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1)サラの質問

 ロバートと“師匠”との激しい稽古の後、王太子宮ではさほど変わらない日々が過ぎた。


騎士達が訓練熱心になり、新婚のフレデリックが新しい近習見習いの教育係を任され張り切ったり、エリックが不在となった分の仕事を、エドガーがトビアスとティモシーに指導しながら片付けたり、ミリアが指導する侍女見習いが一人増えたり、ロバートが早朝の鍛錬の時間に手合わせをする相手が増えたり、といった程度の変化はあった。


 晴れた日は、庭で、お茶を楽しむのがグレースの習慣だ。頃合いを見計らってアレキサンダーもやってきて、家族での茶を楽しむ。ロバートとローズも同席することが多かった。


「ロバート、少し、昔の話を私はしたいの」

なにやら改まった様子のサラの様子に、ロバートがサラを見た。

「何でしょうか」

「私、先日あなたが、見慣れない人と手合わせをしていたのを見てね、一つ思い出したことがあるの」

ロバートは何も言わなかった。

「今はロイが持っている剣のことよ。あなた、預かっていてくれたわね。ありがとう」

サラの言葉に、ロバートの表情が変わった。

「あの時は、間に合わず、残念な結果となったこと、お悔やみ申し上げます」

ローズと一緒に寛いでいたはずのロバートは、立ち上がり一礼した。


グレースの茶碗が音を立てた。

「では、ロバート、あなたあの時の、オスカーが剣を託した人」

「はい」

グレースの言葉に、ロバートが頷いた。

「生き残った夫の部下から聞きました。あなたが、夫を助けようとしてくれたこと。馬車の扉をこじ開けた男を、自分の剣を投げてまで、仕留めてくれたこと。だから、あなた、私たちが見た時、短剣で戦っていたのね」

「未熟な身で、慌てただけのことです」

ロバートはゆっくりと首を振った。


アレキサンダーにも思い当たることがあったのだろう。

「あの時、婚約前の襲撃か」

アレキサンダーの言葉にロバートが頷いた。

「当時、グレース様は、婚約者候補の御一人として、王太子宮にいらっしゃいました。最有力であったことは事実です。ですが、婚約者ではいらっしゃらなかった以上、王宮からの近衛は派遣されなかった。万が一のため、私を含めた数名が、陰ながら同行しましたが、ご存じのような結果となりました」


「まさか、襲われるとは、私共も思っておりませんでした。後に、アレキサンダー様からあらかじめ、警護は十分にするようにとの連絡は受けていたのに、侯爵様が騎士団長に伝えていなかったと聞いて、愕然としました」

 王太子アレキサンダーの警告を軽視したアスティングス侯爵の傲慢により、サラの夫、オスカーは死んだのだ。そう思うと、過ぎたこととはいえ、今でもやりきれないおもいが湧いてくる。


 アレキサンダーに促され、ロバートは腰を降ろすと、傍らに座り自分を見上げるローズをそっと抱き寄せた。

「アレキサンダー様とグレース様が正式に御婚約される前のことです。アレキサンダー様の立太子に反対されていた方々がおられて、この国は内乱一歩手前でした。特にこの王太子宮の庭は何度も血に染まりました」

 あの当時、国内の平安をよそに、王太子宮内は、戦場だった。

「ティタイトとの戦も終わり二十年以上、アルフレッド様のご治世も二十年に近く、国の大半は安定しておりました。緊張感に大きな差があったのは事実です」

 サラの夫、オスカーの死は残念としかいいようがない。だが、ロバートは、アレキサンダーの警告を軽視したアスティングス侯爵を、責める気にもなれなかった。騎士ですら、実戦経験が無い者が増え問題になりはじめていた頃だ。

 ティタイトとの戦争を知らない子供が、過敏になっているだけだと思われたのだろう。


 サラはゆっくりと頷いた。

「えぇ。戦争が終わったのに、またこの国の中で殺し合いをしたい者がいるなど、私には理解できませんでした」

 かつて血に染まった王太子宮の庭も、平穏な時が流れるようになった。警戒は怠ってはいないが、当時よりはるかに緊張感のない日々が過ぎている。


 今日、王太子宮で茶を楽しんでいる面々と、その周囲の警備の者達の大半が、ティタイトとの戦を知らない。アレキサンダーの立太子直後の混乱を知らない者も増えてきた。

「少しだけ、昔の話をしましょう。いつ、また、同じことがおこるかわかったものではありませんから」

「サラ、あなたが辛いのでは」

グレースの言葉にサラは首を振った。

「いいえ。悲しい思い出ではあります。でも、オスカーも話をした方がいいと言ってくれます。そういう人ですから」

 王位継承権をめぐっての問題が、いつ、またこの国を襲うかわからない。アレキサンダーの立太子を快く思っていない貴族は、今もいる。

 今の平穏の破壊を望む者がいる限り、また同じ悲劇が起きかねない。

「油断しているつもりがなくても、相手に付け入る隙を与えてしまったら、同じことです。不埒なことを考える者が、絶えることはありません」

 あの日、最大の失敗は、往復で同じ道を使ったことだった。夫オスカーの隙を突かれたのだ。


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