カヴェイネン:異国から来た訪問者(11)龍を狩る騎士
金色の龍が上空を数回ほど旋回して戻っていく。
カヴェイネンは龍たちが戻って行ったのを見て息をついた。
(見つからなければ戻っていくか。今回はそれで済んだが次はどうか)
一つ先のオアシスまでは、七日間。
*** *** *** *** ***
野営を張って、焚火でナンをあぶりながら、カヴェイネンとピン、ジャファ、タジャン、それにイェジンは次のオアシスでのことを話す。
「買い付けにはタジャン殿にも協力いただきたい。特に、魔道具と封魔具があれば集めていただいて、すぐにでも役に立つものは私の商会で買い取る」
イェジンの言葉にタジャンが胸の前で手をこすり合わせた。
「買い付けてすぐに買っていただけるのはありがたいな」
「あのさ」
あぶった干し肉を齧りながらジャファがタジャンに声をかける。
「鑑定眼ってどんなもの? どうやって魔道具かそうじゃないかを見分けるの?」
「それには私も興味がある」
カヴェイネンもタジャンに言う。
タジャンは自分のナンをちぎりながら、指を振る。
「骨董屋の秘密だ。おまえさんが骨董屋になるなら教えてやってもいい」
「ケチ!」
ジャファはタジャンに向かって舌を鳴らして顔をしかめた。
「人間に魔道具を見分けられるとは思わなかった。魔道具は隠れドランが鑑定しているものだとばかり」
「魔道具というのは、だいたいどこか普通の骨董とは違うところがあるものです。あとは、経験」
タジャンは無理やりウインクをしようとして両眼をつぶった。
ジャファはタジャンに「なら帰ったら骨董屋手伝うよ」と言ってからカヴェイネンに目を向けた。
「おっさんはなんでスジェに行くの?」
カヴェイネンはジャファの問いに「そうさな」と焚火を見つめる。
「スジェに主人がいる」
「ヴェスタブール人なのに?」
「そう。やり直しに行く」
やり直しという言葉にタジャンが「あ?」と声をあげた。
「やり直し?」
「私はカタラタン王の護衛だったんだが、隣国との戦闘時に王に守られてしまった。私は無事だったが王は命を落とした」
ジャファがカヴェイネンを見つめる。
「それがスジェに行く理由になるの?」
「スジェ王は、私の王と同じ魂の持ち主だという。昔から自分はスジェのドランなのだと言っていた」
ジャファもタジャンもナンをちぎっていた手を止めてカヴェイネンの言葉を疑った。
「カタラタン王ってそんな感じの人だったの?」
「百年以上生きてきた龍王だったそうだ」
タジャンが「龍王」と声をあげる。
パンッと薪が弾けたような音がしてカヴェイネンは顔をしかめた。
上空を見張っていた夜行性の商隊員たちが盾を展開する。
「昼間の連中か?」
「そのようです」
金色の盾の隙間を縫って光の矢が降って来たのを、カヴェイネンもピンもタジャンもジャファも、そしてイェジンも見た。
カヴェイネンはピンを左肩に、結界の盾を展開してもらってイェジンの前で剣を抜く。
「地龍狩り」
「イェジン殿、彼らが追っているのは魔道具の気配だと言ったな、なぜ魔道具の気配を追う」
「魔道具を作る者は多くが地龍だ。地龍が作った魔道具の気配を追えば、どこかで地龍を捕まえることができる」
「地龍を捕まえてどうする」
カヴェイネンの問いにイェジンは言う。
「心臓を食らう。彼らはどうしてか分からないが、そうすることで龍としての力を強くできると信じている」
じっと空を見上げていたピンが「チィ」と小さくしょげた。
「ピン?」
首をひねったカヴェイネンに、ピンは「夜目が利かないのが心苦しく」と肩を落とす。
「大丈夫だ」
ドランたちのような力がないカヴェイネンにとっては肩の上で盾を張ってくれるだけでありがたいのだが、ピンは俯いてしまった。
「ピン、私にとっては盾を張ってくれるだけでありがたい」
「そうですか?」
「盾がなければあの妙な矢からイェジン殿を守るものがなにもない」
ピンはカヴェイネンの左肩でぴくりと髭を震わせた。
「本当に?」
「本当だ」
カヴェイネンはイェジンを背に、ジャファとタジャンを後ろに下がらせる。
金色の龍が複数近付いてきて、矢がさらに近い場所から照準を合わせてきたのがわかるようになってくると、ピンはぐっと盾を厚くした。
カヴェイネンが「すごいな!」とピンを褒め、ピンは少しばかり元気を取り戻す。
「龍の弱点はどこだ?」
「カヴェイネン殿は龍退治に行かれたことはおありか?」
「ない。噂では喉のあたりを突くというが」
喉のあたりと聞いてイェジンもピンも思わず自分の喉を庇いそうになった。
