女の子を救うためにアニメを見ます
「おはよう保崎さん。昨日の授業、何やったか教えてくれる?」
「わかんね。自分の友達に聞けばいいんじゃね? それともいないのか?」
「留年するよ」
「くっ……ちょっと待ってろ、友達に聞いてくる」
「それだと意味ないんだよ……」
宇月さんに勉強を教え御堂さんのワンコインクリアをアシストした翌日。学校に来た僕はサポート要員のはずである保崎さんに昨日休んだ分の埋め合わせを頼むが、案の定授業をほとんど聞いていなかったようで自分の友達からノートを借りてきて朝休憩のうちに返せよなと手渡してくる。宇月さんにはこのままでは保崎さん未満になると脅しをかけたが、そんなことは無さそうだ。
「ところで保崎さん。オタク友達っている?」
「オタク友達? ああ、あっちの根暗の友達探しか」
「根暗言わない」
勉強面での彼女のサポートは諦め、豊富な人脈面に期待する。宇月さんの趣味を知って、学校に似たような趣味の人間がいないか探して紹介する。友達を欲しがっている人にとってこれ以上ないくらいの現実的な解決策だろう。
「うーん……ウチのグループは見ての通りイケイケのギャル軍団だから漫画とかも流行りの恋愛モノばっかだし、ドラマは見てもアニメは見ないんだよな……あ、ロボットアニメならウチもわかるぜ? 兄貴と一緒によく見てたんだ」
「ロボットアニメは何か違う気がする……」
「んじゃ向こうの連中に聞いてみるんだな。ウチのクラスの女オタク集団は多分あいつら、アニメとかも見てるっぽいぞ?」
宇月さんの部屋にロボット関係のモノは見当たらなかった。多分ジャンルが全然違うのだろう。彼女が指差す先、教室の片隅で女子が3人程集まってスマホを片手に雑談をしている。いきなり彼女達に話しかけて趣味を聞く勇気は自分には無かったので、こっそり近くに行って話を盗み聞きすることにした。
「4話見ましたか? 作画崩壊が凄まじかったですね」
「あのアニメーション会社評判悪いよねーキャベツもあれだっけ?」
「作画崩壊を楽しんでこそのマニアではないでしょうかそれに話題にならないより作画崩壊で話題になった方が結果的に人気になるパターンもありますヌコ生等でアニメを皆と一緒に見てコメントを打つという文化もある以上定期的にネタを作り突っ込みを促すのが戦略なのですあのアニメーション会社は恐らくわざと中国や韓国のアニメーターに外注させて作画崩壊させると共にネット右翼達に騒がせるというマーケティングをやっていますよ原作ありの作品では無いですし私はいいと思います」
眼鏡をかけて丁寧な口調の子と、ちょっとギャルっぽい子と、小柄で無口っぽいと思いきや突然大声で早口で喋りだす子。タイプが全然違う彼女達でもこうやって友達になれているのだから、宇月さんをこの輪の中に入れても問題無いのではないだろうか、と彼女達を観察したり、軽く会話をしたりしながら1週間が過ぎ、再び僕は宇月さんの家へ。彼女と一緒に勉強をしつつ、休憩がてらクラスにいたオタク女子達の話をしてみることに。
「無理ですよ、それは陽のオタクなんです。私は陰のオタクですから」
「客観的には違いがわからないよ」
「陽のオタクの中に陰のオタクを混ぜても、周りの話すペースについていけなかったり、カラオケ行こうよとか声優のライブに行こうよとか活発的すぎてついていけなかったりして、空気のような存在になり、自然とフェードアウトしてしまうんです。中学時代の私が、そうでしたから。……同じ陰の者である久我さんなら、わかってくれますよね」
「陰の者にされた……まぁ、陽の者じゃないけどさ」
ところが彼女は大きくため息をついて自分を卑下し始める。陽も陰も無い、趣味が合うなら自然と仲良くなれるはずだ、なんてのは幻想でしか無いということなのだろうか。そして彼女にとっては僕は陰の者仲間らしい。シンパシーを感じてくれたからこそ保崎さんのように拒絶しなかったわけで、好都合ではあるのだが。
「じゃあ頑張って学校で陰のオタクを探してくるよ」
「嫌ですよ、陰のオタクなんて」
「えぇ……」
