カヴェイネン:異国から来た訪問者(7)精霊の魔道具
カヴェイネンとピンはプラムとメロンとナンとその他さまざまなナッツと干し果物を買い、少年と骨董屋の店主を連れて緑の家に戻る。
そのカヴェイネンの肩の上では、少年と骨董屋というふたりの人間の前では徹底的に「ただのカヤネズミ」を演じるのだと言ってピンが小さな袋に入れてもらった松の実をずっと食べている。
夕方の赤味を帯びた陽射しが日干し煉瓦の街並みを橙色に染め、うっすらと紫色に色味を変えた地平線には小さく星がきらめきはじめる時間になろうとしていた。湖のほとりに生えている様々な木々、なかでも特に背の高いものが地面に影を伸ばし、水辺に植えられた水生の植物たちを彩る緑色も、昼間に比べて深みを帯びてきている。
カヴェイネンは緑の家で宿泊している部屋に戻るまでのあいだ、ずっと右肩に少年を担ぎ、左肩にピンを乗せていて、買ったものは手の掛からないピンが乗っている左側の手に持ち、持ちきれないものは骨董屋に持ってもらっていた。
骨董屋はカヴェイネンのあとを歩きながら、緑の家に辿りつくまでずっと「いかに少年が自分から盗んだ腕輪が稀少で価値のあるものか」を喋っていた。
カヴェイネンはその話を聞き流すことなく真面目に聞いていたが、気になったのは、骨董屋が腕輪のことを「魔道具だ」と言ったことだった。骨董屋によれば、少年が盗んだ腕輪は「さる貴族の奥方」がこの世を去ったときに骨董屋に売られてきたものだという。
「魔道具とは?」
カヴェイネンはピンが松の実を齧る音を左耳で聞きながら、骨董屋に訊ねた。
ピンは右肩で暴れるのを諦めた少年がぷんと頬を膨らませているのを見たが、カヴェイネンにはそれが見えず、会話はカヴェイネンと骨董屋だけで続いていった。
「世の中には魔法がかけられた道具が存在するのだと言ったら、あなたは信じるでしょうか?」
骨董屋がカヴェイネンに言い、カヴェイネンは「ふむ」と言ってから顎鬚を撫でようとして、右手も左手も塞がっていることに気付き、しかたなくもう一度「ふむ」と頷いた。
「私の店では、世の中にある魔道具を集めて、高値で買い取る客に売るという商売をしているのです」
骨董屋は言った。
「その魔道具というのは、そんなに数多くあるものなのか?」
カヴェイネンの問いに骨董屋は飛び上がるように驚いて「とんでもない!」と声を張り上げた。
「魔道具なんて滅多に出てくるもんじゃありません! 特に魔力を持たないほとんどの人間にとってはそれが魔道具だろうがそうでなかろうが、生活用品としての機能が違うとかいうことはありませんから、魔道具だと知られることなく捨てられてしまうこともあります」
カヴェイネンは改めて、熱弁を振るう骨董屋に訊く。
「それで、少年が盗った腕輪はどんな魔道具なのだね?」
「よくぞ訊いてくださいました!」
骨董屋は勢い込んでナン十枚が包まれた風呂敷を空中に放り出し、慌ててそれを抱え直してから腕輪の話に内容を繋いだ。
「この世界には、精霊と呼ばれる者たちがいて、時には子供や動物に乗り移ったり、あるいは不思議な力で物を動かしたりしている。まず、これはエニシャ全体、どこにでもあることです。ジナの力には色々なものがありますが、力の弱い者でも火の玉を操って旅人を脅かしたりすることがあります。そういういたずらなジナに出会わないための、旅のお守りも私どもの商店にはありますよ」
カヴェイネンの肩で、左のピンが「胡散臭い」と言い、右の少年が「騙されるなよオッサン」と言ったら、カヴェイネンは「うむうむ」と、骨董屋とピンと少年の誰に答えたものか分からないような相槌を打った。
「お守りの話は宿で聞こう。それで、そのジナは、力の弱い者でもいたずらをする、ということであれば、力の強いジナもいるのだな?」
骨董屋は「さようです!」とまた声高に主張する。
「力の強いジナには、よいジナと悪いジナがいて、よいジナは砂漠に水の恵みを与えてくれたりしますが、悪いジナは人の願い事に付け込んで人を堕落させたり命を奪ったりします」
