女の子を救うためにアイスを奢ります
宇月さんの家から出た後、駅のコンビニで昼食を買って、電車の中で食べながら次なる目的地へ。自意識過剰かもしれないが、周りの人間がじろじろとこちらを見ている気がする。高校生が私服姿で学校にも行かずゲームセンターに行こうというのだから、じろじろ見られても仕方がないのだが。
「あら、また来たのね」
「ずっとここで格闘ゲームしてるの?」
「そんなでも無いわよ。学生が毎週同じ時間に同じ科目を受けるのと一緒。色んなことに挑戦してみたいのよ……と言いたいところだけど、あの女に負けたのが悔しくてね、ワンコインクリアできるまでは続けるの」
アーケードゲームのコーナーに向かうと、先週と同じく御堂さんが格闘ゲームに座っていた。宇月さんにはちゃんと勉強しなきゃと言った手前、御堂さんにも言わなきゃ不公平だと宇月さんが怒るかもしれないが、学年主席に勉強しろなんてとてもじゃないが言えないし、ゲームセンターは勉強をする場所ではない。ギャラリーとして彼女のプレイを後ろから眺めながら、彼女の悩みを解消すべく話でもすることにした。
「……親とちゃんと話し合ってみたら? 寂しいって」
「そんなことできるわけないでしょう。親に迷惑はかけられないわ」
「そもそも親は学校から連絡を受けて」
「いないわよ」
無断で学校を休めばすぐに学校は親に連絡を入れる。親が海外にいるからといって娘が何日も学校に行っていないことを知らない訳が無いと思っていたのだが、甘いわとばかりに彼女は指をチッチと鳴らす。
「私が学校に口封じさせているの。この学校、設立やら運営やらにまあまあウチが絡んでいるのよ。例え親がいなくて寂しいなんてしょうもない理由だとしても、娘が不登校になったと知ったら親はどう反応するかしらね?」
「いじめがあったんじゃないか! とか面倒くさそうなことになりそうだね」
「その通り。だから私はちゃんと毎日登校している扱いになっているの。こうやって学級委員をわざわざ問題解決のために寄越してくれるのも、私がそれだけVIP待遇だからよ。もう1人、学校に来てない子がいるんでしょう? その子は私のついでに配慮されてるってわけ。私がもし学校にちゃんと通っていたら、その子は完全放置で留年退学コースね。私が不登校で良かったわね、と今度恩を着せておいて」
そのまま裏話を暴露する彼女。週1で生徒を不登校の生徒のケアのために使ったり、ちょっと勉強して宿題をするだけで留年を回避させたり、随分と生徒に甘い学校だな、と思っていたのだがそんな事情があったとは。週1で僕を寄越すというのも担任の教師が独断で決めたのではなく上層部による規制路線だったのだろう。
「そこまで考えてくれるなら近所の人に頼むなりして欲しかった……そりゃ交通費は学校が出してくれるけどさ、家から電車乗り継いで二人に会うのは結構しんどいんだよ? 真昼間から私服姿でその辺をうろちょろして、いつか警察にも補導されそう……」
「それは単に貴方がお人好しってだけの、教師の言うことを絶対に聞いてくれそうな都合のいい存在だからでしょう。別に私が貴方を指名した訳では無いからその辺変な勘違いしないように……あ」
権力とか様々なものによって操られている自分の人生を軽く呪いながら彼女のプレイングを眺めていたのだが、お喋りをしているスキに敵の超必殺技を食らってしまい、彼女のワンコインクリアの夢は途絶えてしまう。
「……」
「え、僕が悪いって言うの?」
「……」
「あ、アイスでも食べようよ」
お前と余計な話をしているせいで負けた、と言わんばかりに睨んで来る彼女。反論できる程口が達者ではないので、ご機嫌を取ってもらうためにゲームセンターによくあるアイスの自動販売機へ向かい子供が食べ終わったらチャンバラごっこをするアレを買って手渡した。
