女の子を救うためにメイドになります
「あ、倫也がギターやってる。モテるといいね」
「ギターじゃなくてベースじゃない? 弟君、ベースじゃあモテないよ」
「モテたくてやってるんじゃないから」
「男は皆そう言うんだよ」
家でベースの練習をしている自分は姉妹からはモテたくて楽器を始めた哀れな男子高校生に見えるのだろう。不登校二人の欲求を叶えるために音楽を始めるというのが果たしてモテたくて始めるに相当するのかはわからないが、茶化されながらも黙々と微妙に下手な演奏を続ける。
「ん、マメが出来てるじゃねえか。ギターでも練習してるのか?」
「ベースをちょっとね」
「今から練習したってもう文化祭のライブの枠は埋まってるぜ? ちなみにウチは3組目でボーカル兼テルミンやるから。ベーシストは不在だから混ぜてやろうか?」
「文化祭で演奏するつもりはないよ、雰囲気が楽しめればそれで十分だろうから。そもそもそんな色物バンドは嫌だよ」
プラモデルの時といい凝り性な部分があるのだろう、手を水膨れだらけにした甲斐もあり、聞けるレベルの技量はついた。毎日が日曜日の二人は僕より練習しているだろうからきっとかなり上達しているに違いない。翌日、ベースを持って僕は宇月さんの家へ向かう。
「おはようございます久我さん。……? ギターなんて持ってどうしたんですか?」
「ギターじゃなくてベースだよ。あれからギターと作曲は上達したかい?」
「ギター? 作曲? ああ、そういえばこの前御堂さんに誘われましたね。3日でお互い飽きましたよ?」
「あ゛?」
「ひ、ひぅっ……」
それとなく音楽活動について聞いてみたのだが、平然と飽きたなんて答えが返って来たため自然と声のトーンが低くなってしまい彼女を怯えさせてしまう。部屋の隅ではバステトがギターの弦をボロボロにしていた。
「宇月さん。一度やると決めたことをすぐに投げてしまうようでは学校に復帰できないよ」
「私も作曲やギターを頑張っていたんですけど全然上達しなくて。まあそんなすぐに上達しないってのはわかっていましたし気分転換にはなるかなと思ってたんですけど、御堂さんが自分の歌を録音して自分で聞いてショックを受けてしまって。自然な感じで無かったことになりました」
「それは仕方ないね……」
原因は宇月さんにあると一方的に決めつけてしまい嫌味を言ってしまうが、話を聞いてみると御堂さんの悲しいエピソードが原因だとわかり慈愛の心を持つ。世の中には知らない方がいいこともある。御堂さんと午後に出会ってもバンドの件については触れないでおこう。
「そんなことより、文化祭でメイド喫茶をやるんですよね?」
「正確にはメイド執事喫茶だけどね」
もう僕もやらなくなってしまうかもしれないベースを部屋の隅に置いて勉強道具を広げると、宇月さんは興味津々と言った感じに文化祭の出し物について聞いてくる。メイド服や執事服はレンタルすることになり、飾り付けやメニューについて決めている段階だ。
「数々のメイド物を見てきた私が久我さんにメイドのなんたるかを教えましょう。いわば顧問です。軍師です」
「あいにく男は執事だしその中でも僕は裏方で料理をする担当なんだよ。宇月さんに学ぶことは何もない」
「甘いですね。久我さんが女装してメイドで接客をやる流れにきっとなるはずです。いいえ、なるように仕向けました」
宇月さんがオタクサークルのチャット画面をこちらに見せてくる。これまではチャットに画像をアップロードするだけで発言はしなかった彼女だが、勇気を出して会話に参加したらしく、『レンタルした服の数が合わないという設定で男にもメイド服を着せましょう!』というふざけたチャットログで場を盛り上げていた。
「お喋りできてよかったね。許さないよ」
