女の子を救うためにクッキーを作ります
「やっぱりパートナーと言えばオコジョかフェレットですね」
「私は黒猫かなぁ」
「あえて触手」
オタクグループのチャットに無言で猫の画像を載せるというコミュ力が有るのか無いのかよくわからない宇月さんの作戦はうまくいったらしく、その日のオタク女子の話題は魔法少女のペットに関するものだった。今頃宇月さんは自分の部屋でチャットを支配しているのは自分だと言わんばかりにふんぞり返っていることだろう。といっても画像だけ載せて発言しなければ仲良くはなれないのだが。
「それでは今日はクッキーを作りましょう」
そして午後には家庭科の授業で調理実習があり、皆でクッキーを作ることに。交代制で家族の食事を作ることもあるので男子の中では調理ができる方である自分は同じ班の男子にコツ等を教えるなどしてそこらの女子よりは遥かに出来の良いクッキーを作り、女子は男子や友達にあげたりするようだが男子はそんな文化も無いので皆で集まってうまいうまいと食べ尽くす。その翌日、いつものように宇月さんの家へ向かう。
「おはよう宇月さん。猫とは仲良くなれた?」
「ふふふ、まあ見ていてください。バステトー」
先週は全く彼女に懐かず、動画を投稿しても炎上すると良いところが無く、下手をしたら彼女は育児放棄をしてしまうのではないだろうかと危うんでいたが、一週間で関係は良好になったようで彼女は嬉々としながら部屋のドアを開けて猫の名を呼ぶ。しばらくすると、リンリンと鈴の音を鳴らしながら、お菓子の袋とちょーるを咥えたバステトがやってきて、袋を宇月さんの前に落とすと僕にすり寄って甘えながら、自分でちょーるの袋を破いて舐め始める。
「どうですか。しっかりしつけた結果、パシリになりました。ご飯も自分で食べられるんです」
「猫がご飯とかを持ってくるのって、『こいつ自分一人じゃ狩りもできないどうしようもないやつだから餌をあげなきゃ』って理由らしいよ。飼い主の事をよくわかってるねバステトは」
『ナーオ♪』
「ぐ……ぐぬぬ……それより久我さん、私に渡すものがあるんじゃないですか?」
一週間ですっかり猫よりも家庭内カーストが低くなってしまったらしい彼女は猫を睨みつけながらも、僕に向かって手を出す。随分とやる気があるんだなと宿題を彼女に渡したが、無情にもそれはポイとベッドの方へ投げ捨てられてしまった。
「クッキーですよクッキー! 昨日調理実習で作ったの知ってるんですよ、チャットがクッキーの画像で埋め尽くされたり、『彼氏にあげたら10分かけて完食してくれた』『よほどまずかったんだろうね』なんて惚気の内容になったり、悔しくてコンビニに走ってミスターイ〇ウのクッキー買って泣きながら夜中食べたんです。私もクッキーの交換とかがしたい!」
「残念だけど僕のクッキーはもうお腹の中だよ。頑張って学校行って次の調理実習ではクラスメイトと一緒に料理しようね」
「え、クッキー作って自分で食べたんですか。学生の重要イベントを体験出来ないなんて可哀相……やっぱり久我さんは私と同類ですね。しかしチャンスをあげましょう、今日ここでクッキーを作ってくれれば晴れてリア充に一歩近づきますよ」
家庭科のお菓子作りに対する温度差は女子と男子では相当なものがあるのか、単純に彼女が食い意地張っているのかは知らないが、数学や英語を教えたいのに家庭科を教える羽目になってしまう。とはいえ彼女の今後を考えれば、せめて料理くらいは人一倍出来るようになって旦那さんの胃袋を捕まえた方が良いのかもしれない。
「ふふふ、どうですか。女子高生のエプロン姿ですよ」
「給食のおばちゃんかな?」
「包丁はどこだったかな……」
オタク特有のコスプレへの興味からか、エプロン姿になった彼女はいつもよりテンションが高い。といってもエプロン姿をコスプレと呼んでよいのかについては議論の余地があるが。というわけで台所に並んで立ち、クッキーの材料がそもそも宇月家にあるのかすら不明なままクッキー作りがスタートする。まずは薄力粉だが、ホットケーキミックスがあったのでそれで代用。ママが今日オムライス作るから卵が無いとまずいんですと今更言いだす彼女を帰って来るまでに外に出て買って来なよと突き放しながら、あくまで教師役の僕は自分では何もせず卵を割らせる。
「片手だけで割るとカッコいいですよね」
「素人が難しいことをしようとすると失敗するよ。クッキー作り中に卵を買いに行きたくないなら基本を大事にしようね」
「久我さんは右手だけで割れそうですね。使い慣れてそうですし」
「……」
「……あ、双子」
唐突に下ネタを言い出して場の空気を凍らせる、コミュ障ここに極まれりという残念さを見せつけながら、卵をいくつか割って混ぜていく。
「次にバターを溶かそう。どうすればいいかわかるよね?」
「馬鹿にしないでくださいよ、お湯にバターを入れるなんてベタな間違いはしません。電子レンジを使うんです」
「湯煎をするんだよ」
「そんな本格的にやらなくても溶ければ大体一緒じゃないですか、何ですかプロぶって」
「最終的に食べるのは宇月さんだよ。美味しいもの食べたいよね?」
「はい」
溶いた卵とバターと砂糖、ホットケーキミックス、砕いたチョコレートを混ぜ合わせて生地を作り、少し冷やして星型だったり猫型だったり好きな形にしていく。それをオーブンに入れて待つことしばらく、食べられるお菓子が無事に完成した。
「いただきまーす……! ん~、自分で作ったお菓子は凄く美味しいですね。形も完璧じゃないですか。お菓子作りが趣味になっちゃいそうです。それに引き換え久我さんのクッキーは歪な形ですね。人間性を表しているようです」
「見本として作ったんだよ。宇月さん、男にクッキーをあげるならこれくらいの形にした方が良いよ。焼き加減も若干コゲさして。その方が手作り感があるからね。男は完璧な女性よりはちょっと抜けている女性の方が好きなんだ」
「つまり御堂さんより私の方がモテると?」
「『ちょっと』って言ったよね」
「包丁はどこだったかな……」
焼きたてアツアツのクッキーを頬張り満足げな宇月さん。栄養的には食べてはいけない気がするが、バステトも猫の形をしたクッキーにカリカリと噛みついている。オタクグループのチャットにまたも無言でクッキーの画像を載せたりしながら完食し、満足気に部屋に戻ろうとするがそうは問屋が卸さないと引き止めて台所を指さした。
「後片付けもちゃんとやろうね」
「……料理って面倒くさいですね。大体材料やら光熱費やら考えたら高いじゃないですか。やっぱりお菓子は買うに限ります」
結局後片付けが終わる頃にはお昼になってしまい、今日の授業は家庭科だけで終わってしまう。実質ニートなんだからたまには親に料理を作ってあげようねと普段使っているレシピサイトを見せ、御堂さんの下へ向かおうとする僕と彼女のスマホが鳴った。
「緊急地震速報ですか?」
「だったらこんな音はしないよ。御堂さんからメッセージが届いてる。『今から私の家に集合よ。お腹を空かせておきなさい』だってさ」
「高級料理を振舞ってくれそうな予感……! うう、クッキー食べるんじゃなかった」
御堂さんの家の地図と共に表示されたメッセージを見て、出かける支度を始める宇月さん。僕にしがみ付いて自分もついていこうとするバステトにごめんよと頭を撫でて引きはがしながら、僕達は御堂家へと向かうのだった。




