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芦楓の楽しい苹州再生計画

地龍の存在を認識して州の再生を図る「人外好き」な天龍芦楓の移住者募集計画法整備。

 秋の柔らかな日差しが金色の稲穂を揺らす季節。

 鵬安宮の執政殿にも、だいぶ傾いた陽の光が扉から建物の奥まで入り込んで調度品を照らしている。

 芦楓ろふうはその秋の陽射しに背中を照らされながら、まだ年若い州公を前に長ったらしい州律の素案を広げて内容を説明していた。


 昼過ぎから二時間以上も。


 年若い州公、芳俊は、机の上に置いた小さな机と椅子に座っている元足が、ときどき背中の羽を上げたり下げたりしながら芦楓の説明に一々「ごもっともですな」とか「それは急がなくてもよいのでは?」などと返事をするに任せて手元の紙に落書きし、元足に「公、ちゃんと州宰相の素案を聞いておられますか」と怒られている。

 元足は、名前の通り「元・死体の足」だったが、芳俊によって五寸ほどの人形のような形を与えられ、拾った魂を命に意識を持って動いている謎の生き物で、どうやら「足」の持ち主か魂の持ち主がそれなりの人生経験を積んでいたらしく、言葉遣いが厳めしい。

 芦楓は元足に怒られて落書きを袖で隠した芳俊を見て、読み上げていた素案にしおりを挟んで畳み、別の素案を取り出して開く。素案の表紙は朱色の布張りで、一見して明らかに他の素案とは違っていた。

 そうして、芦楓はおもむろに咳払いをして芳俊の気を惹いた。

「これには公も興味が持てると思います」

「他と同じで文字が多くて、文章の書き方がしち面倒臭いものにしか見えない」

 芦楓は一瞥でそう言い放った芳俊に向かって首を振った。

「これは簡単に申し上げるなら、地龍と共存するための法律です」

 芳俊が落書きをしていた紙から顔を上げる。

「地龍とは今までも共存しているでしょ?」

「これまでの暮らし方を「共存」と言ってよいのであれば、共存していたと言えます。ただし、地龍は地龍としてではなく、異質な者として隠れて生きていたのがこれまでです」

 芦楓は芳俊から落書きの紙を取り上げて筆を取った。

「地龍が迫害を受けてきたことにはいくつか理由がありますが、ひとつに、天龍とは違い地龍は死産などで本来の魂が安定しなかった子供たちのうつわに宿るため、人やその他の鳥獣などに紛れて産まれてくるという点があります。彼らの器は普通の人間や鳥獣ですが、しかし魂に流れる時間は龍族であることで、同族の他者に比べて成長や発育が遅く、多くが異端児や障害児として口減らしや育児放棄の対象になってしまっていました」

 芳俊が首をひねる。

「口減らし、育児放棄」

 元足が横から「山に捨てられたり里に捨てられたりするということですな」と芳俊に説明を付け加え、芳俊は顔をしかめた。

「それはひどい」

「公廟に預けられたり拾われたりする地龍はいたでしょうが、中には誰にも見つけてもらえずに死んでしまった子供や、育児放棄されて野山でうろついているところを猟師たちに狙われて獲物として殺されてしまった子供がいるでしょう」

 今度は元足が「獲物?」と顔をしかめて芦楓に向かって顔を上げ、芦楓は大きく頷く。

「地龍は人だけでなく、鳥獣のなかにも隠れていますから、地龍として変化できるようになる前に害獣として駆除されたり、スズメの丸焼き・熊鍋・鹿鍋・牡丹鍋などにされたりした者もいるようです」

 芦楓が紙に鳥やクマの絵を描いて、湯気の立つ鍋とバツ印を書きこむと、芳俊が口元を押さえて目を背けた。

「獣については致し方ないところもありますが、まずは鳥獣の子供であっても群れからはぐれた様子であれば公廟に連れていくか、あるいは放すこと、などしておいたほうがよいでしょう」

