女の子を救うためにカラオケに行きます
「っしゃあ! 夏休みだ! 遊びまくるぜ! 皆! 居酒屋行ってカラオケ行ってゲーセン行こうぜ」
「保崎、お前は明日から補習だから学校に来いよ」
「……悪い、遊ぶ気分になれねえや、皆、楽しんで来いよ……」
テストも終わり、大半の学生にとっては楽しい夏休みがやってくる。御堂さんは今日までは学校に来て夏休み明けからまた入院すると言うシナリオなため宇月さんと違ってこの日も学校にやってきていたが、その表情はとても険しかった。宇月さん用の宿題を教師から受け取り、学校を出ようとしたところでスマホが鳴って御堂さんからのメッセージが届く。話がしたいから屋上に来て欲しいとのことで、Uターンして屋上へ向かうとひどく落ち込んだ、もしこの屋上がフェンスでガードされていなければ飛び降りでも企てるのではと心配になるような様子の彼女がいた。かちゃりと屋上の鍵を外から閉めると、大きなため息をつく。
「……私は学校に行かないことに何一つ罪悪感は無かったつもりだわ。だって学校に行かなくたって、授業を受けなくたって、優秀な成績を維持できるという自負があったから。でも、私はそんな特別な存在では無かったようね」
「十分でしょ、3位なら。宇月さんなんて156位だよ」
「それでも成績は上がったのでしょう? 貴方だって、週に1回学校を休んで女の子の世話をして、それで自己ベストを出せるなんて立派よ。それに引き換え私は堕落していたようね」
「20点を30点にしたり、80点を90点にするのは難しくなくても、98点を99点にしたり維持するのは大変だよ。御堂さんは今まで頑張りすぎたんだから、少しくらい休んだってバチは当たらないよ。別に1位じゃなかったからって両親にこっぴどく叱られた訳じゃないんだろう?」
「とても私を学校に復帰させる人間の言葉とは思えないわね。……わかってるわよ。復帰するなら二人一緒がいいに決まってるものね。夏休み明けてすぐに学校に復帰するつもりは無いから、安心しなさい。それじゃ、良い夏休みを。私はもう少しここで黄昏れているわ」
学校に行かなくなるとどうなるかを身を以て体験した彼女。校内のテストで1位を取ることに必死になる理由が僕達には無くても、親に褒められたいから頑張るなんてある意味無邪気な小学生のままな彼女は必死にならなくてはいけないのだろう。学校への復帰の意欲が高まったのは事実だろうし、宇月さんの事を彼女が気にかけているのも事実。つまりはさっさと僕が宇月さんを学校に復帰させるようにしないと、彼女に迷惑が掛かりかねないということでもある。
「御堂さん、テストで順位を下げちゃってね。学校に復帰する気持ちが高まったみたい」
「良い事じゃないですか」
「他人事だね。一番困るのは宇月さんなんだよ。あまり言いたくないけど、宇月さんがこうして学校からサポートを受けられるのは、学校が御堂さんを特別扱いしているついででしかないんだから。御堂さんが学校に来ちゃったら、平日に学校休んで僕がここへ来ることは無くなると見ていいよ。勉強のサポートは最悪僕は休日にすることはできるかもしれないけど、学校はもう宇月さんを見捨てる気まんまんだろうから、出席日数不足で留年か退学にするかもね」
宇月さんの家に宿題を届けるついでに、そんな残酷な話をする。御堂さんが学校に当分行くつもりがなくても、不登校がクラスメイトや両親にバレてしまう可能性だって無いわけじゃない。周囲にバレて騒ぎになれば、きっと彼女は皆に謝りながら学校に復帰することだろう。出来れば宇月さんにはこの夏休み中に自分に自信をつけて貰うなり、クラスメイトとちゃんと会話できるようになるなりして貰って学校に復帰する準備をして欲しい。
「うう……その、お願いがあるんですけど」
「いいよ。夏休み中もここに来て宿題を手伝ったりするよ」
「話が早くて助かります……」
お願いと聞いただけで即答しつつ中身も当てる。彼女が例え何も言わなくても強引に週1ペースでやってきて宿題をさせたり学校復帰の訓練をさせたりするつもりだった。夏休みを満喫していいのは普段は真面目に学校に来ている、夏休みになっても定期的に友達とコミュニケーションを取る人達だけ。夏休みだからと不登校が休むことを肯定してしまっては、夏が明けることには今までの努力が水の泡になりかねないだろう。
「申し訳ない気持ちがあるなら、僕がいない時でもたまには勉強したり、クラスメイトと打ち解けるための努力をしたりしてね。それじゃ、そろそろ帰るよ。今から打ち上げで友達とカラオケなんだ」
