カヴェイネン:異国から来た訪問者(10)砂漠での迎撃
「なあピンよ」
青空の下、緑の家を出るためにラクダに荷物を乗せながら、カヴェイネンは左肩のピンに訊く。
「結局ジャファが何者か、イェジン殿ははっきり言わんかったなあ」
ピンは髭を動かしてから「そうですね」と頷いた。
「しかし人間と龍の混血だというのですから、アーケリ王族と盗賊の子供だということなんじゃないでしょうか」
カヴェイネンは頷いた。
「あの光のような入れ墨はなんだったのだろう?」
「あれは封印なんではないですかね? 自分は封魔具で魔力を封じていたというのですから、子供の魔力を封じることもなさったのでしょう。子供は首輪とか腕輪を嫌がって取りますからね、あれしかなかったに違いありません」
「首輪?」
カヴェイネンはピンを見た。
ピンはカヴェイネンを振り仰いでからしばらく考え、それから「あ」と小さく言った。
「人間は首輪をしませんね、首飾りですね」
カヴェイネンは「んむ」と頷いた。
「そうだな首飾りと首輪はちょっと違うな」
「人間はなんで、動物に首輪を付けようとするんでしょうね」
このピンの疑問には、カヴェイネンは「あー」と唸ってしまった。
「首輪か」
「ちっちゃな女の子に見つかってリボンを巻かれそうになったことがあるんです。それも、ピンクの」
カヴェイネンは「うーん」とまた唸る。
カタラタンに置いて来たからここにはいないが、ピンを見たらカヴェイネンの娘も同じことをやろうとするに違いない。なにしろカヤネズミはとても小さくてかわいい。
「ネズミに首輪を着けようとする意図はわからないが、犬ならば、野良犬ではないと主張するためではないだろうか」
ピンはカヴェイネンの左肩で「なるほど」と頷いてから「ジャファは」と話を戻した。
「ジャヒーア姫の腕輪を持っていて、龍の血を引いている。これは確かなことなのだと思うのです」
「うん」
カヴェイネンが頷いて見せれば、ピンも頷き返して続ける。
「しかしジャヒーア姫の一行には姫以外にも龍が同行していたのでしょうから、それだけでジャファをジャヒーア姫の息子だと言い切れるものではないでしょう」
「ああ、そうか」
「それに彼は母親がどうでも父親が盗賊だっていうなら盗賊の息子ですよ。我ら商隊的には、恐怖!」
ピンが頭の上で大きくバッテンを作ろうとしたのか、大きく上を向いて胸の前で短い手を交差した。
可哀想に、カヤネズミの姿のせいで、だいたい愛らしい状態にしか見えないのが難点だ、とカヴェイネンは顎鬚を撫でる。
「ドランの血を引くっていうのがどういうもんかはしりませんが、半分ドランっていうのは辛いもんなんですよ。この商隊の者はだいたい、魂がドランの地龍ばっかりなんで、みんな、それぞれに辛い思いをしたことが絶対にある」
カヴェイネンはピンに右手の甲を差し出して手に乗せ、正面きって向き合った。
「ピンも、辛い目に遭ったのかね?」
「そりゃあ、これでも四十年以上生きてますからね、人間なら子供が大きくなってきたぐらいなんでしょうが、カヤネズミじゃね、兄弟も親戚もとっくにあの世です。兄弟の子孫だってもう玄孫なんてもんじゃなく離れた世代の子ネズミばっかりなんで、帰る場所もありません」
ピンを見つめて、カヴェイネンは目を見開く。
「四十年以上生きているというなら、ティーキム王よりも上なのか」
「ティーキム王子が生まれたときの噂は知っておりますよ。イェジン様と一緒にヴェスタブールにお祝いで出てくる記念グッズ仕入れに行きましたから」
ピンが胸を張る。
「ははははは!」
カヴェイネンは思わず笑い、上を向いたところでジャファが後ろから覗き込んできたのを見つけた。
「おじさん、カヤネズミとおしゃべり?」
「おじさんの名前はカヴェイネンという。彼はカヤネズミのピンだ。私の」