「そもそも子供は狩猟でも捕っちゃいけないんじゃないの?」

 芦楓は「それです」と指を振る。

「王族は狩猟の礼儀作法として、狩猟を生業なりわいとする者たちは自分たちの獲物を残すために、鳥獣の子供を逃がします。ただしこの世にいるのはそういった作法を理解している者ばかりではありません。ですから保護制度を設ける必要があります」

 元足が「さようですな」と頷いた。

 芦楓はさらに続ける。

「地龍として生きる者は天龍の世界で過ごすわけでもないので、元からなんらかの能力を持つことが分かっている天龍と違い、迫害に遭うこともあります。あるいは、今回の蘭俊殿や七王爺がそうであったように、天龍が地龍と知らず、ただ扱いやすい道具になり得る異能力者として地龍を捕らえることもあるわけです。ですから地龍たちを守る法律を作る必要があります」

 芳俊は頷き、それから「ん?」と首をひねった。

「そんなに異能力者いる?」

「殿下はご自分の身の回りを見てみましょうか。まず螺珠様と阿達は充分に異能力者ですね」

「地龍王の公主なのだから命を作れるのは当然なのではない?」

 芦楓は首を振る。

「殿下は天龍だからそう思われるんです。天龍の六心に生まれると雨を降らすことができないだけで困った顔をされる。たしか以前、比轍が天龍なら誰でも雲を作り雨を降らせると言ったとおっしゃっていたでしょう」

「言った。芦楓には、誰にでもできるわけじゃなく、比氏は本当は六心だからそれができると言われた」

「そうです。五心と六心でもそうなんです。特に比氏は、貴族として表向きは五心ですが、比轍のように実際は六心の者がいるので、貴族ならばできるだろうと思ってしまったりする」

 そう言われて芳俊が苦笑いしながら芦楓の話を聞いた。

「地龍たちは逆です。人間や鳥獣に生まれて、本当は持っているはずのない力を持っている。三心や四心の地龍ならばまだ目立たないでしょうが、螺珠様や阿達のような六心の地龍や、段季のような五心の地龍が四心や五心の天龍に拾われたらどうです?」

 芦楓は少々の懸念を表情に出して芳俊に言って聞かせる。

 芳俊はしっかり言葉の意味を確認してから頷いた。

「それは困る」

 頷いた芳俊を見て「そうでしょう? ですから」と芦楓は満足げに素案を叩く。

「法律が必要になるんです」

 芦楓の言葉を聞いてからしばらく机の上を歩き回って素案を見ていた元足が、小さな手で筆を抱えてから筆の尻でトントンと素案の一部を示した。

 芳俊は芦楓の素案を見てから声に出して読み上げる。


「婚姻」


 芦楓は満足げな笑顔を見せた。

「新王の方針の元で、州の統廃合と土地面積の見直しが行われる予定です」

 芳俊は頷く。

「貞俊兄上は州を統治する六心が足りないと不安を抱えておられたから、早晩その統廃合や土地面積の見直しが始まる」

 コホンと芦楓は咳払いした。

「そこで苹州は、人口がとてつもなく減った元頴州領への移住者を募ろうという企画の特に中心となる条項として、鳥獣からいわゆる仙として人に変化して生活するようになった地龍には苹州の居住者籍を設けて、安心して住める場所を提供しようと思うわけです」

