女の子を救うためにメダルゲームをします
「御堂さん。何も言わずにこのゲームを始めて、課金していいアイテム出たらこのIDに送って欲しい」
「ふざけたこと言っているんじゃないわよ」
「女の子を救うためなんだよ」
「金蔓扱いされた私が救われないわ」
ゲームセンターで御堂さんに会った僕は早速宇月さんが深夜にネットゲームをしたりしないために助太刀を頼むがあっさりと断られてしまう。この1週間UFOキャッチャーを練習したのだろうか、お菓子を掴んで持ち上げるのではなく、アームの片側でお菓子を押し込み、バランスを崩させて倒すという高等テクニックを身に着けていた。
「景品のチョコレートの食べ過ぎでニキビが酷いわ。そろそろUFOキャッチャーも引退ね。……今、カロリーの事を考えたでしょう。それより体重は大丈夫? と心の中で突っ込みを入れたでしょう。甘い、チョコレートのように甘いわ。ここは複合ゲームセンター、バッティングセンターやボーリング場もあるのよ! ちゃんと運動もしたわ!」
「別に無理して全部食べなくても。くれれば僕が家族とかクラスメイトに配ったのに」
「ぐふっ……家族やクラスメイトと良好な関係を築いている人間特有の発想ね。負けたわ……自分で獲得したものだから全部自分で食べると見栄を張り、体重増加や健康被害に怯えながら平日の昼間に一人でバッティングセンターやボーリング場へ向かう美少女……とんだ道化ね」
落としたばかりの若い女性に大ヒット中らしいチョコレートを頬張りながら、勝手に独り相撲をしてはダメージを受けてしまった彼女は、好物のグレープシャーベットを買って頬張りながら別のコーナーへ向かう。彼女がアイスを食べ終わる頃には、僕達はメダルゲームのコーナーへやってきていた。
「やっぱり世の中お金よね。お金を稼げる人が偉いの。だからパパもママも偉いの」
「身も蓋も無い事を言うね」
「この世の真理か、はたまた孤独な少女の嘆きか……私、将来お金を稼げるイメージが湧かないわ。勉強もスポーツも出来るし美少女と自負しているけど、ただそれだけ。学者になれる程でも無い、アスリートになれる程でも無い、アイドルやモデルになれる程でも無い、器用貧乏な存在が私。そんな器用貧乏より全体的に能力の低い人達だって、何か趣味だったり、やりたいことがあったりするから社会で活躍できる。ちなみに貴方は夢とかあるのかしら?」
「親が翻訳家だからか海外の本とか映画とか昔から嗜んでいてね。親と同じく語学系とか、演劇だとか作家関係とかが夢かな。学校でも文芸部、英会話部、演劇部に入っているよ」
平日の昼間だから老人がパチンコをしているくらいなメダルゲームのコーナーで、すっかり悲劇のヒロインなのかくるくると踊りながら嘆く、アイドルにはなれそうな彼女。そんな彼女に夢を聞かれて自分の事を答える。決まった活動日の無い文芸部は気が向いた時に参加する状態で、英会話部は週に1回、演劇部は週に2回、彼女達に会わない日に勉強や稽古をしたり、脚本を書いたりしている。それを聞いた彼女は更にショックを受けたようで、オーバーなリアクションで崩れ落ちる。
「眩しい! 眩しいわ! 学校生活充実しまくりね! どうして学校はこんな人を寄越したのかしら、てっきり勉強は多少できるけど無趣味で他人とロクに会話もしていない陰キャだと思っていたのに、裏切り者ね」
「英会話部入らない? 本場の人なら即戦力だよ、講師になろうよ」
「私はフランスのハーフだし生まれも育ちも日本だからほぼ喋れないわよ……」
ディスられてもへこたれず、ハーフと言えば英語ペラペラという安直なイメージから生き甲斐に悩む彼女を英会話部に誘ってみるが、残念ながら国が違ったようだ。立ち上がった彼女はふら付いた足取りでメダルの貸し機へ向かうと紙幣を投入し、ジャラジャラとメダルを排出させる。カップが自動で落ちて来ないタイプらしく、ボトボトと地面にメダルが零れてしまった。
「優秀なビジネスマンである両親に育てられた私には、マネーゲームの才覚があるはずよ。それを証明するために、この1000枚のメダルをあっという間に増やして見せるわ」
地面に落ちたメダルを拾い集めて目指せ万枚と意気込む彼女。メダルゲームは小学生の頃、親と一緒にデパートの買い物についていって、500円くらい駄賃を貰ってゲームセンターで何度か遊んだ程度だ。客層が違うからか、自分がデパートで見たような3枚賭けて最大99枚貰えるような小さ目の機種は無く、大当たりで何千枚も貰えるらしい大きな機種ばかり置いてある。
「さあ、まずは……あ、あれ! ネットで見たことあるわ! 塔を崩すやつ!」
