女の子を救うためにデートをします
自分をザッハトルテだと思い込んでいる黒い塊を食べるも味なんてよくわからない。自分の精神状態が不安定だからか、彼女達の料理スキルの問題なのかはわからないが、それでもどうにか完食することはできた。
「俺後輩にチョコ貰ったんだよね、部活で頑張ってる姿に一目惚れしたって。可愛い子でさぁ、ホワイトデーの時にこちらこそよろしくって言えばいいのか?」
「いや、1ヵ月もあれば女の心は変わるかもしれないからな。すぐにデートに誘ってそのまま付き合うべきじゃないのか?」
「でもそれだと必死な感じがして幻滅されるかもなぁ」
「うわー、俺はどうすればいいんだー! なぁ久我はどう思う?」
「僕に聞かれても……」
バレンタインが終わり勝ち組男子と負け組男子が分かれる中、何かアドバイスが貰えないだろうかと勝ち組男子の集いに混ざって見るも、誰にチョコを貰ったんだ? と聞かれるのが嫌で結局自分から話を切り出せず、有益な情報を得ることなく金曜日が終わってしまう。
「……そもそも毎回私服で会ってたからなぁ」
土曜日の朝、そんなにレパートリーの無いクローゼットの中を見てため息をつく。普通の学生同士のデートならば私服を着て来るだけで新鮮だねとかオシャレだねとか言われるものだが、僕の持っている全ての服は彼女達に把握されている。そもそも僕はデートをどうしたいのだ? と未だに答えが見つからないまま、いつものような普段着で家を出た。
「初期アバターみたいな服だな……むしろレアなのでは」
宇月さんが待ち合わせ場所として指定した駅前の噴水、デートの待ち合わせ場所としては定番らしく色んな男女がオシャレな服装に身を包んでおりどこに彼女がいるのか探すのも一苦労と思いきや、僕がゲームでコーディネートした初期アバターのような服装でとても浮いていたので宇月さんを見つけるのは容易かった。
「おはようございます! それ先週着てた服ですね!」
「宇月さん、値札ついたままだよ」
僕に気づき、彼女にしては大きな声で挨拶をしてくる、初期アバターをデートのために買い揃えるという涙が出るほど甲斐甲斐しい彼女の服についていた値札を取ってやる。同年代の女子の服に触って値札を取るなんて恋人でも無い男子がやるには図々しいが、1年近く彼女の世話を焼いて来たのでお互い何の抵抗も無い。
「うう、ありがとうございます……映画、見に行きましょう!」
デートプランについて一切知らされていない僕に、照れながら彼女が近くにある映画館を指さす。映画館に向かい当然のようにアニメ映画のパンフレットを手に取りどんな内容なのか把握しようとしたが、彼女は怒りながら別のパンフレットを手渡して来た。
「今日見るのはこれです!」
「え、流行りの恋愛映画じゃん。いつもスイーツスイーツって馬鹿にしてるような」
「悪いですか! 馬鹿にしつつも本当は憧れる乙女心がわからないんですか! 傷つきました! お詫びにポップコーンとジュース奢ってください!」
かなりかかっているようでテンションが高めなまま、いつのまにか買っていたらしい自分のチケットを持ってシアターへと消えていく彼女。僕もチケットと二人分のポップコーン、ジュースを買ってシアターへ向かうが、ここで彼女は大きな過ちを犯してしまう。
「え、指定席なんですか!?」
話題の人気作ということもあり、映画館側が席を指定していたのだ。カップルや家族なら本来は一緒に買うので隣同士になるように向かうが指定してくれるのだが、彼女は先に一人用のチケットを買ってしまったため、僕とは離れた場所になってしまう。僕は周囲の客に頼み込み、色々と席をずらして貰い彼女と隣り合って座る。
「う、うう……完全に私達悪目立ちしてるじゃないですか」
「やり取りをしてるうちに映画が始まっちゃうよ。さあ、集中集中」
恥ずかしさから大量に冷や汗をかき、ジュースを一気に飲み干す彼女。彼女のドリンクホルダーに僕の飲んでないジュースを置いてやり、その後は目の前の映画に集中する。よくある青春恋愛物で、出演している俳優達が豪華だから流行っているだけで内容は日頃見てるようなドラマと大差ないなと思っていたのだが、隣に座る彼女は普段変なアニメばかり見ていて生身の人間のいちゃつくシーンやキスシーンに耐性が無いのだろう、頻繁に顔を赤らめたり小声でひゃーと呟いたりと乙女心を発揮していた。
「ランチを食べながら映画の感想を言い合いましょう。ふふん、いいお店を事前に調べていたんです、あそこですよ」
「滅茶苦茶並んでるね」
「こ、こんなに混んでるなんて……行列に並ぶなんて馬鹿のやることです、空いてるお店に行きましょう」
「折角不登校なんだから平日に指定してくれてもよかったのに」
映画館から出た直後、すぐに彼女は次のプランですと言わんばかりに少し離れた場所にあるイタリア料理屋を指さすが、相当な人気店らしく1時間は確実に待つであろう行列が出来ていた。滅多に外に出ない彼女は駅前の人気店に行列が出来ることがわからなかったらしい。結局隣にあるファーストフード店に向かい、僕は正直語れる程の感想を持っていなかったので彼女が興奮気味に話すのを聞くことに徹する。
