市が商業都市としての形を明確にしてきたころ、ティーキムはまだ十三歳の少年だった。
ふたりきりでいるときに自分はジュジェンだと言うようになってから四年、ティーキムは母親によく似た面差しを曇らせることが多くなっていた。
ティーキムの母親は、カヴェイネンにとって妹のような存在だった。
ティーキムの父親が第二王妃を連れてきたとき、その「妹」は王宮で苦境に立たされた。
もともとカタラカンの隣国であるリデンバッハを治める領主だったティーキムの祖父は、カタラカン王と娘の婚姻の席で倒れて命を落とした。カヴェイネンはその婚姻のときに、ティーキムの母を守る護衛としてリデンバッハからカタラカンに来た騎士だった。
リデンバッハの女領主として立ったティーキムの母の隣で、カタラカン王は「妻が領主なのだから、私にも領主の夫としてリデンバッハの統治に口を出す権利がある」と言ってリデンバッハの実権をティーキムの母から奪い取った。リデンバッハはそれからほどなくしてカタラカンに併呑された。
そのカタラカン王が父親としてもまたティーキムを苦しめることにカヴェイネンは苛立っていたが、ティーキムはそのカヴェイネンの苛立ちを飄々と笑い飛ばす、そんな少年だった。
カヴェイネンにはジュジェンというスジェの王子がどのようなことを経験してきたのかまったくわからなかったが、ティーキムの飄々とした様子を見ると、ジュジェンという王子の為人は少々分かるような気がした。
ジュジェンは人目がある場所では堂々と優雅に振舞う。
ゆったりとした仕草は、そのようにあるべしと教えられて育ってきた者のそれだった。
背筋を伸ばして顎を引き、姿勢よく大股で自信たっぷりに歩く様子は、どのような格好をしていてもしっかりと良家の子息だと見てわかる。
ジュジェンは非常に秩序を重んじる。
公正であろうとする。
しかし、躓くのはいつも「公正とはなにか」だった。
ジュジェンはそういうときに、弱者に対して公正であろうとする。
そしてまた躓く。
一番弱い存在に対して公正であろうとすればするほど、ジュジェンから「おまえは弱者ではない」と言われた者たちが「自分たちも弱者ではないか」と反発する。
育ちがよいと言うべきか、ジュジェンにとって弱者とは無条件で助けるものであり、そのための制度を思案し、献策させ、成立させるのがジュジェンの役目であり、その先で制度を運用する者たちがどのように運用するかを考えるのはジュジェンの役目ではなかった。
ジュジェンにとって制度が正しく運用されているかどうかを確かめるのは、その役目を与えられた者の責任だったが、簡単に言えばカタラカンにもヴェルタネンデにも、そうした役目はなかった。
制度の穴を探す者、制度の運用で手を抜く者、制度の意図を理解しない者。
そうした者たちを目にするたびに、ジュジェンは呆れたように首を振った。
「ここはスジェとは違う」
ふたりになるたびに、ジュジェンは呟くように自分自身に言い聞かせていた。
カヴェイネンはスジェのことをまったく知らないが、ジュジェンの言葉から察するに、スジェという国は責任が想像もつかないぐらい細分化されていて、厳格な制度を持つ国なのだろうと思うのが毎回のことだった。
ジュジェンが変わったのは、ヴェルタネンデの商業制度が功を奏しはじめ、併合統治するという案がカタラカンの王都で持ち出された頃からだったかもしれない。
どうしてか知らないが、ジュジェンは自分の領土を守るということにとても敏感だった。
カヴェイネンは、その変化があったのはティーキムがいまのジャファぐらいの年齢のころではないかと思案していたところで、ピンが「ナッツをいただきたい」と言った声を聞いて思い出から我に返った。
*** *** *** *** ***
タジャンはぼんやりとなにかを考えているカヴェイネンをちらりと見てから、自分の荷物に目を向けて考える。
荷駄には魔道具が入っている。
封魔具のように魔力が目立たないものもあれば、地図のように魔力を隠そうともしないものもある。
天龍たちが追って来たとき、自分は地図を広げていた。
(魔道具を追っているということは、魔力を察知して、自分たちの権力から独立した魔力の動きを追っているということだ)
タジャンは地図を懐に仕舞う。
オアシスを出て一泊か二泊のところで地図を広げれば、きっとまた天龍が来る。
天龍がイェジンや地龍だというリュヌ商会の商隊を狙ったときには、カヴェイネンが切り倒す。
(キャンプ地で地図を広げればよいのだ。そうすればまた天龍が追ってきて、斬られた龍の鱗と血が手に入る。狙いは濃いめの線が入っているもの、特に長さと太さがしっかりしている鱗がよい)
タジャンはニヤケてから懐の砂金を確かめた。
(明日は龍の血を採るための瓶を買い付けねばならん。血がよく見えるガラス瓶がよい。新品の、傷の無いものをだ。それから鱗を入れるための袋だ。頑丈だが柔らかい布で、鱗が欠けるようなことがないようにしなくては)
野営で襲われるたびに、自分は金持ちになるのだ。
タジャンはニヤニヤと黒い髭をしごいて、太い眉を満足げに動かした。