「というわけでまずはメイド服を着てください。拒否権があると思わないことです、今の私はチャットを自由に操って当日に久我さんがメイドビキニを着る流れにすることも可能なのですから」
「何で持ってるのさ……」
脅迫をしながらクローゼットからメイド服を取り出し僕に押し付ける彼女。メイドビキニとやらが何なのかすらわからないまま、部屋を出てメイド服に着替えて戻る頃には既に三脚が設置されていた。
『フシャー!』
「あはははは、バステトに完全に女だと思われてますよ。あーおかしい」
「ぐっ……これで満足ですかご主人様」
スマホとビデオカメラで僕の恥ずかしい姿を収めながらゲラゲラと笑う彼女と、先ほどまで僕に甘えていたはずなのに嫉妬心剥き出しで威嚇してくるバステト。彼女のペースに乗せられては駄目だと、先手を打って勉強の時間ですよお嬢様と机に座らせる。
「ですから、ここは二次方程式を使うのですわ」
「全然わかりませんわ」
「お嬢様は馬鹿でございますわね」
「貴女の教え方が下手くそなのではなくて? 気が進みませんわ、紅茶を淹れなさい」
自然とお嬢弁? で会話しながら勉強を教えること数分、紅茶を淹れろと命令してきたのでキッチンへ向かいポットを探す。宇月家では紅茶を淹れる習慣は無いらしくポットもティーパックも見当たらない。仕方なく外に出て近くの自販機で紅茶を買ってカップに入れ、レンジで温めて持って行くことにした。
「高級モーニングティーですわ」
「ご苦労ですわ。……やはり高級な紅茶は香りが違いますわね」
130円のお茶を高級だ高級だと言いながら飲む、学力だけでは無く味覚も残念な彼女。しばらくして彼女がトイレに向かうため部屋を出た後、彼女が撮った画像や動画等を削除していると、ドスドスと怒りを表現したような足音で彼女が部屋に近づいてくる。扉を開けた彼女の手には、自販機で買った紅茶の缶が握られていた。
「私を騙しましたわね、お給料の中には紅茶代も入っていますのに。横領ですわよ」
「ブラック企業ですわ」
「これはお仕置きが必要ですわね。四つん這いになりなさい」
「日頃からどんなメイド物を見ているのですか。逆にお仕置きが必要ですわ」
「本場のメイドもそもそも雇い主とそういう関係にあったと言われていますわ、つまり私は原理主義者なのですわ」
そのまま卑猥なお仕置きをしようとしたがる彼女。ムチの代わりにパソコンに差すであろうケーブルを持って襲い掛かってくるが、運動不足な女の子が女装した男に勝てるわけもなくあっさりと組み伏せられてしまう。
「どさくさに紛れて何触ってるんですか、セクハラー! 変態ー! 女装レイ〇魔ー!」
「わかったから真面目に勉強しましょうね」
その後もしきりにスカートの中を盗撮しようとしたり、スカートのたくし上げを要求したり、日頃から変なメイド物ばかり見ているからか日頃よりもアグレッシブな彼女のせいで大して勉強が進まず(進んだ日の方が珍しいが)、あっという間に午前が終わってしまう。
「それじゃあ僕は御堂さんの所へ行くから。メイド服は脱衣所にあるお父さん用のカゴに入れておくからね」
「ちょっと待ってください、まだメイドの極意を久我さんはマスターしていません。そうだ、御堂さんも誘ってメイド喫茶に行きましょう。平日の昼間ですし久我さんも堂々と女装して出かけるチャンスですよ」
「この格好で電車に乗れと?」
「拒否権があると思わないことです。最近動画編集スキルが上がって、エッチなビデオに久我さんを合成することが可能になったんですよ」
「世の性被害に遭った女性はこうやって脅され続ける訳だね……」
メイド服を脱ぐことを許さず、御堂さんに電話をかけてメイド喫茶に行きましょうと誘う彼女。こうして女装したまま外に出るという何かに目覚めそうな地獄の午後がスタートするのだった。