夏休みの予定について軽く打ち合わせをした後、時計を見てそろそろ行かなくちゃと部屋を出ようとする。カラオケというワードを聞いた瞬間彼女がピクンと反応した。
「カラオケ……そうでした、テスト中にアニソン歌ってるうちにカラオケ熱が出て来たんでした。今から行きましょう、御堂さんも誘って」
「いやだから僕は既に予定入っているから。クラスのオタク女子グループもここの近くでオールでアニソン縛りをやるんだと言っていたから混ざったら?」
「飛び入りで参加できる勇気があるなら今頃友達100人出来てますよ。私や御堂さんとそこまで仲良くない友達、どちらが大切なんですか?」
今すぐに歌いたいと駄々をこねる彼女。心の奥底ではそこまで仲良くない友達とのカラオケを面倒くさがっていたのかもしれない、友達にごめん急用が入って行けなくなったと断りを入れて、御堂さんに気分転換にカラオケでもどう? と誘って了承を得て、僕達は近くにあるカラオケ屋へやってきていた。
「御堂さんはカラオケ行ったことあるの?」
「打ち上げで何度か行ったくらいね。日頃から仲良くしてた子達とは行った事が無いわ、優等生が多いからかしら。流行りの曲もあんまり知らないわよ」
「ふふふ、それなら任せてください、インターネットで常に情報収集をしている私のトレンド乗っかり力を魅せてあげますよ。……あれ、番号とか載ってる本はどこですか?」
「宇月さん、今はリモコンと本が一緒になってるんだよ。何年カラオケ行ってないのさ……」
既に絶滅したであろう、曲の番号が大量に載っている本をキョロキョロと探す、恐らくは小学生の頃に家族と来た経験くらいしか無いであろう宇月さんにタブレットを渡して、二人が曲を選ぶ間にドリンクを運ぶ。今日の目的は宇月さんのたまにははっちゃけたいという欲望を満たすこととセンチになっている御堂さんの気分転換なので、自主的には歌わずに聞きに徹するつもりだ。ドリンクを持ってくる頃には、既に宇月さんが何かのアニソンを入れたらしくポップなBGMが部屋中を支配していた。
「あ~なたの~じょうわんにとうきん~」
「……これが流行りの曲なの?」
「特定の世界では流行っているんだと思うよ」
彼女の歌唱力については触れず、タブレットの選曲履歴を調べて彼女が歌っている曲を見つけてメモをする。彼女の好みがこれでわかるし、このデータを元にオタクサークルの子達から気の合う仲間を探し出すこともできる。試しにオタクサークルの部長に『こないだこんな歌詞が流れて来たんだけど何の曲か知ってる?』と尋ねて見ると、今流行っているアニメですよとか、〇〇さんが激推しで夢小説書いてるんですよとか有益そうな情報を漏洩してくれた。
「ふう、カラオケはしばらく行ってませんでしたが、動画を作るために歌ってみたの練習とかしてましたからね。気持ちよく歌えました」
「音程滅茶苦茶だったわよ」
「電波ソングはそういうものなんです! さあ、御堂さんの番ですよ」
続いて御堂さんがマイクを手に持つ。今の流行りに詳しくないというのは本当のようで、恐らくは去年の何かの打ち上げの時にクラスメイトが割と歌っていたであろう、去年流行った曲が流れてきた。
「私達は~それでも一歩を踏み出し続ける~」
「……」
「……」
黙って彼女の曲を聞きながら、反応に困る僕と宇月さん。何となく歌が上手いイメージを持っていたが、普通に音痴と言っていいレベルだったからだ。彼女自身それは自覚しているようで、歌っている途中でどんどんテンションが低くなり、曲が終わるとため息をついてしまった。
「……何よ、その目は」
「御堂さんにも苦手な科目あったんですね」
「へえ、喧嘩売っているのかしら。ネタソングに逃げない貴女の真の歌唱力を魅せて貰おうかしら」
「その前に久我さんですよ。きっと私達を大爆笑の渦に引き込んでくれます」
歌唱力が残念な二人の低レベルな争いを眺めていると巻き込まれてしまったので、仕方なく最近友達の中で流行っているバンドの曲を入れて歌い始める。余程ネタにならない歌唱力だったからか、二人とも無言で曲を聞いていた。
「まあまあ上手ですね」
「そういえば英会話部と演劇部に所属していたわね、こういうのは慣れているのかしら」
「僕の曲なんて退屈でしょ。僕のことは置物だと思って、存分に歌うといいよ」
その後は二人が三曲歌って僕が一曲歌うというペースで高校生が補導される時間ギリギリまで熱唱し続ける。カラオケ店を出る頃にはハイペースで歌っていたからか声がややガラガラになってしまった二人を家に送り届け、夏休みがスタートするのだった。




