女の子を救うためにパスタを作ります
「思ったより豪邸じゃないですね。お城みたいで、メイドや執事がたくさんいるみたいなのを想像していました」
「アニメの見過ぎだよ、庶民からしたら十分豪邸だよ」
地図を頼りに自分の家の5倍くらい大きな、庭等も含めれば土地は20倍以上あるであろう御堂家へたどり着いた僕と宇月さん。普通の家には存在しないであろう、学校の校門のような門に併設されたインターホンを押してしばらくすると門が開き、正式な家の門を目指して前に向かって進んでいくと前方から犬が走ってきて、僕にタックルをかまして吹き飛ばし宇月さんを押し倒す。
『ハッハッハッ……』
「ひぃっ……何なんですかこの犬は! やめて、舐めないでください、私犬苦手なんです」
「ぐ、ぐふっ……先週から全く調教が出来ていないね。保健所行きも止む無しかな」
顔や服を舐められて悲鳴をあげる気力も無くなっている、お外怖い病が悪化してしまいそうな宇月さんから犬を引きはがそうと悪戦苦闘することしばらく、ようやく正式な飼い主が現れて生肉を投げつけて犬を誘導する。
「はぁ……はぁ……酷い目に遭いました」
「良かったじゃない、あの犬に襲われるということは、女性として魅力があるということよ」
「モテる女は辛いですねお互い……それでどんな高級料理を食べさせてくれるんですか?」
こうなることは最初から予測していたらしくタオルを宇月さんに渡す御堂さん。そのまま家の中に入る彼女についていき、やがて料理道具や食材が用意されたキッチンへとやってきた。
「というわけでクッキングバトル開始よ。ルールは簡単、今から私と彼が裏で料理を作るから、貴女は食べたいものをどちらか選んでそれを食べるの」
「え、二人が作るんですか……」
「何で唐突にそんなことを」
一流シェフの高級料理が食べられると思っていた宇月さんは露骨にがっかりした表情になり、食べるのではなく作らされることになった僕も困惑する。恨みを買った覚えは無いが、御堂さんはそんな僕を悔しそうに睨みつけた。
「夏休みに貴方の家にホームステイしたじゃない」
「!?」
「まあ、ホームステイと言えばホームステイだね」
「その時私の作った料理をあんまり美味しくない扱いしたのを私はずっと根に持っていたの」
「料理も作ったんですか!?」
「姉さんの料理より若干マシだと褒めたんだよ」
「貴方のお姉さんの料理を食べたけど、あれより若干マシ扱いは侮辱でしか無いわ」
夏休みに御堂さんが日本に帰って来た両親から逃げるために僕の家にやってきて、姉さんの代わりに料理を作った時に確かに姉さんよりも若干マシになっていると驚いたが、御堂さん的にはあれはまずいと言われたに等しいらしく、今日ここで決着をつけてやるわと包丁を持って不敵に笑う。知らないところで宿泊や調理といったイベントが起きていたことに困惑しながらも宇月さんは料理が出来るまでの間唾液まみれの身体を洗うためにお風呂へ向かい、御堂さんは負けたら罰ゲームとしてメイド服を来てティンダロスと遊んで貰うわと吐き捨てて他にもあるらしいキッチンへと消えていく。取り残された僕は用意された食材を眺めてレシピを考える。
「梅しそパスタにサラダチキンってところかな」
料理を日頃からやっていたとしても、仮に僕が男の一人暮らしだったらここで肉野菜炒めを作って負けてしまったかもしれないが、あいにく女の方が比率的に多い家で料理をしているのでレパートリーは自然と女子向けになる。梅、しそ、パスタ、サラダチキン……女の子の好きそうな単語を詰め合わせた女子力の高い料理だが、懸念点があるとすれば今回の対象である宇月さんが女子力が低いので反応をあまり示さない可能性があることだろうか。梅肉と大葉とサラダチキンを刻み、めんつゆやレモン果汁を混ぜて作ったさっぱり系のソースを作り、アルデンテ状態のパスタにそれを絡め、茹でたマカロニを使って猫の表情を作り、見た目も味も我ながら女子力の高いパスタが完成する。中身が見えないように蓋をして、お風呂からあがって料理を待つ宇月さんの下へ。
「遅かったじゃない。わざと遅刻して私の料理を冷めさせる作戦かしら」
既に御堂さんは調理を終えていたらしく、既に僕に罰ゲームを受けさせるつもりまんまんなのかメイド服と犬とビデオカメラを用意している。宇月さんの前に二つの中身が見えない料理が置かれ、宇月さんはわくわくしながらまずは僕の方を開けた。
「可愛い……彩りもちゃんとしてるし美味しそうです。悔しいですけど私にはこんなの作れませんね」
素直に感心しながら、カメラで僕の作ったパスタの写真を撮る彼女。僕の料理の出来栄えを見ても御堂さんは一切動揺していない。余程自信があるのだろうが、彼女の考えはお見通しだ。どうせ自分だけ高級な食材を使っているのだろう。時間をかけずに調理をしたということは、高級な肉を少し焼いてステーキでも作ったのだろうか。だが高級食材は扱いが難しい、きっと見栄えはかなり悪くなっていることだろう。何より宇月さんは体重を気にしている。いくら高級食材だとしても、見栄えも悪いカロリーも高いステーキを彼女は選ばない!