陽のオタクがダメなら陰のオタク。ということで明日からは陰のオタクを探して彼女を紹介しようと思ったのだが、彼女は露骨に嫌な顔をする。
「陰のオタクなんていじめられっ子ばっかりですよ。根暗で気持ち悪い。そんな連中と一緒にいたら私まで巻き添えを食らう。……今同族嫌悪って思いましたか? 最低な女だと思いましたか? これがリアルなんですよ」
「だったらどんな人を探せばいいのさ。陰の人間じゃないけど自分と合う、自分がいじめられそうになっても助けてくれる、そんな都合のいい人間がそんな簡単に見つかれば苦労はしないよ」
「う、うう……」
そのまま声を荒げて陰のオタクをこき下ろす彼女だが、自分自身同族嫌悪でしかないことを自覚しているのか声が弱々しくなっていき、僕の非情な指摘に半泣き状態になってしまう。御堂さんにも言われてしまったが、僕は結構辛辣な人間のようだ。ただ、彼女の言葉を借りるならそれがリアル。もしも彼女が御堂さんのようにお金持ちのお嬢様だったり、見た目が美しければ、例え暗い人間でも、恋人という形で簡単に守ってくれる人は見つかるのだろう。けれども彼女は美少女でも何でもない、ただの成績も悪い、暗めな少女でしかない。同族嫌悪でつるむことすら拒んでいてはロクなことにならないことは、彼女の成績が証明しているのだ。
「アニメや……小説なら……簡単じゃないかもしれないけど、見つかるんです」
震えた声で、アニメのディスクを取り出して機器にセットし、そのままテレビの前でボーっとし始める彼女。クラスでぼっちのオタク趣味の男が、クラスの美少女で隠れオタクな子に言い寄られるという内容。性別こそ違うが、まさに彼女が望んでいたであろう展開がそこにはあった。彼女の趣味を理解するために休憩時間が終わっても僕は一緒にそれを見続ける。アニメになるくらいには流行っているのだから、それなりの面白さは保証されているのだろう。普段見ないような内容ではあったが、隣の彼女がたまに解説してくれることもあり退屈はしなかった。
「はぁ……癒されました」
「面白かったよ」
「本当に本心ですか? 私は、気持ち悪いと思いますよ。だってそうでしょう、オタク趣味の男ならたくさんいるだろうに、何でわざわざイケメンでも無いぼっちの男が選ばれるか? 視聴する人間が、私みたいな人だからです。ただそうなると当然スペック不足になってしまいますから、『実はハイスペックな人間』みたいな展開になってしまうんです。そういうのを見て、私達は、『私達だって本気を出せばこれくらいやれる』なんて思ってしまうんですよ。ま、現実はこの通り、学校にも行かないんですけどね。こういうアニメは私にとっては回復呪文でもあり、私をダメにする呪いでもあるのです。麻薬なんですよ」
幸せそうな表情で癒された、と語る彼女に同調するが、途端に不機嫌そうになって自分が今まで癒されていた作品を否定し始める。地雷を踏んでしまったかな、と思ったが、何もしないよりはこうやって自分の感情を発散させる方がいいのだろう、と前向きにとらえることにした。現に彼女はちょっと楽しそうだ。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。好きな作品のタイトルとか教えてくれたら、教室で同士を探して見ようか? 都合のいい存在が見つかるかどうかは知らないけどさ」
「う、それはちょっと恥ずかしいから無しにしてください。自分の趣味をアピールするということは、自分の恥ずかしい部分をアピールするということでもあるんです。だから信用できる相手じゃないと嫌なんですよ」
「僕は信用できるってこと?」
「陰の者仲間ですから。私が保証します。それではさようなら」
お昼の時間になり、アニメのせいでほとんど進んでいない勉強状況に頭を抱えながらも、もう1人の機嫌を損ねると彼女はバッドエンド一直線なので長居する訳にもいかない。仲間意識を持ったからか手を振って見送りしてくれる彼女に別れを告げながら、陰の者は家を出て陽の光を浴びるのだった。
別作品のキャラらしき子が紛れ込んでいますが、モブキャラなので話に絡んで来ることはありません。