「その喉にあるのは逆鱗だ。ものすごく暴れると聞かなかったか?」
「聞いたことがある」
カヴェイネンは頷き、イェジンもピンも「そうだろうとも」と納得した。
「喉のあたりには逆鱗という逆さ向きの鱗がある。それを突かれるとものすごく辛い。そのぶん暴れる。だから喉はやめておくこと」
イェジンの忠告にピンが付け足す。
「喉はものすごく痛いです。だから喉はダメです」
「喉以外、狙ってよい場所は?」
「顎、顎をやられると口を開けられなくなる」
カヴェイネンは「顎か」と呟いてから「ピンが頼りだな」と左肩の相棒の手をつついた。
「私が頼りですか? 本当に?」
ピンが嬉しそうにカヴェイネンを見上げる。
「イェジン殿の護衛が私の役目だ。イェジン殿になにかあれば下から顎を打つ。そのときには、ピン、一瞬だけ盾を消してくれ」
「いま? 消します?」
「今ではない、今はまだ消さないでくれ」
カヴェイネンは慌てて、それからピンに「手が届くところまで引き付けてからだ」と囁く。
「私も矢を飛ばそうか?」
イェジンの問いに「私の役目です。日当で五十タパカいただいてますからね」とカヴェイネンはイェジンに釘を刺した。
「日当五十タパカ!」
ジャファとタジャンが目を丸くする。
「俺もやる! 俺も護衛やる! 五十タパカ!」
困り切った表情のカヴェイネンを見たタジャンがジャファを抑え込んだ。
「五十タパカでどんなことをするのか見てからにしとけ!」
ジャファはタジャンに押さえ込まれて口を塞がれて足をばたつかせたが、ひっくり返った状態で、ジャファ自身の頭上を通過していく龍を見て息をのんだ。
イェジンはカヴェイネンに言う。
「顎を貫いてそのまま剣を滑らせることができれば、咽頭のあたりに一つ目の心臓があるから、それを裂くことができると思う」
「了解した」
カヴェイネンはイェジンに向かって頷いた。
「ピン、スジェまであと何日ある?」
「オアシスふたつ分、だいたい十五日ほどの道のり」
「ありがとう」
「いいえ!」
ピンはカヴェイネンの左肩の上で足踏みをしてしゃんと背筋を伸ばす。
「ヴェスタブールではな、龍の鱗を持ち帰ると、龍を狩る騎士としてもてはやされる」
「モテる?」
ジャファがタジャンの腕を口からどけて訊く。
「もてはやされる、だ」
イェジンが訂正したが、ピンが横から口を出す。
「生やされるんだ」
ジャファをからかうピンにタジャンが「くっくっく」と笑う。
「タジャン、生やされるってどういうこと?」
「からかわれてるんだよ。生えるわけじゃない、もてはやされるってのは、人気者になるって意味だ」
「ああ」
ジャファは納得してカヴェイネンを見上げた。
「人気者になりたいの?」
「龍を狩る騎士の称号がつくと、一日に百タパカでも安いぐらいの待遇も夢じゃない」
「一日に百タパカ!」
ジャファと、ジャファを押さえていたタジャンが声をあげて驚く。
「ヴェスタブール人は龍を悪魔の使いだと思っているからな。悪魔退治の英雄だ」
「英・雄!」
ジャファが目を輝かせた。
「本当?」
「嘘をついてどうする」
カヴェイネンは笑いながら、それでもじっと上を見つめた。
上空から降って来る光の矢を避けて、商隊の者たちが結界の盾を張り巡らせている。
ピンが作り出す結界の盾も、そのなかで光っていた。
野営の火を消すなどしてから、商隊の者たちが反撃に出る。
真っ先に結界を破って中空に飛び出したのは、大型の猛禽類たちだった。
鳥の姿で飛び出した者たちが盾を展開して矢を交わしながら龍の頭上まで飛翔して急旋回する。
騎乗用にしつけられた龍たちは、頭の上に落下してくる鳥たちが放つ矢に角を傷付けられるなどして乗り手を振り落とした。
振り落とされた乗り手たちのなかに自ら龍に姿を変えてくる者たちが見えて、カヴェイネンはぐっと眉間に皺を刻んだ。
「龍が龍に乗っていたのか」
イェジンが「よくある」と頷く。
「人の姿になれるのは三心龍、トル・ドランまでだ。使役される二心龍以下は人の姿になれない。トル・ドラン以上の龍が、両手を自由に使うために使役龍を騎乗用にしつけて使うのはよくある話だ」
カヴェイネンは「なるほど」とまた上空を見上げた。
砂漠に落ちてきた騎乗用の龍には、しっかりとした鞍と鐙が括りつけられている。
「乗りやすそうだ」
「騎龍乗りと騎龍は相性がよいというだけでは済まない。馬やラクダとは違う」
イェジンに言われたが、カヴェイネンは騎龍に対する興味で少々心が浮き立った。
