女の子を救うためにデートをします
「どうしてここに来たの!」
日曜日、いつものゲームセンターでいつものように遊んでいた御堂さんは、僕を見つけると怒りながら詰め寄って来た。いつもと違うのは、彼女が変装をしておらず、人気者で優等生な御堂フィオナとしてゲームセンターで遊んでいることだ。
「御堂さんが指定したんじゃないか」
「『宇月さんと付き合うことになったからデートには行けないよ、ごめん』って連絡をずっと待っていたのよ!? 貴方はどんな子に告白されても、相手を傷つけないために付き合うんじゃなかったの?」
「フラれたのは僕だよ。宇月さんは僕がいなくてもやっていけるってさ」
「そんなの強がりに決まってるわ、強がる彼女を追って抱きしめなければいけなかったのよ」
「御堂さんは宇月さんを馬鹿にし過ぎだよ。ママとパパがいないくらいで生きる理由が無いと泣き出すような園児の癖に。僕を試したのかい? だったら帰るよ。やっと僕の仕事が終わったんだ、ゆっくり休みたい」
「……ああもう、とりあえず外に出るわよ。家に帰るまでが遠足でしょう? 私が家に帰らない限り貴方の仕事は終わらないわ」
宇月さんと付き合わなかった僕を責める彼女に対し、僕の決意も宇月さんの勇気も踏みにじられたような気分になって少し苛立ち、最初にここで出会った頃の話を持ち出して挑発すると、悔しそうに地団駄を数回踏み、ゲームセンターを出て行った。
「……しばらくお別れね、今までありがとう。時には台パンもしたし、店員に迷惑もかけたけど、お金もたくさん落としたわ。……今度来る時は、きっと友達と一緒よ」
この1年、やり場の無いストレスの捌け口になって来たゲームセンターを見上げ、深く礼をする彼女。彼女なりに決別したかったらしく、財布から数枚のゲーム用のカードを取り出すと、全てをゴミ箱に投げ入れた。そして僕を真正面から見つめ、ニッコリと微笑む。
「……貴方は英雄よ。二人の女の子が社会からドロップアウトするのを防いだんですもの。ご褒美に今日1日、私がデートしてあげるわ。プラン? そんなものないわよ。そもそも来ると思わなかったし」
「それじゃ本屋に行こうか。ここ数日テスト勉強なんて全く進まなかったし、来年は受験だからさ。参考書とか選びたくて」
「任せなさい。学年1位が最適なアドバイスをしてあげるわ」
「学年3位でしょ?」
「次は1位よ」
僕を賞賛し、横に並ぶ彼女。少し遠くに見えるショッピングモールの看板の1つである本屋を指さし、二人並んでそこまで歩く中、周囲の人達の視線が集まるのを感じる。今までも不審者状態の彼女と一緒にいることで変な視線を集めていたが、今のそれは羨望だったり、不釣り合いだという感想なのだろう。
「あっという間に高校三年生ねぇ……進路はどうするの? 大学? 宇月さんはアニメとか映像とか関係の専門学校を目指すって言ってたわ」
「とりあえず大学には行くつもりだよ。前にも話したけど親が翻訳家だからそっち系を何となくで目指してるけど、向いてるのかわかんないや」
「教育者とかいいんじゃない? 実績はばっちりでしょう」
「あはは、確かにそうかもね。家庭教師のバイトは向いてそうだ。御堂さんは? UFOキャッチャーのプロになるんだっけ?」
「いつの話を蒸し返しているのよ。私は……この後決めるつもりよ。それよりお腹が空いてきたわ、フードコートに行きましょう」
本屋で参考書を選びながら将来について語り合う中、将来をこの後決めるというひっかかる言い方に首をかしげながらも、フードコードに向かい席にカバンを置いてお店を選ぶ。注文をしてブザーを持って戻ってくると、御堂さんがクラスの女子に囲まれていた。
「御堂さん、入院してたんじゃなかったの!? え、ていうか久我君? なんで一緒に?」
「こないだ退院したのよ、来週からは学校に復帰するわ。彼とはたまたま出会ってね、学校の事を聞いていたの」
「そうなんだ。あ、そうだ。御堂さん、それなら私達と一緒に行動しない? 色々服とか見て回ってるの」
「ごめんなさい、この後も用事があって。また明日、お話しましょう」
その場しのぎの嘘をつきクラスメイトを見送った後、大きなため息をつきながら、言いきっちゃったわと小声で呟き、自分のブザーが鳴ってビクッと震える彼女。
「人気者は大変だね。これで学校来ないなんてのは無しだよ」
「女に二言は無いわ。また遭遇して色々聞かれないうちに、さっさとここを退散するわよ」
「サングラスと帽子でも買ってきたら?」
「もう自分を偽って生きるのは辞めたの」
ついさっきクラスメイトに嘘をついたことは無かったことにして、注文した熱々の石焼ビビンバを急いで食べようとして悶える彼女。そんなに急がなくても、そもそも僕の注文した料理はまだ完成していないのにと追い打ちをかけながら何杯か水を取りに行くのだった。食事を終えた後はショッピングモールから出てアイスを食べたりペットショップで犬用のグッズを買ったりとその辺をぶらつく。宇月さんとは基本的に家でしか会ってなかったが、御堂さんとは変装しているとは言えど頻繁に外に出ていたので新鮮味は無い。そうこうしているうちに日が暮れて、何故だかとても既視感のある夕暮れの公園のベンチに僕達は座っていた。