「悪いけど僕の勝ちだよ。いくら高級な食材を使ったところで、料理のレベルがアレではね」
「よくもアレだなんて言ってくれたわね……高級食材? 何を勘違いしているのかしら。そんなもの使っていないわよ。さあ宇月さん、貴女が今から食べるものを開けなさい」
料理には自分も自信があるからか、御堂さんに勝利宣言をする僕だが、それでも御堂さんは不敵な笑みを崩さない。そして宇月さんがもう1つの蓋を開ける。
「……ホットケーキ?」
そこにあったのは何の変哲もないホットケーキ。お店で出されているような最近流行りのパンケーキと呼ばれるようなものでもない、恐らく市販のホットケーキミックスを使った普通のものだろう。しかもところどころ焦げ目がついている。
「御堂さん、僕を舐めすぎだよ」
「ああ、ホットケーキに乗せるトッピングもあるの。宇月さん、こっちの蓋も開けて頂戴」
よく見るとホットケーキの近くにもう1つ小さい蓋のされたお皿が。宇月さんがそれを開けると、そこにあったのは、
「……わぁ、クッキークリームのアイス! しかも91のですねこれ。いい感じに溶けてますし、ホットケーキに合いそうです」
「何……だと……既製品を使うなんて卑怯じゃないか」
「ホットケーキは自分で焼いたわよ? 貴方のサラダチキンだって既製品をちぎっただけでしょう? 文句を言われる筋合いはないわ」
「ぐっ……」
宇月さんの大好物であるクッキークリームのアイスクリーム。この前御堂さんとアイスを食べに行った時に宇月さんの好みであることを喋ったが、ここでそれを利用されるとは。宇月さんがクッキークリームのアイスが大好物なのは日頃から勉強中に注文しているのでよく知っているし、カロリーが高いとは言えど甘いものは別腹だ。
「さあ宇月さん。この男がメイド服を来て犬に襲われる光景を一緒に楽しみましょう」
「罰ゲームで彼女を誘惑するのは卑怯だよ!」
アイスをホットケーキの上に乗せながら、とどめとばかりに自分の料理を選べば僕の罰ゲームを楽しめるという宇月さん的には魅力的な? 提案をする御堂さん。そして宇月さんはフォークを手に取ると、
「猫ちゃん崩すのは可哀相ですけど、いただきまーす」
僕の作ったパスタの皿を取り、美味しそうに啜り始める。柄にも無くガッツポーズをする僕と、唖然とする御堂さん。自分が敗北したのが信じられないようで食事中の宇月さんに詰め寄る。
「ど、どうして私のを選ばないの!? 貴女の大好物でしょう?」
「え、よく知ってましたね。確かにクッキークリームは大好きですしホットケーキにも合いそうですけど、私深夜にも午前中にもチョコチップクッキー食べてきましたから、甘いものは今はいいかなって」
「……! 久我あああああ、謀ったわねええええええ!」
「御堂さんが自爆したんだよ」
確かに宇月さんは昨日の調理実習に影響されて深夜に泣きながらクッキーを食べていたようだし、午前中にも僕と一緒にクッキーを作ってパクパクと食べていた。いくら大好物だといっても主食を食べないままおやつばかりは食べたくないのだろう。悔しそうにorz状態でぶつぶつと恨み言とかを呟いている御堂さんを他所に、宇月さんはパスタを完食。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。さて御堂さん、罰ゲームはメイド服を来てティンダロスと遊ぶんだよね?」
「はぁ? 私が罰ゲームをやるなんて一言も言ってないけど? さあ、後片付けをして帰った帰った」
「……」
負けた癖に罰ゲームを受けようとしない御堂さん。僕は御堂さんの作ったクッキークリームの乗せられたホットケーキの皿を手に取ると、
「ふんっ」
「ぶへっ!? な、なにするのよ、食べ物を粗末にするなって教わらなかったの?」
御堂さんの顔面に向けてそれをシュート。バラエティでよく見るパイ投げをされた後の顔になった御堂さんは怒り狂うが、そんな彼女を無視して待機していたティンダロスの方を向く。
「ティンダロス、ご飯だよ」
『キャゥーン!』
僕が命令すると、ティンダロスは大義名分を得たとばかりに御堂さんに飛び掛かり、御堂さんの悲鳴が屋敷中にこだまする。残念ながら執事もメイドも警備員もいない、無駄に広いから外にも彼女の声は届かない。
「宇月さん、動画を撮ったら帰ろうか。家まで送るよ」
「い、意外と怒ると怖いんですね……」
無言でその光景を録画し始める宇月さんと、勝者の余裕か日頃の鬱憤を晴らした達成感か、終始ニコニコ顔の自分。こうしてクッキングバトルは僕の完全勝利に終わったのだった。