それでもカヴェイネンはピンを左肩に、じっとまだ頭上を行き来しながら光の矢を飛ばしてくる龍を見つめて息を詰め、一頭が頭上からピンの結界を目掛けて急降下して来るのを見ていピンに声をかける。
「来た。ピン、三つ数を数えたら一瞬だけ結界の盾を解いてくれ」
「アイアイ」
ピンはカヴェイネンの肩で数を待つ。
カヴェイネンは急降下して来る金色の龍に乗る乗り手に目を凝らした。
「三・二」
カヴェイネンはピンに聞こえるように数を告げる。
「一!」
ピンがパチンッと音を立てて結界の盾を一瞬だけ開き、カヴェイネンは結界の隙間から跳ねるように飛びあがって騎龍の頭に剣を突き立てて駆け上がる。
金色の騎龍が頭に剣を突き立てられた痛みに轟音の悲鳴を上げ、金色の鱗の間から星のように光る血を振りまきながらカヴェイネンを振り落とそうと必死になった。
カヴェイネンは左肩のピンに「振り落とされるなよ!」と声をかけ、ピンが「チッ!」と応える。
そのあいだにもカヴェイネンは騎龍の頭に突き立てた剣で体を支えて背に乗り上がってから、乗り手の首を斬り落とした。そのカヴェイネンが龍の頭を駆け上がっているあいだに、ピンが足元に結界の盾を張り直してイェジン、ジャファ、タジャンが龍の下敷きになるのを防ぐ。
「ピン、下は大丈夫か?」
「問題なしです」
「結界の盾はデカい龍に押しつぶされたりしないか?」
「そんなヤワな盾じゃありませんです」
ピンが胸を張った。
カヴェイネンは乗り手を失った騎龍の鞍に手をかけて手綱を取り、イェジンたちがいる結界の真上から横に暴れる騎龍をずらして下に落とそうとしたところに、ピンが「チッ」と背後から来る別の騎龍がいることをカヴェイネンに知らせる。
「は!」
握った手綱を思い切り引いて騎龍の顎を背後から来た騎龍に向け、後ろから放たれてきた光の矢をぐったりした騎龍の顎で受けてから手綱を放して下に落とし、矢を放ってきた騎龍の顎に剣を突き立てて頭上に上がり、二人目の騎龍乗りの首を落とす。
ジャファとタジャンは上から降って来る騎龍と、騎龍の乗り手が首をなくして落ちてくるのを見て口を押えた。
目を丸くしたのはイェジンも一緒だった。
「護衛に雇ったのは確かだが、まさか騎龍と乗り手をこうやすやすと落とすとは思わなかった。日当五十タパカでは合わないな。こういう人間には確かに百タパカ出しても惜しくない」
そのあいだにも、カヴェイネンは大きな剣を振るって騎龍を落としていく。
「あの剣が魔道具でないというのはなかなか信じがたい」
「あれも魔道具なの?」
ジャファに訊かれてタジャンが「そうじゃない」と首を振る。
「あれは魔道具じゃない。それが信じられない」
「ああ、そういうこと」
ジャファは頷いた。
「龍の頭に突き立てても折れないんだぞ」
タジャンはカヴェイネンの剣を指差して顔をしかめる。
ピンが結界を解いてカヴェイネンが次の龍に飛び移る足場として小さな結界の盾を作り、カヴェイネンが跳躍すると同時にイェジンたちを守る結界を張り直す。
「次のもやりますか?」
ワクワクしたような声で訊くピンに、カヴェイネンが「逃げるようであれば追わないが」と苦笑した。
カヴェイネンは龍に剣を突き立ててみて知った。
(ドランの血には粘度がない。鱗は邪魔だが、鱗の隙間に剣を突き立ててしまえばどうということもない)
「あとで鱗を何枚か剥いでいこう」
カヴェイネンが言い、ピンが首をひねる。
「鱗?」
「ヴェスタブールでは龍の鱗を一枚でも持ち帰るとそれだけで大金になる」
カヴェイネンの言葉に頷いてから、ピンは「チュッ」と小さく唸った。
「タジャン殿にもその話をしておいたほうがよいではないですかね? 商機を逃したとあとで恨まれるのはゴメンです」
「なるほど、それは確かだ」
三頭目の騎龍を落としてカヴェイネンは四頭目を前にした。
四頭目が方向を変えて上空に昇って行くのを確かめて、カヴェイネンとピンは落ちた騎龍の背を滑り降りて砂丘に足を付けた。
真っ先にイェジンの無事を確かめて、カヴェイネンはピンの手と人差し指を合わせてから白い顎鬚を撫でた。顎髭には龍の血が付いていた。
ピンはタジャンの肩に駆け上がって耳元に囁く。
「カヴェイネン殿が言うには、龍の鱗はヴェスタブールで高値で売れるそうです」
タジャンは目を見開き、いそいそとカヴェイネンに息の根を止められた龍の鱗を何枚か剥ぐ作業にとりかかった。
イェジンとピンは、そのタジャンを見て笑い、ジャファは「俺もやる!」とタジャンの手伝いに飛び出した。
金色の鱗からは、龍の血がきらめいては宙に溶けて散った。