「パートナーなんだよね」
ジャファが呆れたように嘆息する。
「ここでネズミと話してると、すごく変なおじさんに見えるよ」
カヴェイネンはポカンとしたが、ピンが頷いた。
「それについては異論ない。カヤネズミと話をしている白髪の爺さんは、他人から見たらボケた寂しい老人に見えかねない」
「そうかね」
カヴェイネンはジャファを見ていた視線をピンに向けて、がっかりと首を傾げた。
しばらくカヴェイネンとピンとジャファが話をしていると、自分のラクダに荷物をしっかりと括りつけた骨董屋がそこに顔を見せ、横で商隊に指示を出していたイェジンに声をかけた。
「遅くなりました。途中で査証をどうにかせねばならないことに気付いて、慌てて身分証を探す羽目になりました」
イェジンは骨董屋の査証と身分証を検めて「ふむ」と頷く。
「おまえさん、タジャンという名だったのか」
「や、そういえば名乗っておりませんでしたか。タジャン・ダル・フサンです」
「店はどうするんだね?」
「息子がいますんで大丈夫です」
タジャンは笑った。
*** *** *** *** ***
エルバハンを出立して、イェジンの商隊はまたオアシスから砂漠に入る。
砂丘をラクダが踏んでいく。
骨董屋のタジャンは自分のラクダに、ジャファはカヴェイネンと一緒にイェジンのラクダと繋がれたラクダに乗り、商隊に同行していた。
「暑い」
ジャファが頭に引っ掛けた布を取ろうとしたのを、ピンが止める。
「布で日陰になってるからマシなんだ。布がないと焦げる」
「焦げるわけないじゃん」
ピンは呆れたようにジャファに向かって鼻を突きだした。
「焦げなくても、ここで迷子になったら一週間でミイラになれるような場所なんだからな」
ジャファは慌てて布を頭に引っ掛け直し、カヴェイネンはそれを見て笑った。
最後尾に自分のラクダを繋いだタジャンは、持ってきた魔道具のひとつを自分の手に持っていた。
それは、動く地図だった。
そうは言っても、自分たちがいまいる場所を見せてくれるものであって、自分たちがいない場所まで見られるようなものではなく、延々と続く砂漠の中にいる、ということだけがわかる地図だった。
そのタジャンは、自分たち以外の点が地図上を移動しているのを見た。
後ろを振り返ってみても、人もラクダも見えない。
「魔道具がおかしくなっているのかな」
首をひねったタジャンをカヴェイネンの肩の上で振り返り、ピンが「チィッ!」と鳴く。
「上から来るぞ!」
ピンの怒鳴り声に、カヴェイネンは「イェジン殿!」と声を張り上げながら剣を抜いた。
空に、金色の龍が踊る。
カヴェイネンは最初は小さなミミズに見えたものが、近付くにつれて巨大な生き物としての実態を隠しもせずに近付いてくるのを見た。
「タジャン殿!」
イェジンが叫ぶ。
「魔道具を荷物に隠せ! 奴らはそれの気配を追いかけている!」
商隊の者たちが、一斉に緑に光る結界の盾を空中に張り、イェジンが仕上げにその盾から色を抜いて隠した。カヴェイネンの肩でも、ピンが結界の盾を張り、カヴェイネンのラクダとタジャンのラクダを盾の下に隠す。
「ジナ」
思わず呟いたタジャンに、カヴェイネンは首を振った。
「ジナではなく、ドランだそうだ」
「ドラン」
タジャンんがカヴェイネンの言葉を繰り返す。
ジャファがカヴェイネンを振り返った。
「ドランておとぎ話に出てくる空想の生き物だと思ってた。今更、俺が半分ドランだと言われても困るよ」
「そうさな」
カヴェイネンも頷く。
「私もそう思っていたが」
息をついてから、徐々に近づいてくる金色の龍たちを見てカヴェイネンは唸った。
「世の中には、百年を生きる龍たちがいる。彼らは、ときに人間を混乱に陥れていくことがある」
そうして周りを見てから忽然と、ここには戦うことはできても戦い方を知っている者はほとんどいないということに気付いた。