カヴェイネンは左の肩に陣取ったピンが、耳元に「天龍や地龍のエクセン・ドランのことです。人間が強引に願い事を祈っては、叶えると勝手に堕落したりするんです」とこっそり告げた。
「そこで」
カヴェイネンがピンに気を取られていることは無視して、骨董屋が胸を張る。
「ジナを封印する魔道具の出番が来るのです!」
「なんだって? ジナを封印する魔道具?」
カヴェイネンは骨董屋を振り返った。
骨董屋が大きく頷く。
橙色の夕焼けが紫の夕闇に変わりつつあり、通りから湖畔に出て湖畔の道を歩いている三人と一匹を覆う。不思議な美しさと言えば美しいが、不穏な薄暗さと言うと不気味さのある空気が漂う。
ヴェスタブール出身で、地龍たちの戦い方を見るまで魔法のような不思議な力というのはいわゆる「魔女が作る万能薬」のようなものしか想像してこなかったカヴェイネンにとって、異国情緒と相まって異世界にいるような感覚に人を陥れるこの夕闇は、龍たちが様々な魔法を使って人を怖がらせるのに持って来いの空間のように見える。
骨董屋は
「それらジナを封印することに特化された魔道具を、特に封魔具と呼ぶこともあります。封魔具はジナを閉じ込めるためのものですので、多くは壺や瓶のような形をしていますが、よいジナを閉じ込める封魔具には、ある程度ならジナが封魔具の外に出て来られるようなものもあります。たとえば魔法のランプのように!」
骨董屋はまるで自分がこの世を操る魔法使いの元締めでもあるかのように大きく腕を動かしてカヴェイネンに言いながら、「ランプのように!」のところで、ナンを持っていないほうの手を上に掲げてパチン!と指を鳴らした。
カヴェイネンの左肩で松の実を齧っていたピンが、骨董屋の動きに合わせてパチンと緑の小さな花火を空中に散らし、カヴェイネンは「ほお」と感心のため息をこぼし、骨董屋は自分たちの上で咲いた摩訶不思議な花火の火の粉がゆっくりと落ちながら消えていくのを見て、いったい自分はなにをしたのかと我が手を見、それから急いでもう一度手を頭上にあげてパチン! と指を鳴らしたが、今度はなにも起こらず、もう一度手を頭上にあげなおしてパチン! と指を鳴らし、それでもなにも起こらなくなってしまったことに「ええ?」と困惑する。
カヴェイネンの左耳元で、ピンが「うひひ」と小さく笑う声が聞こえ、カヴェイネンは謎の花火がピンの仕業であることを知って思わず「あっはっは!」と笑った。
「今のはいたずらなジナの仕業ですか」
そういうことにしておこうと骨董屋の意識をジナに誘導するために声をかけて、カヴェイネンは左肩のピンをちらりと睨んだ。
カヴェイネンの視線が自分に向いたのを察知して、左肩のピンは松の実を袋から取り出しながら顔を逸らした。
「どうやらこの国には本当に魔法があるらしい」
骨董屋はカヴェイネンの得心を聞いて一瞬足を止め、それから「そう、そうなんです!」と何度も頷いてまた歩き出す。
「そこで! このジナを閉じ込める封魔具があるわけです!」
チチッとカヴェイネンの左肩でピンが舌を鳴らす。
カヴェイネンの耳元では、ピンが「冗談じゃない」と言うのが聞こえた。
「封魔具を使うような連中に捕まってたまるかい。この世で行き場をなくした魂と龍をごっちゃにしてるんだこいつら」
カヴェイネンは目だけで天を仰いだ。
「封魔具の話は、少年が盗った腕輪の話だったと思うが」
骨董屋に話の続きを促して、カヴェイネンは骨董屋に視線を向ける。
カヴェイネンの問いに大きく頷いて、骨董屋は「そうでした、腕輪です、腕輪」と繰り返した。
「その腕輪は、封魔具としては珍しく瓶や壺の形をしていない」
「本当に封魔具なのかね?」
ちらりと訊いてみたカヴェイネンに向かって、骨董屋は不本意だと言わんばかりの抗議を向ける。
「自分じゃ魔法なんて使えませんがね、これでも骨董屋という名の魔道具屋なんです。鑑定眼は確かですよ。腕輪は間違いなく封魔具です」




