女の子を救うためにキャンプをします
「おーい、弟君、晩御飯だよー」
「はいはい」
夏休みも後半に入ったある日の夕方、姉に呼ばれて足取り重く食卓へ向かう。我が家では休日は交代制で晩御飯を家族が作っている。姉の料理は久我家の中でも最弱。
「……! 姉さんの料理が僅かだけど進化している……!」
「まあ、作ったの私なんだけどね」
「何だ、御堂さんか」
出された食事を口にして、前回より若干マシになっていることに感動していたのだが、残念ながら今日の晩御飯を作ったのは隣にいる御堂さんとのことで、姉の料理のレベルは変わらずまた来週には口に入れる必要があるという悲しい現実。
「……何でいるの?」
「しばらくお世話になるわ。詳しい事情は後で話すわ。さあ、家族団らんしましょう」
「やったー、年の近いお姉ちゃんが欲しかったんだ」
唐突過ぎる展開に困惑している僕を他所に、御堂さんは僕の家族とまるで本当の家族かのように和気藹々と会話を交わす。そして食後に僕の部屋に勝手についてきた彼女は、悲しそうな表情で事情を説明し始めた。
「……ママとパパが、数日程帰って来てるの」
「良かったじゃないか。御堂さんも家族団らんしなよ」
「無理よ。私は嘘をつける程器用では無いの。正直に今の自分の愚かさを打ち明ける勇気も無いわ。だから、部活の合宿でしばらくいないことにしたの」
「ホテルか宇月さんの家に泊まりなよ……男の僕の家に転がり込もうとするのはおかしいでしょ……」
「彼女とはそんな間柄じゃないし、こういう家庭に憧れがあったから、ついでにね」
簡潔にして闇の深い事情を話すと、人の本棚から漫画を抜き取って人のベッドに寝転がって読み始める。こうして数日程居候として彼女を家に置くことになったのだが、学校の人間には病気で入院していると嘘をつき、両親には部活の合宿でいないと嘘をついているという状況なためおいそれと外に出る事も出来ず、家でダラダラとテレビを見たり漫画を読んだり妹とゲームで遊んだりと宇月さん化が進行していく。
「暇よ」
引きこもるのも才能が必要なようで、ノックもせずに人の部屋に上がり込んで来た彼女は退屈そうに嘆く。僕も男だ、時間帯によっては開けてはまずい時があると言うのに。幸いにして今の僕は自分を世話する準備では無く宇月さんを世話する準備をしていた。
「そろそろ両親が海外にまた行くんだろう? あと少しの辛抱じゃないか」
「この家の漫画も全部読破してしまったわ……私がこんな辛い思いをしているのに、貴方はお出かけの準備?」
「今日は宇月さんの宿題の面倒を見る日なんだよ」
「面白そうね、私もいk……ご、ごめんなさい、そうよね、年頃の男子が女子の宿題の面倒を見るなんて、代わりに別のお世話をしてくれなんて流れよね」
「姉の漫画の読みすぎだよ……そんな展開になったことはないから行くよ」
すっかり姉の持っているレディコミに毒されてしまった、髪型を変えて麦わら帽子にサングラスで精一杯の変装をしている御堂さんと共に宇月さんの家へ。学生にとっては夏休みでも、大人にとっては平日。結局僕は一度も宇月さんの父親に会ったことはないし、夏休みということで到着時間を遅らせているため母親も既に仕事に出かけているということで、引きこもっているうちにジャージ姿がすっかり板についた宇月さんが玄関のドアを開ける。
「おはようございます……うわ、びっくりした。何ですかそれ、変装ですか」
「人気者は辛いのよ。クラスメイトにも両親にも出会う訳には行かないの」
「ていうかこの構図、クラスの学級委員が二人で引きこもりを説得しに来ているみたいじゃないですか、御堂さんはこっち側の人間でしょう!?」
「そうね。引きこもりという立場は一緒でも、学力は天と地の差があるの。という訳でさっさとスタディするわよ」
玄関でノートと筆記用具を取り出して準備は万端だと言いたげな御堂さんはズカズカと家の中へ入っていく。僕に部屋の中を見られても平気だが、同年代の女の子には見られたくないようで慌てながら部屋だと集中できないし狭いしリビングで勉強しましょうと勉強道具を取りに自分の部屋へ駆けて行く宇月さん。
周囲に余計な物の無いリビングで行うことによる効果はそれなりにあったのか、御堂さんが手伝ってくれているからかは知らないがそれなりの進捗を達成することが出来た。
「ふー、勉強頑張りました……それじゃあお二人とも、さようなら」
「何言っているの、勉強の時間は終わり、今からは遊ぶ時間でしょう? さあ、部屋に行きましょう。大丈夫、私もまぁまぁ部屋汚いから」