 芦楓の勢いは続く。

「田畑を耕すも商売をするも人と同じくできるようにして、たとえば狐狸仙が茶館きっさをやるもよし、雀が酒店やどをやるもよし!」

 芳俊はちらりと元足を見る。

「いままで山野や森に住んでいた地龍が、里で人と同じ集落に人と同じ格好で暮らすだろうか?」

 元足は首をひねったが、芳俊を見上げて「もしかしたら?」と腕組みした。

「それで、この婚姻について条項を設けたわけですな?」

 芦楓は「そう!」と元足に頷く。

「人生で一度も経験しない者もおりますが、人生で二回以上経験する者もいます。法律としては必要な項目です!」

 芳俊は芦楓を見上げて「うん」と一応頷く。

 婚姻で大騒ぎしたのは自分と段達だ。

「地龍との婚姻であれば、種族にこだわらないことも必要です」

「うん。天龍でも地龍でも人間でもいい」

 芳俊は同意する。

「あと、男でも女でも構わない」

「そこまで拘らないことにします?」

「相手が男女に拘ったせいでひどい目に遭った」

 芦楓はしばらく芳俊と段達のことを考えて視線を彷徨わせてから、芳俊を見た。

「殿下と阿達は状況が特殊でしょう」

「泰俊兄上と比轍は、どちらが男でも関係ないと言っていたのに、阿達がどれだけ私が女であることに拘って、男の私を呪ったと思う? 天牢にいるあいだ毎朝の日課として私を呪ったって」

「泰俊殿下と比轍も、殿下と阿達も状況が特殊です」

「いいじゃないか。相手が男だろうが女だろうが、結婚したければしたらいいんだ」

 芦楓はじっと芳俊を見つめ、それから頷いた。

「ならばそういうことにしておきましょう」

「そういうことにしておいて。そうしたら阿達になにを言われようと、相手が男でなにが不服だと言い返せる」

 芳俊は芦楓に両手の親指をぐっと立てて見せる。

 芦楓は朱色の素案を畳んでしっかりと頷いた。

「これは、素案に種族も男女も問わないと明確にして通します」

 芳俊は満面の笑みで芦楓を返した。

「元頴州の土地でもよいと言って移住してくる者が来るようになれば、元頴州の土地を消されることはございません」


 *** *** *** *** ***


 常梅香は「は?」と首をひねった。

「種族も男女も問わない? 苹州はそこまで自由になさるんですか?」

 暁寧殿で、芳俊は常梅香のおやつを食べながら頷く。

「芦楓は、種族を問わず、と書いたのですね?」

「そう。天龍でも地龍でも人間でも」

 常梅香は「ふむ」と頷いて芳俊を見た。

「相手が獣でも変化ができればいいということにしたいのでしょうね」

「ん?」

 芳俊は常梅香を見つつ、今度こそおやつを食べる手を止めた。

「そこまで自由?」

「この素案だとそうなりますよ」

 おやつに目を戻して手の動きを再開させ、芳俊は無言でおやつに集中することにしたようで、しばらく暁寧殿は静まり返った。

 常梅香が小さく笑い出す。

「完全に趣味の世界で、楽しく素案を作ったに決まっています」

 それから常梅香は芳俊の頭を撫でて抱きしめた。

「芦氏は規律を変えたときにどういう影響が起きるかを考えて工夫するのが一族の仕事ですからね、悪いようにはならないでしょう」

「子供扱いだ」

 常梅香は芳俊を覗き込む。

「そんなことはありませんよ」

「そんなことある」

「ありません。初めて会ったときは片腕で抱えられるぐらいだったのに、いま片腕で抱えようなんてしたら、私が潰れますから、そんなことをするつもりはありません」

 芳俊が常梅香の腕を軽く叩いて「そんなこと言ってるわけじゃない」と呆れて見せた。

 常梅香は元足を覗き込む。

「芦楓があまり趣味に走るようであれば止めるように、芳児に声をかけてください」

「心得ております」

 元足が頷く。

 それから芦楓が「人外の仲間と楽しく暮らせる州」を標語に据えているのを見た常梅香は、「趣味だ、ただのあいつの趣味だ」と呟いて、その標語を見なかったことにした。


 月明かりが自室の飾り窓から差し込む時間、芦楓は今夜も新しい法律を考えては素案を増やす。

芦楓の最終目標は「ケモミミ店員(狐狸仙)が給仕に出てくる店を作る」です。

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