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短編

告白します。僕はチョコレート恐怖症です。

作者: 牧田紗矢乃

不快な表現がありますのでお食事中の方は閲覧注意でお願いします。

 バレンタインデー。

 それは僕が一年で最も憂鬱になる日。

 なぜなら……――。


「好きです!」


 女の子が差し出す小さなプレゼントの箱。

 その中身を想像しただけで全身に鳥肌が立ち、意識がふーっと遠のきそうになった。


「ご、ごめん。受け取れない……」


 好きだと言ってくれるのは嬉しいのに、気持ちとは裏腹に身体が拒絶する。

 わっと泣き出した女の子が走り去って行くのを見送って、僕はがっくりと肩を落とした。


「おい、海斗(かいと)また振ったのかよ」


 苦い顔をして現れたのは友達の奏多(かなた)だった。


「奏多! 見てたのか」

「いいよなぁ。お前は顔がいいから女の子を選び放題でさ」

「ちっ、ちがっ……」


 僕には女の子からの贈り物を受け取れない重大な理由があるのだ。

 でも、それを言ったとして奏多には大笑いされるだけだろう。


 僕はチョコレート恐怖症です。




 僕には十個歳が離れた双子の姉がいる。

 歳が離れているせいか、姉たちの僕への溺愛ぶりは両親も驚くほどだったという。

 そして、その愛が暴走したことがあった。


 あれは僕が七歳だったころだ。

 二人の姉が協力して僕のためにプレゼントを用意してくれた。


「カイくん、今日は何の日か知ってる?」

「んーとね、バレンタイン! 女の子がチョコをくれる日!」

「よくできました!

 それでね、これ、お姉ちゃん二人で作ったの」


 大喜びで包みを開けると、中には手作りのチョコレートが三個入っていた。

 右側の二つはトリュフチョコのような形をしていて、左端の一つはクランチチョコのようだったのを覚えている。


「右から順番に食べてね」

「ふふ、右はどっちかわかるよね?」

「うん!」


 僕は満面の笑みで右端のチョコレートを口に放り込み、咀嚼した。

 すると、中からとろりとしたソースのようなものが口いっぱいに広がった。

 その瞬間に襲い掛かる強烈な刺激。


「いっ⁉」


 痛かった。

 なぜかはわからないけど、とてもとても痛かった。


 パニックになった僕は、甘さを求めて真ん中のチョコレートを頬張る。

 今度は中につぶつぶを感じるクリームのようなものが入っていた。

 何だろうと味を確かめようとした時だった。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!??」


 目の奥がチカチカした。

 慌てて息を吸い込むと、ツンとした痛みが鼻を抜け、涙が溢れ出した。


「さ、これも食べてね」


 そう言って悶え苦しむ僕の口にチョコレートが押し込まれた。

 今度こそ普通のクランチチョコレート。

 信じて疑わなかった僕は、あっさりと裏切られた。


 強烈な悪臭と口の中でねちゃりとした感覚。

 糸を引くそれを咀嚼した時、僕の体は全てを拒絶した。


「おえぇぇぇぇっ」


 胃の中身をカーペットにぶちまけてしまった僕の背中をさすりながら、姉は困った顔をした。


「あらあら、タバスコで味覚を、わさびで嗅覚を破壊して大好きなチョコレートでコーティングすれば苦手な納豆も克服できると思ったのに」

「失敗ですわね」

「ねー」


 姉たちの言葉に戦慄した。

 この人たち、可愛い弟(ぼく)を破壊しようとしたのか……?

 嫌いな納豆を克服させるために??


 ぐるぐる回る視界の中、騒ぎを聞きつけた母さんが駆け寄ってくるのがわかった。

 ああ、やっと助けが来たんだ。

 安心感と共に僕の視界はブラックアウトした。




 問題はその後だった。

 姉たちは母さんにこっぴどく叱られたらしく、しょんぼりしながら謝罪してきた。


 けれど、僕の方にはそれに応える余裕がなかった。

 強烈な腹痛と全身がガタガタと震えるほどの寒気、吹き出す脂汗。

 明らかに異常な状態だった。


 熱を測ると38.7℃。

 時刻は夜九時を過ぎていたが、夜間診療をしている病院に行くことになった。

 ここまで来ると、姉たちも真っ青だ。


「カイくん、ごめんね」


 涙声で何度も繰り返される姉たちの声を聞きながら、僕は父さんの車に乗せられた。


 病院では刺激物を多量に摂取したことから来る急性胃炎だろうと診断され、症状を緩和するために点滴を受けることになった。

 そして、ベッドが空いていたこともあり念の為に一晩だけ入院することになった。





 点滴を受けたあとは症状も落ち着き、翌朝には無事退院することができた。


 とはいえ、僕は大好きだったチョコレートを見るだけであの日のことを思い出して全身の血の気が引いて倒れるようになってしまった。

 あれから十年が経ち、最近では写真やパッケージを見るくらいなら平気になりつつある。が、やっぱりバレンタインは苦手だ。


「チョコさえ持ってなければなぁー。全然オッケーなのに」

「なんだよそれ」


 奏多は笑いながら女の子にもらったであろう包みを開ける。


「あっ……」


 止める間もなく目の前に現れる光沢のある茶色の物体。

 甘い香りを感じながら、僕は廊下で昏倒した。

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