「高校生があんなことするのはおかしいと思うんですよ」
「え、宇月さんが普段見てるアニメややってるゲームよりはまともだと思うけど……」
「二次元は二次元! フィクションです!」
「映画だってフィクションだろうに……」
腹ごしらえを終えた僕達は、そのままゲームセンターへ向かう。友達もおらず、一人で行く勇気も無かった宇月さんはゲームセンターへ来たことはほとんど無かったらしく、周囲の客に怯えながらも今まで動画サイトでしか見てばかりだった筐体に興味を示す。
「あ、これ攻略法あるんですよ、こうやってお金を入れる前にボタンをこうやって叩くと、台がバグってアームの力が最強になるんです。見ててくださいね……あれぇ?」
「アームの力が最強になってもそもそも掴めなくちゃ意味無いじゃないか。僕は縦のタイミングを計るよ」
スマホを取り出して動画を見ながらボタンを何回か叩き、自信満々にコインを入れてぬいぐるみを狙う彼女だが、そもそも掴むことができないという醜態を晒す。御堂さんとの経験を活かし、奥行のタイミングを合わせるために筐体の横に向かい、宇月さんが横のタイミングはきちんと合わせてくれることを祈りながら今だと叫ぶ。連携不足や宇月さんの反応の悪さが祟り、裏技を使ったにもかかわらず千円以上を費やしてようやくキャラの名前もわからないぬいぐるみを獲得した。その後もプリクラを撮ったり、ゲームセンターを出てショッピングモールに向かい小物を眺めたり、彼女が調べたであろう一般的なデートに付き合っているうちに日が暮れて、僕達は公園に向かいベンチに並んで座る。
「……月曜日から、学校に……行き……ます。う、ううっ……はーっ、はーっ」
「そっか。今まで頑張ったね」
温かい缶コーヒーをコクコクと飲み、白い吐息を橙の空に飛ばしながら、彼女は小さく、震えながら呟く。彼女にとってはその言葉を発することすらとても勇気のいる行為だったのだろう、言い終えた直後の彼女はぜーはーと息を切らして泣いていた。僕は自販機に向かいホットレモンを買って彼女に手渡す。何度も深呼吸をしながら、彼女が少しずつそれを飲むのを眺めるうちに落ち着いたようで、立ち上がってゴミ箱に向けてペットボトルを投げる。彼女の精神的な成長が現れたのか、奇跡的にそれはゴミ箱へと吸い込まれて行った。
「御堂さんと、話し合ったんです。もうすぐ3年生ですし、久我さんにもこれ以上迷惑かけられないですし。最後に思い出作りがしたくて。今日はありがとうございました。それじゃあ来週学校で会いましょう」
そのまますらすらと喋り、一方的に別れを告げてその場から去ろうとする彼女だったが、ベンチから立って僕に背を向けて少し歩いたところで、俯いて肩を震わせ、振り返って僕の方に飛び掛かるように抱き着いて来た。
「……怖いんですよ! 久我さんのおかげで会話するようになったオタク仲間も、御堂さんも、3年生になったら、きっとバラバラになって、そこで新しいコミュニティを形成するんです。また独りぼっちになるのが怖いんですよ! 昔のコミュニティの人達に無理矢理絡んで迷惑をかける自分が怖いんですよ! だから、だから……私、迷惑かける分は何でもしますから、久我さんが望むならオタク趣味なんて辞めて、普通の女の子になりますから、私と……」
「宇月さん……」
座ったままの僕に対し地面に膝やらをつけたまま縋りつくようにぎゅっと抱きしめ、ガタガタと触れる彼女。そんな彼女に応えるように僕は彼女の背中に手を回して抱こうとするが、
「うっそでええええええええす!」
背中に手が触れた瞬間、彼女は後ろに飛びのいて離れてしまう。手を打ってぶんぶんと振る僕を笑う彼女の顔は、完全に俯いており見ることはできない。
「ドキドキしましたか? あはは、久我さんなんて別に趣味も合わないですし、近くにいる男ってだけですよ。幻想なんですよ。スットコドッコイ症候群ですよ。久我さんモテないでしょうし、私のせいで彼女を作る機会失っちゃいましたから、青春をプレゼントです。それじゃあ、明日の御堂さんとのデート頑張ってくださいね」
俯いて肩を震わせているとは思えないほど朗らかな声でそう告げると、再び僕に背を向け、そのまま公園から走り去っていく。彼女の姿が見えなくなった後、
「私、頑張りますから! 友達も作りますし、友達が出来なくたって、勉強はちゃんとして、一人でも生きていけるようになりますから! 見守っていてください! ……もし、辛くて私が限界そうに見えたら、誰かに依存しなきゃ卒業まで持たないようなダメ女だと思ったら、その時は、その時は……わあああああああああっ!」
遠く離れているのに今まで聞いた中で一番大きな声量が、誰も馬鹿に出来ない立派な少女の咆哮が、街中に轟くのだった。