「私の好物はグレープシャーベットよ、次のために覚えておいて損は無いわ。将来女の尻に敷かれるタイプね」
「次が無いことを祈っておくよ。もう姉や妹にいいように使われてるよ……というか学校行かなくても出席扱いになるなら、僕が来る意味あるのかな」
「学校もいつまでもこの状況を両親に隠し通せるとは思っていないんじゃないかしら。私は両親には言わないでね、と口封じをしただけで、寂しいから、悩みを解決するために人を寄越せなんて言っていないわ。これは学校の勝手な忖度ね」
「うーん……だったら、僕もちゃんと来て相手をしてるってことにしてくれないかな。いや、面倒くさいからサボるって訳じゃなくてさ、もう1人の方は正直頭が悪いから、学業のサポートもしなきゃ駄目なんだよ。友達作りのために趣味を知って欲しがってるし」
クッキークリームを頬張る彼女を眺めながら提案をしてみる。彼女の悩みがしょうもないとは思っていないし、宇月さんよりも厄介という認識は今も変えていない。ただ、家庭の問題に僕が介入することができないのも事実だし、御堂さんが本命で宇月さんはついでの存在だとしても、学年主席で登校扱いにしている子と学年170位で留年のピンチがある子では、後者に力を注ぐのが効率的だろう。
「……寂しいから一緒にいて欲しいって言ったらどうする?」
「学校来れば?」
「そこは『えっ……それって……』とか言いながら顔を赤くするところだと思うわ。まあ、正論ね。でも、私は貴方が思っているよりも強い子では無いのよ。同じ優等生仲間ならわかるでしょう? いいように使われる居心地の悪さ。何故か私が生徒会に立候補する的な流れが出来てるし」
僕の提案に上目遣いで意味深に答える彼女に即答する。今まで親に褒められたいがために優等生をやっていたから自分探しをしたいという気持ち自体を否定するつもりは無いし、優秀な人には優秀な人なりの悩みもあるのだろう。けれども彼女は宇月さんのように、友達がいないし学校に行けば虐められるかもしれないという恐怖を抱えている訳ではない。『ちょっと身体の調子が悪くて入院してたの』と嘘をついてしれっと学校に復帰して、クラスメイトに心配されるような立場なのだ。
「最初は一人で遊んでいればいいと思っていたけれど、やっぱりお喋りする相手くらいは欲しいわね。学校に行かずにこんな時間からゲームセンターで遊んでいたらナンパでもされるのかなと思ったけれど、現実は老人ホームよ。というわけで毎週私の相手もして貰うわ。もう1人を救うためにも私の機嫌を取ることね……あ、負けそう。今すぐ反対側に100円入れて乱入してくれる? 乱入戦を終えた後は仕切り直しになるから」
宇月さんの生殺与奪権を握っていることをほのめかしつつ、ワンコインクリアのために僕の100円を犠牲にさせる。果たしてそれでクリアしたとして、ワンコインクリアになるのだろうかと訝しつつも彼女と対戦して負けて、その後は彼女がラスボスを倒すのを見守った。
「やったわ……」
「おめでとう」
「……優等生を辞めようと思って、とりあえずゲームセンターに行って不良と言えば格闘ゲームよねとやってみたけれど、例え不良であっても女の子は格闘ゲームをしないと思うの」
「保崎さんは兄に影響されてやってたって程度で、友達と一緒に来た時もわざわざやらないらしいしね」
「という訳で格闘ゲームは封印よ。来週は別の場所を指定するかもね」
「クリアした途端に飽きるタイプなんだね」
スタッフロールを見ながら満足そうな表情をする彼女は、疲れたから家に帰ってお昼寝するわと僕を置いてゲームセンターから去っていく。もっと遠い場所を指定しなければいいけれどな、なんて考えながら僕も帰路につくのだった。