「イェジン殿! 商隊の者も皆、ラクダを止めて身を隠せ! 逃げきれず迎え撃つというなら、背中を向けないことだ!」
イェジンと商隊の者たちはカヴェイネンを振り返る。
「軍人であったな」
「砂漠での戦いに慣れているとは言わないが、それでも戦場での経験は恐らく一番長かろう」
カヴェイネンを見たイェジンは頷き、商隊の者たちにラクダを止めて座らせるよう指示してから、砂嵐から自分の身と荷駄を守るときのように身を隠させた。
砂嵐の時と違うのは、見る先が空だということだ。
商隊の者たちが訓練していたのは夜間。
昼間とは視野も明るさも条件が異なる。
ただこちらの地龍たちが使う矢と盾の光は、恐らく夜よりも昼間のほうが陽光で霞んで使いやすいだろうとカヴェイネンは思案する。
「タジャン殿、動かないように。ジャファ、ドランの戦い方をよく見ておけ、人とはまったく違う」
そう言いながら、カヴェイネンは左肩に乗せたピンに「私たちは後衛だ」と声をかけた。
イェジンはタジャンの横に這っていって、そのラクダの陰に座り込む。
「荷駄の魔道具を見せてくれ」
「いまですか?」
「んむ」
イェジンは頷く。
「使えるものがあるかもしれない」
そう言うイェジンの姿が、恰幅のよい中年の男でも白髪の細い老人でもない、若い女の姿に変わっていたことにタジャンは目を丸くした。
カヴェイネンも、女の声に目を見開いてタジャンの横にいるイェジンを見つめた。
ピンが「イェジン様の本性は地龍王の姫、木のエクセン・ドランです」と声をかける。
「使えそうなものがあれば私が買う」
イェジンから出た「買う」のひと言を聞いて、タジャンはいそいそと荷駄に入れてあった布をかぶって目隠しをし、簡易テントのようになったその場所で魔道具の箱を開けた。
多くは瓶だった。
色とりどりのガラス瓶だ。
「封魔具が多いな」
呟いたイェジンにタジャンが頷く。
「スジェには封魔師が多い。こういう封魔具のほうが多く売れるのです。とくにこれは、いわくつきの骨董でも特によい。かつてアーケリ随一の封魔師、神子姫と言われたパルシャパティの封魔具と言われているものです」
イェジンは「パルシャパティ伯母様の封魔具か」と大きく息をつく。
「本物であれば間違いなく使える逸品だ」
腕から宝石を嵌めた腕輪を外して、イェジンはタジャンに渡す。
「パルシャパティの姪、イェジンが気配を消すために使ってきた腕輪だ。ジャヒーア姫の腕輪と同じ類の封魔具だということは、鑑定眼を持っているならばわかるだろう。人間のなかで自分がドランであることを隠したい者たちは、実のところ封魔具を欲しがる者たちよりも多い。エルバハンに戻ったら地龍御用達の店として商売ができるようにしておこう」
タジャンは「そりゃありがたいこってす」とイェジンを拝んだ。
イェジンはタジャンと隠れていた簡易テントを抜け出して、カヴェイネンの横につく。
「ピン」
「あい」
イェジンに声をかけられてピンが背筋を伸ばす。
「この封魔具の道を確かめてくれ」
「あいっ」
ピンはカヴェイネンの左肩に乗っかったまま、イェジンから封魔具の瓶を受け取って中を覗き込む。
しばらく瓶の底を覗き込んでいたピンはイェジンに言う。
「問題ありません。繋がってます」
「よし、パルシャパティ伯母様に道を借りよう」
カヴェイネンはイェジンを見る。
「道を借りるとどうなるんです?」
「人が増える」
「人が増える?」
イェジンは「んむ」と頷いた。
「この砂漠にある砂を使ってゴーレムを作る」
カヴェイネンは「ゴーレム」と呟く。
「魔道具の気配を追ってきているのだから、こちらに魔道具があるのはバレている。ゴーレムがいても不思議には思われまいよ」
イェジンはケラケラと笑った。