「辞めときなよ。僕もあれはネットで見たことあるけど、まず勝てないって評価だったよ」
店内をキョロキョロと見渡した彼女が指差す向こうには、30cmくらいのメダルの塔を落とすと1000枚程貰えるというインパクト絶大な台。数年くらい前の機種だったと思うが、未だに残っているということはまだまだ家族連れや老人、友達同士で来る若者達には人気なのだろう。ただインターネットの住民は勝ち負けに拘る人が多いからか、見た目が派手なだけで勝てない台という評価を下していた。勝ち負けに拘るタイプの彼女がやって良い台ではないはずだ。
「恵まれた私には幸運の女神が常に微笑んでいるのよ。すぐに塔を作って落とすくらい訳ないわ」
「運頼みなんて、マネーゲームの才覚はどこに行ったんだい」
メダルが500枚入ったカップを2つ僕に持たせて、僕の忠告を無視して意気揚々と塔のやつへ向かう彼女。台の横に置いてある説明冊子を読むことなく興奮しながらメダルを入れ始める彼女には、最早学年首席の知性は見当たらない。
「タイミング考えてメダルを投入した方がいいよ。このプッシャーが前に来た時にメダルが奥に行くようにしないと、かさばっちゃう」
プッシャー系のメダルゲームは小学校の頃に多少は経験していたからか、彼女のプレイを横で眺めながら適度にアドバイスを送る。200枚程メダルを消費したところで、1回目の大当たりがやってきた。
「さあ、1000枚建てるわよ」
「ちょっと計算してみたけど、1000枚建てるのは相当難しそうだよ。普通にやったら9割を50回くらい通さないといけないみたい。課金でコンティニューしたり、抽選中にガンガンメダルを入れないと難しいんだってさ」
「黙って見てなさい。私の豪運を魅せてあげるわ」
抽選の度に塔が建てられていき、継続すればするほど建つスピードも速くなるというものだが、正攻法でやったとして1000枚建つのは200回に1回だろう。彼女の恵まれた環境を考えれば200分の1なんて大した事が無いからか、彼女は抽選を見守ることなく、他の台を見学してくるから1000枚建ったら呼んでと店内の見回りに行ってしまった。
「あの自信はどこから来るんだ……え、えぇ……」
そして彼女が去った数秒後、無情にも初回保証の次、2回目の抽選に漏れて終了してしまう。彼女の豪運は確かに1割を引き当ててしまったようだ。流石にこれはあんまりだと、僕は財布から100円を出してコンティニューをする。不登校の女の子を救うために自腹を切る僕の自己犠牲精神に勝利の女神や幸運の女神が感動してくれたのだろうか、その後は抽選内容に恵まれるなどして、すんなりと塔が建って行く。
「そろそろ建ったかしら? ……って、何ゲームオーバーにしてるのよ」
1000枚の塔が建ったタイミングで、グレープシャーベットを2つ持った彼女が戻ってくる。それと同時に再び抽選に漏れてしまい大当たりは終了となった。彼女は1割を引く天才なのだろう。
「まあいいわ。ああ、今からこれが崩れるのね。あ、ちなみにこれは両方とも私のよ。1つ目を食べ終わる頃にはもう1つがいい感じに溶けかけて別の味が出るという寸法よ。勘違いしないように」
「食いしん坊キャラなの?」
「スイーツは別腹なの。勘違いしないように」
席に戻り、1つ目のアイスを頬張りながら塔を落とすためにメダルを投入していく彼女。一方の僕はネットで1000枚の塔を落とすのに大体何枚くらいメダルを消費する必要があるか調べてみる。駄目だ、全然足りない。すぐに僕はこのお店のホームページを開き、クーポンやキャンペーン等、出来るだけ安くメダルを借りるための情報を探す。
「……! ちょっとまた店内を見てくるわ」
溶けかけた方のアイスを食べ終わり、僕と会ってから既に三本のアイスを食べている彼女はお腹が冷えてしまったようで慌ててトイレの方へ去っていく。今が好機とばかりに僕はメダルを借りて急いで投入して塔を押していく。
「ちょっと、それは私のメダルよ、勝手に遊ばないで。運気が逃げるわ」
「ごめんごめん、つい」
野口を2枚生贄にして借りたメダルが全て無くなる頃に戻って来た彼女。そのままメダルを投入し続け、ついに僕達の目の前で1000枚の塔が崩れ落ち、大量のメダルが排出される。
「ふふん、大体200枚くらい増えたわね。これが実力よ。なかなか面白かったわね、次は何で遊ぼうかしら」
僕が裏で大量にメダルを消費していることなど知りもしない彼女は、勝ち誇った顔で別の機種を探し始める。経費で落ちないかなあ、落ちないよなあ、なんて馬鹿な事を考えながら、彼女の後を追うのだった。