「勘弁してくださいよ、異性はまだしも同性に見られるのはきついんですって。そうだ、今からアニメの一挙放送があるんです、一緒に見ましょう」
勉強の時間が終わり、興味津々で宇月さんの部屋に乗り込もうとする御堂さんを慌てて止めながら、テレビのスイッチを入れる宇月さん。夏にぴったりかどうかはわからないが、女の子が登山をしたりキャンプをしたりするだけのアニメを6時間見続けた。派手なバトル物は趣味ではない自分だが、のほほんとしたテーマもそこまで好みではないようで、隠れて欠伸をしながら見続けていたのだが、隣の二人は普段引きこもっているからかアウトドア行為に色々な感情を持っているようで、自然と涙を流し始めた。
「う、うう……感動しました……」
「いいものね、キャンプ。特に山頂でカップラーメンを食べて、汁まで全部飲み干した後に、『自然由来だから!』と言いながら投げ捨てるシーン、あれやりたいわ」
「マナー違反だよ」
「熊と出会ったらどう戦う? って30分間ひたすらイメトレしてる回とか完全に授業中の私ですよ」
「そんなんだから成績悪いんだよ」
「よし、私達もキャンプに行きましょう! 部活で合宿に行っている設定上写真かなんかを両親に送った方がいいし、急遽設立されて夏休みが明けたら廃部になるワンダーフォーゲル部ということで」
「いいですね! 鹿でも猿でも熊でもかかってこいやです!」
勝手に二人盛り上がってキャンプの予定を立て始める。女の子二人で楽しんできなよとやんわり断ろうとするも、熊に出会った時に差し出す生贄役として強制的に僕も参加させられてしまい、二日後には地元のそこそこ高い山へやってきていた。
「さあ、登るわよ! 準備はいいわね」
「勿論です! カップラーメンにレトルトカレーにお米、飯盒炊飯に使う銀色のアレもばっちりです!」
「飯盒炊爨ね。そして荷物持ちは僕なんだね」
バックパックを担ぎながら、山頂目指して意気揚々と歌いながら歩き出す二人の後を追う。まだアニメが脳裏に残っているのかテーマ曲を歌いながらノリノリだった二人だったが、片方は10分も持たなかったようだ。
「も、もう無理です……休憩しましょう休憩。何で二人とも平然としてられるんですか」
「私はまあ、鍛えてるし……」
「演劇部は体育会系なんだよ。そしてどう考えても宇月さんの体力が低すぎるだけだよ……この山難易度的には全然低いみたいだし。ロープウェーだって無いんだから。進捗的には1割ってところだね」
少し歩くだけでバテてしまい休憩をする宇月さん。この展開は当然僕も御堂さんも予想していたので、到着予定時刻はかなり遅めで計画を立てていた。入口に書いていた目安の時間の倍以上の時間をかけて、アニメで主人公達が見ていた山頂からの夕日に間に合うことなく、夜中で他のキャンパー達が既にご飯を食べたりワイワイ盛り上がっている中、山頂に到着する。
「や、やっとついた……結構人いるんですね。にわか共め」
「全くよ。大方芸能人がキャンプをしている動画でも見て触発されたのでしょうね」
「山頂から投げるブーメランは気持ちいいかい?」
大き目のテントと自分用の小さ目のテントを設置したり、くるくる回すやつで火を起こそうとして失敗を繰り返した挙句隠し持っていたライターで火をつける宇月さんを動画に収めたり、アニメを再現しようとしてカップラーメンの容器を山頂から投げ捨てようとして、近くにいるおじさんにガチ説教を食らいペコペコする御堂さんを動画に収めたり、レトルトカレーの中に1つだけ激辛のを混ぜて見事に当たってしまい悶絶する自分を動画に収められたり、ロクでもない思い出を残しながら夜は更けていき、テントに入って就寝準備を始める。
「楽しかったわね」
「疲れたけど、心地よく眠れそうです」
「こんな日が、ずっと続けばいいのにね」
「続けましょうよ。学校も行かずに、毎日が夏休みで、遊んで暮らすんです。……駄目ですよね、そんなの。わかってますよ、わかってますって。久我さんにも迷惑かけたくないですし」
テントが別々とはいえ、隣り合っているので中の会話はよく聞こえる。会話に混ざった方が良いのかもしれないが、テントが別なのをいいことに寝たふりをしながら二人の会話を聞き続ける。これからどうするか、宇月さんのオススメのアニメ、熊と出会ったらどう戦うか……どんどん変な方向へ脱線していく二人の会話に思わず突っ込みを入れてしまい、深夜のテンションもあり三人で変な会話をし続けた結果、完全に寝不足状態で山を降りる羽目になるのであった。