「何よ、ジロジロとこっちを見て。もしかして告白されると思ってる? はん、自意識過剰にも程があるわ。ザッハトルテをあげたのは今までの恩返しよ。確かに本当の私を知ってるのは貴方と宇月さんくらいなものでしょうけど、私だって男がいないと学校に来れないような、本当の自分を曝け出せる相手がいないと生きていけない弱い女じゃない。名門御堂家の跡継ぎとしてやらなくちゃいけないことはたくさんあるの、恋愛にかまけている暇は無いわ。大体私と貴方が付き合うなんてことになってみなさい、宇月さんが爆発して怨霊になるわ」
昨日と似たような展開になるのだろうかと色々考えていたが、そんな僕の妄想をかき消すかのように御堂さんは矢継ぎ早に色々喋る。ひとしきり言いたいことを言い終えた後立ち上がり、大きなため息をついて遠くを見やる彼女。あの方向にあるのは確か彼女の家だったか。
「……私が家に帰らない限り貴方の仕事は終わらないなんてのは嘘。私が弱い女じゃないなんてのも嘘。さあ、最後の仕事よ。行きましょう」
覚悟を決めた声色と共にその方へと歩いていく彼女に、僕は黙って従った。
「あらフィオナ、帰って来たの。そっちの子は、ひょっとして彼氏かしら?」
「ははは、真面目で優しそうな子だね。フィオナをよろしく頼むよ」
『ハッハッハッ……グルル』
御堂家に到着しても無言で歩き続ける僕達。やがて彼女が部屋のドアを開けると、男女がティンダロスと遊んでいる光景。どうやらこの二人が御堂さんの両親のようだ。仕事の都合か休みが取れたのかはわからないが、家に帰ってきていたのだろう。
「……そんなんじゃないわ。彼は、私の恩人。一人じゃ親と話し合うこともできない、どうしようもない私のね」
そんな二人から目を逸らし、泣きそうな目でこちらを見てくる彼女。頑張って、と彼女を真剣な目で見つめてエールを送ると、こくんと頷いて両親の方を見やった。そしてそのまま彼女は大きく深呼吸をし、
「私! ずっと学校行ってなかったの! ママとパパがいなくなって、学校に行って頑張る意味を見失って! 色んな人に迷惑かけて! 期待外れの子で、ごめんなさい……でも、明日からはちゃんと学校に行くし、一人で生きていけるように頑張るからっ……!」
プライドを全てかなぐり捨てた土下座を両親に向かって決めて見せる。
「僕からも、お願いします。彼女を許してあげてくださいとは言いません、むしろ滅茶苦茶叱ってください。彼女は勉強が出来るだけのひねくれ者です。親がいないだけで泣くような小学生未満です。見栄とプライドの塊です。けれど、両親が大好きなんです。だから、たまには電話したり、もっと、彼女に構ってあげてください」
そんな彼女の横に立ち、僕も深々と頭を下げる。ティンダロスも主人に続くように伏せをし、しばらく部屋の中に気まずい空気が流れ続ける。
「二人とも、顔をあげてください」
彼女の父親が沈黙を破り、顔をあげて両親を見やる。手のかからない娘だと思っていた彼女の醜態に二人とも驚いていたようだが、その表情は怒りではなく申し訳なさが滲み出ていた。
「フィオナ、ごめんなさいね。私の期待がフィオナを苦しめていたのね」
「う、うう……ママ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「将来を考える時期に、一人にしてすまなかった。これからは、もっと家に帰るようにしよう」
「パパ、ありがとう、私、もっと、立派になるから、頑張るから……」
それぞれ謝り合いながら、御堂さんを抱きしめる両親。これ以上ここにいちゃいけないな、と僕はティンダロスにお別れの挨拶がてら撫でようとし、噛まれて情けない悲鳴を上げて感動的なムードに水を差すのだった。
翌日。学校に到着し教室に向かうが、何だかいつもより騒がしい。
「御堂さん、身体は大丈夫なの?」
「もうすぐテストだけど大丈夫?」
「ええ、身体はこの通り完治したわ。色々心配かけたわね……そうね、テストが不安だから……ファミレスで勉強会でもしない?」
クラスメイトに囲まれているその原因は素知らぬ顔で、退院した優等生オーラを振りまきながら談笑をしているが、その目元は赤く腫れていた。
「……」
何の騒ぎにもならないもう一人の少女は隅に追いやられた自分の席に座り、騒ぎの中心を羨ましそうに眺めたり、オタク少女達が喋っているのを眺めている。僕に気づいた彼女は見ててください、とアイコンタクトを送り立ち上がる。
「やっぱり3年になったら部長は解任が妥当かと」
「というか退部でもいいんじゃない? 横領犯だし、冷静に考えてエロ本を作ろうとするのもおかしいし」
「待ってくださいよ百歩譲って横領は認めますけどこの部活を作って大きくしたのは私ですよ部長じゃ無くなったら私は何て呼ばれるんですか元部長ですか元部員ですか」
そしてかつて陽のオタクだから自分とは合わないと言っていた人達の下へ向かい、
「……そもそも名字何なんですか?」
「……?」
「……?」
「誰ですか?」
「宇月です! 部長は! 冬コミの時も! 出会ったじゃないですか!」
「ああそうでしたそうでした宇月さんですねところでシナリオとか書けますか久我さんが退部することになってシナリオライター絶賛不足中なんです」
「学校休んでる間……小説とか書いてたから少しは……後、動画編集とかも、出来ます」
勇気を出して会話に混ざりこむ。声もしっかりと出ているし、相手の目も見て喋っている。もう大丈夫だ、と確信を得た僕は、授業の準備を始めるために前を向くのだった。




